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<東京怪談・PCゲームノベル>


<美味しい珈琲の淹れ方>

<Opening>
「ちょっと煙草がきれたから、買いに行って来る」
珍しく自分の足で煙草を買いに出て行った草間が、興信所を出てもう直ぐ十分。
片道五分のコンビニに、草間の愛飲するマルボロがある。
もうそろそろ帰ってくる頃だ。
「兄さんももう直ぐ帰ってくるし、皆でお茶にしましょう」
掃除が終わったのか、零は被っていた帽子を脱いで、部屋の片隅に座り込んで窓から外を見ている遥瑠歌と、パソコンと睨めっこをしているシュラインに声を掛けた。
「そうね。少し一息入れましょうか」
珍しく依頼が入る様子もない今日くらい、ゆっくりしても構わないだろう。
「お茶、で御座いますか。草間・零様。シュライン・エマ様」
無表情のままで問い掛けるオッドアイの少女に、零は笑顔で頷いた。
「此の間、兄さんの好きな銘柄の珈琲豆を買ってきたから、其れを淹れてあげようと思って」
「あら、結構値が張ったでしょう?武彦さんはブルマンが好きだから」
零とシュラインの言葉に、遥瑠歌は首を傾げた。
「『ブルマン』とは、何で御座いましょうか」
何も知らない小さな少女に、シュラインが小さく口角を上げて説明する。
「ブルーマウンテンという種類の珈琲豆の略称よ。豆の中では高価な方に入るの」
遥瑠歌は頷くと、其れを古びたノートに書き留めた。
一々律儀な少女に、思わず苦笑してしまうシュラインを見て、零も小さく笑う。
「遥瑠歌さんは私と一緒で、ココアにしましょうか」
「……草間・零様。シュライン・エマ様。お願いが、御座います」
書き留めたノートを胸に抱いて、遥瑠歌は零を見つめた。
「あら、なに?」
答えたのはシュライン。
無表情な中にも、何処か真剣な少女の口調。
何事だろうと零とシュラインは、少女の言葉の続きを待った。
そうして、聞かされたお願いは。
零とシュラインの想像を、はるかに超えたお願いだった。
「わたくしに、『珈琲の淹れ方』を、ご伝授下さい」

<01>
「遥瑠歌ちゃん、珈琲を淹れてみたいの?」
シュラインの問いに、こくりと頷く遥瑠歌。
「わたくしは、あまりお役に立てて居りません。ですから、せめて皆様の御飲みになる物を淹れる役を担わせて頂きたいと、僭越ながらそう思いました」
小さな、まだ見た目は十歳程の少女が、そんな風に考えていたとは思わなかった二人は、顔を見合わせて。
頷いた。
「それじゃあ、今日は遥瑠歌ちゃんに珈琲を淹れて貰いましょう」
優しく微笑んで、シュラインが遥瑠歌の頭を撫でる。
「最初に、珈琲に合うデザートを冷やしましょうか」
「此処の所、蒸し暑いですからね。今日はゼリーを作ったんです」
「それじゃあ、それが冷えている間に、遥瑠歌ちゃんでも持てそうなポットを探しましょうか」
零ちゃん、手伝って。
その言葉に零は頷くと、シュラインより先に簡易キッチンに向かう。
「遥瑠歌ちゃんも、行きましょうか」
シュラインに手を引かれて、遥瑠歌も簡易キッチンへと向かった。
「此れなら如何でしょう?」
零の片手に持たれているのは、此のキッチンに置かれている中で、唯一可愛らしい絵柄の入った小さなポット。
それは、まだ零が草間の元にやって来た頃に買って貰った、一番小さな物だった。
「そうね。それじゃあ遥瑠歌ちゃん、次は珈琲豆の袋の説明を読んでみて。珈琲の淹れ方について、一応書いてあるから」
シュラインの言葉に、こくりと頷いて遥瑠歌は手渡された説明文を読み進める。
その間に、ポット以外で使用するものを揃える零とシュライン。
そうして、一通り読み終えたのか、豆袋から視線をシュラインと零へ向ける。
「読み終わった?」
「はい。一通り、拝読致しました。此の通りに淹れれば宜しいのでしょうか」
「えぇ、そうね。じゃあ、一旦その通りに淹れてみましょう。順序を覚えるのに一番良いから」
「……承知致しました」
遥瑠歌は珈琲豆の入った袋と、準備された器具を順に見つめた。

<02>
「まず、湯を沸かす。最初は沸騰させ、使用するときは80℃から95℃」
そう言って、遥瑠歌はポットに水を注ぐ。
その様子を見て慌てる零とシュライン。
「遥瑠歌ちゃん、お湯は薬缶で沸かすのよ。そのポットはまだ使わないわ」
「申し訳御座いません……」
頭を下げて、今度は薬缶に水を注ぐ段階。
だが。
「一人当たり、カップ一杯分の水を沸騰させる」
言って少女はカップを取り出して四人分量って入れ、慎重に薬缶を火に掛ける。
その様子に思わず声なく苦笑する二人。
暫くして、湯が沸騰すると、少女は火を消した。
そうして、何か考え込んで、簡易キッチンから出て行く。
「?」
不可思議な行動を取る遥瑠歌を見て、シュラインと零は顔を見合わせた。
そして、次の瞬間。
少女が手にして戻ってきた、其れを見て、二人は絶句した。
「温度は80℃から95℃」
そう言って、『それ』を沸騰した湯へと差し込もうとした少女に。
「遥瑠歌さん!」
「遥瑠歌ちゃん!」
二人が声を上げて制する。
ぴたりと動きを止めて振り返る遥瑠歌の手に持たれていた、『それ』は。
『体温計』。
「体温計は人間の体温しか測れないんです!」
「お湯の温度は感覚でいいの。だからそれを使うのだけはやめてね」
二人の制止の声に。
「承知致しました」
遥瑠歌はこくりと頷いた。
「次に、ロトの上にフィルターを乗せる」
ロトの上にきっちりと広げたフィルターを乗せ、少女は続ける。
「フィルターに、珈琲の粉を入れる。分量は一人当たり10gから14g」
珈琲粉を専用のスプーンできっちりとフィルターに量り入れる。
フィルターの中には、山を築いた豆粉。
「適温の湯をポットに移し、珈琲サーバーへ注ぐ」
ポットに湯を移し、フィルターの中にドバドバと注いでゆく。
「全て湯が落ちきったら、カップに移す」
用意していた四人分のマグカップに注ぎ。
「完了致しました」
要点のみを覚えておいたのだろう、少女の入れた珈琲を見て、シュラインは小さく苦笑して。
「それじゃあ、飲んでみましょうか」
マグカップを手に取った。
「「「……」」」
暫く、三人の間で無言が続いた。
「飲めません」
言ったのは淹れた張本人の遥瑠歌。
「まぁ、初めてだから仕方がないわね」
苦笑して、マグカップ片手にそう言ったシュラインを見て、零も同じ様に頷く。
しかし、慰める様にそう言う二人に、遥瑠歌は首を横に振って。
無表情に、カップの中身を流しに全て零した。
「やはり、文書で読むだけでは上手くいかないものなのですね」
そうして、零とシュラインを見つめる。
その視線は、真剣そのもの。
「宜しくご鞭撻の程、お願い致します」
深々と頭を下げた。

<03>
「やり方はあまり間違ってはいないの。ちょっとしたコツが必要なだけよ」
シュラインはそう言って、もう一度全てを準備する。
「お湯を沸かす量は、殆ど感覚だから、何回も淹れて覚えるのが一番よ。……此れ位かしら」
水を入れた薬缶を遥瑠歌に持たせる。
「先程のわたくしの量より、少し多い様に感じます」
「そうね。うちは珈琲カップで出す事は少ないし、それに、お湯は後でポットやサーバー、カップを暖めるのに使うから、これ位がいいのよ」
頷いて、ポットを返し、ノートに書き込んでいく小さな少女に、微かに笑って言葉を続ける。
「兄さんの好みもあるし、うちでは少し苦味がある方を出しますけど、お客様に出す時はコクがある方を淹れるんです」
零の助言も、きっちりとノートに書き込む遥瑠歌。
「お湯を沸かしている間に、フィルターとかの準備をするの。フィルターは、まず、下のこの下の縁を折り曲げて。そして、今度はこの横の横の縁を、下とは反対の方に折り曲げるの」
「広げてはいけないのですか」
「広げるのが悪い、というわけではないの。美味しく淹れる為のコツって所ね」
頷いて、作業を行っては書き込みを続ける遥瑠歌に、零は苦笑する。
「お湯が沸いたみたいね。火を止めて少し置いておくの。その間にフィルターに豆粉を入れましょう。豆粉を入れたら、軽く揺すってね」
遥瑠歌が首を傾げた。
「何故、揺すっていらっしゃるのですか」
「これはね、豆粉の配分を均等にする為の動作なの。そして、これをロトに置いたら、中心に少し窪みを作っておく。これも、美味しく淹れる為のコツよ。あと、お湯をカップ、サーバーに注いで、両方とも温まったら中のお湯を捨てる」
「暖めるのですね」
シュラインの言葉に、オッドアイの少女は頷いた。
「残ったお湯は、ポットに入れます。ポットの中のお湯が、珈琲を淹れるときに使う量です」
零は、そう言ってポットを遥瑠歌に渡す。
手で大よその分量を理解した少女は、頷いてポット傾ける。
「窪みにめがけてお湯を少し入れて……泡が出てくるのが見える?」
「はい」
「これが重要よ。最初はこれが下に窪んでいくまで待つの。蒸らし、って言う、大切な事」
説明を聞きながらも、遥瑠歌の目線はロトから離れない。
「そして、一度目、豆粉の表面がひび割れてきたら、お湯を注ぐ」
「はい」
そして続けてお湯を注ごうとする遥瑠歌に、その前に、とシュラインが助言する。
「注ぐときには『の』の字を書くように回し注ぐの。お湯は少しずつね。一気に入れて駄目」
「細く注ぐのですね」
「そう。焦っちゃ駄目ですよ。ゆっくりと、泡を見て下さいね。あとは、フィルターにお湯を掛けないように、指一本分位内側にお湯を注いで下さい」
たどたどしい少女の動作に、微笑むシュラインと零。
「そうそう。上手よ」
一生懸命なのだろう、言葉を返さない遥瑠歌を見ていた二人の耳に、扉の開く音が聞こえる。
「零ちゃん」
シュラインの視線が語る事を瞬時に理解して、零がそっと簡易キッチンから立ち去った。
「最初と最後の濃度差が激しいから、必ずサーバーの中をかき混ぜてね」
「はい」
お湯を注ぎ終えた遥瑠歌が、ポットを置いて小さく息を付いて答える。
「それと、カップが冷めない内に注ぎましょうか」
ふ、と。
零の姿が見当たらない事に気がついた遥瑠歌が、シュラインに問いかけようとすると。
シュラインが、にっこりと笑った。
「最初のお客様が来たわ」

<Ending>
「お、珈琲の良い匂いがするな」
帰って来た草間に、零がにっこりと笑ってみせる。
「兄さんの好きなブルーマウンテンを淹れたんですよ」
「本当か!久しぶりだな、ブルマンなんて」
久しぶりに好物の珈琲を飲める事に喜ぶ草間。
だが、ふと何かに気付いたように零を見やった。
「おまえが淹れたんじゃないのか?」
「今日は私じゃないんです」
「なら、シュラインか」
笑う零を不思議そうに見ていると。
「私でもないわ」
簡易キッチンから出てきたのはシュライン。
「じゃあ、一体誰が……」
そうして草間が見たのは。
四つのマグカップをトレイに載せて、無表情のまま
「お帰りなさいませ、草間・武彦様」
そう告げた、遥瑠歌だった。
「……まさか」
目を見開いて小さな少女を指差した。
草間のその行動に、無言で頷く零とシュライン。
「……申し訳御座いません」
トレイを真っ直ぐに持ったまま、頭を下げ謝罪する遥瑠歌を見て、シュラインは眉を寄せて。
「いだだだっ!!」
草間の頬を引っ張った。
「せっかく遥瑠歌ちゃんが頑張って淹れてくれたのよ?その態度はないでしょう」
「わるがっだ!」
一先ず謝った草間の頬を離して、シュラインはにっこりと遥瑠歌に笑いかける。
「それじゃあ、皆で頂きましょうか」
客用のソファに零と遥瑠歌を座らせ、草間はデスクへ。
そして、シュラインは自分専用のチェアに座って、各々カップを取る。
ゆっくりと口に運び。
「……」
無言の後。
「遥瑠歌。初めて淹れたんだったな」
「はい」
手で遥瑠歌を呼び寄せて。
草間は、何処となく居心地悪そうに下を向く少女に。
「初めてにしては上出来だ」
口角を上げて言う草間や。
「此の調子なら、何時か私より上手に淹れられるかも知れませんね」
にっこり笑う零。
「心の篭った飲物は、美味しいって決まっているのよ」
同じ様に笑うシュライン。
三人の視線を受けて。
「有難う、御座います」
珍しく。本当に珍しく。
にっこりと、遥瑠歌は笑った。

<This story is the end. But, your story is never end!!>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇

この度はご依頼誠に有難う御座いました。
私流の淹れ方も若干混ざってしまいましたが、ご希望に添えましたでしょうか?
ブルーマウンテンについても、私が好きな銘柄だったりします……
それでは、またのご縁がありますように。