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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―doi―



 クリス・ロンドウェルはオープンカフェで英字新聞を読んでいた。優雅な時間だ。これぞまさに、英国紳士の嗜み……と、クリスは思う。
 テーブルの上に置かれている一冊の本にクリスは目を遣る。
 紅色の表紙の、ハードカバーの本。
(……これ、どう見ても秘術か秘宝の類だよねぇ)
 とはいえ、誰が見ても普通の本だ。どんな者が手に取っても、ただの本だと思えるような。
 はあ、とクリスは空を見上げる。今日は晴れ。
 本国へこの本の報告も考えた。けれども。
(あのレディ……ミス・アリサを、あの利権しか考えてない奴らに突き出すのもエレガントではないよね)
 もう一ヶ月くらい前のことだ。
 本を渡してきた、桃色の髪の少女――ダイスのアリサ=シュンセン。
 黒い衣服に身を包み、圧倒的な破壊力を持つ、人外の少女。
 思い出してクリスは思う。
(なかなか、綺麗だったし……うん)
 クリスは本に手を伸ばす。開いた。
 最初のページにはアリサの全身の姿が描かれている。横向きに立つ彼女は瞼をしっかりと閉じていた。
 水彩色鉛筆で描かれたような美しい絵だ。だがクリスにはわかっている。これはアリサ本人だ。
(本の中のニンゲン、ってわけじゃないからなぁ)
 逆だ。アリサがここに封じられている、という見方が正しい。
 クリスはその絵を指先でなぞる。ざらついた紙の感触しかない。
(ダイス……本の守護者。『ヤツら』を倒す殺戮者……)
 ぼうっとした瞳で思う。コレは、クリスの魂に刻まれた情報だ。ダイス・バイブルの情報なのだ。
 ダイス以外はヤツらの餌食になる。それはダイス・バイブルの契約者であっても例外ではない。
 クリスにとって幸運なのは、基本が人間だからだ。『ヤツら』が好んで喰うのは、異能だ。それも純度の高い、ありとあらゆる能力である。
(感染すれば…………ああなる)
 アリサが殺した、前の主のようになるだろう。アリサがなぜ躊躇いもせずに殺したのか、今ではわかる。
 一度でも感染すれば、それから逃れるすべはない。ダイスによって破壊されるのが、最期となるだろう。
 感染した場合、『自分のまま』で死ぬか、『ヤツら』として死ぬか……どちらかしかないのだ。
 感染、という言葉も正しいのかわからない。けれど、それしか表現のしようがない。クリスの魂がそう表現する。
「う……」
 膨大な量の知識と情報。その多さにクリスは眉をひそめる。そのほとんどは、届かない彼方にある。そこに手が届いた時……自分はどうなるのだろう?
「アリサ……ね」
 あの時のことを思い出す。自分に対する態度は、若干冷たいけれど……これから戦っていくためにも頑張ってお近づきにならなければ。
 紅茶を飲んで、む? と首を傾げる。
 一応買っておいた日本の新聞。その記事の一つに目をとめた。
「なになに……女性が行方不明……?」
(ここから近いなぁ……。する事ないし、探ってみようかな。レディを助けるのは英国紳士の最優先事項。
 それに……下手をすると妖魔……ストリゴイだったか……。ヤツらの可能性もあるわけだ。……ん?)
 てことは。
 クリスはフッと笑みを浮かべた。
(ミス・アリサに会えるわけ? むぅ。今度は役に立つことを証明せねばっ)
 気合いを入れてクリスは立ち上がる。
 そもそも来日した理由の半分は消えているのだが、残る二つを探すのを後回しにしてでもクリスはアリサにご執心のようだ。
 ダイス・バイブルを持ち、開く。まだアリサは出てくる気配がない。



 行方不明の女の名前は磯近メグミ。歳は19。彼女の靴は沼で発見されたという。
「ふぅむ」
 遠目に沼を眺める。水は濁った色をしており、それほど広いものではない。ここは公園への通り道で、通りかかった際にかろうじて沼が見える程度。普通なら沼など横目に見て、そのまま通り過ぎるはずだ。
 手がかりは靴だけ。彼女は散歩好きで、その日も出かけていた。その際に会った相手は、彼女の幼馴染の男らしい。名前は……。
「真鍋大輔」
 真鍋の話によると、メグミとは少し喋った程度ですぐに別れたようだ。彼はメグミに借りたCDを返すのが目的で、別れた後はすぐにバイトに出ていた。
 クリスは腕組みする。
「ミスター・マナベは証言どおりに午後3時にはバイトに出ているし……。ミス・イソチカは昼過ぎに家を出たというし」
 メグミは午後2時40分には、沼からさほど離れていない場所のコンビニの監視カメラに映っていた。店員はメグミの顔を憶えていたので、時間は間違いない。
「誘拐事件なのかな、単なる」
「そうとは思えません、ミスター」
 唐突に聞こえた声にクリスは硬直した。真後ろに立っているのは――。
 そっと、肩越しに後ろを見る。
 桃色の髪をした、黒いゴスロリ服の少女がそこに居た。
 彼女は人差し指を沼の方角へ向ける。
「『ヤツら』の気配がします。血のニオイも。
 行方知れずの女と直接関係があるかは不明ですが、ここで誰かが殺されたのは間違いないでしょう」
 アリサは淡々とした声で言うと、彼女は歩き出す。クリスはそれに続いた。
「どこ行くの? ミス・アリサ」
「……あなたは感じないのですね、まだ。敵の気配は微弱ですが残っています。そのニオイを辿っていこうと思います」
「なるほど」



 徒歩で移動するので、アリサはかなり目立つ。クリスは事件についてアリサに説明したが、彼女は興味がないのか無表情のまま歩き続けていた。
「……その女性、もしかしたらすでに死んでるかもしれないんだよね」
「明確ではないですが、かなりの高確率で死亡しているでしょう」
「沼で死んだ、と思うの?」
「衣服すら残していないのでしょうか?」
「靴しか見つかっていないみたい」
 クリスの言葉に彼女は目を細める。空は夜が近づき、暗くなってきた。
「……『喰った』ならば、少しは破片が落ちているはずですが……。なんだか嫌な予感がします」
「え? ミス・アリサでも不安なことが?」
 これは自分をアピールするいい機会ではないだろうか? クリスはまじまじと彼女の横顔を見る。
 アリサはちら、と視線をクリスに走らせた。
「ただの『アリサ』で結構ですよ、ミスター。
 英語が良いなら、そちらで話しますが」
 心が揺らぐ申し出に、ごくりと喉を鳴らす。慣れ親しんだ言語のほうがいいに決まっている。しかしそれでは、いくらなんでも。
(子供みたいというか……。ミス・アリサに子供扱いされている……)
 むぐぐ。
 クリスはそもそも負けず嫌いなのである。こんな風に、外見が年下の少女に露骨に気遣われるのは嫌なのだ。
「いいや! 日本語でいいっ」
 胸を張って、偉そうに言い放つ。勿体無い、と思う自分もいたが、彼女の前で情けないところを披露するほうが痛手だ。
 アリサはそんなクリスを再び見遣り、小さく微笑した。
「良い心がけです、ミスター。言語というのは使い、耳で聞き、反復する学びの心が必要です」
「ふっ。当然さっ」
 ハハハと軽く笑って応じるが、内心は嵐である。どうしてこう、意地を張るのだ、自分は!
 アリサは元の無表情に戻り、考え込むように黙ってしまう。
「……ミスターは夜になったら避難をしてください。ワタシの予想が正しければ、かなり危険です」
「一緒に戦うよ! こう見えてもそこそこ……」
「どうも今回は、適合者のような気がしますが……」
 クリスの言葉を遮り、彼女は言う。クリスを連れて行く気はないようだ。
「適合者ってことは……えっと」
 ずきん、と軽く頭痛がする。ダイス・バイブルの知識の中から、ソレを探す。
「元の性格とか、知性とかは……そのままってことだったね」
「適合者が発現した場合は、余計な感染はないのですが……。どうも、今回は例外のようです」
 一体アリサは何をそんなに警戒しているのか、クリスにはわからない。まだ敵を見てもいないというのに、彼女は危機感を強く感じ取っているようだ。
 それもダイスの能力か、それとも……。
 クリスは少しだけ青ざめて、彼女に訊いた。
「勝てるの?」
「これは、早めに狩る必要がありますね……」
 彼女は応えない。



 調べれば調べるほど、アリサの中の何かは、ますます確信していったようだ。これはクリスを連れて歩くほうが危険だと判断した。
「離れていてもダメなの?」
 問い掛けるクリスに彼女は重い口を開く。
「できれば、ワタシと無関係だと思わせるほうがいいでしょう。関係していると相手に悟らせないほうが、今回はいい……」
 よっぽど警戒しなければならないようだ。
 敵の感染範囲がどれほどかわからないし、クリスは素直に従うことにした。
 ダイス・バイブルの主はダイスの補助をするために居るのではない。『本を護る』ことが目的なのだ。
 クリスが彼女と別れたのは、コンビニの前だった。
「ここに居てください」
「大丈夫?」
 一人で、というクリスの言葉に彼女は頷いた。闇の中で、薄い青の瞳が光っているような錯覚さえある。
「……ミスター、安全な場所などないでしょうが…………建物の中ならば、今回はそこそこ安全かと。ここに居てください」
「相手の見当はついてるんだよね」
「無論。…………『敵』は、『虫』でしょう」
 意味がさっぱりわからなかったが、クリスは「そう」と呟く。彼女はすぐさまどこかへ向かって走り去ってしまった。

 コンビニにいたのは三時間ほど。自動ドアが開き、アリサが姿を現す。
 クリスは彼女に近づいた。
「倒しました」
 彼女はそう言って、軽く息を吐いた。
 果たして、クリスの調べたことが彼女の役に立ったかどうかだが……。
 帰り道、彼女は言う。
「だからこそ、相手のことに気づけました」
 言葉は少ないが、クリスはとりあえず役に立てたらしいことがわかった。
(むむー。まずはダイス・バイブルをきちんと使えるようになってから、かな)
 なんてことを思っていたが、クリスはアリサに気づいたように言う。
「そうそう。俺が滞在してるマンションまでは、消えないでよ」
「承知しました。そうですね、全て退治したとは思いますが、油断できないですから」
 あっさりと承諾した彼女を見遣りつつ、クリスは安堵する。できるなら、まだアリサと一緒に居たい。
 マンションまでの道のり、彼女に色々話し掛けたがほとんど空振りに終わった。なかなか、彼女に近づくのは難しい。
(次こそは!)
 と、クリスが決意を新たにしたのは、言うまでもない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7079/クリス・ロンドウェル(くりす・ろんどうぇる)/男/17/ミスティックハンター(秘術狩り)】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、クリス様。ライターのともやいずみです。
 事件を追い、アリサと行動を共にしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!