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遙見邸客室にて・現存記録の検索依頼
「つまり、要約すると、土星に送られるのは嫌だから、なんとかしてください――と。そういうことで良いのかな」
遙見邸、客間にて。
スコープを装着した近未来的装いの青年、遙見虚夢は、どことなく嫌そうな顔をした。相手は、遙見邸宅を三度訪れる藤田あやこである。
「そうなのよー。とりあえず衛星の観測データを秘密裏に入手して、計画自体をなかったことに……」
「ハッキングは犯罪です、藤田あやこさま」
冷たく言うのは、モニターに映しだされた美女、キィ・テ・フォンであった。
「う……ちょ、ちょっとくらい……」
「いけません。フリーの情報ならともかく、機密情報を無断で手に入れることはできません。そもそも虚夢さまは、生身で情報探索を行うのです。無理にセキュリティを突破しようとすれば、お身体に差し障りがあります。助手の身として、許可できかねます」
キィに一切の容赦はなかった。そもそもAIなので融通がきくとは思えないのだが、こと虚夢のことになると彼女は頑迷であるらしい。
「そんなーっ、このままじゃ土星に送られちゃうのよぉ! そんな男の子もいないとこで一生過ごすのはイヤーッ!」
「うーん……気持ちはわからないでもないけれどね……。ねえキィ、フリーの情報であれば良いんだよね」
「――なにをなさるおつもりですか?」
キィが半眼で尋ねた。長年の経験から、虚夢の思いつきにろくなものがないと感じているのかもしれない。
「いやあ、ちょっとネットで彼女の助けになる情報がないかな、と。一応、兄さんのお得意様だしね」
「さっすが虚夢くん話がわかるッ! やっぱり理系の男の子って良いわー!」
さすがさすが、とはしゃぐあやこはさておき、キィの顔は渋いままだ。
「虚夢さま。何度も申し上げますが、電脳空間には一日六時間の滞在が限度です。あまり無理をなさらぬよう――」
「大丈夫だって。キィは心配性だなあ」
バイザーの奥の瞳で、虚夢は淡く笑うのだった。
あやこは別の客間に通される。そこでは天井からマニュピレーターがせりだして、器用にお茶を淹れていた。
「はー、すごいわね。ウチの大学でもこんなのできないわ」
「ある意味、虚夢さまは反則技をお使いになりますので」
モニターはどこにでもあるらしく、そこでも見慣れたキィの顔があった。見れば見るほど秘書然としている。
「あの、電脳空間に潜るってやつ? 虚夢くんもすごいよねえ」
「ええ。苦怨さまがどこにもない本を見て書き写し、浄花さまが回避できる未来を見ることができるのと同じです。遙見の一族は、その名字の通り、遥か彼方、誰も見ることが出来ない場所を見ることができるのです」
苦怨は、遺失の過去を。
浄花は、可能の未来を。
そして虚夢は、今在る現在を目視する。
「いいなー、仲良さそうな兄弟でー。私なんか良い男全然いないもん」
ずず、と愚痴りながら紅茶をすするあやこ。
「いえ、皆様喧嘩ばかりなさっています。特に苦怨さまは、いつも不機嫌そうで」
「まあ、でも長男の貫禄あるじゃない」
くすくすと笑うあやこは、すっかり遙見邸宅の常連であった。
数日が経つ。
どうも虚夢の情報探索は難航しているようで、あやこはしばらく遙見邸宅に滞在しては、キィや七罪とお茶を飲んで過ごす日々が続いていた。
今日も、そんな日――。
「でねでね、そのデータを彼に送って潜航艇でハネムーンするのよぉ、きゃあー」
「……シュミレーション終了。実現可能確率は十五パーセント、ですね」
「えー、なにそれー! キィちゃん適当にやってるんじゃないのぉ?」
「失敬な。虚夢さまが浄花さまのために作った未来予想プログラムは、数日後の出来事ならば五割の確率で的中します」
淡々と話すキィと、元気のあふれるあやこは、どうも非常に良いコンビであるらしく、よく二人で話をしていた。
「納得いかなーい!」
「大丈夫です。どうせ数日後のこと、いずれご自身で体験なさるは――――虚夢さまッ!?」
モニターの声だけが、響いた。
いきなり、モニターからキィの姿が消えたのである。屋敷中で様々な仕事を同時進行している彼女が、電源を落としたとなれば――。
余分な電力を消費することができなくなったと、考えるべきだろう。
「――――ッ」
あやこの動きは、早かった。
キィがそれほどまで焦るのならば――それは、自らの主人である虚夢になにか起こったと考えるのが、自然なはずである。
虚夢は、自室で倒れていた。
たくさんのモニターは勝手に動いている。おそらくキィが操作して、虚夢を助けようとしているのだろうが――無骨なマニュピレータでは、虚夢に触れることができないのだろう。虚夢は倒れたままだった。
「え、ちょ、なにこれキィちゃん!?」
「虚夢さまがお倒れになりました。いま救急車を呼んでいますが――おそらく電脳空間での長時間情報探査のせいでしょう。普通の病院でなんとかなるかどうか――」
迷っている暇はない、と思った。
この状況はあやこが作り出したものなのだから。
(ええい、飲みなさい―――!)
あやこが取り出したのは。
栄養ドリンク――ただし大学の薬学部の連中が精力を結集して作り出した、特殊で特別なドギツイヤツであった。
「あやこさま、なにを……!」
「大丈夫、これ動物実験終わってるし! まだ人間には試してないけど!」
「なっ……そ、そんな怪しげなものを虚夢さまに飲ませるわけには……」
「あーもうキィちゃんうるさあい! そんな融通きかなかったら虚夢くん守れないんだよ!」
ごちゃごちゃ言うキィを無視して。
あやこはその特別製ドリンクを、虚夢の口に押し込んだ。
――――後日。
「いやあ、役に立てたようでよかったよ」
虚夢は、何事もなかったかのように自室でくつろいでいる。対してキィは渋い顔だ。
「彼女には、痛いところをつかれました」
「あはは、ひどいなあキィは。その時のこと教えてくれないんだもん。記録もとっていないしさ」
「当然です」
あやこの痛烈なセリフは、キィにとって痛手であった。主人には見せられない。
「あやこさんは?」
「虚夢さまのデータのおかげで、土星にはいかなくて済んだようです。その後は、彼氏にノーベル賞をとらせたとか、もうすぐハネムーンだとか言っていましたが――虚偽の申告である確率が、高そうです」
「なかなか世の中上手くいかないよねえ」
まるで仙人かなにかのように。虚夢が笑った。
「――あの、虚夢さま」
「どしたの、キィ?」
珍しい事に、キィの物言いはどこか不安そうというか――いつもの冷徹さが、消えていた。
「その、はっきり言っていただきたいのですが……虚夢さまは私のような、その、融通がきかなくて硬い女より、あやこさまのような方が好みなのでしょうか? その、話も理系であうようですし……」
この質問に。
虚夢は、それこそ虚をつかれたようだった。
「――――キィは、僕の好みだよ。だって、そーゆー風に作ったんだから」
「あ……」
そういえばそうだったと。
今更のように、キィはそれを思い出した。
「でもやっぱりもうちょっと融通利かせてほしいかな」
「ぅ」
<了>
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■ 登場人物
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【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子大生】
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■ ライター通信
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どうも、四回目のご依頼ありがとうございます藤田あやこさま。虚夢シナリオでございます。
スケールのでかいお話でどうしようかなーと思いましたが、やはり遙見邸らしいほのぼの路線でいかせていただきました。ちなみに本当にハネムーンしたかは秘密、ということで。
遥見シナリオも残すところ浄花だけになりました。どのようなものを書こうか今から楽しみでなりません。実は浄花シナリオのお客様は今のところゼロでして。このままいけばあやこさまが初の依頼人ということになります。めでたい(笑)
ではでは。今回の話、楽しんでいただけたら幸いです。
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