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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―doi―



「『契約』します」
 そう言い放った黒榊魅月姫を、アリサは呆れたような目で見てくる。物好きだ、と言いたそうな目でもあった。
 彼女の差し出した手に戸惑うものの、魅月姫は決めた。アリサと契約することを。
 それは魅月姫が普通の人間に等しい者に成り果てるということだ。
「『上には上がある』。久しく忘れていたことを思い出しました。知らぬ事のほうが多く、それを知りたいが為から『深淵の魔女』と呼ばれるようになったことも……」
 ならば、何も知らなかった初心の頃に戻るのも悪くない。
(躊躇うのも、私のガラではありませんし)
「ただし一つ条件が。人の姿の時は、お茶に付き合ってください」
「…………」
 アリサは目を細めた。
「……お茶に付き合う? それが条件?」
「それが契約をする際の条件です」
 魅月姫の我侭でもある。けれど、アリサは嘲笑の笑みを浮かべた。
「あなたは何を勘違いしているのですか」
 本を引っ込め、腕組みする。
「ワタシは元々この姿です。人の姿の時、というのは意味がわかりませんが」
「…………」
「それにミス、残念ながらそういう条件を出されるのならば、契約はしません」
「なぜですか。簡単なことでしょう?」
「契約者の趣向に付き合う義理も時間もないのです。
 勘違いしていますよ、ミス。確かに、ワタシの本と契約すればあなたはワタシの主になるでしょう。
 通常ならば、主従関係。シモベはアルジを敬うものです。けれど、ダイスには主人に対する敬愛は、一つもありません。命令に従うこともない」
 はっきりとアリサは言い放った。
「あなたとのお茶に付き合う。えぇ、とても些細なことだとわかります。
 一度だけなら譲歩したかもしれませんが、毎度となるとこれは苦痛になります。ワタシは、したくもないことを強要されるのを良しとしません」
「したくないこと……」
「ワタシはあなたに、主になれと強要してはいません。それなのに、あなたは条件を出す。
 なりたくなければ、ならなくていいのですよミス。
 契約するのは『あなた』が決めたことでしょう?」
 なのに、なぜ条件を?
 魅月姫は、またも勝手にアリサの上位に立って話をしていたことに気づく。これはもう性分なのかもしれなかった。
 簡単な条件だ。けれど、アリサはこちらに主になってくれと言ってはいない。契約しようとしたのは魅月姫自身だ。
 全くもって、初心に戻っていない。
「ではミス、少しだけ説明をしましょう。
 ワタシはダイス。先ほど言ったように、『ストリゴイ』を狩るのが役目です」
「えぇ」
「とはいえ、今の人間にわかりやすく説明すると……我々の敵はウィルスともいえます。
 ヤツらは時期がくると、一気に増殖し、生き物を感染させて支配下におきます」
「ウィルス……」
 だとすれば、今のままのほうが有効ではないのだろうか? 人間のほうが脆いのだから、吸血鬼の状態の魅月姫のほうが安全では?
 そんな魅月姫の内心を見透かしたようにアリサは続ける。
「そのウィルスは、異能であればあるほど、能力が高ければ高いほど喰らいつくのです。
 あなたなど、格好の餌食でしょうね」
 抗体のないウィルス。ならば、ただ侵されるのみ。
「ヤツらを破壊できるのはダイスのみ。我々はヤツらが活性化した際にそれを感知し、この本から出てきます」
 この本、というところでアリサは持っている紅色の表紙のハードカバーを示す。
「いわばこの本は我々ダイスの住処ということですね」
「では、あなたがその本から出ている時期が……」
「ヤツらが活動している、ということになります」
 そこでやっと、魅月姫は彼女が言わんとしていることに気づいた。
「我々はヤツらを退治するために存在しています。活動時間も短い。
 その貴重な時間に、あなたとお茶をする時間など組み込まれていません」
 はっきりとアリサは言い放った。
 やるべきこと。成すべきこと。
 それがはっきりしている相手に向けて、お茶に付き合いなさいとは……なかなか自分も間抜けというか、バカだ。
 やらなければならない急ぐ仕事の最中に抜け出して、休憩をとるようなものである。
「……では、『できるだけ』に変更します」
「変更もなにも、そのような条件は呑めません」
 彼女ははっきりと拒絶した。
「何度も言いますが、ミス、あなたに契約しろと命じてはいません。あなたはあなた自身の意志で契約するとおっしゃった。
 条件を出すならワタシは契約しません。いいですか。ワタシはあなたの友人でもなければ従僕でもない。今は単なる知り合いです。
 ワタシとあなたは対等です。条件を呑めというなら、他の方を探すまで」
 頑固、と思ってしまう。けれども魅月姫はさすがに退かなければならないと思った。
 どんな簡単な願い事も、アリサは受け入れないだろう。もうはっきりしている。
「……怒っているのですか、アリサ」
「怒っています」
 はっきりと彼女は言い放った。
「傍若無人で無礼な主は今までもいましたが、契約前から条件を出してきたのはあなたが初めてですよ、ミス。
 はっきり言いますが、あなたのような人は、ワタシの足を引っ張るだけです」
「どうしてそう思うのです?」
「あなたは結局、自分のことしか考えていないからです」
 冷たい無表情でアリサは魅月姫を見ている。
「困っている人に無条件に手を差し伸べることができないひとです。
 ワタシはあなたを満足させるために居るのではありません。不愉快極まりない」
「……お茶に付き合ってと言っただけなのに……そこまで言いますか。
 私にも慈悲はあります。無条件に手を差し伸べることもありますよ」
「いいえ。それはあなたの心を満たす行為です。ワタシに会い、興味があると言った。あなたの好奇心を満足させることはできていないと思いますが。
 あなたは、あなた自身の欲求に従って行動する人でしょう。相性が悪いのも当然です」
 ここにきて、再び相性のことが出された。
 能力を根こそぎ奪われるだけが問題ではないのだろうか?
「ミス、もう一度問います。ワタシと契約するのですか?」
「ええ。します」
「条件は呑めません」
「仕方ないですね」
「それから……あまり不愉快なことを言わないでいただきたい。あなたはそのつもりがなくとも、はっきり言って、あなたの物言いは腹が立ちます」
「はっきり言いますね、アリサは」
「はい。今まで主に一度たりとも遠慮したことはありません」
 どのような主人であれ、彼女は自分の言いたいことを言ってきたのだろう。
「ミス、お名前を訊いていませんでしたね」
「黒榊魅月姫と申します」
「ミス・クロサカキ、あなたにワタシの本を渡します」
 彼女はすっ、と右手を出す。紅色の表紙の本を差し出してきた。
 それを受け取ろうとした魅月姫に、アリサは釘をさす。
「この本の持ち主になったとしても、ワタシはあなたの娯楽に付き合う気はありません。
 ……あなたの性分なのかもしれませんが、あまり自己中心的な発言をしていては周囲の者に嫌われますよ」
 …………。
 つまり、なんだろう。
(嫌われて……いるほどではないでしょうけど、好かれていないということですか)
 場合によっては嫌われているかもしれない。
 魅月姫はやっと、本を受け取ることができた――。



 契約完了から一ヶ月が経過。目の前には、再び出現したアリサの姿がある。
 普通の人間になった魅月姫は一応平穏無事に過ごしていた。能力は全てなくなり、吸血鬼だった頃の面影はほぼない。
「アリサ」
 驚いたように呟く彼女を一瞥し、アリサは呟く。
「『敵』です」
「そういえば……あなたが出てくるのは『敵』が出現した時のみでしたね」
 喫茶店でお茶を飲んでいる最中に現れたアリサは、どうやら人目についていないようだった。出現に誰も気づいていないようである。
「ミス、この近くで何か事件はありましたか?」
「……そういえば、ある女性が行方不明と聞きましたけど」
「……そうですか」
 それだけ聞くと彼女は再び姿を消した。なんだったのだろうかと思ったが、アリサが次に出現したのは店を出てからだった。
「様子を探り、遭遇すれば退治しますので」
 そう言うと、魅月姫に背を向けた。
「待って。私も行きます。見守ることしかできないとは思いますけど」
「必要ありません」
 スパッと彼女は言い放つ。相変わらず刃物のような口調だ。
 そのまま歩き出すアリサを魅月姫は追った。人間並みの能力しかないため、魅月姫の歩く速度は遅い。
 普段の能力が高すぎたせいか、人間の魅月姫はかなり貧弱で頼りないのだ。腕力も脚力もない。
「アリサに戦いは任せます。嘘ではありません」
「見守るだけなら帰ってください」
「何か手伝えることがあるなら、手伝いますけど」
「いいえ。感染してしまう恐れがあるので、帰ったほうがよろしいかと」
 感情のこもらない声のアリサは足を止め、振り向く。
「言っておきますが、感染すればワタシはあなたを殺します。それでもついて来ると言うのですか?」
「私を殺す……?」
 今の魅月姫なら簡単に殺せてしまうだろう。出血多量でも死ぬし、転んで打ち所が悪くても死ぬだろう。
 まして……アリサの力では木っ端微塵にされてしまう。
 冗談で「殺す」と言うような性格ではない、アリサは。
 主だろうがなんだろうが、アリサは『敵』ならば殺す。破壊する。
「…………やはり本とも相性が悪かったようですね。大事な情報があなたにまったく伝わっていない……」
 憐れむような目をするアリサに、魅月姫は怪訝そうにした。
「まぁいいです。そのほうがいいかもしれませんし……」
「? なんですか? きちんと教えてください、アリサ」
「気にしないでください。では、行きます」
 そう言うなり彼女は昼の日中だというのに勢いをつけて跳躍し、屋根の上に降り立った。彼女は匂いでも感じているのか、迷いもなくどこかへ去ってしまう。
 残された魅月姫はしばらくして、肩を落とした。
「もしかして私……友達を作るのが下手なんですかね……」
 魅月姫は恐れなければならなかった。あっさりと自分を殺すと言ったアリサを。
 けれども、魅月姫は吸血鬼であった頃の感覚のままなのだ。その恐ろしさを、感じてはいない。だがそう……魅月姫は人間ではないから、気づくことができなかったのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒榊様。ライターのともやいずみです。
 なんとかアリサとの契約は成功しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!