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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―doi―



 終業のチャイムが鳴る。これで今日一日の授業は終わりだ。
 アリス・ルシファールは早速鞄に教科書を入れる。帰り支度をしている最中、アリスはふと手を止める。
 一ヶ月ほど前、アリスはダイスと契約をした。
 ダイス。ストリゴイを狩るハンター。
 そのダイスの、ハル=セイチョウとアリスは契約し、主従関係になった。とはいえ、本当に主従かどうかは怪しいものだ。
 契約をしたが、特別変わったこともないので普段通りに過ごしている。学校へ来て、帰る。その繰り返しだ。
 パトロールはしていない。サーヴァントが使えなくなっているので、一人では危険だろうと判断してのことだ。
 ダイスがストリゴイを敵視していること。アリスが持つ本が『ダイス・バイブル』だということ。これくらいしか、アリスはわからない。
(ハル……)
 次はいつ会えるのだろう?
 年頃の娘らしく、アリスはハルのことが気にかかっていた。
 もう一ヶ月。そろそろ姿を現して欲しいものだ。



 教室をあとにし、アリスは帰路につく。
 とぼとぼと歩く。梅雨に入ったせいか、空気はじめじめしていて、気持ち悪い。
(雨が降りそうですね……)
 ぼんやりとそう思いながら空を見上げた。折り畳みの傘を持ってきていないことを思い出す。
 急ぐべきだろうか。走るべきだろうか。
 そう迷っていたら、ひょい、と顔を覗き込まれた。
「ミス、どうかしたのですか? 悩み顔ですね」
「っ!」
 ビクッとしてアリスは少しばかり右に避ける。
 すぐ左に立っていたのは、黒い燕尾服の少年だ。銀髪と、赤い瞳の異国の少年。ダイスのハル。
「あ、こ、こんにちは」
 静かに挨拶すると、彼は無表情に「お久しぶりです」と返事をした。
 本物だ、と感じるとアリスは嬉しくなってしまう。
 ハルに渡されたダイス・バイブルは、実は怖い。一ヶ月前、それを受け取った瞬間のことを思い出してしまうからだ。
 だがたまに開いて見ていた。
 最初のページにはハルが描かれていた。横向きに、瞼をしっかり閉じて立っている彼は凛々しい。
 そんな彼の次のページからは、得体の知れない化物や動物、人間などが描かれていた。そして途中からは真っ白いページがラストまで続く……。不思議な書物だ。
 図鑑のようだと感じた。実際、そうだろう。
「『敵』が……ヤツらが活動を開始したようです。ミス」
「はい。何をすればいいでしょう?」
「めぼしい事件を教えてくだされば、それでよろしいですよ」
 小さく微笑む彼は、すぐに無表情に戻ってしまう。
 めぼしい事件……?
「じゃあネットでニュースを調べます」
「……テレビでやっているので構いませんが」
「いえ。私はあなたの主です。一緒に戦うと決めましたから」
「…………そうですか」
 ハルは呟く。なんの感情もこもっていなかった。



 自宅に戻り、アリスは早速調べ始めた。この付近で起こった事件は……。
「これはどうですか? 沼で靴が発見された、行方不明の女性の事件ですね」
 場所が近いだけだ。けれど、液晶画面を覗き込むハルは何か考えているようだ。
「……一応現場を見てみます。『ヤツら』の仕業ならば、すぐにわかるはずですから」
「そうなんですか」
 感心するアリスの言葉に、ハルはまたも黙ってしまう。そして顔をしかめた。
「ミス……本と相性が良くなかったのですね。ダイス・バイブルから知識が流れ込んでいないとは……」
「?」
「……そのうち、流れ込むでしょう。気にしないでください、ミス」
 意味がわからない。だがハルは説明する気はないようだ。

 それから調査が開始された。まずは現場に行く。靴が発見された沼は遠目でも確認できた。
「……その女性は死んでいる可能性があります」
「そうなんですか」
「……ミス、あそこには靴以外はなかったのですよね?」
「はい」
 集めた情報によると、右の靴しか見つかっていない。
「その女性が行方不明になる直前に会っていたという人物に、会いに行きましょうか?」
「……行くなら、私だけのほうが良いかと」
「どうしてですか?」
「……あなたは中学生です。無関係な子供に、その人物が何か話すとは思えません」
 はっきりとハルが言った。悪気はないのだろうが、それは的を射ている。警察でもないうえ、下手をすればただの野次馬と見られてしまうような立場のアリスが会いに行って、まともな話が聞けるとは思えない。
「……そうかもしれません」
 しょんぼりするアリスの様子など気にもかけず、ハルはじっと沼を見ていた。



 行方不明の女性のこと。その女性と会っていたという幼馴染の男。
 その夜、調べられた分の情報を、パソコンを使って整理していく。その作業にハルは何も言わなかったが、あまり喜ばれてはいないようだ。
「あ、ハルも飲みませんか?」
 紅茶を淹れようと立ち上がったアリスを、彼は静かに見る。
 情報整理のこの機会を利用しない手はない。ティータイムを二人で楽しみたいし、色々訊きたいのだ。
「……結構です」
 ぽつりと彼は応える。
「飲み物が、飲めないのですか?」
「飲めます」
「休憩しないと、疲れますよ?」
「疲れません」
「…………」
 アリスは渋々という感じでキッチンに向かう。ハルはまるで人形のように、直立不動の状態のままだ。
 彼は何かを感じているのだろうか? ストリゴイという敵のことを、考えているのだろうか?
 一緒にお茶を楽しむという空気ではない。アリスの目論見は失敗した。
 紅茶を淹れ、クッキーを乗せた皿を持ってテーブルに戻ってくる。そんなアリスの様子を、ハルは見ているだけだ。
「……あの、本当にお茶しません?」
「……あなたが私に何を期待しているかは知りませんが、例えお茶を飲んでも、和やかな雰囲気にはならないでしょう」
「そうですか」
 お茶を飲むことで穏やかな空気になると思ったのはアリスだ。それは勝手な思い込みに過ぎない。
 せっかくのティータイムを、ぎくしゃくしながら過ごすのも、確かに変だ。ハルはそれがわかっていて、遠慮すると言ったのだろう。
「じゃあお茶はいいです。質問がありますけど、いいですか?」
「……いいでしょう。あなたはダイス・バイブルを『検索』できないようですから」
 言っている意味はさっぱりわからなかったが、アリスは紅茶の香りに満足しながら尋ねた。
「あなたの『敵』……『ストリゴイ』についてです。教えてください」
「ヤツらは……そうですね、今の人間にわかりやすい説明をすると、ウィルスです」
「ウィルス?」
「はい。生物などに寄生して、増殖します。ミス・ルシファール、あなたも例外ではありません。ヤツらに感染してしまえば、死ぬしか道はありません」
「そうですか……。
 あ、前の契約者について……訊いて大丈夫ですか?」
 途端、ハルが微かに眉をひそめた。まずい。これは訊いてはならないことだったようだ。
 ハルは静かに言う。
「もう死んでいる者に関心など持たないほうがよろしいかと思いますが」
「あ……はい」
 好奇心が裏目に出た。失敗した、とアリスはしょぼんとしてしまう。
 別の話題は……と、視線を伏せたまま考える。よし、これにしよう。
「ハルはこれまで、何をしていました?」
「……ストリゴイを狩っていましたが」
 平然と応えられた。
 アリスは無言になってしまう。
 いや、訊きたいことはそうではなくて……。
「それ以外は?」
「……ミス、私は人間ではありません。私は『敵』が活動を開始すると同時に目を覚まし、役目を終えてダイス・バイブルに戻るだけです。
 私はダイス。ストリゴイを狩ることだけを目的として存在する者です」
「…………そうですか」
 ハルからしてみれば、かなりバカな質問かもしれないとアリスは思う。
 ダイスはストリゴイを狩る者だと、知っていたというのに。彼は人間ではないのに、まるで人間のように思っていた自分。
 美味しいはずの紅茶の味を、感じない。
(……気まずいです)



「この幼馴染の人が怪しいとは思いますが、この人は女性と別れたあとにバイトに出ているんですよね……。
 行方不明の磯近さんが自分から行方をくらましたというのなら、靴だけ残っている可能性はありませんし……ハルの話によると、磯近さんはすでに死亡していますから、自分から消えるようなことはないですよね。でも、幼馴染の真鍋さんが、短時間に犯行に及べるわけもなし……」
 真鍋という人物が感染し、『敵』となっているのならば、話は違うのかもしれない。それとも、無関係の誰かなのだろうか。
「ハルはどう思います?」
「…………」
「やはり真鍋さんが感染しているのでしょうか」
「……だとすれば、適合者かもしれません」
 ぼそりと彼が洩らした。
「適合者?」
「感染しても、知性や意識はそのままの者です。とはいえ、感染した時点で人間ではなくなるのですが」
「確かめに行きましょう」
 立ち上がるアリスをハルが制した。
「嫌な予感がします。私一人で行きます」
「戦いは任せますけど、一緒に行きます。離れて見てますから」
「見守られる必要はありませんよ、ミス。場合によっては感染しますから、ここに居て下さい」
 そんな、とアリスが表情を曇らせた。ここまで調べたのに、それはない。
 けれども、勝手に色々調べたのはアリスだ。ハルは事件のことだけ教えてくれ、と言っていたはず。
「ダイス・バイブルの所持者は、ダイスを見守るのが役目ではありません。あなたはダイス・バイブルを守るのが役目です」
「でも」
「あなたが感染すれば、私はあなたを殺さなくてはならない」
 事も無げに言われ、アリスは肩を落としてイスに座り直した。
 彼を信じて、彼の戦いを見守ろうと決めていた。だが、その見守っている距離も、『絶対』ではない。『安全』ではない。
「……感染するかもしれないんですね」
「そうです。おそらく今回の敵は、広範囲の攻撃を得意とするでしょう」
「わかりました」
 小さく言い、頷く。彼が、ここに居たほうが安全だというなら、そうしよう。そうするしか、ないだろう。
 無理についていって感染すれば、彼は躊躇することなくアリスを殺すことは……はっきりしているのだから。
 夜の町に繰り出すハルの背中を、アリスは見送った。彼はきっと帰ってくる。そう信じて――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、アリス様。ライターのともやいずみです。
 敵の殲滅を何よりも優先するため、ハルはお茶に付き合いませんでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!