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<東京怪談ノベル(シングル)>


Solomon Grundy?

「困りましたねー」
 今、黒 冥月(へい・みんゆぇ)と立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、少し厄介なことになっていた。
 ある妙な薬のせいで、二人の意識は入れ替わっている。冥月の体に香里亜の意識、香里亜の体に冥月の意識。
 いったいこれからどうするべきか……。香里亜はじっと冥月を見下ろしている。
「別々に過ごすと色々まずいだろうな。知り合いに会ったときにつじつまが合わなくなる可能性がある」
「じゃあ、私の家に来ませんか?狭いかも知れませんけど、その方が色々と困らないでしょうし」
 それが一番だろう。元の体に戻るためには少なくとも一週間かかるという。冥月の住処はまだ明かしたくないし、香里亜の家なら何度か食事に行ったこともある。
 だが、誰かと長く共に過ごすのは、東京に来てから初めてだ。無論共同生活もしたことがない。そんな自分が上手くやっていけるだろうか。
「一緒なら困ることもないですし、ダメですか?」
「いや、一週間か……仕方ない。世話になろう」
 こうして、奇妙な一週間は始まった。

【居候当日】
「冥月さんって、もうお風呂入りました?」
 香里亜の家に来て、まず聞かれたのはそれだった。本当はこうなる予定はなく、仕事が済んだら家に帰って風呂に入る気だったのだが、予定がすっかり狂ってしまった。座布団に座った冥月は出された麦茶を飲みながら溜息をつく。
「いや、まさかこんな事になるとは思っていなかったし、これから入る気だったんだ。香里亜は?」
「私はジョギングが終わった後に入ったんですけど、代わりに入ります?」
 何だか変な話だが、そうしてもらうしかないだろう。髪の長さが違うので洗い方などに違いはあるかも知れないが、何にせよ風呂には入りたい。
「そうしてくれ。二度も風呂に入るのは変かも知れないが」
「そんな事ないですよ。じゃあ、用意してきますね」
 部屋に行きバスタオルや髪をまとめるためのヘアバンドなどを用意し、香里亜は何かに気付いたように首の後ろに手を回そうとした。
 それは冥月がいつも肌身離さずつけているロケット。そこに冥月が声を掛ける。
「すまない、触らないでくれ」
 暗い声の冥月が、香里亜の手を掴み自分の手でロケットを外す。意識は変わっているが、やはりこれは自分が外さなければ。
「これは誰にも触れられたくないんだ」
 中に入っているのは、今は亡き恋人の写真。それを胸に抱き冥月は黙り込む。
 いつか香里亜には話さなければならないだろう。だが、今はまだ話せる勇気がない。ましてこんな時に、余計な思いを背負わせたくはない。
「………」
 何だか重い空気が、二人の間に流れた。
 だが、香里亜も何となく分かっていた。いつもつけているロケットは、きっと冥月にとってとても大事な物なのだろう。だったら無理に聞いたりする必要はない。
 にこっと微笑み、香里亜はさっと立ち上がる。
「じゃあ、お風呂入ってきますね。冷蔵庫に麦茶とか牛乳があるので、好きに飲んで下さい。食器棚にはお茶やコーヒーもありますから」
「ああ、すまない」
「いえいえ。二回目のお風呂はラベンダーソルト〜♪」
 鼻歌を歌いながら香里亜が風呂へと向かっていく。香里亜はこういうときに無理に詮索をしてこない。それがありがたくて、そして申し訳なかった。
「………」
 ぎゅっ。手にしたロケットの固さを手で感じていると、風呂場の方からはしゃいだ声が聞こえた。
「わー、大きい」
「み、見るなっ」
 何度も一緒に風呂に入ったりしているのだが、意識が違うと思うと何だか気恥ずかしい。冥月は慌てて風呂場に走る。

 夜。床で寝ると言った冥月に、香里亜は「一緒にベッドで寝ましょう」と提案した。
「私小さいし、寝相いいですから一緒に寝れますよ。冥月さん寝相が悪いとか?」
「いや、寝相は悪くないが」
 だが、自分の姿が目の前にあるというのも何だか妙な気分だ。冥月は香里亜のパジャマを着て、香里亜はロングTシャツを寝間着代わりにしている。
「胸がきつくて服が着れないって、新鮮です……」
 それはむしろ不便なのではないだろうか。女心はよく分からない。

 その夜、冥月は久しぶりに亡き彼の夢を見た。
 夢に見るのはいつも同じ。彼が自分の手の中で少し頬笑んで死ぬ光景。血塗れの手が自分の頬を撫で、声にならなかった言葉が甦る。
『………』
 目が覚めると目には涙が溢れていた。自分の体ではないのに、涙は出るのか。
 そつと寝返りを打つと、自分の顔が幸せそうに眠っている。

【二日目夕方】
「うわー、体が軽いです」
 冥月は香里亜に護身術を教えているのだが、一緒に走り込みをすると思った以上に体力の差が出た。冥月の体に入っている香里亜は、どこまでも走れそうなぐらいだが、小柄な香里亜の体に入っている冥月は、いつものペースで走るとすぐにバテてしまう。
 息を切らせて立ち止まると、香里亜は跳ねるように走ってきてその場でジョギングの姿勢を取る。
「大丈夫ですか?」
「ああ……体が違うと、体力も違うのか」
「そうみたいですね。でも、走ると胸が揺れるのが何か嬉しいです。きゃー」
 やっぱり女心はよく分からない。
 だが一つだけ思ったことがある。もっと鍛えなければダメだ。走り込みや訓練もそろそろ次の段階に進まなければ。
 そんな誓いをしていることを、香里亜はまだ知らない。

【三日目朝】
 二人はニュースを見ながら朝食を取っていた。今日はご飯と根菜のみそ汁、子持ちししゃもに大根おろし。そしてだし巻き卵に茹でたアスパラだ。香里亜は朝食はしっかり食べる派らしい。
「おかわりいかがですか?」
「みそ汁だけもらおうか」
 そんな話をしていると、ピエロが手の回りでナイフをジャグリングするCMが入った。香里亜は箸を止め、それに見入っている。
「これすごいですよね。CGじゃないって新聞で見てから、何か毎回見ちゃうんですよ」
「そんなに珍しいか?」
 自分の顔が素直に感嘆しているのを見るのも不思議な感じだが、冥月は香里亜の体でその技をやってみせた。
「わっわっ、自分がそんな事やってるの見られるって、感動かも……」
 器用さには自信がある。それは香里亜の体でも変わらないらしい。

【四日目昼】
「えーっと、新タマネギが安いから、サラダにしましょうか」
 メモを見ながら買い物をする自分の姿を冥月はふい、と見上げる。いつもこの位置から香里亜が自分を見ていたのかと思うと、感慨深い。
 今日は香里亜と一緒に、スーパーに食材の買い出しだ。安いだけではなく、いい物を買おうとしている香里亜に、冥月も協力してしまう。
「すぐに食べるなら値引きコーナーのでもいいんじゃないか?」
「そうですね。お菓子に使うバナナとかだと、少し黒くなってるぐらいが美味しいですし」
 こうやって平穏な日常の買い物も良いものだ。レジに並んでいる香里亜を尻目に、冥月は酒屋のコーナーを覗いている。
 すると冷蔵庫に入れられているワインの中に、珍しい物を見つけた。
「『ウニコ』じゃないか」
 それはスペイン産の赤ワインだ。少し値段はするが、なかなか手に入るものではない。スーパーの酒屋は、時々こうして店主の趣味が出ている物が置いてある。
「店で夜飲むのにいいな」
 自分の財布からそれを買い、香里亜の所に持って行き店で飲むという話をすると、それを聞いた香里亜が冥月を見下ろしてくすっと笑った。
「持って行ってもいいですけど、私の体だから取り上げられますよ」
 そうだった。ついいつもの癖で買ったが、今は香里亜の体……未成年だ。酒は飲ませてくれそうにない。
 取りあえずワインは香里亜の家の冷蔵庫にでも預かってもらおう。
 それにしても酒も自由に飲めないとは……溜息と共に冥月はがっくりと肩を落とした。

【五日目夜】
「昼間ちょっとお使いに出たら、暴走族やヤクザさんに挨拶されて困りました。注目の的でしたよ」
 夕食後、お茶を飲みながら香里亜が困ったように笑う。
 冥月はその辺の暴走族などに「姐さん」と呼ばれるほど、恐れられている。ヤクザも何度か相手にしたことがあるので、それで挨拶をされたのだろう。
「あまり一人で出歩くなよ。私に恨みを持っている奴だったら厄介だ」
「そうします。自分じゃないのに、挨拶されたりするとくすぐったいですね」
 にこっと笑いながら、香里亜はお茶請けのごま大福を食べている。その様子を見ながら、冥月は昼間のことを思いだしていた。
 それは……。

「ちょっと、お姉様に気に入られてるからっていい気にならないでよね!」
 夕方、少し走り込みをしているときに出会った少女。それは冥月のことを慕い、香里亜にちょっとしたライバル心を持っている高校生だ。
 正直冥月としては、その猪突猛進っぷりが迷惑なのだが、今は香里亜の体だ。何か言った方がいいだろう。
「別に、いい気になってなんかない……です」
 香里亜は可愛らしく丁寧語混じりで話すので、普段クールな口調の冥月としては真似しづらい。普段の姿ならさらっと「いい加減にしろ」などで済むのに、香里亜の体なので迂闊なことを言えない。
 こういう時は喋らない方がボロが出ないと思っていたのだが、一方的に言われてるとそれはそれで腹が立つ。中身が冥月だと思ってないので、言いたい放題だ。
 その瞬間、冥月の口からとんでもない言葉が出でた。
「わ、私なんか、冥月さんと一緒に寝たことがあるんですから、口出ししないで下さい」
 ……嘘は言ってない。現に入れ替わってからずっと同じベッドで寝ている。
 ただしどう思われたかは謎だ。唖然としているうちに走って逃げてしまったし。
「………」
 この事は黙っておこう。冥月は黙って茶をすする。

【六日目昼】
 ……生まれて初めて痴漢に遭った。
 それは自分用というか、香里亜用の服を取りに行くために電車に乗っていたときで、すいている車両なのに自分の後ろについて体を触ってきたのだ。
「このっ、女の敵め!」
 すいているのをいいことに男を投げ、捕縛してやった。その後駅で詳しい事情など聞かれたが、冥月が考えていたのは全く別のことだった。
 痴漢になど、過去一度も遭った事ないのに。
 別に触られたい気持ちは全くないが、何だか複雑な心境だ。

【最後の夜】
「楽しかったですけど、もう終わりなんですよね……」
 ベッドの中で香里亜がぽつんと呟いた。冥月はそれに笑いながら聞き返す。
「私の体にいたのが面白かったのか?」
 ごそっ。香里亜が寝返りを打ち、じっと冥月を見た。
 瞳に映るのは自分の姿。その瞳が少しだけ潤む。
「そうじゃなくて、一週間一緒にお風呂入ったり、ご飯食べたりしてたから、寂しくなっちゃうなって」
 それが残念だったのか。冥月は目の前にいる自分の頭をそっと撫でた。
 姿は冥月だけど、心は香里亜で。
 姿は香里亜だけど、心は冥月で。
「今度はちゃんと自分の体で遊びに来るから、そんな顔をするな」
「はい……」
 しばらくは自分に抱きかかえられて寝ていたりしていたが、次に泊まりに来るときは逆に抱きかかえてやろう。
 寂しそうな表情は、明らかに自分のではなく香里亜のものだった。

【七日目は安堵の日】
 その日の朝、待ちわびていた薬が出来上がり、二人はやっと元の姿に戻った。
 冥月はほっとして、今までつけていなかったロケットを久しぶりに首につける。
「やっぱり自分の体が一番だな」
「そうですね。でも視点が高かったり、走ると胸が揺れたりするのは新鮮でした。なんかすごく背が縮んだ感じがー」
「そう言うな。でも、私も肩が軽かったのは新鮮だったな」
 くすっ。
 意地悪っぽく笑ってみせる冥月に、香里亜がパッと赤くなる。
「はうぅ……それは羨ましくないですよ」
 不思議な一週間だった。自分じゃない体に入っただけではなく、初めて他の誰かと長い時を過ごした。そう思うと昨日香里亜が寂しそうにしていた気持ちも分かる。
「また泊まりに来るからな」
「はい、いつでも来てくださいね」
 朝の冷たい空気に伸びをして深呼吸。
 奇妙な一週間はこれでおしまい。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ゲームノベルからの繋がりで、入れ替わっていた間の一週間ということでこんな話を書かせていただきました。香里亜は何だか憧れの体型になって喜んだりしいますが、冥月さんは大変だったかと…未成年ですし、痴漢に遭うし。
でも二人で過ごした一週間は、また特別な思い出になるような気がします。
タイトルはマザーグースの一週間の歌に「?」をつけました。言葉遊びの感覚ですので、元の曲とは何の繋がりもありません。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。