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<東京怪談ノベル(シングル)>


待ち人来たる?

 よく晴れた平日のお昼前。
 デュナス・ベルファーは、携帯のメールを見ながら蒼月亭の前で立花 香里亜(たちばな・かりあ)を待っていた。
 最近デュナスは香里亜からメールアドレスを教えてもらい、時々メールをやりとりしている。その中で、香里亜が東京に来たときに初めて行った浅草に、もう一度行ってみたいと言う話が出たのだ。

 お休みは結構自由がきくので、デュナスさんの都合の良い日に行きましょう。楽しみにしてます♪

 そんな事をメールで言われて、行かないはずがない。
 デュナスは元々フランスにいた頃から日本が好きで、それが高じて日本にやってきてしまったぐらいだ。高層ビルの建ち並ぶ新宿なども興味深いとは思うが、やはり日本情緒溢れる街に心は動く。
「今日はどこを回りましょうか……」
 メールの画面を見たまま、何だか顔が緩んでしまう。すると、ひょこっと下から明るい声がした。
「こんにちは、デュナスさん。お待たせしましたか?」
「い、いえっ。今来たばかりですよ」
 慌てて携帯を閉じると、香里亜がにっこり微笑みながら立っている。今日の香里亜は淡い藤色の和柄のワンピースに、かかとの低いサンダルだ。持っているのはバッグではなく底が籐で出来ているうさぎ柄の巾着。
「今日は和にこだわってみました。どうです?」
「可愛いですよ。そういうワンピースも素敵ですね」
 本音を言うと何を着ていても可愛いのだが、純情なデュナスはそこまではっきり言えない。初めて会ったときから香里亜に好意を持っていて、何度も二人で出かけているのだが、まだ「仲のいいお友達」から発展する気配がない。
「では行きましょうか」
「はい、今日もよろしくお願いしますね」
 今日は銀座線を使って浅草駅までだ。そこからだと雷門が近いし、仲見世通りにもすぐ入れる。
 香里亜はデュナスの隣に座りながら、嬉しそうに話をし始めた。
「仲見世通りに行ったら、夏なので扇子とか欲しいんですよね。最近ちょっと和道具とかが素敵だなって。デュナスさんのお家はやっぱり和な感じですか?」
 去年の今頃は、味も素っ気もないビルの一室を借りて探偵事務所などやっていたのだが、今はある人の家の離れを借りて住んでいる。純日本家屋な家なので、畳に布団を敷いて、夏になったら窓に簾(すだれ)をかけてという、今時珍しいほど徹底した和の暮らしだ。
「そうですね。日本家屋だからでしょうか、夏でも何だか風が涼しいんですよ」
「いいなぁ、朝顔とか植えてあったり、打ち水したりとか見た目も涼しそうです」
 日差しを避けるため、窓の下に日よけに朝顔を植えたりするのは、日本の美しい夏の過ごし方だとデュナスは思っている。クーラーはないが、蚊帳や風鈴でこの夏は充分涼しげに過ごせそうだ。
 そんな事を話しているうちに浅草駅に到着する。
 ここから少し歩けばいつも人で賑わっている雷門があるのだが、今日は真っ直ぐそっちには行かずにデュナスはあるところに香里亜を誘った。
「そういえば、香里亜さんの誕生日は六月でしたよね」
「そうなんですよ」
「じゃあ、お祝いにご馳走しますよ。美味しいと評判のお店を教えてもらったんです」
 それは昭和六年に創業されたうなぎ屋だった。浅草に出かけるということで、会社のパソコンで下調べをしていたら、画面を覗き込んだ上司が「夏なんだから、ここにいってウナギでも食らえ!」と、店の名前が入った名刺を渡してくれたのだ。
 店の前まで来ると、香里亜は急にそわそわし始める。まさかうなぎ屋に来るとは思っていなかったのだ。
「あ、あの、ウナギなんてそんな……」
「お嫌いでしたか?」
 好き嫌いの中にウナギはなかったかと思ったが、嫌だっただろうか。立ち止まるデュナスに香里亜は小さく首を横に振る。
「いえ、大好きですけど、自分のぶんは払いますよ」
 それでは誕生祝いにならない。慌てる香里亜にデュナスは笑い、のれんの掛かっている入り口を指さした。
「これから暑くなりますし、暑気払いとお祝いです。こういう時には遠慮しないで下さい」
「そんな事言うと甘えちゃいますよ?」
「甘えちゃって下さい」
 中に入ると、デュナスは勧められていた上うな重を二つ注文する。ヨーロッパでもウナギはフライにしたりして食べるのだが、日本の蒲焼きはまた格別だ。一度蒸してから焼くふわっとした食感と、濃厚なタレ、そして山椒の香りがたまらない。
「ありがとうございます。デュナスさんのお誕生日には何か私もお返ししますね」
 お返し以前に、ここでこうして一緒に食事をすること自体が幸せなのだが。
 ウナギが焼けるまでの時間、仲見世通りの地図を出して二人は行きたい所などに印を付けていく。
「香里亜さんは何か欲しいものとかありますか?」
 そう聞くと、香里亜は扇子の店を指さした。
「夏に持って歩ける可愛い扇子が欲しいんです。あと日本手ぬぐいも見たいですし、あげ饅頭とかきび団子とか、おこげ煎餅とか、もう一度行きたいところいっぱいなんですよ…って、食べてばっかりかも」
 少し恥ずかしそうに笑っている、その姿も可愛らしい。
「デュナスさんはどこか行きたいですか?」
「私は……浅草寺のおみくじにリベンジしたいです」
 ここのおみくじは凶が出やすいことで有名だ。そして皆の期待通りにデュナスはしっかりと凶を引いた。そういえば、悪いおみくじは結べば大丈夫だと教えてくれたのも香里亜だったような気がする。
 出来れば待ち人とかその辺りを、凶以外で占いたい物だ。リベンジという言葉に香里亜がにこっと笑う。
「今度は大吉が出るといいですね」

 勧められた通り、ウナギは文句ない味だった。しっかり味を堪能した後、二人は雷門まで歩きながら、ねりからしにしか見えないオブジェが乗ったビルの話をしたり、神谷バーの電気ブランの話などをする。
「二十歳になったら、電気ブランを飲んでみたいんです。ビールをチェイサーってのが粋らしいですけど、強いでしょうか」
「そうなんですか?私もまだ行ったことがないんですよ」
 それまでには、一緒に行けるぐらいの仲になっているだろうか。そうしているうちに、観光客で賑わう雷門の前に来ていた。人だけではなく、人力車などもいて活気のある光景なのだが、背の低い香里亜は目を離すと人波に飲み込まれそうだ。
「な、なんかはぐれちゃいそうです……」
 どうしようか。考えるより先に、デュナスは香里亜の手を握る。
「こうしていればはぐれませんよ」
 きゅっ、と香里亜が握った手に力を込めた。その瞬間、我に返ったデュナスは恥ずかしさで一瞬ふわっと光った。感情が高ぶったりすると、上手く力を制御できないデュナスはこうして光ったりしてしまう。はぐれないようにと何気なく手を出してしまったが、今この状態は手を繋いでいるわけで……。
「デュナスさん?」
「い、いえっ、大丈夫です。行きましょう」
「はい。はぐれたら私絶対家に帰れないので、放さないでくださいね」
 意識して言っているわけではないのだろうが、それはデュナスにとって何よりも嬉しい言葉で。
 仲見世通りに入り、冷やし抹茶と一緒にきび団子などを食べながら、仲見世通りを散策する。デュナスの流暢な日本語で店の人が感心したり、観光客の通訳代わりをしてみたりと、ただ歩いているだけなのにすごく楽しい。
「デュナスさんはフランス語だけじゃなくて、英語とかも堪能なんですね」
「そうですね。私の故郷はドイツに近かったので、ドイツ語も話せますよ」
 ヨーロッパは国境があちこちに接しているので、話せないと色々面倒なことがある。フランス語以外絶対に話さないフランス人もいるが、割と柔軟な考えのデュナスは、覚えておいて損はないと思い、他の国の言葉も覚えている。
「このお店が扇子の品揃えが良いみたいですよ」
 縮緬細工や和道具等が並べられている店に、デュナスは香里亜の手を引いて入る。ここは着物ガウンなどの派手な物が置かれている店ではなく、静かな佇まいの店のようだ。
「いらっしゃいませ。ゆっくり見てってください」
 にっこりと頬笑む店員にそう言われ、香里亜は扇子を色々と手に取った。
「うさぎ柄とか可愛いかな……でも、花が描かれてるのも涼しげでいいかも」
 開けばすぐに風を仰ぐことが出来、閉じれば持って歩ける扇子は自分も一つ持っていてもいいかも知れない。デュナスも男性用の扇子を見てみたりする。
「私も扇子を持って歩きましょうか。クーラーは体が冷えますし」
「自分で仰ぐと風が柔らかくていいですよね。私はこの花菖蒲が描かれた扇子にしようかな。涼しげですし」
 香里亜が選んだのは黒のつや消しの骨に白い紙が貼られ、花菖蒲が両面に描かれた物だった。デュナスがどれを選ぼうか悩んでいると、横から香里亜が蓮の葉の上に雨蛙が乗っている扇子を指さす。
「これも涼しげですよ。蓮とかって夏って感じですよねー。でも、無地とかの方がやっぱりいいですか?」
「いえ、雨蛙も可愛いですね。じゃあ香里亜さんのと一緒に精算しますよ。誕生日のプレゼント代わりです」
「えっ、何だか今日はデュナスさんにお世話になってばかりです。今度夕飯つくってご馳走します」
 さっきは狼狽えたりしていたが、今度はすんなりと了承してくれたようだ。
 扇子を二本持ち、デュナスが会計をしようとすると、店の男性が竹で出来た団扇を十本ぐらい出してきた。
「お二人で一本ずつお持ち下さい」
「いいんですか?」
「誕生日って聞こえましたから、うちの店からのプレゼントです」
 そう言われ、香里亜とデュナスは顔を見合わせて何故かお互い赤くなる。団扇は菊の葉や牡丹などの柄の布地が張ってある立派なものだ。
「じゃあ、記念に波千鳥の団扇をお揃いにしましょうか?また浴衣のイベントやりますから、団扇があるといいですよ」
「香里亜さんにお任せします」
 プレゼント出来ただけでも嬉しいのに、お揃いの団扇とは。
 これは絶対大事にしよう。プレゼント用に扇子を包んでもらいながら、デュナスはそう思っていた。
 何だか今ので動揺して、すごくおなかがすいた気がするが。

「あげ饅頭のごま味美味しいですよ。半分あげますね」
「じゃあ私も抹茶味を」
 普通のあんこが入ったものと、ごまや抹茶味の揚げたての饅頭を食べながら歩いていると、仲見世通りの突き当たりの宝蔵門についた。そこをくぐると浅草寺の本堂だ。線香の煙と、香りが漂っている。
 本堂の東側には浅草神社。お守りなども売っているが、香里亜とデュナスは仲良く奥へと向かっていく。
「今日こそは凶以外を引きます」
「ふふっ、私も出来れば凶じゃない方がいいなー。ちゃんとお詣りしてから引きましょう」
 本堂で手を合わせ、それからおみくじ売り場へ。
 凶を引きませんように……出来ればこれからの行く末を示してくれるようなものが出ますように。そんな事を祈りながら、デュナスはおみくじを開ける。
「………」
 そーっと恐る恐る見ると、おみくじは「吉」だった。それにほっと息をつくと、香里亜がにこっと笑っておみくじを見ている。
「デュナスさんどうでした?私は『中吉』でした……仕事運はいいみたいだけど、待ち人『動かず待ってよし』って、いいのかな?」
 そうだ、それは気になる。
 健康運や仕事運、学業などを見るより前に、デュナスは開いたままのおみくじに目を落とす。

 待ち人:幸せを持ち来る。己から動くとなお良し。

「大丈夫ですか?」
 香里亜に言われるまで、デュナスは色々なことを考えていた。待ち人は来るが、自分から動く……少し見下ろすと、香里亜が心配そうにデュナスを見ている。
 自分から動けば。
 息を飲み、深呼吸をして……。
「あ、あのっ、香里亜さん」
「はい?」
 大きな瞳がデュナスをじっと見る。それに見つめ返し、デュナスは持っていたおみくじを香里亜に見せた。
「おみくじ、凶じゃありませんでした」
 ……そんなに簡単に背中を押されるようならば、もっと早くに言っている。
 ただの客と従業員の関係だったのが、一緒に出かけるようになり、プレゼントを渡したりするようになって……これ以上動いたら、耳から煙が出るかもしれない。
 そんなどうしようもないことを考えているデュナスの事などつゆ知らず、香里亜はおみくじを見て自分のことのように喜んでいる。
「吉ですけど、いいこと色々書いてありますよ。いいおみくじはお財布に入れておくとお守りになるんです。持って帰るといいですよ」
「そ、そうですね。そうすることにします」
 これを持っておいて、時々動けない自分に活を入れよう。急に動いたってダメなことは知っている。自分のペースでやればいい。
「おみくじも引きましたし、お祝いにあんみつでも食べましょう。デュナスさん、あんこ好きだから冷やしぜんざいとかの方が良いですか?」
 一緒なら、それだけで幸せなのだが。
 団体の観光客がざわざわと本堂に入ってくる。その人並みにはぐれないように、デュナスは香里亜の手を引いた。
「そうですね、歩きながら考えましょう」

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
交流メールからの繋がりで、香里亜と一緒に浅草に出かける話を書かせていただきました。詳細お任せで、好きにいじっていいとの事だったので、少し積極的になってみたり、でもやっぱり踏み切れなかったりという、微妙な距離感を保ったままになってます。おみくじはまた凶でも面白かったのですが、今回は少し良くなっています。待ち人は幸せを持って来るのでしょうか?
波千鳥の団扇は、夏に役立ててください。さりげなくお揃いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いします。