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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京魔殲陣 / 陰陽の下僕

◆ 陰陽の下僕 ◆
―― キ、キキ、キキキキッ!!
それは、喩えるなら山猿が人を虚仮にする時のような、そんな耳障りな哂い声。
声の主は、三匹の餓鬼。
山猿ほどの矮小な丈の身体に、大きく裂けた口にズラリと生え揃った牙と爛々と輝く瞳を供えた、地獄・餓鬼道の亡者である。
「五月蝿い連中……。まったく、式神がこれじゃあ術者の格も知れるわね」
その様に、やれやれと溜息を吐きながら頭を振る一人の女性。
日本人離れした赤い瞳と、艶やかな黒髪の中で一房だけ色を失った前髪が特徴的な美貌の女性。名は、菊理路・蒼依。
古来より、神下ろしの依り代として、この国を影から支えてきた菊理一族の末裔。
そんな彼女が、何故、餓鬼などと言う物騒な化物と対峙しているのか。
「こんな半端な式神で……。本当に私を殺せると思っているのかしら、あの老人(ひと)たちは……」
理由は至極単純。彼女が命を狙われる立場にあるから。
しかも、その命を狙っている連中と言うのは、彼女と同じ菊理の一族というのだからタチが悪い。
(まぁ、一族の中では術式専門。戦闘訓練を積んでいない私相手なら、この程度で十分ってことかしら……)
不意の遭遇と不意の初撃。それを回避した際に頬を掠めた餓鬼の爪によってつけられた傷から滴る赤い糸。
それを親指でグッと拭い、猿叫をあげて跳ね回る餓鬼どもをキッと睨む。
その視線には憎しみも怒りも込められてはいなかったが、逆にその無感情さが底冷えするような寒さが感じられた。
「……私も随分、舐められたものね」
感情の篭らぬ声でそう呟いて、蒼依は餓鬼たちに向かって「かかってきなさい」とばかりにジェスチャーをしてみせる。
「ギ、ギギギギギギィ……」
その山猿のような矮躯に相応しい程度の知能しか持たない餓鬼だったが、蒼依の所作に込められた意思、自分たちに向けられた蔑意を含んだ挑発を理解することはできたようだ。
声を荒げ、牙を剥き出しにして、蒼依に向かって飛び掛ってきた。それこそが蒼依の意図なのだということを考えもせず。
それは、蒼依が武器らしい武器を何ひとつ持っていなかった事も原因だったかもしれない。
獲物も持たぬ人間の雌一人、何を恐れることがある。ということだろう。
しかし、それは大きな誤りである。蒼依の手には、彼女にしか扱えない彼女だけの『武器』が握られている。
そして、既にその刃先は餓鬼たちを捉えている。だが、本人たちはそれに気付きもしない。
そういった意味では、既にしてこの時、勝負の趨勢は決していたと言えるのかもしれない。

◆ 括りの巫女 ◆
―― ヒュン、ヒュン、ヒュゥンッ!
三匹の餓鬼が連珠の如く連なって蒼依の脇を掠めてゆく。
その力や速さは魔物の中では低級も低級の部類に属する餓鬼であるが、それでも常人のそれとは比べるべくもない。その爪は容易く人の肌を裂き、その動きは常人の目には一条の影の如く映るのだ。
―― しゅるり……
だが、蒼依はその攻撃を容易く回避するだけでなく、交差の瞬に己の武器を繰り出し餓鬼たちの身体に絡めてみせる。
蒼依の指先から伸びるもの。一言で言うならそれは糸。
天虫が紡ぐ糸よりもなお細い、紅糸と呼ばれる極小・極細の糸。
それは、生者と死者の縁を結ぶ神にして、糸を紡ぎ其を括る神、菊理媛神。
その末裔とも云われる菊理一族の巫女、菊理路・蒼依がその身に宿した能力(ちから)の具現。
そのあまりの細さに、餓鬼たちはその糸が己を絡め取らんとしていることに気付かない。
「グ、グギィ……!?」
だが、何故、身体能力的にはただの女に過ぎない蒼依に自分たちの攻撃が当たらないのか、それを不可解に思うだけの脳はあるようだ。
「どうしたの? もう、終わり?」
しかし、餓鬼たちに思い悩む間を与えずとばかりに、蒼依が再び餓鬼たちを挑発。
餓鬼たちの胸に沸いた小さな疑問は怒りに取って代わられる。
「ギキャァァァァッ!」
再び猿叫をあげ蒼依に飛び掛る餓鬼。
「……ふふっ」
己の思惑どおりに進む戦況に、蒼依の顔が珍しく笑みを形作る。
餓鬼に絡めた糸を僅かに動かし、その動きを抑え、繰り出される攻撃の軌道をずらし、蒼依が回避しやすいカタチに誘導する。
更に回避の瞬、新たな糸を絡みつかせ、その拘束力を徐々に強めてゆく。
すべては蒼依の計画通り。
自分がこう動けば、相手はこう動く。相手がこう動けば、自分はこう動く。
はじめから定められた棋譜の如く、相手の動きを読み、己の思惑通りに相手を動かす。
さながら運命の糸を紡ぎ、其を括り、其を絡ませ、終に縊るが如く。
その性こそ、その能力こそ、一族の老人たちに恐れられ疎まれる『括りの巫女』、菊理路・蒼依の戦い方だった。

◆ 終幕 ◆
「ウギッ? ウギィッ!?」
そして、その時は唐突に訪れる。突然、身体の自由が効かなくなったのだ。
前に進もうにも足が動かない。爪を繰り出そうにも手が動かない。後ろを振り向こうにも首が動かない。
ただひとつ、自由になるのは目の動きのみ。だが、それがかえって餓鬼たちの心に不安と恐怖と焦燥を駆り立てる。
「どうかしら? 動きたくても動けない……なかなか得難い経験じゃないかしら」
そんな餓鬼たちの背後から聞こえる声。もちろんそれは先ほどまで彼らが狙い追い回していた人間の女、蒼依の声。
餓鬼たちにその姿を確認することはできないが、蒼依の手からは朱く半透明の光を放つ糸が伸び、雁字搦めに餓鬼たちを縛り上げている。
最早隠す必要はなくなった、とばかりに強く強く具現化された括りの紅糸。
その姿はまるで、血色の糸で餓鬼という名の傀儡を操るブラッティナイア。
「キィ、キキィッ……!」
いったい何を言っているのか判らないが、何を言わんとしているかは雰囲気で理解できる。
むしろ餓鬼たちが今この状況下で言うべきことはひとつしかない。即ち、命乞いである。
「死にたくない? そうね、それは当然。誰だって死にたくないわ」
指先から伸びる紅糸は一切緩めることなく、冷然たる意思を込めてこう続ける。
「でもね、これは遊びじゃなくて殺し合い……。残念だったわね」
その声に込められた感情、正確にはまったく感情の込められていない蒼依のその声に、数瞬後の自分たちを想像し、全身の力を振り絞り最後の抵抗を試みる。
だが、それも『括りの巫女』が操る紅糸の束縛の前では無駄な足掻きでしかない。
「……せめてもの情けよ。痛くないように、苦しまなくても良いように」
蒼依の指先に力が篭る。その指先から伸びる糸は、餓鬼たちにとっての断頭台の紐。
「……一瞬で、殺してあげるわ」
そして、その言葉を餞別に、蒼依はグッと手に力を込める。同時に落ちる、三つの首。
それは、宣言どおり一瞬の出来事。餓鬼たちは死の瞬間、痛みを感じることすらなかっただろう。
どちらかの死を以ってしか終わらせることの出来ない戦いがあるとすれば、蒼依が行なったそれは、ある意味とても慈悲深い終わらせ方だったと、言えるのかもしれない。

戦いを終え、塵となって消えてゆく餓鬼たちを見詰めながら、蒼依は頬についた返り血を拭う。
その顔は、常に変わらぬ無表情。
だが、決して命を奪うことに慣れているという訳ではない。そんな事に、慣れてしまえる訳がない。
ただ、まだ自分は死ぬ訳には行かないというだけ。この街でやらねばならない事があると言うだけ。
結界が解け、並び立つ高層ビル群の合間から差し込む月の光に振り返り、蒼依は呟く。
「あいつ……まさか死んだりしてないでしょうね」


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:6077
 PC名 :菊理路・蒼依
 性別 :女性
 年齢 :20歳
 職業 :菊理一族の巫女、別名「括りの巫女」

■□■ ライターあとがき ■□■

 菊理野・蒼依さま、お初にお目にかかります
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 陰陽の下僕』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 地獄の餓鬼×3との戦いお楽しみ頂けましたでしょうか?
 糸を使って敵を縛るクールビューティー(いまどき言いませんか?)とても楽しく書かせて頂きました。
 血の様な赤い糸を使い、敵を縛り自由を奪い、遂に操るその様は、まさに『括りの巫女』って感じですね。

 ちなみに作中の『ブラッティナイア』とは伊語で『手遣い人形師』という意味です。
 最近イタリア方面の色々に興味を持ち調べたりしてるのでチョッと使ってみました。洒落が過ぎましたかね?

 さて、あまり長くなるのもアレなので、本日はこの辺で。
 また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。