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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


茸を討つには先ず所長を射よ


 良い天気だった。じりじりと照り付けるほどでもないが、穏やかに降り注ぐ太陽の光はすがすがしい。
「あまり遠くに行かないようにしてくださいね」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら裏山に向かっていく赤い巨大茸に声をかけ、木野・公平は微笑んだ。いい天気だから遊びに行きたいと、ボディランゲージで伝えてきたのだ。無論、言葉は話せない茸なので会話はすべてボディランゲージだけだが。
 見送った木野は、自らの研究所の中に入る。せっかくだから、やりかけの研究レポートでもまとめようと思っていた。そうしてデスクについた途端、ばたん、とドアが開いた。
「よ、木野」
「……留守か。まあ、丁度いい」
 びくりと体を震わせながら振り向いた先には、守崎・北斗と守崎・啓斗がいた。北斗はにっと笑いながら木野に手を振り、啓斗はきょろきょろと研究所内を見回していた。
「ど、どうしたんですか? 突然」
「湿度はどうしている?」
「へ?」
 きょとんとする木野に、啓斗は真顔で「本で読んだ」と言いながら、研究所内を再び見回し、壁にかかっている湿度計を見つけてそちらへと行く。数字を確認し、眉間に皺を寄せる。
「ここは湿気が足りない。木野、知っているとは思うが……茸には湿気というか、湿度が大事なんだ」
「そ、そうですね。でも、今は外に遊びに行っていますし……」
 ずいずいと見つめてくる啓斗から目線を逸らし、木野は北斗に目線を送る。助けて、といわんばかりに。
 すると、北斗は「すまん」と顔に書いたかのような表情をし、遠くを見つめていた。
――どうしても、来る事だけは止められなかった。
 木野はそのような言葉を北斗の表情から察し、うう、と唸った。詰め寄る啓斗の顔は真剣そのものだ。
「なら、いつもはちゃんとしているんだろうな?」
「も、勿論です。ほら、そこに霧吹きもあるでしょう?」
 木野はそう言って、机の上においてある霧吹きを指差す。大き目の霧吹きには、赤い傘の茸のシールが貼られてある。それを見て、啓斗は「なるほど」と頷く。
「いい心がけだ、木野。となると、勿論干し……」
 啓斗はそこまでいい、こほん、と咳払いをしてから再び口を開く。
「日光浴とかさせてないよな?」
「日光浴まではいかないにしても、日向ぼっことか好きらしくて」
 木野がそこまで言った瞬間、啓斗ははっとした表情を見せる。
「胞子が飛んでいくぞ? または、干し椎……」
「はいはい、兄貴ストップストップ」
 驚きのあまり、木野に掴みかかろうとした啓斗を、慌てて北斗は押さえる。北斗の制止を聞き、啓斗は「あ、すまない」と言って気持ちを落ち着ける。
「胞子は風で飛ぶようになっていませんし!」
 木野はそう言い、目を伏せてから「椎茸では、決してないですし」と呟いた。何処となく、切なそうな目だ。
 啓斗は「大丈夫だ」と、力強く肩を叩く。
「もし胞子が飛び散り、たくさん生まれたとしたら、俺が責任を持って収か……連れて行こう」
「いえいえ、だから胞子は飛びませんから!」
 木野がびしっと突っ込む。すると、そこに北斗が「なぁ」と口を挟む。
「ここにある資料って、全部茸なのか?」
「え? は、はい。その本棚はおおよそ茸についての資料ですね」
「ふーん」
 本棚に並ぶ資料をぱらぱらとめくりながら、北斗は「俺、思ったんだけど」と言う。
「茸だけに留まらず、コケとかシダの部類も調べたほうがいいんじゃね?」
「なるほど、茸以外にも目を向けるという事だな」
 こくこくと啓斗が頷く。続いて、木野の方を見て「やっているのか?」と尋ねる。
「そうですねぇ。多少は知識としてありますけど、詳しくやってはいません」
 木野は頷き、何度も「なるほど」と繰り返した。
「コケって、いざはやすと苦労するんだよなー」
 北斗はそう言い、端の方に並んでいた茸以外の資料を手にする。なるほど、確かに量は少ないがコケやシダといった他の植物についての資料も並んでいる。
「今までにコケを育てた事があるんですか?」
「俺達は、花火免許取得のために造園や土木の勉強もしなければならない」
 啓斗はそう言い、赤い巨大茸のシールが貼ってある霧吹きを手にする。しゅっしゅっと何度か霧を生じさせ、湿り具合を見ている。
「そうそう。花火免許取得も楽じゃないんだぜ?」
 北斗はそう言い、ため息を漏らす。茸だけに限れば木野の方が詳しいかもしれないが、コケやシダといった植物まで含めると、啓斗と北斗の方が知識豊かなのかもしれない。
「それは大変ですね。コケやシダについては、僕は専門外ですから」
「たかがコケ、されどコケって感じ」
 肩をすくめながら北斗が言う。
「ただ、巨大茸を作る方法はまだ知らない」
 ことん、と啓斗は霧吹きを机に戻す。赤い巨大茸シールをじっと見つめている。
「そのシール、気になるんですか?」
 啓斗の動かない目線に、木野が尋ねる。啓斗はこっくりと頷き「多少」と答える。
「写真から作ったのか?」
「はい。良ければ差し上げますよ」
 木野はそう言い、赤い巨大機の子が所狭しと印刷されているA4のシール用紙を差し出す。啓斗は「ありがとう」といい、それを受け取った。
「お、木野。このレポート、字が間違ってるぜ?」
「どれですか?」
 ぱらぱらと机上の資料を見ていた北斗が声をかける。木野は慌ててそちらへと向かう。
「ほら、ここ」
「本当ですね。直しておかなくては……」
「木野、この霧吹きは湿気の微妙な調整が難しいんじゃないか?」
 レポートの字を直していると、啓斗から声がかかる。木野は「そうですか?」と言いながらと霧吹きの方に向かう。
「水の調整をするにしては、穴が大きい。もっと細やかな方がいい」
「そうですねぇ。その点は僕も気になっていたんで」
 木野は頷き、霧吹きを今一度使って確かめる。他に霧吹きがあるかどうか確かめなくては、と呟きつつ。
「木野、ここも間違ってるぜ」
「ここにある道具、もうちょっと手入れをした方がいい」
「あ、資料はもっと違う方がいんじゃね?」
「これを使うより、他のがあるだろう?」
 北斗と啓斗から、何度も木野に声がかかる。そのたびに、木野は北斗と啓斗の間をうろうろと移動する。
 暫くそのような事を続けた後、木野はふらふらと椅子に座った。ぜえぜえ、と肩で息をしながら。
「す、少し休憩をしたいのですが」
 木野の言葉に、ぴたり、と二人は動きを止めた。
「なんだ、木野。茸に対する情熱が足りないぞ」
 叱咤する啓斗。
「もうちょっと体力つけねーと」
 苦笑交じりの北斗。
「そ、それで。今日は一体何をしに来たんですか?」
 呼吸を整えつつ、木野が尋ねる。啓斗と北斗は顔を見合わせ、少しだけ笑う。そうして、すっと巻物を渡した。
「なんですか?」
 木野は巻物を受け取りつつ、尋ねる。すすりと紐を解いてみると、中には筆で書かれた茸や草の絵が描かれている。
「忍者秘伝の、薬草の巻物だ」
 啓斗の言葉に、木野は巻物に食い入るように見つめる。今まで研究に使ってきた資料とは違った情報が書かれていたり、まだ未着手だった植物についての記述だったりが、数多く載っている。
「どうだ?」
 北斗の言葉に、木野はこっくりと頷く。自分の持つ資料とは違う視点から見た情報も多い。忍者秘伝、というのだから、研究者とは違う方向から調べているに違いなかった。
「宜しいんですか?」
「俺は、もう頭に叩き込んだから」
 苦笑交じりに、啓斗が答える。
「珍しい茸も図解も載ってたらしいから、役に立つといいな」
 笑いながら、北斗が言う。
「有難うございます! これは確かに、素晴らしい資料です」
 木野は巻物の記述に食い入るように見つめつつ、頭を下げる。巻物に夢中の木野に、啓斗と北斗は顔を見合わせて笑う。
「今日は、これを届けに来てくださったんですね」
 一段落つけ、木野は顔を上げて二人を見る。
「木野の研究に、役立つと思ったからな」
 啓斗はそう言い、じっと巻物を見つめる。苦笑が混じった表情に、木野は軽く小首をかしげる。理由を尋ねるかどうか迷ったが、口に出さなかった。何故か、聞いてはならない気がしたから。
「来るって決めた瞬間、早かったんだぜ? 連絡とか先にした方がいいんじゃねーかとも思ったんだけどさ」
 ぽんぽんと木野の肩を叩きながら「良かったな」と笑いながら、北斗は言った。木野は何度も「はい」と言って頷く。軽く涙目になっている。
「それで、まだきゃしーは戻らないのか?」
 啓斗が窓の外を見ながら尋ねる。木野は「そうですねぇ」と答えながら、同じく窓の外を見た。
「さっき遊びに行ったばかりですから、まだ帰らないかもしれません」
「一人っつーか、一茸で遊びに行って大丈夫なのか?」
 北斗の問に、木野はこっくりと頷く。
「裏山に生息する茸たちと遊ぶらしいですから。今日はほら、前の飛ぶ茸たちと遊ぶんだとか」
「ふーん、木野は行かねーの?」
 北斗の言葉に、木野は「行きたいんですけれど」と言って目を伏せる。
「来るな、とジェスチャーを思い切りやられまして」
「当然だ。ちゃんと、きゃしーを大事にしろ」
 啓斗がぴしゃりと言い放つ。木野は「はあ」と返事をし、大きなため息をついた。
「帰ってくるまで待ちたかったけど……」
 啓斗はそう言い、帰り支度を始める。
「兄貴、いいのか?」
「ああ。あまり遅くなると、夕飯の準備が間に合わなくなる」
 北斗は「そりゃ困る」と言い、自らも帰り支度を始めた。
「また是非、遊びに来てくださいね」
 木野はそう言い、巻物を机上に置いた。
「ん、次はちゃんと連絡してくるようにする」
 啓斗はこっくりと頷き、答える。
「何か美味しいもんでも用意しといてくれよ。前の柏餅とか、うまかったし」
 北斗はにっと笑いながら、答えた。
 木野は手を振って、二人を見送った。窓からも見送っていると、花畑の方向に黄色い笠と赤い笠がちらりと見えた気がした。


 帰り道、啓斗はぐっと拳を握り締める。
「これで、木野は射た」
「ええと……兄貴?」
「将を討つにはまず馬を射よ、と言うだろう?」
 真面目な顔をして言う啓斗に、北斗は「まさか」と呟く。
「そのために、木野に巻物あげたのか?」
 北斗の言葉に、啓斗は暫くの沈黙の後、ゆっくりと首を振った。
「俺はもう、頭に叩き込んでいるからだ」
「ちゃんと目を見て言ってくれよ」
「木野の為を思ってた」
「だから、何で目を逸らしているんだよ?」
 再びの、沈黙。
 啓斗は小さく「よし」と言い、歩き始める。
「早く帰るぞ。タイムサービスに間に合わなくなる」
「分かった……って、兄貴、答え聞いてねーんだけど!」
「気にするな」
「気になるっつーの!」
 びし、と北斗は啓斗に突っ込む。啓斗は再び「気にするな」と言いながら歩いていく。
 本日のタイムセールの目玉、牛細切れ肉1グラム1円に間に合わせる為に。


<射られた所長は茸を眺め・了>