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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


死者の眠りを妨げる!?



「ミイラぁ?」
 不愉快そうな、それでいて嫌そうな顔をしてステラは尋ねた。
「え、えぇ。実はそれを運んで欲しいわけですでして、はい」
「どこへですかぁ? あのですね、わたしはえっと、ご存知だと思いますが」
「こちらの世界では宅配をされているのですよね? いや、なかなかうまいこと考えましたな。確かに『サンタ』といえばこちらではソリに乗った配達の人なわけで」
 目の前で額から流れる汗をハンカチで何度も拭いている、七・三分けの男にステラは渋い表情を向ける。
 これだから嫌なのだ。そもそも、人間や知り合いに頼まれる依頼ならまだしも、こんな……明らかに面倒ごとを持ってくる人には関わり合いたくない。
「わかりましたよ。どこまでですかぁ? ちゃんと運賃はいただきますからね」
「無論、墓です」
「………………さよなら」
 ステラはソファから立ち上がって男に背を向けた。男は慌てて立ち上がるとステラの正面にまわり、行く手を遮る。
「どいてくださいっ! あのですね、そういうのは葬儀屋さんに直行ではないんですか? わたしはサンタでして、そういうものの運びはしません!」
「そうはいかないんですよ。おそらく、ある女がやってくるはずなのです」
「はあ?」
「その女を決してミイラに近づけてもらっては困るんです! えぇ、お願いします!」
「そっ、そんなこと言われても、わたしはソリを動かすことくらいしかできないんですよ? 下っ端の下っ端なのに!」
「誰でもいいんです! お知り合いと一緒に『その女』を近づけなければ……!」
「あなた自分でなに言ってるかわかってますか!? 意味がぜんっぜんわからないですぅ!」
 だいたい!
「その女の人は悪い人なんですか?」
「悪くはないのですが、死者の眠りを妨げるものに間違いはないでしょう」
「ええ〜!?」
「これまでも気まぐれに現れては迷惑をかけられていて……。今度ばかりは我々の雇い主も慎重にということでして」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてそれでわたしに仕事を!?」
 自分がドジでどうしようもないヤツだとは自覚している。それなのに、何を考えているのだろうか、この男は。
 男はかけていた眼鏡をぐいっと押し上げる。
「あなたには奇妙なお知り合いがいると聞きましたので」
「…………つまり?」
「この世界で動く以上、我々のような存在は極力動きを控えなければなりませんよね。えぇ、わかっておりますとも。そこで、この世界の人たちに協力を仰ぎたいわけです」
 ステラはこめかみに青筋を浮かべた。
「かえりますっ。そこどいてくださいっ」
「いえいえ。そうはいきません。うんと言ってくださるまで通しません」
「むきーッ! だいたい無理難題を言わないでくださいぃ! 護衛しろってのが土台無理な話なんですっ」
 どたばたと足を踏み鳴らすステラの言い分ももっともだ。
 ここはとある博物館。その、地下。ミイラの護衛をしろとはムチャクチャである。
 ――だが結局は、それを承諾するしかないのはわかりきっている。ステラは常に貧乏なのだから。

 次の日、ステラは同じ場所にやって来て、目的の部屋の中で座る。すぐ近くにはミイラ。そちらを見て「おえっ」と小さく洩らした。
 ミイラを囲むように結界はしてあるのだが、ここから運び出すのに一度は解除しなくてはならない。
「お茶をお持ちしました」
 現れたのは手伝いの女・百瀬だ。
「ありがとうございますぅ」
「いえいえ。大変ですね、小澤さんの依頼を受けられたんでしょう?」
 小澤というのは昨日依頼してきた七・三分けの男だ。
 そもそもこんな無造作にミイラを放置していること自体がステラは信じられない。ミイラを保存するのに色々な手間とか、作業とかあるはずだ。それをしていないのは、この人たちも普通の人間ではないからだが。
 テーブルの上に置かれた湯のみを眺める。そして気づいた。
「綺麗なお花ですねぇ」
「あ、これですか。森田が持ってきたんです、あまりに殺風景だって宇佐見に言われて。仮の置き場でもミイラがかわいそうだって言うもので」
 花瓶には青い花が飾ってある。なかなか綺麗だ。
「小澤さんから聞いたんですけどぉ、他にもここって、いえ、この『地下』って出入りしている人がいるんですよね?」
「はい。あとは松本と、江島ですね」
「えと、松本さんて、地下への入口のとこに立ってたハゲの人ですかぁ? あの怖そうな」
「ええ。江島は白衣を着ていたでしょう?」
 そういえばそんな人とすれ違ったような気がする。白衣のポケットに手を突っ込んで、ぼんやりした瞳で歩いていた。
 百瀬は思い出したように言う。
「宇佐見は別の任務でここにはいないんですけどね」
「……女性は百瀬さんと、えと、ウサミさんと、えじま……さん? あと、モリタさん」
「今回は別の部署から助っ人がきてます。宇佐見の代わりで、竜田が。宇佐見とは違う意味ですごく元気のいい人で」
 竜田というのはこの部屋まで案内してくれた女だろう。会うなり「ちわっス!」と敬礼してきたのでステラが首を傾げた記憶がある。その横で丁寧にお辞儀をしたのが森田だろう。
「五人、ですか。あとは男性ですよね」
 小澤の話では、『あの女』とやらは気まぐれで姿を現すとのこと。しかも。
(他人の体に入ってることもあるってことですし……。こうして話している百瀬さんも、その可能性はあるわけですよねぇ)
 自覚症状がないだけらしい。
(現時点では疑ってもムダですぅ)
 ステラはお茶を飲みつつ、自分が集めた助っ人が到着するのを待つことにした。

***

 博物館の裏口では、今回手伝いをしてくれるようにと懇願してきたステラが立っていた。
 場違いだと思わせる赤を基調とした衣服は、シュライン・エマにとっては見慣れたものである。どこにいてもあの赤い服なので目印としては最適であった。
「こんばんは、ステラちゃん。興信所から直接こっちに来たんだけど、間に合ったみたいね」
「うへぇ、エマさんすみませぇん。お忙しい中、わざわざごしょくろうかけます」
「ご足労、よ」
 小さく笑って言うとステラは「はう?」と首を傾げた。本人は「ご足労」と言ったつもりなのだろう。うまく発音できていないことに気づいていないようだ。
 ん? とステラがシュラインの後ろを見て眉をひそめる。シュラインは振り向いた。
 誰かが道路の向こうから手を振っていた。こちらに向けて、だろう。
「あそこ、横断歩道なかったわよね。あ、渡った」
 車が来ていないのを見計らって、その人物は道路を渡ってこちらに駆けて来る。
 腰の辺りまで伸びた髪を手で後ろに払い、彼女は二人に笑顔を向けた。
「えっと、ステラはんてのは、どちらさま?」
「あ、わたしですぅ」
 ステラがおずおずと片手を挙げた。その手をがっちり掴んだ女はぶんぶんと上下に激しく振った。「わひゃあ」とステラがその動きに振り回される。
「うちが平泉雪華や」
「ああ!」
 納得したようにステラが微笑んだ。ステラの手を離してから、雪華はシュラインと握手する。
「草間興信所に勤めているシュライン・エマよ。よろしくね」
「よろしゅう。うちはエンバーマーをしとります」
「えんばんまー?」
 首を傾げるステラに雪華はにっこりと微笑んだ。
「エンバーマーや。死体の修復をする人のこと」
「……死体……?」
 一瞬で青くなるステラを見て「ぶっ」と雪華は吹き出す。こんなに素早く青ざめるとは。しかもなんとわかりやすい反応だ!



 地下にある通路を通る。案内に出てきたのは小澤だ。見事な七・三分けにシュラインがどこか感心したような顔をしていた。
 ステラを通して、シュラインは知りたいことをすでに小澤に聞いている。
 ミイラが安置されている場所までのルートは全て地下にある、ということ。
 『あの女』は『能力そのもの』であるため、能力制限の装置は効果がない、ということ。
 『あの女』が入り込めるのは人体のみ。外見は不明。
 地下に設置されている能力抑制装置は破壊不可能のもので、位置は教えてもらえなかった。
 運搬ルートはステラに任されているらしい。
 三人はミイラが安置された部屋に入る。雪華が軽やかな足取りでミイラに近づいた。だがすぐに立ち止まる。
「結界か。残念や」
「油断はなりませんから。細かいことは百瀬に聞いてください。私は失礼します」
 小澤は慌しく部屋から去っていく。シュラインは「あ」と小さく呟いた。訊きたいことがあったのに。
 すぐ後に現れたのはスーツ姿の女だ。彼女は盆に三人分の、お茶の入った湯のみを載せている。
「あ、百瀬さん」
 ステラがソファに腰掛けた。ソファの前にあるテーブルに百瀬は湯のみを置いていく。そんな百瀬をじっと見ているのは雪華だ。
 『あの女』は人体に入り込むことができるという。少しでもおかしな様子を見せないかと雪華は疑っているのだ。
(他人の体に入り込めるっちゅー事は、他の人にまた乗り移るかもしれへんねやし)
 呑気にお茶を飲んでいるステラには緊張感が欠片もない。その横にシュラインも腰掛けた。
「では、何かご用がありましたら呼んでくださいね」
 爽やかに言う百瀬はきびすを返してドアから出て行った。
 離れた場所からしげしげとミイラを見ていた雪華は、こちらに来てソファに腰掛けた。
「ともかく、ミイラを狙っとるんなら、それとなくここに入ってきた人を監視せな」
「そうね……。ん?」
 シュラインはテーブルの上の花瓶に視線を遣る。そこには青い花が飾ってあった。
 人体以外には入り込めないとは聞いている。しかし。
(万が一ということもあるものね。これ、移動させておきましょう)
 シュラインは立ち上がる。花には触れないようにしながら花瓶を掴んだ。
「あれ? どこに行かれるんですかぁ?」
「準備の時に割れるといけないから、これ、どこかに置いてくるわ」
 ドアを開けて出て行くシュライン。残されたのは雪華とステラだけだ。
 ステラはお茶を飲んでいたが、湯のみを置く。そして雪華を見た。
「すいません。急にこんなことお願いしちゃって」
「ええよ。なんでも死者の眠りを妨げるヤツなんやて? 死者は眠らせておくべきなんや。起こすもんやあれしまへんわ。うちが協力するのはそれが理由や」
「……平泉さんは、ミイラとか死人が怖くないんですかぁ?」
 明らかに背後にあるミイラを気にしているらしいステラに、雪華は笑う。
「生きとる人のほうがよっぽど怖いと思うけどなぁ」
「そ、そういう意味ではなくてですねぇ、幽霊とかは平気なんですけど、わたしはゾンビとかそういう系統が苦手なんですよぅ」
 泣きそうな声のステラはちらちらと背後のミイラを肩越しに見た。
「なんで?」
「なんでって……ぐ、ぐろい、からですぅ」
 正視できない、ということだろう。ステラは想像して「ふふ」と怪しい笑いを洩らした。顔が引きつり、青くなっている。
 雪華はドアのほうを見た。
「……怪しい行動をとれんように、ペアかトリオで行動したほうがええかなと、いま思うたんやけど」
「えっ。エマさんは外に出てますよ?」
「……あの人に憑かんとも限れへんねやろ?」
「…………」
 ステラはハッとして、それから「あわわ」と慌てた。



 花瓶を持って外に出たシュラインは左右に伸びる長い廊下を見遣る。人の気配がない。
 まあいい。歩いていれば誰かに会うだろう。
 綺麗に掃除されている廊下を歩いていると、白衣姿の女に出くわした。彼女はこちらを見て軽く頭をさげてくる。
「あの、この花瓶、ミイラの部屋に置いておくと危ないから運んできたんだけど」
「あぁ……。護衛の人ね」
 ぼそりと呟いた女は花瓶を受け取る。無造作に奪われてシュラインは驚いた。もっと用心するべきだろうとは思ったが、言うタイミングを逃がした。
「青い花……。珍しいね」
「そうかしら? そうでもないと思うけど」
 シュラインに女は言う。確かに青色の花そのものの数は少ないほうだが、全くないというわけではない。
「いや、この花びらを見てみなよ。見たことない花だ」
「…………」
 そうかなとシュラインも花を覗き込む。
「でもこれ、誰かが飾ったものでしょう?」
「そういや……森田が持ってきてたっけ。宇佐見が無茶なこと言うから」
 舌打ち混じりに言う女はシュラインに目を向けた。
「ありがと。これはあたしがどっかに持っていくから」
「あ、はい」
 飄々と歩いていく女の背中を眺め、シュラインは怪訝そうにした。
(さっきの花……なんて名前だったかしら?)
 あまり見かけたことはないが……。
(矢羽みたいな花……)
 う〜んと悩んでいたシュラインは部屋に戻ってどきりとした。シュラインを、雪華とステラが凝視していた。
「? どうしたの、二人とも」
「なんとも、なかったですかぁ?」
 素直に言うステラの言葉にシュラインは笑った。
「何もないわよ。白衣の人に会っただけ」
 そこで気づいたようにシュラインは二人に尋ねる
「花瓶の青い花、あれはなんていう花か知ってる?」
「知りませぇん」
「う〜ん」
 ステラは首を左右に振り、雪華は首を傾げた。



「時間です」
 呼びに来たのは百瀬ではなく違う女性だった。ステラが「森田さんだ」と洩らす。
 森田は手早く結界を解いた。
「おーい、手伝いいるー?」
 ドアから顔を覗かせた女は竜田だ。雪華は森田と竜田から目を離さない。
 シュラインがステラにこそこそと耳打ちした。
「どうやって運ぶの?」
「どうって、わたしの袋にごそっと入れてですぅ」
「あらそう」
 それなら、運搬する際のことは考えなくてもよさそうだ。ステラのサンタ袋は便利なもので、どんなものでも入れられるうえ、重みを感じることがない。
「袋を大きく開いて中に入れれば、なんとかなりますぅ」
「……ここにあった花、どこへやったんですか?」
 控えめな声で森田が全員に尋ねる。シュラインがすぐに教えた。
「白衣の人に渡したわ。ミイラを運び出す時に危ないかと思って」
「……ひどい」
 顔をしかめる森田に「ん?」と雪華が眉根を寄せる。
 ステラはその様子に気づかず、シュラインに袋の端を持たせて広げていた。そしてあっという間にミイラをガラスケースごと中に入れてしまう。
「あとはソリで墓場まで直行ですぅ。平泉さんとエマさんには、そのお墓まで同行……って、あれ?」
 サンタ娘は泣きそうな顔の森田にハッとしてシュラインに目配せした。シュラインもわけがわからない。
 しくしくと泣き出した森田に雪華も怪訝そうだ。
「ひどい……死者は太陽を必要としているのに。どうしてこんな暗いところに閉じ込めるの……?」
 ひどいひどいと連呼する森田を竜田も不思議そうに見ている。
「蘇らせることができなくなったじゃない……! 私の分身が……ひどいわ!」
 涙を流す森田が突如がくんとその場に倒れた。
 竜田は呆然としていたが、ややってから護衛の三人を見遣る。
「えーっと……どうなってんの?」
 それは三人のほうが訊きたいことであった。


 数日後、無事に墓場までミイラを届けてから……。

「えーっと、あの青い花は『矢車菊』といって、大昔、死者への手向けとされていた花なのよ」
 シュラインはファミレスで雪華とステラに説明した。
「森田さんが持ってきたあの花瓶のもの、実はもう存在していないの」
「絶滅してはりましたの?」
「そうなの。そこに気づけば良かったのよね」
 嘆息するシュラインだった。
 ジュースを飲んでいたステラが「ほぅ」と声を洩らす。
「じゃあ『あの女』というのはその花の精霊か何かだったんでしょうか〜」
「精霊じゃなくても、それに近いものだった可能性はあるわね」
 ミイラのもとに現れてはムダに仮初の命を吹き込んでいたらしい。媒介に使うあの花をシュラインが別の場所に移動させていたため、目論見が外れたのだ。
 とりあえず今回――死者の眠りは護られた、ということだろう。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5792/平泉・雪華(ひらいずみ・せつか)/女/28/エンバーマー】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 シュライン様の行動のおかげで眠りは無事に護られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!