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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「幽玄に咲く月」

「これなんですが……」
 額に包帯を巻き、片眼鏡をかけた着物姿の男は、スッと風呂敷に包まれたものを差し出す。重みのある、大きなものだった。
 それを目にするなり、法衣姿の青年、清明の表情が険しくなる。
「――詳しい話は、中で聞こか」
 清明は風呂敷をひらくことなく、しっかりと手にしたまま玄関先に目を向ける。
「また依頼か。妙なもん持ち込ませよって」
「雷明、ヒノちゃん連れて奥行っとき」
 吐き捨てるような言葉を無視し、金髪の少年、雷明に指示を与える。
「言われんくてもそうするわ。……宿禰、自分も関わったらあかんで」
 雷明は作務衣姿の宿禰に声をかけ、プリンを掲げ上げたままの少女、朝陽を奥へと連れて行く。
 一般人である少女を危険から避けるためだろう。よくないところに居合わせたのかもしれないと、片眼鏡の男は思う。
「とりあえず、中へどうぞ。お茶をお持ちいたします。えぇと、失礼ですがお名前は……」
「すみません、申し遅れました。僕は宵屋 陽彦です」
 呼びかけに困る少女に、陽彦は慌てて自己紹介をする。
 温和な雰囲気に安心したのか、若干緊張していた少女はふっと柔らかな表情になった。
 母屋は寺と同様、木造の古めかしい和風建築だった。廊下を歩くたび、床がきしむ。
 奥まった部屋にある襖を開けると、畳の匂いがふわりと漂う。
 床の間には掛け軸や瀬戸物の花瓶には花が活けられ、明障子の窓がほのかな光を投げかけている。
 清明は陽彦に厚みのある座布団を差し出し、自分も机を挟んだ反対側に腰をおろした。
「――開けさせてもらう前に、話を聴こか。これは、一体何や?」
 どん、と風呂敷包みを机に置き、清明は射るような視線を陽彦に向ける。
「……薬研(やげん)です。『くすりおろし』とも呼ばれる、製薬道具ですね。薬草などを粉にするのに使います」
「随分と重みがあるようやけど、金属製か? どこで買うたんや」
「えぇ。銅製です。……これは、骨董品屋で入手しました。古いものですが状態がよく、実に素晴らしかったもので……」
「で、何があったんや」
 熱を込めて語り始める陽彦に対し、さくっと話の腰を折る清明。
「それが……私自身に何かあったというわけではないのですが、今までの持ち主が次々と不幸になっているそうで。一応今はお札を貼ってもらっているのですが、それじゃ使えませんしお祓いができるならお願いしたいな、と」
「札を貼っとる……それでか。妙な気配はするのに、どうも読み取りにくい気がしとったんや。何か理由でもあるんかと思うてな。……そしたら、開けるで」
 真剣な目を向けられ、陽彦は無言でうなずいて見せる。唾を飲み込む音が、静寂の中に響くようだった。
 ゆっくりとした動きで風呂敷を解くと、舟底型で中が深くくぼんだものと、軸のついた丸い車輪のようなものとが姿を現した。
 それは、古めかしい様相ながらも錆びたところはなく、表面になんら加工を施した風はないのに光沢がある、実に不思議なものだった。
「失礼致します」
 二人が薬研に魅入っているときだった。不意に声がかかり、襖がそっと開けられる。
 着物姿の少女、宿禰は脇に盆を置き、廊下に正座をして頭を下げる。
 それから盆を手に立ち上がり、すすす、と淑やかに歩を進める。
「粗茶ですが」
 客人である陽彦に茶を差し出したときだった。彼女の瞳が、ふと机の薬研へとそそがれる。
 寺に住む以上、そしてこうした相談事の場に茶を運んでくる以上、それが危険であるということは十分にわかっていたはずだった。
「――見事なものですね。これは一体……」
 だが言葉と共に、宿禰はそれに手を伸ばす。
「宿禰!」
 清明が声と共に立ち上がったときには、すでに遅かった。
 彼女の手が触れた瞬間。貼ってあった札は崩れるように消え去り、黒いもやのようなものが彼女の中へ入り込む。
 清明は護法(式神)である蛇、文殊を使ってその黒いもやを追わせるが、しかしそれも間に合うことはなかった。
 その場に昏倒する宿禰を、横にいた陽彦が抱きとめる。
「――熱が……」
 触れた途端、ハッとするほどの高熱だった。


「どういうことや!」
 布団に横にされ、濡れタオルを頭に置かれた少女を前に、金髪の少年、雷明が怒鳴りたてる。
「雷明、座れ。病人の前で騒ぎ立てなや」
 強い怒りを抑えきれない様子の雷明も、苦しそうな宿禰に目をやり、どかっと腰を下ろした。
「――せやから、反対やったんや。兄貴は好きでやっとるんかもしれんけど、宿禰は普通の女のコなんやで。それを、こんな風に巻き込んで……!」
「ゆうとくけどな、客人に茶ぁ淹れたがるんは宿禰やし、危険やとわかっとるもんに勝手に触れたんもアイツやで」
「そしたら自分には責任ないっちゅうんか!」
 兄の言葉に激昂して声を荒げる雷明に、陽彦はどうしていいのかもわからず、申し訳なさそうにうつむく。
「――雷明、この際やからハッキリ言うとくけどな。うちにはよう厄介ごとが持ち込まれるし、それで被害受けることかてある。そんでも他の被害を減らすために、そら承知せなあかん。宿禰はちゃんとわかっとったで。……起こってしもうたことについて、弁解はせん。せやけどこうなった以上、なんとしてでも助けるんが俺らの役目やろ。それとも自分は、文句言うしか能がないんか?」
 無表情のまま、淡々と説く清明に、雷明はぐっと唇噛むように押し黙る。
「――どうする気や」
「祈祷しかないやろな。薬研に取り憑いとったんは病の鬼……病鬼や。このまま放っといたら宿禰の身体がもたんし、宿禰の中におる以上、直接攻撃を仕掛けることはできん」
 清明はまぁ密教僧ゆうたらそもそも祈祷が仕事やし、と口にしながら立ち上がる。
 言葉はきつく、動揺は見せないが彼も宿禰という少女を心配しているのだ。
 祈祷用の祭壇を用意するために清明が出て行き、雷明と宿禰の元へ残された陽彦は居心地が悪そうに様子を窺う。
「……わいは、謝らんからな」
 口を尖らせ、拗ねたような口ぶりでつぶやく雷明。
「えぇ。謝ることはないと思います」
 陽彦は穏やかに言葉を返す。
 すると、雷明はますます眉間にしわを寄せ、ふい、と顔を背けてしまう。
 陽彦はそっと、苦しそうに息を吐く宿禰を見下ろした。
 ――初対面の自分でさえ、幼い少女の苦しむ姿は胸が痛む。
 それが家族であったなら、その痛みは比べ物にならないものだろう。清明は仕方がないと言っていたが、元凶となった自分が恨まれても仕方がないと陽彦は思った。
 やがて、清明が戻ってきて、作業を始める。
 紐のついた金の棒や金の小さな食器のようなものなど、素人目には何がなんだかわからないものが次々と並べられていく。
 兄の命令を受け、雷明もそれを手伝わされていた。
 渋々といった感じだが、宿禰を助けたいという気持ちから、表情は真剣そのものだった。
 陽彦はそうした儀式についての知識を持たないため、黙って見守っていた。
 壇の中心に炎が焚かれ、数珠を手にした清明が合掌し、瞳を閉じる。
「オン・サラバタタギヤタ・ハンナマンナナウ・キヤロミ」
 同じ文句を雷明が倣い、繰り返す。
「オン・ソハハンバ・シユダ・サラバタラマ・ソハハンバ・シユド・カン」
 大きく揺れ動く炎の熱気が、離れていても伝わってくるようだった。
 ゆらり、と。
 宿禰の身体の周囲を黒い影がうごめく。
 ――効いている……?
 集中力を乱さぬよう声もあげず、動くこともためらいながら、陽彦はその様子を見守った。
「オン・タタギヤトウ・ドハンバヤ・ソワカ。オン・ハンドボ・ドハンバヤ・ソワカ。オン・バゾロ・ドハンバヤ・ソワカ。オン・バザラ・ギニハラチ・ハタヤ・ソワカ」
 真言を受け、黒い影は苦しげにうごめきながら宿禰の中から這い出てくる。
「オン・キリキリ・バザラバジリ・ホラマンダ・マンダ・ウンハッタ」
 炎の勢いが、増していくようだった。
 それを目の前に座する清明の表情は涼しげだが、頬を一筋の汗が伝う。
 弟の雷明は兄の一言一句に注意を払い、炎にこそ真実が隠されているかのごとくに、ひたすらにそこを見つめている。
 黒い影を見据えているのは、陽彦だけだった。
「オン・サラサラバザラ・ハラキヤラ・ウンハッタ」
 人の形をつくり始めていた影が、ついにその姿を現した。
 醜く歪んだ、溶けかけたような顔。ブツブツとイボのようなものが無数にある肌は血色も悪く。髪は白く撫でつけるほど量しかなく、瞳はにごっている。
 ボロボロの布きれをまとうその姿は、妖怪というよりは疫病神のイメージに近かった。
「オン・キリキリ・バザラウン・ハッタ」
 最後の言葉と共に、清明は五鈷杵――金色で両端が五つに分かれた法具――を化物に投げつける。
 ぎぇえぇ、と、何かをひきつぶしたような耳障りな声が響く。
 陽彦も応戦しようと、手近にあったものをてんでに投げつけていく。意味があろうとなかろうと、関係ない。
 このようなものが人を、目の前の幼い少女を苦しめていたのかと思うと、何かをせずにはいられなかったのだ。
 しかし、座布団や盆などでは、普通の人間だって倒せるわけはない。
 他に何かないかと探していると、すぅっと巨大な白蛇が横切った。
 左側……視力の悪い、眼鏡をかけている側だったため、一瞬何が通り過ぎたのかわからず、動きを止めてそちらに目をやる。
 白蛇は化物にからみつき、ガッと大きな口を開けていた。
「オン・キリキリ・バザラウン・ハッタ」
 祈りを込めるような、最後の言葉は。先ほどと同じものだったが、陽彦の耳には死者を弔う念仏のように聞こえた。
 蛇にからみつかれたまま、光を受け、病鬼は溶けるように姿を消していく。 
 ――終わった……。
 思うなり、陽彦はその場にへたり込んだ。
「……すまんかったな。えらい時間がかかってしもうた」
 清明がそういって、無表情のまま手を差し出す。
「いえ。見事な腕前でした。……本当に、助かりましたよ」
 陽彦は眼鏡を直しながら、その手を借りて立ち上がる。
「兄貴! 宿禰の熱、下がってへんで!」
 二人のやりとりに、雷明の甲高い声が割って入る。
「え……っ」
「当たり前や。病鬼を祓うたからゆうて、すぐに完治するもんと違う。祈祷で毒素取り除くんはできるけど、病気平癒は時間がかかるからな。こんくらいの症状やったら看病したる方が早いかもしれん」
 淡々と答える清明に、雷明の表情が険しくなる。
「あの」
 睨み合う兄弟を前に、陽彦が小さく手をあげる。
「それでしたら、僕が薬を調合しましょうか? 鬼や魔物を祓うような能力はありませんが、身体の不調となれば、僕の専門分野ですから」
 陽彦の言葉に、雷明は半ば胡散臭そうな表情を浮かべ、兄の反応をうかがった。
 清明は無表情に陽彦を見据え、それから小さく微笑みを浮かべた。
「――頼むわ」
 言って、元凶となった薬研を陽彦の手に渡す。
 ずしりとした重みはあるが、もう妙な気配は感じなかった。
「助かる」
 小さな言葉に、陽彦は通り過ぎる清明を振り返った。
 しかし彼は振り返ることなく、背を向けたまま部屋を出て行った。
「……その薬、信用できるんか?」
「信用してください。薬の調合は、僕の本業です」
 雷明の言葉に、陽彦は苦笑と共に言葉を返す。
「ほんまに、それで治してやれるんか?」
 更に真剣な瞳に浮かぶそれは、疑いではなく希望だった。
 陽彦はふっと微笑み、うなずいて見せる。
「体質がありますから、全員に同じように効く薬というものはありませんが、その人の体質と体調に合わせて調合する薬には、確かな効果をお約束できます。彼女がかかっているのは未知のウイルスなどではなく、古来からある病気ですからね。手持ちの薬だけでも十分に治せます」
 腰元から薬籠(やくろう)――携帯用の薬入れ――を取り出し、そこからいくつかに区分された粉末状の薬を見せてやる。どれも自分の手で調合したものだ。
「――そうか」
 ホッとしたように、雷明は微かな……本当に微かな笑みを浮かべた。
 それからハッとしてもう一度顔を引き締めると。
「一応、今回のことはそれで水に流したるわ。せやけど、今度宿禰巻き込んだら許さへんからな!」
 ビシッと指をさし、威勢を張る姿に、陽彦は思わず笑ってしまった。
 目を覚ました宿禰に「ありがとうございます、あなたは命の恩人です」と、大げさすぎるほどの礼を述べられ、困惑するののはそれからほんの数時間後のことになる。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6984 / PC名:宵屋・陽彦 / 性別:男性 / 年齢:20歳 / 職業:薬屋店主】

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■         ライター通信          ■
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 宵屋 陽彦様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回は薬研に取り憑いた病鬼の退治依頼ということで、祈祷をメインにさせていただくことになりました。
残念ながら祈祷への参加はしていただけませんが、それだけでは難しい体調不良については、専門の陽彦様にお任せすることに致しました。
陽彦様はのんびりした穏やかな雰囲気で描かせていただいたつもりです。成功しているとよいのですが。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。