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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


One day's memory





投稿者:no name
件名:思い出をください
本文:自分の記憶は一日しかもちません。
   どんなに楽しいことがあっても
   どんなに悲しいことがあっても
   次の日には忘れてしまうのです。

   一日だけでいいのです。
   一日だけ、自分に付き合ってくれませんか。
   長年付き合った友人ですら忘れてしまう自分は、誰かと遊んだ記憶がありません。
   誰かと、話したり遊んだり…そういうことをしてみたいのです。

   出会い系サイトのような書き込み、失礼しました。



(他人の気が、しないのですけど……)
 パソコンのディスプレイをじぃっと見つめながら、白露・鈴は心中で呟く。
 鈴には過去の記憶がない。まったくない。さっぱりない。
 気づいたら何処とも知れぬ繁華街に居て、自分の名前すら思い出せなかった。
 「あって当たり前」のものがないということ。拠り所が無い――それはとても不安で、哀しいこと。
 しばらく無言でディスプレイを凝視していた鈴は、意を決してこの人物と連絡を取ることにした。
 「自分でよかったら」という旨の言葉と、――悩んだ挙句に「私も思い出作りをしているところなんです」という内容も添える。
 返事は驚くほど早く返ってきた。
 丁寧な礼と、待ち合わせ日時と場所の提示。特に問題は無かったので了承する。
 普通ならばいきなり会うことに躊躇などしたりするのだろうが、鈴はそういうことは考えない。書き込みの内容が嘘ではないかと疑うこともしない。
 一体相手はどんな人なのかと、ただ想像を膨らませるのだった。

◆ ◇ ◆

 待ち合わせ当日。
 指定された場所――小ぢんまりとしたカフェ――に足を踏み入れた鈴は、壁際のテーブルでそわそわと落ち着き無く動いている人物に目を留めた。
 店内に他の客の姿は無い。目印などは聞いていないが、「この時間にこの場所に居る挙動不審気味の男」が相手だということだから、恐らくあの人物なのだろう。
「あの……」
 近づいた鈴が声を掛ければ、男はびくっと肩を跳ね上げ、勢いよく鈴を振り向いた。
 そしてにへらっと笑い、口を開く。
「あー、その……書き込み、くれた人?」
「はい。白露鈴といいます」
「俺は叶・陸斗(かのう・りくと)。好きに呼んで」
「じゃあ…陸斗さん、と呼んでもいいでしょうか?」
「どーぞどーぞ。鈴ちゃんって呼んでいい?」
「構いません」
 席を勧められて座る。向かい合う形になって、少し落ち着かない。
「えっと、今日は来てくれてありがと。ぶっちゃけ書き込むとこ間違えたかなーと思ってたから、嬉しかった」
 明るく笑って、陸斗はメニューを差し出す。「好きなの頼んでいいよ」と言われても、一体何を頼めばいいのか鈴には分からない。
 困惑してメニューに視線を落とす鈴に、しばらく考える素振りをしていた陸斗は店の奥に向かって声を上げた。
「海斗! なんかオススメない? 女の子が好きそうなの」
「ウチのメニューはどれも美味い。……そうだな、甘いものが大丈夫なら日替わりケーキセットあたりがいいんじゃないか」
 声に応えて現れたのは、陸斗とよく似通った風貌の青年だった。兄弟だろうか、とぼんやり考える鈴に、陸斗が問う。
「甘いもの食べれる?」
「あ、はい」
「じゃ、日替わりケーキセット1つ。俺は、」
「言わなくても分かる。少し待ってろ」
 言って、海斗と呼ばれた青年は奥へと姿を消す。ぱたんとメニューを閉じた陸斗が、鈴の不思議そうな目を見て苦笑する。
「あれ、俺の兄ちゃんらしいよ。覚えてないけど。そんで、双子」
「…え?」
 鈴は無意識に声を漏らす。陸斗は十代後半、海斗は二十代後半ほどに見える。双子というのは同い年であるものではないのだろうか。
「あはは、見えないだろ? 俺も聞いたときうっそだー、って思った。でも写真見たら信じざるを得なくて」
 すっと、テーブルの上に出されたのは一枚の写真。今と変わらぬ陸斗と、全く同じ顔の人物が並んで写っていた。
「これが十年前の写真らしい。これ撮った後くらいからだんだん俺の記憶が消えてったんだって。小さいときのことから順に消えてって、今は一日分だけ記憶が残るわけ。ちなみに原因は不明。で、それと同時にどうやら成長が止まった……っていうか記憶のリセットと一緒に体の成長もリセットされてるんじゃないかって話。だから俺、こんな形だけど三十路手前なんだってさ。ちょっと信じたくないけど」
 軽い口調で話された内容は、鈴を驚かせるには充分だった。
 記憶が無いだけでなく、成長も止まっている。それなのに――何故こんなに明るく在れるのか。
「お待たせいたしました」
 声がして、テーブルにケーキの載った皿が置かれていく。いつの間に来たのだろう、言わずもがな海斗だった。
「今日のセットはプチガトーショコラとオペラ。紅茶はアッサム。それで陸斗のはティラミス。ウチの特製。オリジナルブレンドのコーヒー付き」
「なんでティラミス頼むってわかったんだ?」
「そりゃ、ここ来るたびに絶対ティラミス頼まれればいい加減予想がつく。記憶無くても変わんないからな、お前」
 何気ない会話。記憶のことに触れていても、どこかそれが自然に感じる。
 これが、『日常』なのだ。きっと、この2人にとっての。
「ほら鈴ちゃん、食べてみなって。美味いよ?」
「あ、はい、いただきます」
 ぼんやり物思いにふけっている間に、陸斗はティラミスに手をつけていた。ぱくぱくと食べていく陸斗につられるようにして、ガトーショコラを口に運ぶ。
「…っ! おいしい…」
 思わず感嘆の声を漏らす。甘さとほろ苦さのバランスが絶妙だ。2口目を味わいながら、自然と頬が緩む。
 そんな鈴の様子に海斗は嬉しそうに笑って、「おまけ」と言ってクッキーの詰め合わせを手渡してきた。
 去り際に「陸斗のこと、よろしく頼む」と囁いて、また奥へと戻って行く。
 大事に、思ってるのだと。伝わってきた。それは鈴の心を暖かくする。 
 自然と笑顔が浮かんだ。
「激写!」
 パシャ、と音がした。驚いて陸斗を見れば、いつの間に出したのか、彼の手にはカメラがあった。
「はは、あんまりいい笑顔だったからつい。気ィ悪くした?」
 慌てて首を横に振る。少し驚いたが、それだけだ。
 それを見て、陸斗はどこか遠い目をして語り始める。
「こうなってから――記憶がもたなくなってから、写真撮るようになったんだって、俺。今まで撮ったっぽい写真とか、すっげー大事そうにファイルしてんの。……知らないはずなのに、見てるとなんか懐かしい気分になる。思い出せないけど、そのとき感じた気持ちの欠片はまだ残ってるんだろうな。…だから、今日たくさん写真撮ろうと思ってるんだけど、いい?」
「いいですよ。…でも、あんまり特別なことをするつもりじゃないですけど」
 待ち合わせ場所以外は鈴に任せるということだったので、一応プランは考えてある。けれど無理に凝ったものより、ありふれたことをしたほうが自然のような気がするし、今こうやって取り留めなく話すだけでも自分にとっては思い出になる。陸斗はどうなのかは、分からないが。
「ん、それでいいよ。思い出って何気ないことの積み重ねだと思うし。何て言うかな、『日常』こそが思い出っていか」
 いい言葉が思いつかないー、と頭を抱えている陸斗が同じ考えだと悟って、なんだか嬉しくなる。
「まーいーや。食べ終わったし、そろそろ行こっか。どこ行くか知らないけど、時間はあっても困るものじゃないし」
 そう言えばいつの間にか食べ終えていた。ほぼ無意識に手を動かしていたが、それはそれ程美味しかったということで。
「じゃー海斗、行って来るから」
「おう行って来い。帰りに迷うなよ」
「子ども扱いするなーっ」
「してないしてない。ほら行って来い。時間がもったいないだろうが」
 ぽんぽんと会話を交わした双子の片割れが、鈴の元に戻ってくる。
「普通は男がエスコートするんだろうけど。ま、改めて一日よろしく」
「よろしくお願いしますね」
 そうして笑い合って、2人並んで歩き出した。

◆ ◇ ◆

 公園でまったり風景を眺めてみたり、ショッピングモールでウインドウショッピングをしてみたり、ファーストフード店に行ってみたり。
 本当にありふれた、ただ緩やかに流れる時を感じながらの一日。
 その終わりも、穏やかに訪れた。
「あー楽しかったー! 色々新鮮だったなー。記憶が無いってこういうとき得だよな。なんでも新鮮」
 いたずらっぽく笑う陸斗につられて鈴も笑みを零す。「隙ありー」なんて言いながら陸斗がシャッターを切った。
「…でも明日には、俺このことも忘れるんだよな。写真は残るけど、やっぱり忘れるのって勿体無いってか残念ってか。『思い出』作りの『思い出』も忘れるのかー…」
 むむむ、と難しい顔をする陸斗に、鈴は思わず口を開いた。
「あなたは明日には私のことは忘れてしまうのかもしれません。でも、私は今日あったことを――あなたのことを絶対忘れません。だから、あなたには思い出がちゃんとあるんです」
 忘れても、思い出せなくても。『思い出』そのものがなくなるわけではない。『思い出』を共有した自分が忘れなければ、それはきっと失われることはない。
 一瞬虚をつかれたような顔をした陸斗は、次の瞬間ぱっと向日葵のように笑った。
「ありがとな、鈴ちゃん。…そうだよな、俺が忘れたって『思い出』があることに変わりはないよな。写真もあるし。……どこかでまた会ったら、絶対に写真渡すから。鈴ちゃんのこと忘れてても、絶対」
 強い瞳に、今度は鈴が虚をつかれた。なんと返せばいいか分からなくて、悩んだ挙句に一言だけ。
「…楽しみに、してます」
「うん、楽しみにしてて。けっこー上手いんだよ、写真撮るの」
 逆光でよく見えなかったけれど、きっと彼は泣きそうに笑っているのだろうと――何故か思った。


 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7089/白露・鈴(しらつゆ・すず)/女性/17歳/失くした者】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こんにちは。お届けが遅れまして申し訳ありません。ライターの遊月と申します。
 今回は「One day's memory」にご参加くださり有難うございました。

 カフェでお話、に重点を置いてみました。
 『忘れない』で居てくれる人がいることは、きっと陸斗の支えになると思います。
 いつかどこかでばったり会うまで、陸斗は写真を持ち歩き続けるのでしょう。写真に写る鈴さんに思いを馳せながら。
  
 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。