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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「なんでいざとなって尻込みすんのよー」
「だ、だって、そういう店に行った事がないんですもの……」
 ある平日のランチタイム。
 人通りも多い道の端で、龍宮寺 桜乃(りゅうぐうじ・さくの)は尻込みする葵(あおい)の手を引っ張り、とある店に向かおうとしていた。
 表向き篁(たかむら)コーポレーションに勤め、裏ではそこの社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)が持つ個人組織Nightingaleに所属している二人は、今日は有休を取っている。少し前に、雅輝がとある会社と商談をしたときに二人で護衛をし、その時のご褒美としてもらった休日。
「今日は前からメールで服買いに行くって言ってたでしょ。おら、観念してついてこい」
 桜乃と葵はNightingaleの同期という事で、割と仲良くメールをやりとりしたりしている。その時に葵から「普段着はジャージ」と聞き、それは女子としてあまりにあまりではないかと思った桜乃が、最近見つけたいい店に葵を連れて行くと約束していたのだ、だが、いざ店の近くに来たら、葵が「やっぱり今度にしません?」などと言いはじめたわけで。
「でも……」
 普段任務の時には絶対に怯んだりしない癖に、何故こういうときに怯むのか。
 桜乃としては、葵が今着ている、男物の味も素っ気もない大きなTシャツも今すぐ着替えさせたい気満々なのだが、流石にそれはやめておいた。でも、店に行ったら上だけは買った物に変えさせる気でいる。
 まだ尻込みする葵を見て、桜乃はにやりと笑い、バッグから一枚の写真を出した。
「このまま帰ったら、葵ちゃんの寝顔バラ撒くわよ」
「………!」
 そこに写っていたのは、長い水色のパジャマを着て布団の端をぎゅっと抱きしめたまま、幸せそうに寝ている葵の寝顔。普段会社でも素っ気なく、どちらかというとツンとすました感じの葵からは、想像も付かない可愛らしい寝顔だ。
 真っ赤になって固まり言葉を失う葵に、桜乃は人差し指をちっちっと横に振り、説明をし始める。
「ふふん、合鍵も暗証番号も私に掛れば……」
 桜乃はNightingaleでは諜報担当だ。
 鍵穴を覗いて即興で合い鍵だって作れるし、ありとあらゆる方向から暗証番号だって割り出せる。キャッシュカードの暗証番号から、会社のパソコンのパスワードだって桜乃にとって手に入れるのは簡単な情報だ。まあ、能力の無駄遣いと言われれば否定は出来ないが。
 得意げに笑っていると、葵が髪の毛の一部だけを伸ばし桜乃をぷすぷすと突く。
「桜さんっ!」
「痛い痛い髪の毛止めっ。ごめん、処分するから止めてー!」
「他にはありませんわよね?」
「ないない。だって葵ちゃんってこうでもしないと、行かないって言いそうなんだもん」
 すっ……と、桜乃を刺している攻撃が止み、葵が困ったように溜息をつく。
「すっかり桜さんには読まれてますわね。そんな写真、ばらまかれたら困るから行きますわよ」
 こういう所が可愛かったりするので、ついからかいたくなるのだが。
「よし。じゃ、行こ。試着したりするから、時間たくさんいるわよーっ」
 さて、このまま気が変わらないうちに早く連れて行かねば。
 試着という言葉に怯む葵に気付かぬ振りをして、桜乃は手を引っ張って走っていった。

 そのショップのショーウインドーには、黒のカシュクールTシャツを和風アレンジしたトルソーが飾られていた。下はハイウエストのロングスカート……グラマーな葵には良く似合いそうだ。そして、その下には外国の絵本などが置かれている。
「はい、ここがお勧めの店。いい雰囲気でしょ?」
 案内するように右手を指している桜乃。
 店の看板には『不思議の国の本屋さん』と書いてある。
「本屋さんですの?」
「違う違う。お店の名前はそうだけど、服や小物も売ってんのよ」
 ここは桜乃が店を開拓していたときに見つけた場所だ。珊瑚(さんご)と言う名の可愛らしい店員がいて、中を見たときから一度葵を連れてこようと思っていたのだ。
「でも、何だかお高そうですわ」
 そう言った葵に、桜乃はぴっと黒いカードを見せる。
「軍資金は気にすんな。雅輝さんからカードふんだくって来たから。あんたがいい服買ってもらった事を、贔屓だチクるぞーって脅したら気前良く貸してくれ……」
 じっ。
 葵の視線が少し殺気を帯びる。
「って、恐い目しないでよ」
 そもそも桜乃が脅した所で、怯むような雅輝ではない。何か言いたげに少し笑って「じゃあ、これでいいかな」と、渡してくれたのだ。
 にしても、ブラックカードを自分に渡すとは、ずいぶん気前が良すぎではなかろうか。借りた当初「これでマンションでも買ってやろうかしら」と思ったのは、桜乃の心の秘密だ。
「ま、そう言うことだからさ、入ろ」
「何だか緊張してきましたわ」
 葵の手を引き、ドアを開ける。すると何だか柔らかい物が桜乃の足にぶつかった。
「うおっ!何か蹴った?」
「何するもふ!」
 パンダが喋った。
 背中にファスナーのついた、ふかふかのパンダのぬいぐるみ。驚く葵を尻目に、桜乃はパンダを起こして、頭を撫でる。
「あっ、噂のパンダだ。ふかふかで可愛いー、ゴメンねぇ蹴っちゃって」
「もふー、撫でてくれたから許すもふ。ボクは笹食えぱんだもふ。よろしくもふ」
 ぴょこっと差し出される手と桜乃が握手し、その後おずおずと葵も握手をした。
「珊瑚ちゃーん、お客様もふよ」
 すると店の奥から緩くウェーブした灰色の髪に、大きなリボンをつけた店員が現れた。夏らしい若草色のサマーセーターと、ミニスカート。そしてガーターのついたニーソックス。珊瑚は二人を見ると、にこっと笑ってお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。今日は何をお捜しですか?」
 ここは本屋でもあるが、珊瑚がデザインした服や小物も売っている。桜乃は悪戯っぽく笑うと、葵を指さしてこう言う。
「店員さーん、この見た目に無頓着娘に、お洒落教え込むの手伝って!」
「無頓着って……」
 葵自身気付いていないが、確かに服装に無頓着だ。体に合っていない大きなTシャツに、高く縛っただけのポニーテール。無論アクセサリーも化粧っけもない。桜乃の言葉にパンダも頷く。
「もふもふ、素材はいいのに勿体ないもふ。珊瑚ちゃん、今日は大活躍の予感もふ!」
 満面の笑顔の珊瑚が、嬉しそうに葵に手を差し出す。
「私、このショップの店員の珊瑚です。お名前は?」
「あ、葵と申します……」
「金に糸目つけないから、お勧め何十着でも持ってこーい」
 パンダを抱き上げながら桜乃が言うと、そこからほぼ店を貸しきっての試着大会が始まった。

「あ、あの……裾がかなり短い気がするんですけど」
 へそがチラリと見える白いコルセットに、ローライズの黒いパンツ。黒いジャケットは薄手で、後ろ側だけ長めという変則デザイン。恥ずかしそうにへそを隠そうとする葵の手を、桜乃がぺしぺし避ける。
「俯いてたらダメだって。姿勢悪いとカッコつかないでしょ」
「でも、恥ずかしいですわ」
「葵さんはスタイル良いから、まずはエロ格好いい感じにしてみましたー。変則的なジャケットがポイントかな」
 自分が見立てた服が似合っているので、珊瑚は嬉しそうだ。そこにパンダが次々と色々な服を持ってくる。
「さっきのTシャツも替えるもふ。チビTとか、キャミソールとかも持ってきたもふー」
「おっ、分かってるじゃん。さあ、葵ちゃん。どんどん次行くわよ」
 ノリノリの桜乃に、葵はまだ戸惑っている。
「えっ、これで終わりじゃありませんの?」
 試着はパンツなどの裾上げの時ぐらいしかしたことのない葵は、ドンドン行くという桜乃の言葉に困惑の様子だ。普段買い物をするときも大抵量販店で、着やすいジャージやTシャツなどしか買わないので、次々と着替える意味が分からない。
「珊瑚ちゃん、ショーウインドーの服も取ってきて欲しいもふ。ささ、こっちはボクに任せるもふよ」
 流石の葵も、パンダのぬいぐるみ相手にいつものような態度は取れないようだ。その様子に、桜乃は心の中でじっくりと感動を噛みしめる。
「ふふ、やっと初対面の時の衝動が叶うわ……」
 思えば初めて会ったときも、葵は地味なスーツだった。そんな地味な格好じゃなくて、もっとこう、心からくるような服を着させたい! そう思っていたのが叶うなんて、あの時は思ってもいなかったのだが。
「おっと、アクセサリーも考えなきゃね。葵ちゃんその辺も疎いから、珊瑚ちゃんと相談するわ」
「分かったわ。服の方はぱんだがきっちり見てるから、可愛いアクセとか色々見繕っちゃおう」
 珊瑚が出してきたのは、シルバーなどのトップがついているチョーカーや、和柄のバレッタや髪飾りなどだ。珊瑚がデザインして作った物もあるが、セレクトして仕入れをして店で出している物も多い。
「この髪留めでアップして、ピアスつけたら色気出そうじゃない?」
 桜乃は赤い石とバラがついているヘアコームと、同じ色の石がついたピアスを二つ横に避ける。さっき着ていたコルセットと合わせたら、差し色にもなって良いだろう。すると珊瑚もショーウインドーに置いていたトルソーを運びながら、着物の端切れで出来たパッチン留めつきのかんざしをそっと指さす。
「黒髪が綺麗だから、かんざしもいいかも。シンプルなシャツにネクタイとか、コルセットスカートとか色々着せたいな」
 やっぱりこういうのは、女の子の醍醐味だ。
 会社で会うと制服だし、普段も色気がない格好をしているので、桜乃は何を着せようかと考えるだけでも楽しい。そもそも買い物は好きだし、自分が葵の格好を変えられるというのもいいのかもしれない。
「今度はマオカラーのワンピースもふ。スカートのフロントが短くて、後ろが長くなってるのがポイントもふよ。黒に和柄のワンポイントと、腰にベルトが三連でついてるのがお洒落もふ」
 さっと、葵が着替えたタイミングでパンダが試着室のカーテンを開ける、パニエ付きのスカートが恥ずかしいのか、やっぱり葵は前屈みだ。
「可愛いーっ!スタイルいいから似合ってる」
 珊瑚も褒めているように、スタイルも良いし容姿も整っているから、よっぽど甘すぎる服じゃない限り何を着せてもいい感じだ。それでもやっぱり着慣れない服に抵抗がある葵の背を、桜乃はぴしぴし叩く。
「はい、背筋伸ばす。うーん、やっぱり似合うわぁ……これも買っちゃおう。今度は普段家でも着られるような、可愛い部屋着よろしく!」
「可愛い部屋着って、別に家にいるときは誰にも会いませんもの……」
「ダーメだって。いつ誰が来るか分からないんだし、素材はいいんだから磨かなきゃ」
 本当に会社の仕事や訓練以外、女の子らしいことに興味がないようだ。
 これから自分がお洒落の師匠になって、ガンガン磨かなければ。また次の服を試着するために戻っていった葵を見ながら、桜乃はそんな使命感を密かに燃やしていた。

「ありがとうございました、また来てねー」
「また来るもふー」
 珊瑚とパンダに見送られ、大きな紙袋を持って店を出たときは、もうティータイムに丁度いい時間だった。納得がいくまで葵に色々試着させ、アクセなどを買った桜乃は妙に嬉しそうだ。
「何だか、お買い物って大変ですのね……桜さんは、自分の物はよろしかったのですの?」
 雅輝を脅してカードを借りたと言いつつ、桜乃は葵の服ばかり選んで自分の物は買わなかった。疲れたように溜息をつく葵に、桜乃はにこっと笑う。
「いーのいーの。だってその為にカードふんだくってきたんだもん。葵ちゃんが可愛い服着てんの見ただけで満足よ」
 着たときは大きなTシャツだった葵は、今は黒のキャミソールにミニのボレロだ。チョーカーやバングルもよく似合っている。
 二人で歩いていると、葵が困ったように笑って溜息をつく。
「今日はありがとうございます。桜さんにお付き合いしてもらえて良かったですわ……これでしばらくお買い物は満足ですわ」
「はぁ?これで終わりじゃないわよ」
 まさか服だけ買って終わりだと思っていたのか。
 今日はそうかも知れないが、まだまだ揃える物はたくさんある。ニヤッと笑う桜乃に、葵がたじろぐ。
「えっ、服は買いましたわよね」
「今日は服だけだけど、次回はメイクと下着と……あと香水もかな。特に下着!その辺の量販店で三枚千円のおっきなパンツとか……痛い痛い。刺さないで!」
 チクチクと脇や襟元に伸びる葵の髪を避けつつ、桜乃は人差し指を立てた。
「とにかく、まだ揃える物はあるから、次も覚悟してちょうだいね。さ、今日はこれで疲れただろうから、蒼月亭行ってお茶しよ」
「女の子って、大変ですのね」
 いや、それはあんたが無頓着なだけだから。
 それをグッと飲み込んだ桜乃は、葵の手を握ると足取りも軽く蒼月亭へと向かっていった。

 ……後日。
「やられたわ……」
 給料明細の尾行の欄に書かれていた、雅輝からの言葉。
『服の代金の一部、引いておいたから』
 明細からしっかり天引きされている、葵の服代。流石に全額とは行かなかったが、それでも桜乃からすると結構痛いわけで。
「金持ちの癖に、どうしてこういう所細かいのよっ!」
 今度買った服を着た葵を見せて、天引きされたぶんを取り戻さなくては。
 明細書をポケットに突っ込むと、桜乃は社長室を見上げるように天を仰ぐ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7088/龍宮寺・桜乃/女性/18歳/Nightingale特殊諜報部/受付嬢

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
交流メールでもやりとりしていた、洋服に無頓着な葵を連れて、珊瑚ちゃんのお店に行くというプレイングから話を書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。葵は普段着がジャージという設定ですので、桜乃さんに連れられて色々変わって行ければと思っています。普段つんとして高飛車だったりもしますが、流石にぱんだ君相手にはそうも出来ないようで…。
女子道の長さに葵は怯んでますが、是非また引っ張って頂けると幸いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。