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<東京怪談・PCゲームノベル>


<おべんきょしましょ!>

<Opening>
草間興信所に新しい居候がやって来て、彼是一週間。
遥瑠歌と名乗ったその少女は、草間の苦手な『怪奇』関連の少女だった。
『創砂深歌者』と自らの職業を呼んだ少女は、人の寿命を具現化する事が出来る。
『寿命砂時計』というらしい其れを、草間に提示してみせた遥瑠歌の前で、馬鹿馬鹿しくて草間が壊した事が少女の興味を引いたらしい。
それ以来、少女はずっと興信所に居座る事になった。
興信所の片隅に座り込んだ少女は、草間や零、シュラインの行動をずっと見続けていた。
「……」
何も言わずに見続けられる事に困惑した草間は、オッドアイの少女に話しかける。
「あー、あれだ。おまえ、珈琲でも飲むか?」
ゴシックロリータ調の服を着て、零が綺麗にしたばかりの床に座り込んだ遥瑠歌は、無表情のまま、じっと草間を見詰めた。
表情の変わらないオッドアイに見詰められる、というのは、結構のプレッシャーがかかるのだと、草間が感じていると。
「草間・武彦様」
ふいに、少女が声を上げた。
相手の事をフルネーム且つ様付けで呼ぶのは、遥瑠歌の癖だ。
直そうと何度も試みたが、少女が断固として拒否したのは記憶に新しい。
「草間・武彦様」
「兄さん?」
「武彦さん?」
呼ばれても答えない草間を不思議に思ったのか、今度は零とシュラインも呼びかけた。
その声に、はっと草間は意識を戻す。
「何だ?」
問い掛けると、小さな少女は座り込んだまま、驚くべき事を口にした。
「『こーひー』とは、何で御座いましょう」
「……は?」
目を丸くする草間と零、シュラインに、遥瑠歌は微かに表情を曇らせた。
「わたくしの居た空間には、その様な物は存在しませんでした。何分、わたくしと砂時計、それに迷い込まれたお客様しかいらっしゃいませんでしたから」
滅多に変わらない少女の表情変化に、更に驚く興信所メンバー。
少女は今まで、此の世界とは別の、何も無い漆黒の空間に居たらしい。
草間が砂時計を壊すという、今迄に見た事もない行動を起こした為、初めて『興味』という感情を抱いてやって来たのだという。
常識も、感情も、知識も無い少女。
それが、遥瑠歌という少女だ。
「……よし、零。今日は臨時休業だ。張り紙をドアに張っといてくれ」
「え?」
デスクチェアから立ち上がった草間を見て、零が不思議そうに声を上げる。
「それじゃあ、私は電話線を抜いておくわね」
シュラインは草間の行動の意味を瞬時に理解して、電話線を引っこ抜いた。
まだ分からず目を丸くしている零に、草間は紫煙を燻らせて告げる。
「今日は『勉強会』だ。遥瑠歌に色々教えるぞ」
「そういう事。だから、零ちゃんお願いね」
「あ!はい、分かりました」
小走りに扉へ向かう零を見て、シュラインは自分のデスクの引き出しから一冊のノートを取り出した。
「これを、遥瑠歌ちゃんにあげるわ」
「……これは」
受け取って首を微かに傾げた遥瑠歌に、今度はペンを差し出す。
「まだ使ってないノートと、お下がりで悪いけれど私のペンよ。勉強するのに、必需品だから」
口角を上げたシュラインから受け取って、戸惑いながらも頭を深く下げる遥瑠歌。
「有難う御座います。シュライン・エマ様」
「いいのよ。遥瑠歌ちゃんに教える事で、私達も学び直す事が出来るから」
シュラインは優しく、少女の頭を数度撫でた。

<01>
一先ず、何が分かって何が分からないのかを区別するため、草間は遥瑠歌に一つの指示を出した。
「まず、自分の名前を書けるか、だな。文字は読めるのか?」
問われて遥瑠歌は、ノートにペンでスラスラと『遥瑠歌』と自分の名前を記してみせる。
「文字は読み書き出来るのね。それなら、今度暇な時にでも読める様に、辞典や事典を持って来てあげるわね。それと、気分転換用にイラスト集と写真集も」
文字については問題無い事を確認して、シュラインが微笑む。
「で、今日は何について教えましょうか?一度に沢山の事を教えても、大変でしょうし……」
零の言葉に、草間が空になった自分のマグカップを顎で指す。
「飲物だな。此処でやってくには『珈琲』と『煙草』と『怪奇禁止』を覚えてもらうぞ」
こくりと頷いた遥瑠歌に、ちくりと釘を刺したのは。
「それは、武彦さんにとって都合のいい言葉だけでしょう」
シュラインだった。
「でも、珈琲は間違いではないから、今日は飲物関連にしましょう」
告げるシュラインに、少し不貞腐れた様に煙草を吹かす草間。
そして、そんな二人を見て、零は溜息をついて告げる。
「じゃあ、今日は飲物ですね」
「そうね。それじゃあ、先ずは実物を飲んでみてもらいましょうか。零ちゃん、珈琲をお願い出来る?」
「分かりました」
そう言って、零は草間のマグカップを片手に簡易キッチンへと向かった。
そんな零を見て、草間が気を取り直したように声を上げる。
「零!ついでに豆粉も持って来てくれ!」
「え?」
キッチンから顔を出した零に、草間が頭を掻きながら答えた。
「珈琲の元、ってやつだ」
「あぁ、そういう事ね。元々どういう物だったのかを教えるのも、大切ね」
シュラインの頷きに、草間も同じ様に頷いた。

<02>
「……苦い、です」
初めて口にした珈琲の感想は、まぁ、最もだろうという内容で。
「これが『珈琲』だ。まぁ、俺とシュライン、後は客くらいだな。興信所で飲むのは」
「それで、こっちがその『珈琲』の元の豆粉。元は小さな豆で、機械とかで此れ位の粉にして、お湯を注ぐ事で出来上がるのが珈琲」
こくりと頷いて、ノートに書き込んでいく遥瑠歌に、次はこれ、とシュラインは何枚かの紙を持って来た。
「実物がないから、ネットで引いてプリントアウトしたの。零ちゃん、次は紅茶を持って来てくれる?」
「はい、分かりました!」
「零。ついでにココアも持って来い。もちろんココア粉も一緒にな」
「はい」
頷いてキッチンに戻る零を見やって、遥瑠歌は又も聴き慣れない言葉をノートへと書き留めた。
「『珈琲』はこう書くのよ。『紅茶』はこう。『ココア』はカタカナ表記」
ノートに書かれた文字を見て、遥瑠歌は頷く。
そうして印刷された物と一緒に説明をしていると、零がトレイを片手に戻って来た。
「冷たいものは『アイスコーヒー』『アイスティー』と呼ぶのよ。暖かいものとは少し違うわね」
「はい。紅茶と、紅茶葉。ココアとココア粉です」
机の上に並べられたのは、客用のカップに淹れられたココアと紅茶、紅茶葉缶とお徳用のココア粉袋。
「紅茶はこの茶葉にお湯で淹れるの。豆でないだけで、後は珈琲と似ているわね」
シュラインの説明を引き継いで、草間が今度は声を上げる。
「ココアは普通、牛乳で入れるもんだな。飲んでみろ」
頷いて、ココアを口に運ぶ遥瑠歌。
「……美味しいです」
「牛乳で淹れましたから。まろやかな筈です」
にっこり笑う零が、今度から遥瑠歌さんにはココアを淹れますね、と続けた。
「先程から思っていたのですが、最初に飲んだ器と、此の器は違います。此れも何か理由があるのでしょうか?」
「いい所に気がついたわね」
シュラインはそう言って、マグカップを客用のカップの横に並べた。
「こっちは武彦さんの使っている器。マグカップと呼ぶの。そして、今、遥瑠歌ちゃんが使っているのが『ティーカップ』と呼ぶ物で、紅茶を主に淹れるものよ。香りや色合いを楽しむ為に少し浅いの」
説明を受けながらも書き留めることを止めない遥瑠歌に、零はキッチンからもう一つのカップを持って来た。
「これは、コーヒーカップです。珈琲を主に淹れます。ティーカップと違って、暖かさを保つため、少し厚く深めに作ってあります」
分かりますか?
そう問われて、オッドアイの視線は草間に注がれた。
「な、何だよ」
居心地悪そうに言う草間に、遥瑠歌が問い掛けた。
「マグカップ、と呼ばれる物は、何かを入れる専用の物なのですか」
「は?」
「いえ。草間・武彦様は、どんな飲物でも、その器でお飲みになっていらっしゃる様に見えましたので」
最もな遥瑠歌の言葉に、頭を掻きながら草間が答える。
「マグカップは、別に何用って決まってない。しいて言うなら、コーヒーカップとティーカップのご先祖様的な存在でな。何を飲むのにも適してる」
そう言って深く煙草を吸い込む草間に頭を下げて、遥瑠歌は其れも書き留める。
「飲物にも、専用の器が存在するのですね」
「そうね。別に其れじゃないといけない、という訳ではないけれど。デザインで雰囲気を楽しむために作られているの」
「兄さんのは別ですけどね」
「武彦さんのは実用性重視のものだから」
零とシュラインの容赦ない言葉に、草間は眉間に皺を寄せながらも、何も言い返すことはなかった。
「遥瑠歌ちゃん。あまり深く考えては駄目よ?遥瑠歌ちゃんの具現化させられる砂時計も、色々な形をしているでしょう?砂の色も」
頷く遥瑠歌に、其れと同じ、とシュラインは続ける。
「その人に合った砂時計と同じ。その飲物にあって、その人に合った器がある、という事」
「……草間・武彦様の砂時計は、木製で、砂が黒色のシンプルな物でした」
「武彦さんにぴったりね」
「どういう意味だ?」
微笑んだシュラインに、苦虫を噛み潰したような表情で草間が問い掛ける。
「武彦さんらしいじゃない。シンプル且つ実用的」
「良い意味で受け取っていいんだか……」
ぼやく草間に、シュラインは微笑を深くして頷いてみせた。
「私は好きよ?シンプル且つ実用的なもの」
その言葉に、草間は思わず煙草を取り落としかけたのだった。

<Ending>
「今日は取り敢えず此の程度にしましょ。覚えたい事は随時教えてあげるから」
シュラインの言葉に、頭を縦に振る遥瑠歌。
「それじゃあ、私はカップを戻しますね。豆粉とココア粉も」
そう言って立ち上がった零に倣って、遥瑠歌も立ち上がった。
「今日は一日怪奇関連なかったな。いい傾向だ」
「そりゃあ、電話線を引っこ抜いて、その上扉に張り紙までしていれば、誰だって依頼には来ないでしょ」
草間の嬉しそうな言葉に突っ込んだのは、やはりシュライン。
「草間・武彦様。草間・零様。シュライン・エマ様」
声を上げた遥瑠歌に、呼ばれた全員が視線を向ける。
視線の先には。
満足そうに、そして嬉しそうに表情を変化させて。
「有難う御座いました」
その表情は、草間も零も、シュラインも見た事のなかった。
『微笑み』に分類されるものだった。

<Extra story>
「今度、遥瑠歌ちゃんの専用カップを買いに行きましょうか」
「いいですね。遥瑠歌ちゃんも『草間興信所』の一員ですから」
シュラインの提案に、零が同意するように頷く。
「ね、そうしましょう、武彦さん」
その言葉に頷く草間を見て、遥瑠歌が無表情のまま首を横に振った。
「そこまで御迷惑をおかけする訳には参りません。此処に置かせて頂いているだけで、わたくしは十分……」
言葉を遮るように、草間は遥瑠歌の元へと歩み寄ると。
少女の頭に、手を置いた。
「子供が遠慮すんな。これからきちんと働いてもらうからな」
珍しく表情を和らげる草間を見て、遥瑠歌は無表情のまま。
「誤解が御座います、草間・武彦様」
草間の言葉の何処が間違っていたのか、一同が目を丸くする。
そして、遥瑠歌の口から飛び出たのは。
「わたくしは子供では御座いません。確かに外見は子供ですが、恐らく此方の興信所でも最も長く存在している者ですから」
草間興信所に、その日一番の大絶叫が響き渡ったのだった。

<This story is the end. But, your story is never end!!>


■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】


◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇

この度はご依頼誠に有難う御座いました。
タイトル通り、私も珈琲等の勉強、再確認をさせて頂きました。
専用のマグカップ案、有り難うございました!
それでは、またのご縁がありますように。