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<東京怪談ノベル(シングル)>


夜に舞えば美し



 思わず、自然に笑顔を向けた。
 その瞬間、笑顔を向けた相手、凪風シハルは一瞬何か思いだしてふっと身構えた。
 静修院刀夜はその様子を面白そうに、見て笑う。
「何もしないって」
「されたら、たまりません」
 刀夜がいっぽ近付けば、彼女は一歩下がる。
 そんなやり取りをして距離は一行に縮まらない。
「ち、近寄らないでくださいっ! あなたにかかわってる暇なんてないんですから」
「そういえば、こっちもこっちで仕事があるんだよね」
 面白いから忘れていた、と刀夜は言う。
 その言葉にまた何かしら反応を示す少女が面白くてしょうがない。
「本当に何もしない、何もできない距離だろう?」
「それはわかってますけど……それでもなんだか安心しちゃダメなような気がして……」
「ひどいなぁ」
 そう言って刀夜は笑う。
「わ、私こっちなのでこないでくださいよ」
「俺もそっちの方向だが……あまりいじめるとかわいそうだから遠回りしてあげよう」
 くるっと背中を向けて刀夜は歩き出す。
 背中に向けられる視線をかわいらしく感じながら。
 ここで会うとは思っていなかった。
 つい先日あったばっかりの少女と何かしらの縁があるのかもしれないと刀夜は思う。
「帰りにまた会えると、おもしろいかな。でも今は」
 今、気を向けなければいけないのは仕事。
 請け負った仕事は、失敗することはないと思われる。
 けれども気を抜くことはない。
 相手は人の想いの凝り固まったものだと調べは付いている。
 少々厄介ではあるが、問題はない。
 そして立ち止まる。
 見上げた視線の先には廃ビル。
 この場所から濃く気配を感じる。
 一歩、その廃ビルの中に踏み込むと空気がひやりと頬をなでた。
 薄暗い闇の中に、鋭い感覚。
「……敵意だけはしっかりあるんだな」
 あたりを見回しても動くものはいない。
 待ち構えているのか、それとも今いないのか。
 それは奥へ進まないと、まだわからない。
 一歩一歩、足音は極力たてないように進んでいく。
 と、ふと後からかすかに聞こえた足音に、刀夜は立ち止まる。
 薄暗い中、ふと銀色が閃いた気がした。
 まさか、とは思ったのだけれども。
 そのまさか、は現実で。
「やっぱり」
「!! 私の前になんでいるんですか」
「それならなんで俺の後に」
「こ、こっちにとりにきたものがあるからです、お仕事で」
「俺も仕事だ」
 しばし、沈黙が流れる。
 もしかして、目当てのものは多少の違いはあれども、進む先は同じなのかなという考え。
「‥‥とりにきたものって?」
「それは秘密にしないといけないことです」
「確かに。俺は退魔の仕事だが……」
 と、ふと刀夜は考え込む。
 どうしたのか、と怪訝な顔をでシハルは目の前にいる。
 彼女の力量が足手まといにならないものだということは、先日の一件で知っていた。
 刀夜は口を開く。
「協力しないか? そっちの方が早く終わりそうだ。俺には君がとりにきたものは必要ない」
「協力ですか……ま、また何か」
「しない。これは仕事の話だから」
 そう言うと、シハルは少し考えて、そして頷いた。
「早く終わるに越したことはありませんから……よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げて、歩み寄るけれどもその距離は長い。
 刀夜が立ち止まると彼女も立ち止まって、それが面白くて何度も行った。
「……は、はやく進んでください」
「横に並んだらだな。そこじゃ何かあっても反応が遅れると思う」
「……そうですね。仕事の上で私情は持ち込んでは駄目……私の自覚不足でした」
 刀夜の言葉に、シハルは呟き隣に並ぶ。
 今まで困ったようなあいまいな表情も浮かべていたのに、きりりと仕事だけを見る強い視線。
 ひっそりそ静まる廃ビルの中。
 ふっと、無風の中に風が走る。
「っ!!」
 即座に構える。
 刀夜は太刀を、シハルは鎌を。
 一瞬の静寂の後、勢いつけて二人へと向けられる黒い影の鋭い刃。
 ガキッと高く硬い音が、耳の中を劈いて響く。
「っ!! 右は私がっ」
「任せた」
 幾本もの動く、実体をもつ影の攻撃は止むことはない。
 刀夜はすべてを受け流し、はじき飛ばす。
 力で対抗することも可能だが、それを行うよりも効率的。
「太刀では弱いか……」
 手ごたえはあるけれどもそれは確実なものではない。
 戦法を変え、太刀から業物に持つ武器を変える。
 ざんっと切り払う影。
 いつまでもこうしていたのでは、きりがない。
 一度、二人は背中合わせに合流。
 考えていたことは、同じらしい。
「本体……といっていいのかどうかわかりませんけど、そういうのはいますか。私はそういうのに対して、あまり良い感覚を持ってません」
「了解、まぁ俺の仕事は、これを倒すこと、だしな」
 ふ、と自信ありげに笑う。
 気を澄ませばどこが中心か、それはすぐにわかる。
 けれども、何かしらの違和感。
 その中心となるもののそばにもう一つ、何か別の気配があるような感覚。
 それは、力を増幅させているような、そんな感じなのだ。
「本体は、馬鹿正直にこの黒いの集まる先に」
「わかりました」
 そう言ってぐっと低く、体を沈めて踏み込むシハル。
 その行動は予測の範疇ではあったが突然だと対応もワンテンポ遅れる。
「飛び込むなんて怖いもの知らずだ」
 刀夜はその後ろを、サポートするように術を交えて追う。
 視界に入らない場所は互いにカバーしあって、突き進む。
 突き進むほどに、攻勢は激しくなっていく。
 やはり何かおかしい、そう思わずにいられない。
「! あれですか!」
 霧払い追い詰めた先、幾分か小さくなって動く黒い影。
 実体はまだしっかりとある。
 そしてその中心に赤い光。
「……私の探し物……」
「あの赤いのは、俺の調べにはなかったが……あれは探し物か?」
「ええ、ルビーなら、そうです」
 きらきらと光を放つそれはまぎれもなくルビー。
「倒さないとあれはもらえないみたいですね」
「そうらしいな。だがあれは……なんだか嫌な感じがする」
「そういう感覚は感じますが、それでもやらなければいけませんから」
 一閃、横に薙いだ鎌に影は真っ二つにされる。
 だが、それはすぐに集まって形を成す。
 それはシハルの反応できない側に集まり、鋭く突きさす棘状を生む。
 上からの攻撃は、鎌をふるうのに、反応しきれない。
「!!」
 けれどもそれはあたらない。
「まったく……無茶なことを」
 刀夜が、受け止めて軌道をそらしていた。
 けれどもそれは刀夜の腕をかすめ、血を流させる。
「あなた……!」
「俺のことより、先にこっちだろ」
 言われて、そのとおり。
「あのルビーだけ外せれば、俺がとどめを刺す」
「わかりました」
 ふっと呼吸をそれぞれ整える。
 そして、踏み込んだ瞬間、鎌の刃先でルビーを捉え、その影から取り出す。
 その次の瞬間には、消えかけるその影に向かって小刀を刀夜は投げる。
 それが、突き刺さった瞬間に影は一瞬縮こまり、霧散。
 跡形もなく、消えはてる。
 残ったのは、先ほどはじかれたルビーのみ。
 床に転がって、赤く光る。
「……もうさっきの黒いのはいませんか」
「ああ、あれは人の想いが固まった魔だったな」
「……あのルビー、いろんな人の手に渡ってたそうです。それかも、しれませんね……あの、手大丈夫ですか」
「ん、こんなの掠り傷だからな」
「そうですか」
 シハルは、ちょっと心配して、そしてすぐいつもの表情に戻る。
 ルビーを拾い上げ、しまうと刀夜に背を向けた。
「あれ、もう行くのか?」
「仕事は終わりです。ご協力ありがとうございまし」
「こちらこそ協力ありがとう」
 刀夜は笑って、シハルの背に言葉を投げかける。
 そして、彼女に向かってもう一言。
「今度は仕事も抜きで一緒に過ごしたいね」
「何か聞こえた気がしますが聞こえなかったことにします」
「聞こえなかった、ならもう一度言うよ。今度は」
「何も聞こえませんっ!」
 刀夜の言葉から逃げるように、シハルは走る。
「聞こえてる癖に聞こえないなんて……」
 相当、照れてる。
 そう感じて刀夜は笑った。
「さて、今度はいつ会えるかな……」
 その呟きは、闇に溶けるように。 





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