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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・弐 〜小満〜◆




 どうと言うことの無いある日の昼下がり。
 緩やかに雑踏の中を歩んでいた千石霊祠は、ふと視界の隅に映った影に驚いた。
 それは見覚えのある鮮やかな赤。
 「セキ」という名前しか知らない、彼女だった。
 それを認識した瞬間、半ば反射的に霊祠は彼女の方へと駆け寄り――辿り着く前に、セキが振り向いた。
「………あぁ、貴方でしたか。先日はどうも」
「え、あ、はい。こんにちは」
「こんにちは。それで、何か御用ですか?」
 完全にペースを狂わされてしまった。しかし名前と外見しか知らない彼女と出会うのは偶然に頼る他無く、この機会を逃す手は無かった。
「どこかへ行くところなんですか?」
「えぇ、そうですが。『解除』をせねばならないので」
「『解除』……」
 『解除』――『封印解除』、だっただろうか。初めて会ったとき、彼女がしていたことだ。
 数瞬考え、霊祠は思い切って口を開いた。
「あ、あの!」
「何か?」
 何の感情も浮かんではいない――ともすれば冷たくも見える瞳が、霊祠を映す。
 それに一瞬怯みそうになったが、拳を握り締めて霊祠は言った。
「ついて行ってもいいですか?」
「………は?」
 セキは怪訝な顔をする。
「面白くもなんとも無い――というか時間の無駄だと思いますが」
「そんなことないです! それに僕、儀式とかに興味あるので」
 勢い込んで言う霊祠を、セキは一瞥する。
「……物好きですね」
 あきれたように呟いたセキはしかし、無理に霊祠を追い返すことはしなかった。

  ◆

「ここですか?」
「そうです」
 立ち止まったセキへと霊祠が問えば、そっけなく返された。霊祠は目前に広がる景色を眺める。
 それは小さな公園だった。不自然なほど周囲に人の気配を感じないそこに、セキは躊躇することなく足を踏み入れる。
 続いて公園に入ろうとした霊祠だったが、セキが振り向きもせずに投げた言葉に動きを止めた。
「そこから先には来ないでください。この公園全体に結界を張っています。基本的に内に向けた結界ですから、ある程度の力を持っていればこちらへ入ることは出来るでしょうが――そうすると前回のようなことになってしまいますので」
 前回のようなこと、というのはあの貧血のような症状のことを言うのだろう。あれをもう一度体験したいとは思わないので、素直に結界の外に留まっておくことにする。
 迷いの無い足取りで公園の中を行くセキは、少し広めの空白スペースで立ち止まる。
 そして、口を開いた。
「廻り、巡る季節――朱夏の弐」
 セキが紡いだ言葉が微かに耳に届く。
 見える景色が一瞬、揺らいだ。――結界が、揺らいだのだ。何らかの『力』に。
「刻まれし『小満』の封印を、式の封破士たる我、セキが解かん」
 結界の作用なのだろう、こちらからは何も知覚することが出来ない。前回感じた恐怖も、赤に染まる景色も。
「――…『解除』」
 瞬間、セキを包むように地面から炎が上がった。霊祠は駆け寄ろうとして――すんでのところで思いとどまる。
 セキは結界内に入るな、と言った。前回のことを考えると結界内に入ったからといって『解除』が失敗すると言うわけでもないだろうが――セキを煩わせるようなことはしたくない。
 セキが炎に無反応であるところからして、この事象に問題は無いのだろう。
 数秒で炎は消え去った。セキはひとつ息をつくと、そのまま霊祠のいる公園の入り口へと歩いてくる。
「『解除』、見せてくれてありがとうございました」
「礼を言われるほどのことではありません」
 戻ってきたセキに礼を告げれば、案の定そっけなく返される。
 しかし霊祠はめげなかった。
「お礼、と言うのも何なんですけど……カラスの集会所に案内させてもらってもいいですか?」
「……カラス、ですか」
「はい。……もしかして、嫌いでしたか?」
 表情を一瞬曇らせたセキに、霊祠は不安になる。だがセキはすぐに首を振って否定した。
「いえ、嫌いなわけでは……ただ少しばかり、嫌な人を思い出すだけです」
 それならば別の――例えば猫とか――の集会所にした方がいいだろうかと霊祠が考えていると、セキは静かに霊祠を見遣った。
「行かないのですか。ならば私は帰りますが」
「え、いや行きます! ……い、いいんですか?」
「何がです」
「その、カラスの集会所で。嫌な人を思い出すんじゃ…」
「だからと言ってカラスに問題があるわけではありません。――少々興味もありますし、ね」
 そう言ったセキの頬が僅かに緩んだように思えて、霊祠の気分は持ち直した。
 そして意気揚々と、セキを集会所へと案内したのだった。

  ◆

 集会所にはたくさんのカラスが居た。秘密の集会所であるので、ここを知っているのは霊祠くらいだ。霊祠自身は使い魔のカラスから教えてもらったのだが。
 カラスの可愛いところなどを話しながら、カラスたちに芸を見せてもらう。自分の好きなものをセキにも好きになってもらえたら、と思い、自然と語りにも熱が入る。それにもセキは嫌な顔ひとつせず、興味深げに聞いていた。
 前回会ったときに話した捨て犬のことも話した。あのあと結局家のメイドの一人に飼ってもらうことになったのだと告げると、セキは安心したように頬を緩ませた。
 一通りカラスの可愛いところも語り、芸も見たところで、あまり引き止めても悪いだろうと霊祠は帰りを促す。
 セキは特に何を言うこともなく立ち上がり、霊祠に向き直った。
「貴重な体験をさせて頂きました。ありがとうございます」
「お礼なんていいですよ。僕がセキさんに来て欲しかったんですから。…あの、これお守りです。カラスとか猫とかと仲良くなれる効果があるんですよ」
 セキは何か事情があるのか動物が飼えないようだったが、カラスや猫ならばたいていどこにでも居る。動物は好きだと言っていたし、少しでも動物と触れ合う機会を持てるようにと思って、こっそり使い魔の術をかけたお守りをセキに手渡す。するとセキは何故か――哀しげな顔をした。
「…………ありがとうございます、と言うべきなのでしょうね」
 目を伏せて、セキが呟く。
 つ、と彼女の指先が『お守り』をなぞった。
「何か術をかけていますね…。いつまで保つか――せいぜい次を解くまででしょうが、お心遣いは受け取っておきましょう」
 術を見破られたことにどきりとしたが――それより、続けて言われた言葉の方が気になった。
 効果が一時しかないと、言われたも同然だったのだから。霊祠のかけた術は半永久的に効果があるものだ。それなのに、何故。
 問うことも出来ずに沈黙した霊祠を見るセキは、小さく笑う。それは自嘲の笑みにも似ていた。
 金の瞳が暗い影を帯びる。――それでも尚綺麗な瞳だと、霊祠は思った。
「では私は失礼します。貴方も早く帰った方がいいでしょう。……逢魔が刻が来ますから」
 囁くように言って、セキは霊祠に背を向け――姿を消した。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7086/千石・霊祠(せんごく・れいし)/男性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、千石様。ライターの遊月です。
 お届けが大幅に遅れてしまった申し訳ありませんでした。
 ともかくも、「朱夏流転」への2度目のご参加ありがとうございます。

 封印解除についていくと言うことで、少しばかり観察していただきました。とは言え結界外だと殆どの現象は遮断されるのであまり詳細は分からないと言う…。
 カラスの集会所、セキも楽しんだようです。態度にはぜんぜん出てないですが。
 まだまだ不透明なところだらけですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 イメージと違う!などありましたら、リテイク等お気軽に。
 それでは、本当にありがとうございました。