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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


賽(さい)は投げられた


■□ オープニング

 ある深夜の古書店【天幻堂】。
 居間におかれた古い木製の座卓を囲むように、複数のひと影があった。

 卓の上座には白髪の老人が座っている。
 髪は滝のように背中を滑り落ち、髭もまた支流のように胸元をおおっている。
 老人の顔は、その白い髪と髭にうずもれるようにしてあった。

 老人はその手に、いくつかの賽(さい)――サイコロを乗せていた。
 やせほそった指先は骨そのものを思わせる。
 やがて居あわせた顔をひとつひとつ確認するように眺め、ゆっくりと口をひらいた。


「なあに、難しいことはひとつもない。
 勝った者がすべてを手にし、負けた者がすべて失う。
 それだけだ。


 勝敗の判定はこうだ。

 参加者がそれぞれ賽(さい)を振り、
 出た目の数が多い者を勝者とする。

 ひとめぐりして同じ数の目の者がいた場合は、
 二度目に振った賽(さい)の目の数を足すこととする」


 老人がもごもごと口を動かすたびに、白髭がもふもふと上下する。
 声は決して大きくなかったが、その場にいる者たちの耳に、しっかりと届いていた。


「わしの賽(さい)にイカサマはありえぬ。
 また、イカサマを試みるも無駄なこと。

 わしはこの【天満杯(てんまはい)】を賭けるとしよう。

 さておのおの方。
 いったい何を賭けなさる?」


 老人はにやりと笑みを浮かべ、手のひらの賽(さい)をもてあそんだ。





■□ 集まるメンツも、揃える物も。

「で、結局こういう顔ぶれになるのよね」
 きつねは居間にそろった面々を見て渋い顔をした。
 座卓には集まったメンバーは、上座から順に下記のように並んでいた。
 それぞれの目の前には、用意された賭けの物が置かれている。


  賽の老人(さいのろうじん) → 天満杯(てんまはい)

  シュライン・エマ → 元曰く付きのペーパーウェイト

  刑部・きつね → 本醸造・美青年(日本酒)

  歌留太(猫) → お気に入りの座布団

  天幻老師 → 破邪の風鈴

  ダリオ・ベルディーニ → カップ麺×1


 ちなみに猫の歌留太はきつねの膝の上で丸まっているのであり、賭けの内容も何もわからないまま、ゴロゴロと喉を鳴らして集まった人間たちを不思議そうに眺めている。
「サイコロ爺さんを招いてのゲームにカップ麺ひとつとか、話にならないわよね〜」
 きつねはダリオを一瞥し、フフンと鼻で笑う。
「……他に何も持っていないんだから、仕方がないだろう」
 日雇いで暮らしをしのいでいるダリオには、ほかに用意できる物がなかったようだ。明日の食事であるというカップ麺がひとつ、目の前に置かれている。
「そういう刑部さんだって、それはどうかと思うけど」
 シュラインは卓の上の金箔付きの酒瓶を見、呆れているようだ。
 『本醸造・美青年』と書かれた一升瓶が置かれている。
「これ、ネット通販でわざわざ取り寄せたのよ! そこらの酒屋じゃ扱ってない貴重なお酒なんだから」
 せっかくのゲームなので面白い物を賭けようという気概はあるようだが、勝った人間がお酒の苦手な人物だった場合はどうするのか、ということまでは考えていないらしい。
「まぁ、良いではないか。」
 若者たちのやりとりを聞きながら、店の主人であり、今回賽の老人を招いた天幻老師が笑う。
「そう。重要なのは賭けを楽しむこと。
 ――では、まいろうか」
 賽の老人は皆の顔を眺めた後、それぞれにサイコロを手渡した。





■□ これぞ究極の運試し!

 賽の老人のかけ声一声。
 一度目の振りはこのようになった。


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 ●Act 1

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4

   きつね → 2

   歌留太 → 1

   天幻老師 → 1

   ダリオ → 1

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 ちなみに、歌留太の分はきつねが代わりに振っている。
「一発で決まるかな〜と思ったけど、案外同じ目って出るものなのねぇ」
 それぞれのサイコロを覗きながら、きつねが口をとがらせる。
「最初の振りで最高点が出ても、小さい数で同数の人がいたらその人達は再度振って出た数が足せるって受取り方で大丈夫なのよね?」
 シュラインの言葉に、賽の老人はゆっくりと頷く。
「では、同数の三名は、もうひと振りされよ」

 二度目の振りを足した結果は、こうだ。


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 ●Act 2

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4

   きつね → 2

   歌留太 → 1+5=6

   天幻老師 → 1+1=2

   ダリオ → 1+6=7

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「……また、同数か」
 ダリオがそれぞれの目を見てつぶやく。
 きつねと天幻老師の数が一緒なのだ。
「老師には負けたくないわね」
 きつねが早々に三度目のサイコロを振る。
 続くように、天幻老師も賽を投げた。


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 ●Act 3

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4

   きつね → 2+2=4

   歌留太 → 1+5=6

   天幻老師 → 1+1+4=6

   ダリオ → 1+6=7

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 一発で勝負がつくかもしれないと踏んでいたきつねは、なかなか勝負が決まらないとあって眉根を寄せている。
「ふぅむ。4と6の同数がひと組づつか」
 老師があごを撫でながらうなった。
 なお3の同数が出なかったこの時点で、賽の老人は早々に戦線を離脱することとなる。「なんだか面白いルールよね。これなら、今残っている誰が逆転しても不思議じゃないもの」
 皆どんな目が出るかが楽しみ、と言いながら、シュラインがサイコロを振る。
 きつねと歌留太、天幻老師もそれに続いた。


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 ●Act 4

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4+5=9

   きつね → 2+2+1=5

   歌留太 → 1+5+5=11

   天幻老師 → 1+1+4+5=11

   ダリオ → 1+6+5=12

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 11以下の同数が出なかったこの回で、シュラインときつねの戦線離脱も決定する。
 現在のところ最下位は賽の老人、5位がきつね、4位がシュラインだ。
 歌留太と老師が顔を見合わせる。
「……なかなか手強いのぅ」
「にゃーん」


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 ●Act 5

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4+5=9

   きつね → 2+2+1=5

   歌留太 → 1+5+5+1=12

   天幻老師 → 1+1+4+5+6=17

   ダリオ → 1+6+5=12

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 歌留太はくりっとした目で、きつねを見上げるように振り返った。状況が良くわかっていないらしい。
「まったく。なんでアンタの目ばっかり良いのがでるのかしら」
 ぶつぶつ言いながらも、きつねは歌留太のためにサイコロを手に取った。
「……もう一度、だな」
 ダリオもサイコロを手にし、軽く投げた。
 ここからは歌留太、天幻老師、ダリオ、三者の戦いだ。


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 ●Act 6

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4+5=9

   きつね → 2+2+1=5

   歌留太 → 1+5+5+1+3=15

   天幻老師 → 1+1+4+5+6=17

   ダリオ → 1+6+5+3=15

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「……また、同数ね」
 すでに勝負から外れたシュラインは、メモ用紙に目の数を記録していた。
 またしても、歌留太とダリオの目の合計が一緒なのだ。
 歌留太のサイコロはきつねが代わりに振っている。
 きつねは自分の負けが確定しているとみて、すでにやる気をなくしていた。
「もうどうにでもなりなさいよ」
 と、投げやりに賽を振った。





■□ 決着! ……にゃーん?

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 ●Act 7

   賽の老人 → 3

   シュライン → 4+5=9

   きつね → 2+2+1=5

   歌留太 → 1+5+5+1+3+6=21

   天幻老師 → 1+1+4+5+6=17

   ダリオ → 1+6+5+3+3=18

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 ダリオのサイコロが動きを止めたところで、それまで沈黙して見守っていた賽の老人が声を上げる。
「勝負あり!」
 歌留太の目が『6』。ダリオの目が『3』。
 シュラインがすぐさま数を読みあげる。
「歌留太くんの目の合計が21で、ベルディーニさんの目の合計が18、ね」
 この時点で、歌留太の勝ちが決定したのだ。
 きつねは自分の振った目で歌留太が一位になったとあって、頭を抱えてうなっている。「なんでこの運がアタシの目に出ないのよ〜!」
「そりゃあ、日頃の行いがものをいったに決まっておる」
 天幻老師は、この結果に至極満足とばかりにきつねを見て笑った。
 ダリオはダリオで、最愛の猫である歌留太が勝ったとあって不満はないらしい。
「湯を入れてから、少し冷まして食べろ」
 と、賭けていたカップ麺を歌留太の目の前に置いている。
「私からは、このペーパーウェイトを。暗い所で見ると内側が発光するの。重しにはできないかもしれないけれど、これなら歌留太くんも目で楽しめるんじゃないかしら?」
 シュラインの声に、歌留太は嬉しそうに一声にゃぁんと鳴いた。

 賽の老人の天満杯は、歌留太の水飲み皿にはうってつけだった。
 店に誰もいないとき、誰の手も空いていない時でも、彼が望めば水があふれてくるのだから、これほど便利なものはない。
 なお、きつねの日本酒『本醸造・美青年』は歌留太には飲ませられないため、その場にいた皆で乾杯することとなった。
 老師の風鈴は歌留太が良く居座っているからということで、結局店先に吊されることになった。
 厄災を除ける縁起物の風鈴とあって、これからの季節、有用に活用されることだろう。

 夜分のゲームとあって、シュラインは今晩は店に宿泊することになっている。
 皆が酒盛りで盛り上がるころ、猫の歌留太は部屋の隅にお気に入りの座布団の上にいた。
 シュラインのペーパーウェイトを包み込むように丸くなり、その燐光を見ながらまどろむ。
 そして≪賽の老人=幸の神(さいのかみ)≫の祝福を受けた子猫は、その夜、幸福な夢を視ながら眠りについたという。



 Successful mission!





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC/刑部・きつね/女/24/古書店アルバイト】
【NPC/歌留太/男/1/子猫】
【NPC/天幻老師/男/100/古書店店主】
【NPC/ダリオ・ベルディーニ/男/28/肉体労働者】

【NPC/賽の老人/男/不明/幸の神】



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■         ライター通信
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 いつもお世話になっています。
 長らくのご無沙汰にも関わらず、お声掛け誠にありがとうございました。


 今回きつねの言うとおり、一度目の振りで決着がついてしまったら、
 とんでもなく退屈なノベルになってしまう……。
 と、不安に思っていたのですが、杞憂でした。

 主催の賽の老人が身を引くように一振りで終わっているところも、
 邪念が多すぎるきつねが報われないのも、
 何の欲もない歌留太が勝ち残るのも。
 なんだか本当に、それぞれの運をかいま見た気分です(笑)

 私にとっても、キャラクターたちにとっても、
 大変楽しい一夜となりました。
 PC、PLさまにも、少しでも楽しんでいただけますと幸いです。



 それでは、ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
 今宵も、貴方の傍に素敵な闇が訪れますように。

 2007.06.07 西荻悠 拝