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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


彼の時の行動は正しきものか
●我々がいかにしてそら豆と向き合うことになったのか
 立夏も過ぎた5月中旬の頃――新茶も出回り始めているが、この季節は他にも色々と出回っている。例えばそら豆。ちょうどこの頃がそら豆の旬で、新そら豆が八百屋やスーパーの店頭に並んでいるのを目にするはずだ。
 そんなそら豆は、守崎啓斗・北斗兄弟が住まう守崎家でも買われていた。啓斗と北斗はちゃぶ台を挟み、2人向かい合って座っている。手にはもちろんそら豆を持ちながら。
 啓斗は黙々とそら豆の皮を剥いている。それに対して弟の北斗は……。
「ずっとそら豆じゃん」
 そら豆を手に持ってはいるが、ただ持て余すように右手から左手、左手から右手へと転がすばかり。
「あぁーあ……もう飽きたなぁ」
「…………」
 開いている窓の方を見ながらつぶやいた北斗に対し、啓斗は変わらず黙々とそら豆の皮を剥き続ける。北斗の言葉がまるで聞こえていないかのように。
「あーきーたー、もう、あーきーたー♪」
 ついには北斗、ちゃぶ台の上にそら豆を置いて、その周囲で指をくるくると回し始める始末。窓からは網戸を通って5月の心地よい風が吹き込んでいた。
 そこでようやく啓斗の手が止まり、ふうと軽くない溜息を1つ吐く。
「北斗、黙ってやれないのか。今しか旨いそら豆は食べられないんだ」
「けどさー」
「それに……産直で買ってきたのはお前だろう!」
 ぎろりと北斗を睨んだ啓斗の語気がやや強くなる。
「あー……それはまあ……」
 視線を逸らす北斗。
「財布渡したら、全部豆にして帰ってくるなんて普通しないぞ」
 この啓斗の言葉からすると、どうやら買い物に行った北斗がなかなかのことをやらかしてくれたようである。
「……まとめて買ったらたっぷりおまけしてくれるって、あの露店のおばちゃん言ってたしさ……」
 啓斗から目を逸らした北斗の視線は、そばにどんと置かれた段ボール箱に注がれていた。そこには大量のそら豆が詰まっていた。
「ともかく、当分はそら豆料理だからな」
 啓斗はそう言い放つと、再び皮を剥く作業へ戻っていった。それを見た北斗も小さく溜息を吐き、やれやれとばかりに作業を再開した。

●その行動の是非、あるいは後悔
 それからまたしばらくの間、黙々とそら豆の皮を剥いてゆく2人。けれどもこういう単純作業は長時間やっていられないのだろう、また北斗が口を開いて喋り始める。
「そういやさ……兄貴」
「何だ?」
 啓斗は手元を見たまま、皮を剥くのを止めることなく北斗に答えた。
「会いに行かねえの?」
「誰に」
 啓斗にそう聞き返され、北斗は1拍間をおいてこう答えた。
「黒崎」
 一瞬、2人の間に沈黙が流れる。先に口を開いたのは啓斗の方だった。
「……どっちの」
「どっちの黒崎にもさ。向こうの黒崎も、俺たちのこと忘れてるかもしんねーけど」
 黒崎――黒崎潤。かつて2人が『白銀の姫』なるゲーム絡みで関わった少年である。決してこちらからは忘れることの出来ない少年で――。
「…………」
 不意に啓斗の手が止まり、北斗の方へ向き直った。
「北斗」
「何だよ」
「……やらなきゃよかったって思ったことないか」
 啓斗は静かに北斗へと尋ねた。
「黒崎?」
 瞬時にピンときて聞き返す北斗。黒崎の名前が出た直後の啓斗のこの言葉だ。ならば黒崎絡みだと北斗が考えるのはごく当たり前のことである。案の定、啓斗は何も言わず小さく頷いた。
「覚えているか? アスガルドから強制的にこっちへ戻された時のことを」
「あー……」
 啓斗に言われて、その時の様子を改めて思い返す北斗。確かあの時、黒崎の身体が2つに分裂したように見えて――。
「そしてもう1つ。それより先に、神聖都学園内で探したの……覚えているよな」
 啓斗がさらに北斗へ尋ねてくる。
「……あれだろ。悪魔の契約書を焼き……」
 答えかけた北斗は、はっとして啓斗の顔を見た。啓斗が何を言いたいのか、今この瞬間に把握したのだ。
「……そのせいで、黒崎がああなったとは思わないか」
 そう、啓斗は自分たちが悪魔の契約書を灰と化したことによって、黒崎が2人に分かれてしまったのではないかと思い続けていたのだ。
「元々2人だった俺たちと違って……今の黒崎はきっと不安定だ。藪を突いてよくないことでも起こってみろ……責任取れるのか?」
 あの時の自分たちの行為を思い返し、啓斗は北斗へ言った。だが北斗は違った。
「そうじゃないかもしれないじゃん。第一、あの契約書は黒崎のじゃなかったろ?」
 そう啓斗に反論したのだ。意見の論理性だけ見るならば、北斗の意見の方が筋が通っているように思える。
「で、どうしたいんだよ」
 今度は北斗が啓斗へ尋ねる番だった。考えていることは分かった。問題はその先である。そして啓斗は、溜息を吐いてからこの北斗の質問に答えた。
「このまま何もしないで全て丸く治まるなら俺は関わらない。偶然会うならともかく」
「……リタイア?」
 北斗は啓斗の顔をまじまじと見てから呆れ顔になった。何だかんだと言っておきながら、結局は何もしないつもりというのははっきり言って拍子抜けである。
「……そう取れるか」
 表情変えず啓斗は言った。
「俺は女装止めてくれる方が嬉しいんだけど、そっちとチェンジじゃダメ?」
「やだ」
 苦笑いしながら言った北斗に対し、啓斗は即答した。……予想していた答えとはいえ、何とも頑なである。
「ちぇ……」
 即答されたことに面白みを感じられず、北斗は唇を尖らせた。と、その時ふと北斗の心に引っかかる言葉があった。
(ん? ちょっと待てよ……?)
 北斗は先程の啓斗の言葉を改めて思い返してみた。
(『偶然会うなら』……だって?)
 そして気付く。この、啓斗の微妙な言い回しを。完全に手を引くつもりなら、わざわざこんなことを付け加えて言うだろうか?
(……すっぱり関わりを断つ気じゃねーな……)
 そう解釈した北斗は、ちらりと啓斗の顔を見た。啓斗はといえば、話は終わったとばかりにまたそら豆の皮を剥き出していた。
「ったく……」
 はあ、と溜息を吐いた北斗は、自らもまたそら豆の皮剥きに戻るのであった。

●擦れ違う
 このような会話が守崎家で交わされていた頃、北斗が買った産直販売の露店にある少年が訪れていた。
「へえ、そら豆か……。じゃあ、とりあえず300で」
 少年――黒崎がちょうどそら豆を買おうとしている所であった。
 こんなことがあるから、いやはや世の中とは面白い。偶然会う可能性というのは……意外と少なくはないのかもしれない。

【了】