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<東京怪談ノベル(シングル)>


博士と私

 仕事で会社の外に出られるのはいいわよね。ずっとオフィスにいると眠くなるし、肩こるし。
「雅隆様、ちゃんといるわよねぇ……」
 何となく嫌な予感を感じつつ、私は歩く。手にはおっきな封筒と、その中にはパッケージされた試験管。行き先は篁研究所。食品・科学関係が主な篁コーポレーションは、いくつか研究所を持っているけど、ここは特別。
 それは……。
「あ、さくのんだ。いょーう」
 研究所の入り口で、大きく手を振ってる姿。ここの研究室長でもあり、社長の兄でもある篁 雅隆(たかむら・まさたか)様。色んな特許を取っていたり、世界からかなり注目されている科学者らしいけど、にぱっと笑っている姿にはそんなかけらはみじんも見えない。つか雅隆様、なんで大正ロマン書生風な格好してるのよ。若く見えても、三十路超えてるんですよ。
「はい、雅隆様、『ボケッと散歩中に敵対会社に奪われた』資料と試薬品取り返してきましたよ」
 持っていた封筒を渡そうとすると、雅隆様はぷうっとふくれっ面をする。
「雅隆様って呼ぶのやめてー。僕もさくのんって呼んでるんだから、ドクターって呼んで♪」
 あのですねぇ、一応社長のお兄様なんだから、様付けは基本なんですが。
 でもまあ、他人行儀よりはいいか。この調子だと、私の仕事終わらなそう。
「分かりました、ドクター。報告書も入ってるから、ちゃんて読んで下さいね」
「あーい。すまないねぇ、こんな時あいつがいてくれたら……」
 誰だ、それ。
 そもそもこの話、雅隆様が開発中の試薬持ったまま駄菓子買いに行って、そこで奪われてって言うんだから、しょうもない。雅隆様は「どうせ僕の字なんて悪筆(本当に雅隆様の日本語は解読不能)だし、試薬もまた作ればいいじゃん」なんて軽く言ったけど、それじゃ会社の面子が立たないのよ。
 で、結局私達Nightingaleが出て資料を取り返して、雅隆様は社長にお説教を喰らったわけだけど。
 中を確かめながら、にこぱっと笑う雅隆様を見て私は溜息をつく。
「変な尻拭いはもう勘弁して下さいね」
「うん、自重する」
「自重じゃなくて、自覚を持って下さいよ。ドクターだって注目されてるんですよ、いい人にも悪い人にも」
 何か知らないけど、雅隆様って秘書の人がいるときは割とちゃんとしてるのに、一人になると羽目外すのよね。良く言えば天真爛漫、悪く言えば脳天気。
「僕人気者?注目の的?」
「そうですよ。少しは反省して下さい」
「ごめんねー。今度から大事な物は持って歩かないよう気をつける」
 待ってくもってその通り。駄菓子買いに行くのに資料なんて必要ないでしょ。
 あ、大方その足で社長に見せに行く気だったんだろうけど。
「悪いと思ってます?」
「思ってるよぅ」
 にやり。
 そうだ。私、前々から雅隆様に頼みたい事あったのよね。
「悪いと思ってるなら、おねだりいいですか?」
 そう言うと、雅隆様はくりっと首をかしげてこんな事を言う。
「危ないウイルス欲しいとか?」
 ……誰がいるか、そんな物。
 このペースにいちいち突っ込んでるとそれだけで疲れるので、私は話をさっさと済ませるべくポケットから携帯を出して雅隆様に突きつけた。
 画面には、私の一番の友達が綺麗な女性にお姫様抱っこされている写真が映し出されている。防犯カメラからぱちった内緒の写真。
「以前彼女に服買ってあげるって言ったとか。だから私にも買って下さい」
 彼女とは結構仲良くメールのやりとりしてるんだけど、部屋着がジャージとかで雅隆様が服買ったげるって言ったらしいのよね。だったら私も買って欲しいなーなんて。諜報部は地味な仕事だから、雅隆様と直に会う機会も少ないし。
 雅隆様は私が突きつけた画面を見て、何だか妙に嬉しそうだ。
「おおー、お姫様抱っこだ。さくのん服欲しいの?」
「欲しいです。買って下さい」
「おけー。んじゃ行こっか」
 え?いえ、別に選んで下さらずともお金だけで……。
 そう思っているうちに、雅隆様は私の手を掴んで研究所の奥に向かって声を掛ける。
「僕ちょっと、さくのんとお出かけしてくる。お薬置いてあるから取りに来てー」
 ちょっと待って、手掴むなー!どうせ外出る理由にする気でしょうがーっ!
 そんな事をいう間もなく、雅隆様は私の手を引きスキップでもしそうな勢いで歩いていく。
「おっ買い物っ♪おっ買い物っ♪」
 連行された……ま、いっか。お供を理由にサボれるし。
 問題は、雅隆様の格好だけなのよね……どこから見ても、立派なコスプレ青年。あーあ、ちょっと恥ずかしいなぁ。

「……で、何で袴なんですか?」
「可愛いから」
 最初に連れて行かれたのは、何故か呉服屋さん。そこでドクターが選んだのは、自分の格好に合わせてなのか、着物に袴という「大正ロマン女学生」風の衣装だった。
 しまった。
 そう言えば雅隆様って、服のセンスが独特だっだんだわ。普通のスーツ着てるのなんて、雑誌の取材とパーティーの時だけなんじゃないかしら。
「嫌ですよ袴なんて。大正のハイカラさんや某女子大ですか!」
「ぇー、和服を着こなす女の子って可愛いでしょ。あ、これも柄いいよねー」
 だから、もっと流行の……つか、人の話を聞け。選ぶな選ぶな。
 きつく言うと目に見えてしょんぼりするのが分かるので、私は一生懸命押さえつつ、着物の柄を見ている雅隆様にこう言った。
「出来れば、別の服がいいんですが」
 着物を持ったまま、「んー」とか言って考える雅隆様。
 あるじゃない。夏の流行のワンピースとか、レギンスとか、マリンルックとか、スキニータイプのデニムとか。
 少し期待して待っていると、雅隆様はポンと手を叩いてうんうんと頷く。
「あ、じゃあゴスロリ」
「じゃあゴスロリって何が『じゃあ』ですか」
「僕が好きだからー」
 ああーっ、もう、自分の趣味に合わせないで下さいよ。このマイペースさ加減は、本当苦労するわぁ。
 思わず溜息をつくと、雅隆様は笑いながらこう言った。
「僕の選んだ服着てくれるなら、その後でさくのんが欲しい服買ったげるよ」
 え、今何とおっしゃいました?
 私は自分の耳で聞いた事を確かめるように聞き返す。
「これ着たら、普通のも買ってくれるんですか?」
「普通ってのがよく分からないんだけど、僕が着せたい服ばっかり買ってもしょうがないでしょ?」
 うーん、悩むわぁ。
 確かに袴も個性的という意味じゃ悪くないんだけど、これを一人で着る勇気は……あ、そうだ。いい事思いついた。
「じゃあ袴もゴスロリも、私とあの子でお揃いで買って下さい」
 それはさっきの写真でお姫様抱っこされていたあの子。雅隆様もそれに気付いたのか、くりっとまた首をかしげる。
「二人分買えばいいのぅ?」
「はい。彼女なら似合いますよ。サイズは完璧覚えてます」
 私の『絶対記憶』の中に、サイズはばっちり入っている。それにあの子ってば磨けば可愛いのに、化粧っけもないし、部屋着はジャージだし、こういう服絶対似合う。私が言うんだから間違いない。
 でも、流石に二人分は言い過ぎかな。
「いーよー。じゃあ、色とか僕選ぶねー」
 けろっとあっさり言ったわね、ブルジョワめ。つか、これってある意味上司強請ってんのよ。悪いと思ったら服買えって……ああ、雅隆様にそれを言っても無駄だわ。だって、今一番楽しんでるのこの人だ。
「さくのんは桜色の袴で、お揃いで紅色にしよーっ。さくのん髪短いからモガっぽい感じで、あの子は袴に合わせたリボンつけて」
「別にモガでもモカでもいいんですけどね」
 よし、和服に関しては雅隆様に任せちゃえ。
 これでパーティーとか行ったら注目されそうだわ……ドレスとかよりも、結構良いかも。
 でも流石に、今日の雅隆様みたいに普段着にするのは無理だわ。着こなして違和感ないのが不思議よね。

 袴はサイズ直しをして送ってくれるという事で、今度は雅隆様行きつけのショップへ。
「ドクターって、いつもこういうところで服買ってらっしゃるんですか?」
 前々から不思議だったのよね。マントとかスーツとかどこで買ってるのかって。
 既になじみの店員さんに挨拶をして、雅隆様はくるっと振り返って笑う。
「んー、僕はここでは小物の方が多いかなぁ。普段はオーダーで作ってもらったり、こういう所で買っても脇とか自分で詰めたりする」
 オーダーですか。確かに普通には売ってないわよねぇ、ウサギの耳が付いた帽子なんて。
 今日は私達の服って事で、女性物のコーナーへ。コルセットやガーターとかもあるけど、むろん雅隆様はそんな事気にするわけがない。
「ビスチェいいよねー。さくのんスタイル良いから、ビスチェにジャケットとか可愛くない?下はタイトなパンツやスカートかな」
「ノリノリですね」
 もっとレースとかフリルびらびらの服を選ばれるんじゃないかって、かなーりビクビクしてたんだけど、その辺はさすがというか何というか。
「私パンツがいいです。これなら使い回し効きそうだし」
「じゃ、さくのん白いビスチェでさ、黒のパンツがいいよ。彼女にはそれと逆に黒いビスチェに、深いスリットの入ったタイトスカート……」
「スタイル良いから、少しボンテージっぽいのも行けそうじゃないですか?」
 何かそれはそれで楽しかったりして。
 普段絶対来ないけど、自分が着ない服を見るのもなかなか楽しいもんねぇ……って、雅隆様、何でメイド服とか見てらっしゃいますか?
「あのー……着ませんよ」
「えーっ、シスターメイドさんの服あったから、これも買おうと思ったの。さくのん試着してしてー」
 前言撤回。
 ビスチェは着るわ、シスターメイド服は着せられるわ、試着だけでもうおなかいっぱい。
 でもこの服、あの子に見せたときが楽しみだわ……着ないって言っても、今日の雅隆様みたいにわがまま言っちゃうもんね。
 よーし覚悟してろよ。

「いやー、お買い物って楽しいねぇ」
「私はちょっと疲れました」
 やっとショップから解放されたのは、かなり時間が経ってから。大きな紙袋を一つずつ持って、雅隆様と私は並んで歩く。なんかもう大正ロマン書生風も見慣れちゃって、一緒に歩いててもいっかぁって感じ。浅草とかで人力車に乗ってても驚かない。
「お茶でも飲んで休憩しよー。僕チョコパへ食べたい」
「パフェって言えてませんよ」
「んーんー……ぱへ」
 ファッションビル内にある喫茶店に入って、アイスコーヒーとチョコレートパフェを頼む私達。
 そういえばずっと見てたけど、雅隆様カードじゃなくて現金払いだったな。やっぱり落としたり、なくしたりしないようにってやつかしら。ライバル社に資料とか奪われるぐらいだもん、カードなんかあっという間になくしそうだわ。
 先に来たアイスコーヒーを一口飲んで、私は息をつく。
「あ、ドクター。彼女が色々着た姿の写メあげますね」
 忙しいのか暇なのか分からないけど、服着たときに会えるとき限らないからこれぐらいはしなきゃね。私の言葉に雅隆様は満面の笑みで頷く。
「うわーい、楽しみにしてる。僕のメアド知ってるよね?」
「大丈夫ですよ。ドクターメール打つのめっちゃ早いじゃないですか。パソコンは苦手でしょうから、携帯に送りますよ」
「そうして。パソコンは何か苦手なのー」
 うん、ちゃんと知ってるから安心して。
 パソコンが苦手で、超音痴で、字が度下手くそで、駄菓子が好きな天真爛漫の憎めない天才博士。
 何だかすっかり振り回されちゃったけど、一緒に服を着るのは楽しみかな……あ、ゴシック服買ってもらったなら、今度はあの子に化粧とかも教えてあげなきゃ。
「ところでドクター、ちゃんと流行のも買って下さいよ?」
 やっと着たパフェのバナナをスプーンですくった雅隆様は、嬉しそうに笑いながら私を見て。
「流行のって、今何が流行ってるのか分からない。さくのん、僕に最近の流行教えて♪」
「………」
 最初から、自分の趣味の物だけ買う気満々だったのね。
 こりゃあの子と雅隆様の二人だけで、買い物なんて行かせられないわぁ。雅隆様嘘教えるだろうし、あの子もファッション事情に疎いから、絶対騙される。
 はーぁ。
 雅隆様には任せらんない。こりゃ私が、あの子のファッション番長になるしかないわね。上から下まで魅力的にしてやるんだから。
 ねえ、雅隆様聞いてます?ちゃんと流行の服も買って下さいよ。
 え?
「でも、流行って皆同じ服着てるの変じゃない?」
 それは雅隆様が個性的すぎるんですよ。中身が変われば見た目も違いますから。
 つか、お金だけ下さい。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
交流メールで頂いていた「服を買いに行く」という話から、振り回されつつも買い物という感じで書かせて頂きました。普段は三人称が多いのですが、一人称も好きなのでシチュノベでは一人称でやっています。
散歩中に資料を盗まれるというのは、本気でやらかしてそうです。本人に危機感は全くないので、是非是非フォローをお願いします。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。