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夜長の出来事
夜も更けた、今は午前…考えたくも無い。
地下鉄…ホームへの入り口は既に閉鎖され、その下にはダンボールを被った何か。何度か見た事があれば、それは何かはすぐに判る。…動く前に去ろう。渋々と去る後姿が切ない。
「あーあっ、本当についてないわね」
愚痴めいた一言を呟き、自動販売機に小銭を投げ込むのは法医学者、坂崎 真優理。ガコンと、自動販売機から吐き出された缶コーヒーを取り出そうと腰を屈ませる、特徴的なポニーテールが揺れた。今の時期、まだアイスコーヒーは早いような気がしたが、HOTの缶コーヒーは異常に温められているのか、火傷しそうなほどに熱い。
「あっつ、あつー!」
右手から左手へ、左手から右手へ…と何度か繰り返すうちに、ようやくコートのポケットへと仕舞いこむ事に成功した。このあたりで、休める場所を探そう。明日は学会、さすがに歩いて家まで帰るのは坂崎も御免だった。
「…あそこにしようっと」
目に付いたのは、小さな公園。どこにも青いビニールシートやダンボールは見当たらない、坂崎は早足で公園へと向かった。先程まで立ちっ放しで、すぐにでもベンチに座って休みたかったからだ。
さくさくと早足でベンチに向かうは良いものの…、近づくにつれて影がある事に気がついた。ベンチに座っている。こんな夜中に相席は途惑われ、坂崎の茶の双眸は自然と公園内を見渡した。他にベンチはないか?…小さな公園、せめて二つはベンチを置いておくべきだ、坂崎は心底思って溜息を吐く。疲れを癒すことと暇つぶし、両方出来ると考えよう。坂崎の足は一つしかないベンチの方へとゆっくり向かった。
「御一緒しても構わない?」
切れ掛けなのか、電灯の明かりがチカチカと不定期に瞬く。その下にあるのは、大分生え際が黒くなった金髪。声をかけて数秒した後に、振り返った。色あせた金髪の髪とハイコントラストな黒い瞳が見える。左手に持っているのは缶コーヒー。
「…こんな夜中に相席か」
金髪の男はぼやくように言いながらも、少し腰を浮かせて席をずらす。それを了承ととり、坂崎は男の隣に腰を据えた。やっと、座れたことに、坂崎の口から安堵の息が細く漏れ出た、忘れかけていたコートのポケットの中にある缶コーヒーを取り出し、プルタブを爪で引っ掛け栓を開ける。
「あなたも終電を逃したクチ?」
「こんな夜中にうろついてるのはソレぐらいしかいねえだろ」
当然、と言った風に、ぶっきらぼうに返され、其の態度の悪さに坂崎は少し眉間に皺を寄せた。終電も逃した上に、暇つぶしがこんなつまらなさそうな男とは…つくづく、今夜は運が悪いとしか考えようがない。
「…あたし、坂崎 真優理。法医学者してるんだけど…あなたは?」
「…新垣 嬰児、助教授だ」
助教授!
坂崎は思わず復唱してしまう。こんな態度の悪い、しかも見た目も品の悪そうな……いや、落ち着きの無さそうな男が助教授。想像もつかないのか、視線を夜空に彷徨わせて、何とか想像しようと試みたが上手く行かないのか眉間の皺は尚更深くなっていく。
「失礼な奴だな…。あんただって学者に見えねえぞ」
せいぜい、学生だ。と、続く新垣の言葉に、坂崎はにっと笑みを作った。其の拍子にポニーテールが揺れる。
「若く見えるって事は良い事だわ!」
…坂崎は新垣の目つきの意味を、そ知らぬ振りで新垣へと更なる話題を振りまく。
「で、助教授って事は、何か専攻は?」
「専攻は一応、超心理学、生理心理学、だな」
「一応、ってすごい曖昧ねえ」
新垣の言葉に坂崎は少し首を仰いだ。電灯の周りに集まる小さな虫が、電灯の黄色に変色したカバーにぱちりと音を立てて弾かれているのが、視線の端に映る。
「主立って研究してるのは、心霊だ。魂とかな」
そう言うと、新垣はぐいっとコーヒーを口に流し込む。信じる信じないはあんたの勝手だが、喉を鳴らしてコーヒーを飲み干した後、そう新垣は言った。
「へえ!心霊、魂ね。面白そうじゃない」
興味津々に聞き返す坂崎を、新垣は呆気に取られた様子で数秒間見ていた。新垣の様子に、坂崎はにこりと笑って、口を開く。ポニーテールを結ぶ、青いリボンがゆれた。
「どう言う風に研究しているの?」
「…魂を人工的に作る研究」
新垣は簡潔に応えた。しかし、それは更に坂崎の探究心を大きく煽る。大きな茶の目をキラキラと、電灯の明かりの所為だけではない事は確かだと判るほどに輝かせて、新垣を見ている。
「魂を作る?どうやって?面白い考えね!」
尻尾でもあれば、ぱたぱたと振っているに違いない。ポニーテールを結んでいる青い大きなリボンが犬の耳に見えてきた…。新垣は此処まで聞かれるのは珍しいのか、坂崎の勢いに気圧される様に少し身体を坂崎から遠ざけた。坂崎の瞳をなるべく見ないように顔を背けて、言葉の続きを単調に紡ぐ。
「……まだ研究段階だ、魂を抽出する物と、現世につなげる媒体を二つのボックスに入れて、ある程度の電流と一般的に霊力って呼ばれるエネルギーを流すんだ」
へええと感嘆の息を吐いて、坂崎は胸ポケットからメモ用紙とボールペンを取り出した。新垣の言葉を自身しか読み取れないような殴り書きでメモを取っていく。これはもう、学者の性としか言いようがない。最早癖だ、それは新垣も心当たりがあるのかメモを取る事には何も言わなかった。
「…何でそんな興味があるんだ、オカルト好きなのか?」
「普通に興味深いわ、魂を作り出すんでしょ?すごいわね」
メモを胸ポケットに仕舞いこみ、にこりと坂崎は笑った。そして、思い出したように、コーヒーを一口煽る。
「あとね、あたし、死者の残留思念?って奴と、対話できるの。だから、そう言う話は人一倍興味があるってワケ」
そう言い終わると、もう一口、坂崎はコーヒーを煽った。
「………それって、そんなにあっさり言うような事じゃないんじゃないのか」
片眉を上げて、様子を伺うようにしている新垣へ、いたずらっぽい笑みを坂崎は作り、残り少ないコーヒーを、ゆっくりと惜しむようにちびりと飲む。
「深刻ぶったって仕方ないじゃない」
さらりと答えを紡ぐ坂崎に、確かに動揺も影も何も見えない。眸の真直ぐさだけが物を言っている。
「死因の特定なんかにも、役に立つし…まあ、その説明には手を焼くけどさ」
一口で、坂崎は残り少なくなったコーヒーを飲み干した。空になった缶を、爪先で弾き高い音を奏でる。坂崎の話に、新垣も興味があるのかへえと、適当な相槌を小さく打ちながらも、話の腰を折らないよう真剣に聞いていた。
「……でも、生者だけが“真実”を大きな声で吹聴して、生者の言葉だけが、“事実”として残されるのなら」
坂崎の視線はどこか遠くへ飛んでいるようにも思えるが、意志が強いというのはその眼差しと言葉の強さで感じ取れた。ブゥンと、虫が電灯の周りを迂回するは音が響く。
「死者たちの“真実”と“事実”を誰かが聞き届けてやる必要があると思うの」
「…なるほど、通訳みたいなもんか」
ようやく口を挟んだ新垣の言葉は、やや簡潔すぎて坂崎が言うほどの説得力が感じられない。見た目と、緩いしゃべり方の所為もあるだろうが。
「……折角真面目に話してたのに、新垣さんがまとめると胡散臭くなっちゃったわ」
「失礼な」
新垣は少々むっとしながら、缶コーヒーを煽り、空になった缶を少し離れたゴミ箱へと投げ入れた。カンカンカン!と何度も金網で作られたゴミ箱の中で跳ね返りながら、底へと着いてもう一跳ねしてから漸く缶は落ち着いた。
「さて、そろそろ行くか…」
公園の時計は5時を回っていた、もう始発が眠りから目覚めた頃だろう。あの入り口にも、夜見た不審者の影は朝陽に照らされ、吸血鬼のように光から逃げ出したに違いない。
「待って」
坂崎はベンチから立ち上がった新垣へと一言投げ掛けて、残りのコーヒーを飲み干した。新垣と同じように、ゴミ箱へと投げ入れる。新垣の時よりもすんなりと、缶はゴミ箱の底へと行き着いた。
「ナイス!」
「障害があったほうが面白いぞ」
「……難癖付けるのが好きね」
ぐっと、握りこぶしを作り上手く入れられた自分へと祝福を贈るが、新垣の野次にすっかりその気分も冷めてしまった。夜通し起きていた所為で、何もかもが眩しく見え、気分もハイだ。このまま坂崎は今日を乗り切ろうと心に決めていた。
「…あ、ヤバイ、6時の電車もう直ぐ出るっ」
ふと、時間の経過を確かめようとした坂崎は、時計の針が間逆を向いているところに出くわした。流石に家に帰って着替えはしたい、この電車を逃してしまえばソレは叶わず、水辺の泡となって弾け飛んでしまう。大急ぎで…女性にあるまじき走り方だが、大股を広げて一足飛びで地下鉄のホームへと向かいだす。…ズボンでよかった。
「あっ、おい、待てっ」
今度は新垣が置いてきぼりにされる番だった。薄手のコートを翻して、坂崎の後を追う。
朝陽はきらと輝き、公園の木々を照らす。小鳥が囀り枝から枝へと飛び交った。その囀りの中小さく、少しは待ったらどうだ、そんな暇無いわ、などと、男女の声が飛び交っている。
今日も暑くなりそうだ、地下鉄駅にも段々と活気が現れだした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6928/坂崎・真優理/女性/28歳/法医学者】
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■ ライター通信 ■
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■坂崎・真優理 様
初めまして、ライターのひだりのです。此度は発注有難う御座います!
好奇心の強そうなイメージがあったので、思った以上に元気な方になりました。
夜中の話し、なので、少々ハイになっているイメージも付属されていますが!
如何でしたでしょうか、楽しんでいただけると幸いです。
これからも精進して行きますので、機会がありましたら
是非、宜しくお願い致します!
ひだりの
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