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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―doi―



「メグミさんがいなくなった?」
 高山隆一は驚きの表情を浮かべる。
 彼の視線はテレビの画面に釘付けだった。
 行方不明になった女性の事件について、そのニュース番組では取り上げていた。
 その女性の名を、隆一は知っている。知り合いの名だ。
 磯近メグミ。散歩好きの彼女のことを、隆一は憶えている。黒い髪の、左眼の下にホクロがある大人しそうな娘。
<靴だけ残っており、誘拐事件の可能性も……>
 ニュースキャスターの言葉を聞きながら、隆一は顔をしかめる。
 彼女がいなくなったのは、彼女の散歩コースの近くだ。
(……こういう時に俺の力が役立てれば……)
 隆一の「幻視」を使うなら、やはり現場に行ったほうがいいだろう。そうと決まれば早い。

 隆一はメグミの靴が見つかったという沼まで来ていた。
 とはいえ、沼には近づけない。警察がいたからだ。
 公園への通り道からちょうど沼が見えるので、そこから眺めることにした。
 道路脇にある、胸のあたりの高さまであるフェンスのせいでここから沼まで一直線に行けるということはない。
 フェンスにもたれかかるようにして、隆一は沼を見つめる。
(彼女は今、何処に居る……?)
 願ってしまう。無事でいて欲しいと。
 現場には争った跡もなかったという。靴だけだ、見つかったのは。
 ニュースでは、知人と会った直後に行方不明になったと報道されていた。
 真っ直ぐ見つめる隆一は、意識を集中した。視えろ。見えないはずのものよ、視えろ。
 彼女は『今』どこに?
 だが、見えはしない。見えない。
 どこにも――いない。存在していない。
「…………」
 おかしい。
「どういうことだ……?」
 誘拐されているとしても、自ら姿を消したとしても……現在の姿が『見えない』ということが余計に不安になる。
 殺されていても、死体の姿は見えるはずだ。例え、バラバラになっていようとも。
 けれども、はっきりした。
 どこにもいない、ということは……つまり、死んだ、ということになるのではないだろうか?
 別の世界に行った。神隠しにあった。様々な言い方はできるが、現在の世界に彼女はもう存在していないのだ。
「…………」
 どうしようかと悩んだ末、隆一は目を細めた。もしも死んでいるならば、『幻視』ではなく、『霊視』のほうが見える可能性は高い。
 あぁ、みえた。
 隆一は安堵する。
 沼のほとりに立っている、傘を差す娘。間違いない。彼女だ。
 彼女は何かを見つめていた。何が起こっているのかよくわかっていない様子で、ぼんやりと立っている。
 振り向き、居もしない誰かに話し掛けている。
 そして……ソレは起こった。
 彼女は悲鳴をあげた。いや、あげようとした。声は隆一には聞こえない。
 頬に両手を遣り、口を大きく開けようとする。だがそこで、逃げようと背を向けた。そして、彼女は沼に落ちる。
 まるで同じ映像を繰り返すように、彼女はまた沼のほとりに立っていた。ぼんやりと沼を見つめている。
 声をかけてもムダなことはわかった。彼女は何か不測の事態が起こり、逃げようとした。沼に落ちたかどうかはわからないが、逃げようとした。彼女の心は、魂は、逃げて沼に落ちたつもりだったろう。
 逃げ切れなかった――。
(彼女は誰かに会っていたのか……)
 様子からして顔見知りだろう。会っていたという知人とは別人とみるべきかもしれない。
 隆一は瞼を閉じて、開く。もうそこにメグミはいない。
 彼女の強い気持ちはおそらく、驚愕、混乱、だ。強すぎるその感情のまま、彼女は沼に居続けるだろう。いつかそれが薄れる時がくるまで。



 夜も更けた頃、早乙女仁礼はよろめく足取りで進んでいた。手に持つ白い本を強く握る。
(近い……もう、ダメだ……)
 意識は朦朧とする。よく、もったほうだ。
 もう今晩には死ぬだろう。
 駅に向かう者達を、仁礼は眺める。駅前で見張ることにした。
 強い気配がここにも残っている。おそらく『敵』は、この駅を使用しているのだろう。
 仁礼は自身の身体を抱きしめた。辛い。もう嫌だ。けれども彼は、彼の意志でここに居る。
 ぴく、と仁礼が反応する。感じる。感じてしまう。近い。近づいて来る。
 時刻は夜の9時過ぎ。近い。――来る!
 軽く咳をして、仁礼は立ち上がった。眩暈がした。今夜が自分の最期になるだろうことは、予想していた。
 仁礼の瞳はある男を映している。短い髪の、爽やかな青年だ。仁礼とさほど年齢は変わらないだろう。大学生、だろうおそらく。
 パーカーにジーンズという格好の青年は、携帯電話をいじりながら歩いていた。誰かにメールでも打っているのかもしれない。
「よぉ」
 低い声をかけ、仁礼は青年を呼び止めた。
 青年は驚いたように目を見開く。そして薄く笑った。
「アンタ、なんかヤなニオイさせてるね。ムカつくし、臭い」
「……そりゃ、おまえの天敵を連れてるからな。ここでは目立つ。場所を変えてもいいか?」
 不敵な笑みを浮かべていたが、実際はもう辛くて座り込みたかった。
 まだだ。こんな人が多い場所でダイスを召喚できない。ダイスは自分を信頼してくれているから、表に出てこないのだ。それを裏切るわけにはいかない。
 青年は「やだね」と短く言う。
「って、言ったらどうすんの? 俺はさ、人が巻き込まれようが何しようが、ただ腹が満たされればそれでいいんだよ」
「でもおまえは、ここでは暴れない」
 息が続かない。だが、こちらが不調なのを悟らせるわけにはいかない。
「人間の生活を維持するんだろ、まだ。今の状態になってからさほど時間が経ってねぇ。賢そうだしな、おまえ。いきなり暴れるっていう無謀でアホなタイプには見えねぇ」
「…………」
 男は目を細め、腹立たしそうに舌打ちした。

 誰もいない場所に移動するため、二人は裏道を黙々と歩いていた。
(いてぇ……)
 頭が痛い。もう意識が半分以上保てない。無理だ。無理だ。
(ハル……後は任せるぜ)
 おまえに。俺を選んでくれたことを、心から感謝する……!
 ひと気のないところまで来ると、振り向かずに仁礼は呟く。
「いでよ、ハル――!」
 仁礼の背後に、彼に背を向けるように燕尾服の少年が空中から姿を現した。銀髪をなびかせ、彼は囁く。
「ヴァ、ムルツメスク、ペントゥル、アジュトール……」
「わかんねぇよ……ばーか。日本語で言え」
 応えた仁礼を、彼は振り向きざまに拳を振るって「破壊」した。あまりに圧倒的な力のため、仁礼の肉体は耐えられず、血も、肉も、全てが粉微塵に散る。
 え、と驚く男のほうを彼は振り向いた。
「な、てめぇ、何者……っ!?」
「私はダイス。今からおまえを殺す者だ」
「っざけてんじゃねえぞ!」
 青年の身体がぐずりと崩れ、そこから羽虫へと姿を変えた。
 耳障りな羽音が響く。一匹や二匹ではない……一人の青年の肉体を型作っていたほどの大量の虫が空中を飛んだ。
 ハルを囲んだ状態で虫たちは警戒したまま様子見をしている。
「おぉまぁえぇもぉ、かぁんんせぇんんすぅるぅんんだぁ」
 羽虫たちから青年の声が響く。もはや人間の姿ではないというのに、だ。
 ハルは薄く笑った。



「メグミさんが会っていたのは、真鍋大輔くんか……」
 隆一はその情報だけを頼りに、大輔に会いに向かっていた。
 真鍋大輔とは一度も会ったことがないし、名前を聞いたのも今日が初めてだ。
「今日もファミレスでバイト中……。確かこの駅から近いはず……」
 あまり慣れない場所なので、どうやら道に迷ってしまったようだ。隆一は溜息をつく。
 ファミレスの位置などすぐに確認できるだろう。誰かに会うことができれば。
 裏道にでも入ってしまったのか、ひと気はほとんどない。周囲の低めのビルを見上げる隆一。
 ぶぶぶ、と耳障りな音が微かに聞こえた。

 歩いていた女性に喰らいつき、一瞬で食べ尽くす。骨まで残らない。
 ハルはそちらを一瞥しただけだ。見知らぬ人間が巻き込まれてもなんの感情も示さない。
 標識を見つけ、それを手で掴む。ぐっ、と力を込めて上に引っ張った。地面に埋まっていたはずのそれを引き抜き、振り回す。
 恐ろしい速度で振り、虫を問答無用に叩き潰した。
(あと少し……)
 数は確実に減ってきている。道が狭いため、一度に破壊できないだけだ。

 隆一が『彼』を発見した時は、すでに全てが終わっていた。
 隆一には何が起こったのかはわからない。ただ、残った一匹の虫を、少年が踏み潰したのだけは見た。
 知らないうちに『何か』が終わってしまったのだけは……なんとなく、わかる。それがメグミに関することなのも。
 闇の中に佇む銀髪の少年は隆一のほうを見遣る。
 そんな少年を見て、隆一はごくりと喉を鳴らした。
 姿は少年だが……子供の気配じゃない。圧倒される存在感。
(人間じゃ……ないのか)
 こちらに背を向けた彼は、そのまま去ろうとする。その背に、揺るぎないものを感じた。
「……聞いてもいいか? おまえがなんであるのかを……」
 話し掛けられた少年が、こちらを肩越しに見た。赤い瞳がこちらを見据えている。
「……私はダイス」
「ダイス?」
「『ストリゴイ』を狩る者……」
 完全に振り向いた彼は囁く。
「ミスター、私の本の主になりますか?」
「え?」
「とはいえ、適性が必要ですが。手を」
 す、と彼が右手を差し出してくる。隆一は戸惑うものの、その手を握った。
 少年は目を細める。
「……それほど相性は悪くない……。ですが、少しはいただくことになるかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「私と契約をすれば、あなたは普通の人に近い状態になります。それでも良いというのなら、この本を受け取りなさい」
 左手に握られているのは白い表紙の本だ。ハードカバーの本。
 隆一には今の彼の言葉が完全には理解できなかった。けれども。
「俺でよければ手伝おう。いや、手伝わせてくれ」
「…………」
「何も出来ず見送るのは……もう、御免だ」
 自分にも何かできるなら。
 差し出された本を受け取った。ぐらっと眩暈がした。
 なんとか踏みとどまった隆一は溜息をつく。
「契約は完了しました、ミスター。私はダイスのハル=セイチョウ。
 あなたは戦う必要はありません。ただ本を守ってくだされば、いいのです」
 そう言うと、ハルは景色に溶け込むように姿を消してしまった。
 残された隆一は、わけもわからぬままに本を見る。本の名は『ダイス・バイブル』という――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7030/高山・隆一(たかやま・りゅういち)/男/21/ギタリスト・雑居ビルのオーナー】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高山様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 ハルとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!