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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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悲鳴のレコード
奇妙な客がやってきた、とアンティークショップ・レンの主は思った。奇妙な人間が集まるこの店の主が言うのだから、それは相当な変人と思っていい。
「で、これかい。そのレコードは」
「はい」
その客――一見普通のサラリーマンだが、その目にはクマが出来ている。疲労が蓄積しきっている。
「悲鳴が聞こえるんだったね」
「はい。詳細は電話で話したとおりです」
サラリーマン風の男は、かれた声で言った。
このレコードはどこぞの骨董品店で購入したのだが、かけてみても悲鳴しか聞こえない。女の悲鳴がえんえんと響いているのだという。
「最初は、買ったものだし……不気味だけど、ちょっと聞いていようと思っていたんですが……」
しかし、段々と変なことが起き始めたのだという。
部屋でレコードを聴いていると、何かが空気中からぽとりと落ちる。見れば、ハエである。さらに後日その部屋を掃除すると、部屋の隅からゴキブリやらの死骸が出てきたのである。それ以後、その部屋でハエやゴキブリが出ることはなくなったという。
それからまた聴いていると、飼っている犬が病気になった。
「妻は頭が痛いと言うし……娘は体調を崩して、今休んでいます。このレコードが原因じゃないかと思ってかけていないんですが……」
「状況はよくならないと。だからウチに売りに来たわけだね。わかった、引き取ろうじゃないか」
蓮は薄く笑って言った。彼女の推測だが、もしかすると身体の小さなものから影響を受けていくのかもしれない。ハエなんかはすぐに死んで、身体の大きな犬は死ぬのに時間がかかるのかもしれない。
かけると死ぬ、悲鳴のレコード。これを処理するのは骨が折れそうだな、と蓮は思ってしまった。
「来たねサディスト。いやあ、消去消滅が仕事のあんたぐらいにしかこんな事たのめなくてねえ」
「相変わらず出会い頭に失礼な奴だな」
笑みを絶やさない男――藍沢佑を見て、蓮は複雑な顔をする。悲鳴のレコードには十分対処できる頼れる男だが、同時にあまり頼りたくない男だ。もちろんそれは、男の性格が悪いからである。
「人をなんでもかんでも消しちまう極悪人みたいに言っているがね、俺だって仕事だ。たまには消したくないものを消すこともあるさ。その辺の苦悩、わかってもらえてるか蓮?」
「にやにやしながら言っても欠片も説得力がないんだよ。悪魔妖怪の類はほとんど良い男に化けるんだ。自覚あるかい」
佑は微笑みを絶やさずに笑い続けている。煮ようが焼こうがこいつだけは絶対に食えない、と蓮は思う。
とはいえ――敵にさえしなければ、有能な奴ではあるのだが。
「詳細は電話で話したとおりさ」
「ふん、悲鳴のレコードね。確かにそんなもの、すぐさま消しちまったほうが世の中のためだな。金は出るんだろうな?」
「もちろん。それなりに用意はしてある」
それじゃ早速始めるか――と、佑はやはり微笑みながら呟いた。
蓮からレコードと蓄音機を借り受けると、そのままその場で再生した。蓮は嫌そうな顔をしたが、すぐに止めるだけということで納得してもらう。
「いっそあたしが出てったほうが良いんじゃないかねえ」
「何を言っている。依頼主に仕事の確認をしてもらうのは当然だろう」
「……サディストめ」
本音を言えば、悲鳴を嫌がる蓮の顔が見たい、というのもある。そしてそれを蓮に見透かされているのだが、佑はまったく気にしない。
レコードをかけると――確かに、悲鳴が聞こえた。耳をつんざく絶叫だ、と聞いていたが、ここまでくると確かに声ではなく、ただの音だ。
(悲鳴か? どこか違うような……)
確かに甲高い音なのだが、幾多の悲鳴を聞いてきた佑にとっては――どこかおかしいような気がしないでもない。
「ほら、もういいだろう。止めとくれよ」
「――ああ」
気にするほどのことじゃない。悲鳴を聞きなれているといっても、断末魔までは聞いた事がないのだから。
「……やっぱり、霊が宿ってるとみて間違いなさそうだな。呼びだすぞ」
佑の得意は、消去術だけではない。降霊術も特技の一つであった。それ故に蓮に頼りにされているのである。
「女……怨嗟の声ってところか……」
やがて。
レコードから現れたのは、血にまみれた女だった。
「――――ハ」
漏らした佑の声は嘲笑か、歓喜か。
女は全身を血に濡らし、目からも紅の涙をこぼしながら、それでも声をあげていた。もはや声とも呼べないほどの空気の振動だが、何が不満なのかそれでも叫び続けている。
「そーぜつ」
「喜ぶな」
別に喜んだつもりはないのだが、どうもにやけてしまっていたらしい。いいじゃんかそれくらいサドなんだからさーと思いつつ、さっそく消去を開始する。
「じゃ、まずは声帯からね。その嫌な声とさよならしよーか」
ぱちん、と指を鳴らす。この動作は消去術そのものとは関係が無いのだが、勢いをつけるためにしている、いわば予備動作だ。手品をしているときの癖のようなものである。
――しかし。
「あン?」
「おい、ちょっと、まさか失敗かい?」
蓮が慌てる。なにせ。
声帯を消したにも関わらず――人を死に至らせる悲鳴は、未だに続いているのだから。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
佑もらしくもなく慌てた。失敗はしていないはずだ。消した手ごたえは確かにあった。
あったのに――血まみれの女の悲鳴は、やまない。
「チ。なら声ごと消してやる」
再び指を鳴らす。おそらくこの声は、声帯から発しているのではないのだ。原理はわからないが――女から声そのものを消去すれば、何も聞こえない道理である。
それでも。
悲鳴は、止まらない。
「――なん、だってんだよ」
頭がまわらない。この音は一体なんだというのか。悲鳴でないのなら、一体どこから――。
佑はよく女を見てみる。絶対に何かヒントがあるはずなのだ。そう、何故こんなに血まみれなのか。口からこんなにも血を流しているのは、一体何故なのか。
そして女は、何故あんなに苦しそうな表情なのか。
「――――はん、なんだ」
そして、気付く。
消しても消えない、女の不思議な音に。
「あんた、初めから、喉が無いから泣いてたんだな」
つまらないトリックだ。女が泣いていたのは、喉がないから。
女が何者かも興味が無い。美声をほこるオペラ女優が、その才を妬まれて殺され、その時に声帯ごと喉をもっていかれた――などという、まったく根拠のない妄想だってたてることはできる。
この聞こえる音は、多分声ではないのだ。女はあまりに哀しみすぎて、その恨みが空気を振るわせるほどに具現化しているのである。それが音のように、人間に聞こえるだけだ。
「でも悪いな。俺は消すことしかできないんだ」
そう、初めから無いものを作り出すというのは、佑のできることではない。
(人選誤ったな、蓮)
心底思いながら――佑は、女を消去した。
「金は、本当に良いのかい」
「しつこいな。いらないと言っているだろう」
今回、確かに仕事は果たした。レコードは元に戻り、女の幽霊ももう出ない。
しかし、佑の気分は晴れなかった。鬱々とした感情のままなのだ。
「いやあ、しかし見直したよ。まさか『苦しみ』を消してから幽霊を消すとは。おそれいった。良いトコあるじゃないか」
「それしかできないんでな。それに原因を取り除いたわけじゃない。あんなんで苦しまなくなっても、それは偽者だ。――もういい、俺は帰る」
佑には珍しく、自己嫌悪の一日だった。もっと適任なヤツにやらせればよかったんだ、と佑は思う。
「でも、あの幽霊、笑ってたじゃないか。最後には」
「ハ」
嘲笑か、それとも自己嫌悪か。
渇いた笑いを残して、佑は骨董品店を立ち去った。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6985/藍沢・佑/男性/32歳/手品師兼消去屋】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして藍沢さま。めたでございます。サディスティックなプレイングに少々びっくりしています(笑)
文を読んでおわかりいただけたかと思いますが、自分はこんな感じの、プレイングを逆手にとった作風が得意です。サド風味は失われてしまいましたが、その分良い感じなものが出来たかと思います。
消去術がお得意のこと。しかも、ものに限らないという点が面白いですね。これからも書く機会があれば腕をふるわせていただきます。それではそれでは。お楽しみいただけたらば幸いです。
追伸:うちの異界です。よければ覗いてください。キャラも増えましてお好きなプレイングができるかと思います。
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248
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