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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―doi―



 ダイスの少女・アリサを前に、夜神潤は口を開いた。気負いもない、のんびりした声を出す。
「契約する」
「……そうですか」
 アリサは残念とも、嬉しいとも顔に出ていない。本当にどうでもいいようだ。
 潤はアリサに続けて言った。
「もっと知りたいって思ったし、アリサの事」
「……物好きですね」
「例えば何に興味があって」
「ストリゴイについてならなんでも」
「何が好きで」
「ヤツらを倒すことです」
「何が嫌いなのか」
「ヤツらが、虫唾が走るほど嫌いです」
「…………」
 潤はちょっと口を閉じる。
 何もかも、『ストリゴイ』に関してだ。これは手強い。少し視線をさ迷わせ、潤は言う。
「アリサのこと、好きだなとも、思うし」
「…………」
「あ。アリサが異性だからって意味じゃないよ。そうじゃなくて、一緒の時間を過ごしたいって思ったから」
「……それは、安心しました」
 馬鹿にしたような笑みをアリサが浮かべる。
「異性として認識されるのは迷惑です。ワタシはただのダイスですから。
 しかし、出会ったばかりだというのにあなたは簡単に他人を好きになれるのですか。少々、浅慮です」
「あと、俺に興味持って欲しいなとも思う」
「……それは、難しい注文です」
 ふ、と笑みをこぼす。皮肉な笑みだった。
「ワタシが興味があるのは、ストリゴイ……ヤツらのことだけですから」
 そう言ったアリサの手を潤は握る。ひどく冷たい。
 アリサはそれを見て、握られていないもう片方の手を差し出す。紅色の表紙の本がある。
「では、これを受け取ってください」
「わかった」
 潤は手を離し、本を受け取る。刹那、頭をがつんと強く殴られたような衝撃を受けてその場に転倒した。
 受け身もとれないので、激しくアスファルトに腕をぶつける。
 急激に、身体中の力という力が根こそぎ奪われた。生まれた時から潤と共に在ったものが、完全に手の届かないところに去っていく。
 魂がぎゅうっと掴みあげられ、乱暴に押し潰された。
「ひっ、ぐ」
 それは潤にとっては初めての恐怖だった。生き物に訪れる「死」の予感を、彼はいま感じていた。
 死が近い。迫っている。その恐ろしさに潤は泣きそうになった。
 ――やがてそれが鎮まった頃、もう目の前にアリサの姿はなくなっていた。



 それから一ヶ月が過ぎた。梅雨に入り、じめじめとした湿気にうんざりする人が増えてきた頃。
「行方不明、かぁ」
 たいしたニュースがないのか、大々的に昼の放送で流れているのを、潤は見た。
 潤は東京ではアイドルとして過ごしている。今日は仕事がないため、自宅でのんびりとテレビを観ている最中だった。
 アリサと契約してから一ヶ月が過ぎたわけだが、潤は人間のひ弱さに驚くばかりだった。
 ちょっと転んだだけで傷つくし、場合によっては治るまで時間がかかる。怪力もないので、貧弱な腕力になってしまった。
 なんにもできない。ただの人間になった潤は、それでも新鮮ではあった。
 軽くて意味のないダンベルが、重い。これには驚いた。普通の人はこれでトレーニングをしたりするのかと、へぇ、と感心する。
<それでは次の事件です>
 ニュースは次のものになった。潤はいつもの癖で、ちょい、と指を折り曲げた。サイキック能力で水の入ったコップを呼び寄せようとしたのだが……当たり前だが、くるはずもない。
「…………」
 いかに自分が頼り切っていたか、痛感する。けれども、これが『普通』であり、『当たり前』なのだ、人間にとっては。
 座っていたソファから腰をあげた。
 コップを取って戻ってくると、テレビの前に……先ほど潤が座っていたソファのすぐ後ろにアリサが立っていた。靴は履いていないが、以前のままの黒いゴスロリファッションである。
「あ、アリサ……」
「…………」
 アリサは彼のほうへ肩越しに視線を遣ったが、すぐにテレビに戻す。
 テレビでは今日のニュースのおさらいをしているところだった。
「……何か気になるものでも?」
 潤の問いかけに、彼女は目を細めるだけだ。
「ヤツらの気配がします。ミスター、気配を感じますか?」
「いや?」
 気配と言われても、潤は人並みのものしかない。敵の気配を感じることができるほど、潤の感覚は鋭くないのだ。これは元々鋭すぎるのが原因だった。元々高い能力は、それから『能力の上昇』がほとんど望めない。そのままの状態が維持されるため、鍛えることができないのだ。潤は鍛えていないのだから、そういう感覚が皆無の状態である。
「……まぁ、そのうち感じるようになるでしょう」
「そうなの?」
「否が応にもそうなります。……状態は良好のようですね」
 何がどう良好なのか、潤には意味不明だ。怪訝そうにしていると、アリサは嘆息した。
「能力をほとんどいただいた状態で、さほど辛そうではないのは、良いことではないですか?」
「あぁ、そういう意味か。まだ慣れないことは多いけど、俺、こういうほうが合ってるかもね」
 仕事にも真面目に取り組む潤は、学び、努力するほうが性に合っている。その機会を得たと思えば、こんな苦労は安いものだ。
 アリサはそこで小さく笑う。
「そうですか。それは良かった」
「今までできたことができないっていうのは、もどかしいこともあるけど」
「今までが、なんでも『出来すぎた』のです」
 ぴしゃりと言い放つアリサは潤に本を差し出す。テーブルの上に置かれていたはずなのに、なぜアリサが持っているのか驚いた。
「中は見たようですね。どうでした?」
 一ヶ月前、家に戻ってから潤がしたことは本を見ることだった。なんの変哲もない本であることに、間違いない。
 表紙を開く。一番最初のページには、瞼をきっちり閉じたアリサの姿があった。
 写真ではない。手で描かれたような、彼女の姿があったのだ。紙に閉じ込められている印象を受ける。
 小さな紙の一枚に、アリサの全身が描かれている。彼女はページを捲った先を監視する守護者のように、冷たい威圧があった。
 アリサのページを捲った先には化物、人間、様々なものが、一つずつページにおさめられている。どれも水彩の色鉛筆で描いたような、淡い絵だった。
 それが延々と続く。捲っても捲っても、それが繰り返されていた。だが唐突に、白いページだけになる。それは最後のページまで続いていた。まるで途中までしか書かれていない物語のような、中途半端さだった。
「見たよ。色んな絵があった」
「あれは全て『敵』です。……ミスター、よほどワタシと相性が悪かったようですね。それもわからないとは、かなりひどい」
 驚いたように、少しだけ目を見開くアリサ。どうやら潤は『不出来なマスター』のようだ。
 アリサがこうして表に出てくるまで、潤は色々とイメージトレーニングはしていたのだが、あまり役に立ちそうにない。
「あ、敵を探しに行くなら一緒に行くよ。戦いの邪魔はしないって。アリサが戦いやすい、俺の間合いの取り方とか知っていたほうがいいし。ダメだって思うことがあれば指摘してくれれば」
「全て、却下、です」
 はっきりきっぱりとアリサは言い放った。潤が口を挟む余地がないほど、はっきりとした声だ。
「近くに寄れば、あなたは『感染』しますから」
「……かんせん?」
「……そうでした。あなたはダイス・バイブルの能力がほぼ引き出せていない状態でしたね。
 この世界の言葉で言うならば、ウィルス、というのが近いと思います。ヤツらはワタシが出現する時期、爆発的に繁殖します」
 本当は逆である。敵が繁殖する時期にアリサが気配を感じて目覚めるのだ。
 潤はふぅんと聞いている。
「感染する対象は、無差別。それはダイス・バイブルの主であるあなたも例外ではありません」
「そう、なんだ」
 主になることは、特別なことでもなんでもないのか。
 落胆はないが、不思議な感じだ。
「ワタシと契約する前のあなたなら、下手をすればすぐに感染します」
「そうなの」
「はい。異能であればあるほど、普通の人と違えば違うほど、ヤツらは好物のようですから」
 ゾッとするしかない。潤が以前のような、吸血鬼のままならば、今の状態よりかなり危険度が高くなるらしい。
 潤はうかがう。
「もし、だけど。以前のままの俺が感染したとして、どうなるのかな?」
「異能の方が感染した場合、ワタシが知る限りですが…………不適合なので、異形になります」
「いぎょう……」
「スライムのようなものに成り果てたモノもいました」
 その言葉に心当たりがある。ダイス・バイブルに、よくわからない水溜りのような絵があったのを潤は記憶していたのだ。
 アリサは口を開いた。
「あちらの方角……先ほどのテレビのニュースで言っていた場所の方角ですか?」
 窓から外を指差す。潤は東西南北を頭の中で思い浮かべ、それから近くの駅を思う。
「行方不明になった女の人の靴が発見された場所だよね。あぁ、うん。確かにそっちの方角じゃないかな」
「……無関係かどうか、少々調べてみる必要がありそうですね」
 彼女は颯爽と歩き出した。そのまま玄関に向かう。ドアの外に出て行ってしまう彼女を、潤は慌てて追いかけた。



 行方不明の女は殺されている、とアリサは断言した。
 結局、潤はアリサに置いていかれ、彼女を散々探して見つけた時には全てが終わっていた。時刻は深夜を回っていた。
「信じられないよ。置いていくなんて」
「探し回るとは思いませんでした」
 無表情で言うアリサの態度に潤は息を吐き出す。
 そしてアリサに向けてスノードロップの花束を差し出した。
「アリサを探し回っている最中に買ったんだ」
「はぁ」
 不思議そうな声を洩らす彼女に、続けて言う。
「花も供えて来たんだ。アリサと一緒にいた人に。ほら、亡くなったとこ目にしたわけだしね」
 その言葉にアリサの目が見開かれる。そして顔をしかめた。
「…………感謝します。彼女の代わりに礼を言います」
 感謝しているとは思えない口ぶりだった。
「ワタシに花は不要です。なぜこんなものを買ったのですか」
 アリサはそう言って、受け取ろうとしない。
「なんて言うか、アリサと出会えて嬉しかったから」
「……こういうものは、花を喜ぶ女性にあげるものです。ワタシはダイス。花はいりません」
 そう言うと、彼女は姿を空気に溶け込ませ、消えてしまう。
 潤は空を見上げる。星は、見えなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、夜神様。ライターのともやいずみです。
 アリサとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!