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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―doi―



 高ヶ崎秋五は硬いソファに座っていた。とりあえず座れればいい、というだけで購入したものだ。
 テーブルを挟んだ向かい側のソファに座るのは、五十代前後の夫婦だ。娘が行方不明になったということで、依頼に来たのだ。
「では、娘さんの交友関係は?」
 一つ一つ丁寧に訊く秋五に、娘の両親たちは知っている限りを話していった。
 娘の名は磯近メグミ。歳は19。大学生。彼女の趣味は散歩。
 行方知れずになった雨の日、彼女は散歩に出かけていた。幼馴染の友人と会うために、待ち合わせていたあの沼へ行った。それからの消息はつかめていない。
「幼馴染?」
「真鍋大輔くんです。小さな頃からメグミとよく遊んでいた子なんですけど」
「真鍋大輔……」
 メモをとっていく秋五。その男にも会いに行かなければならない。
「わかりました。ではお嬢さんの写真をお預かりしてよろしいですか?」
「はい」
 母親が差し出した写真に写るのは、黒髪の若い娘だ。柔らかく微笑む彼女の左眼の下にはホクロが一つある。



 秋五はまず、行方不明になった沼へ行ってみた。そこでメグミの写真を片手に、聞き込みを開始する。
 公園によく行くらしいメグミのことを知っている人物はいたが、行方不明になった日には見ていないそうだ。
 彼女が行方不明になった日、沼からさほど離れていない場所のコンビニの監視カメラに彼女は映っていた。
(真鍋さんは今頃バイト中ということだし、そっちにも行ってみますか)
 後頭部を掻きながら秋五は真鍋大輔のバイト先に向かうことにした。
 メグミの目撃証言、不審者の目撃証言、両方とも得られなかった。

 真鍋大輔はファミレスで働く大学生だった。短い髪で爽やかなスポーツマンタイプの男だ。
「警察の人にも色々と訊かれたけど……俺、メグがどこに行ったのかわからないんスけど……」
 彼は困ったように肩をすくめて言う。メグ、というのはメグミのことのようだ。
「磯近さんとは何時ごろ会ったんですか?」
「昼過ぎなことは確かだけど。俺、三時からバイト入ってたから、すぐに別れたし。あいつにCD返しただけっスよ?」
 メグミが監視カメラの映像に映っていたのは2時40分頃。大輔は3時にはバイトに出る予定があった。メグミは沼に靴を片方残して行方知れず。ということは。
(磯近さんはコンビニに行った後に沼に行き、そこで真鍋さんと別れてからいなくなった……)
 公園までの通り道から沼が見えるとはいえ、そちらを注意深く見ている者などいないだろう。
「ありがとうございました」
 秋五は軽く頭を下げた。大輔は「いえいえ」と笑って言う。なんとも気さくな青年だった。

 ――その夜、一通り聞き込みを終えて秋五は帰路についていた。
 とりあえず続きは明日だ。帰って書類を整理し、明日について考えて寝よう。
「磯近さんは友達は少なかったようですが、誰かに恨まれるようなこともないということですし……」
 犯人は衝動的にメグミを襲ったのだろうか。だとしても、昼の日中に襲うことが可能だろうか? いくらなんでも……人目につくだろう。
(顔見知りの犯行だとすれば、無抵抗かもしれないんですけどねぇ)
「探偵さん」
 背後から声をかけられ、秋五は振り向く。真鍋大輔が立っていた。彼はバイト先の制服ではなく、黒のパーカーにジーンズという衣服だった。
「あ、すいません。私は探偵ではなく……あ、名刺渡してなかったですね」
 うっかりしていた。
 名刺を出そうとする秋五に、彼は薄く笑う。
「なんかや〜なニオイがしてるんだよね。どうも、俺ってかなり鼻がいいみたいでさ」
「?」
「探偵さん、なんか連れてるだろ」
「は?」
 秋五の呟きと同時に彼の目の前にアリサが出現した。本は家に置いてあるはずだ。なぜここに彼女が!?
 空中から具現化したように姿を現したアリサは、大輔を睨んでいる。
「アリサ」
「ミスター、できるだけ遠くへ逃げてください」
 短く言う彼女の視線は大輔に定められたままだ。
 空気が重くなり始める。秋五が眩暈を起こす。気持ち、悪い。
 口元を手で抑える秋五は怪訝そうにする。大輔は笑顔のままだ。
「バイト終わってから探してたらこんな時間になっちまった。バイト中に仕掛けるつもりだったけど、そんなことしたら稼ぎがパアだからな」
 ぶぶぶ、と耳障りな音が聞こえ始める。音の発生源は大輔だ。
 彼は目を見開いた。昆虫のような瞳だ。
「かわいいお嬢ちゃん、どうやらアンタも俺と同じような力があるようだな」
「……ミスター、早く」
 アリサに促され、秋五は戸惑った。だがすぐにその場から逃げ出す。圧倒的に嫌な予感がした。

 残されたアリサは口を開く。
「感染しましたね」
「すごい力だ……溢れてくるぜ。メグはまぁ、可哀想なことしちまった」
「めぐ……?」
 なんのことだとアリサは怪訝そうにする。
「ついつい、抑えられなくてさぁ。まさかあんなに綺麗に食っちまうとは思わなくてさ」
「…………」
 ざわざわと大輔の肉体が揺らいだ。アリサは顔色を変えない。
 彼の肉体が、崩れた。本当に崩れた。人間の形に作られていたものが端から崩れてしまった。
 いいや、違う。彼の身体を作っていた一部が元の姿に戻っただけだ。
 虫。羽を持つ虫だ。イナゴに似ている。
 顔が半分崩れた状態で大輔は言う。
「靴だけ残ってたなんてなぁ。コンビニのカメラにも映ってたなんてな。いやいや、食っちまうのが一番の計算外だったんだよなぁ」
 はははと笑う大輔。
 虫たちは羽音をさせて飛ぶ。行き先は秋五だろう。
 アリサは追わない。本体を倒せばいい話だ。被害を広げる前にコイツを倒せばいい。
「なにせ食欲旺盛なもんでよ。いただきまーす」
 軽く言う大輔の肉体全てが崩壊した。そして虫たちに変わる。
 アリサは構えた。そのまま拳を地面に打ち付ける。アスファルトが窪み、破壊の衝撃が虫を一気に跳ね飛ばした。
(集団で行動。しかし一体は小さい。行動範囲は広い。……嫌な予感は当たりましたか)
 秋五が逃げ切ってくれればいいが。彼が感染すると、彼を殺す手間がかかるのでその事態を避けたいのだ。
 虫たちは警戒するようにアリサを包囲している。アリサは薄く笑った。
「たった一人だから、という認識は甘い」
 近くに立っている街灯を掴むや、彼女は無理矢理引き抜いた。本人はそれほど力を入れたつもりはないのだろう。
 火花が散り、街灯の明かりが消える。ただの長い棒のようになってしまった。
 ダイスは武器を常備していない。恐るべき腕力と脚力さえあれば、戦うには充分だからだ。
 アリサは軽々と街灯を振り回した。びゅんびゅんと鳴り出し、風が発生する。
 アリサのスカートが舞い上がった。不敵な笑みが口元に浮かんでいる。
「風圧で切り裂けば、集団だろうがなんだろうが、関係ありません」
 集団で襲ってくる相手に、律儀に一対一で戦う気は、アリサにはない。

 逃げる秋五は表通りに出るや、片手を挙げた。アリサの様子、それに自分の状態。それらを考えればタクシーで移動したほうがいいだろう。
 タクシーで逃げるというのは財布に打撃を与えるものだが、背に腹は替えられない。
 ちょうどタクシーが来たので、乗り込む。
 アリサは大丈夫だろうかと心配になったが、あのままあの場にいては足手まといになるだろう。
 運転手に事務所の場所を告げる。ここからなら事務所までの運賃はそれほど高くならないだろう。
 ビシャ、と秋五の乗る後部座席の窓ガラスに何かがぶつかった。
「…………」
 秋五はそちらを見遣り、言葉に詰まる。虫だ。虫が潰れている。窓に思い切りぶつかったのだろう。
「運転手さん、早く出してください」
 数匹が窓にぶつかってくる。秋五は焦った。
 タクシーが発進した。追いかけてくる虫を、車は引き離していく。



 事務所の目の前で降ろしてもらった秋五は安堵の息を吐いた。なんとか無事だったようだ。
 敵について気をつけるも何もない。とにかく逃げるのが先決なのだ。
 目に見える虫だからまだ良かったが、小さな小さな虫だったらまず追い払うのは難しい。
「ミスター、無事だったようですね」
 事務所のドアの前では澄ました顔でアリサが立っていた。どうやら彼女は敵を無事に倒したようだ。
「感染してはいないようですね。接触型の敵だったので、車に乗ったのが正解だったようです。賢明な判断でした、ミスター」
 アリサが小さく微笑む。
 ……もしかして、褒められている?
 事務所のドアの鍵を開けながら、秋五は背後を見遣る。アリサはまだ消えないようだ。
 秋五には『ダイス・バイブル』の知識が流れ込んでいるので、多少はわかる。とはいえ、かなり頭痛がするので少ししかわからないのが実情だ。
 『敵』はウィルスのようなもので、活性化するとダイスが目覚めて退治に向かう。とか。
 事務所のドアを開けて中に入り、電気をつける。埃っぽい部屋にアリサのような美少女がいると、なんだか申し訳ないような気分になった。
「あ、アリサは家事などできますか? よければ手伝ってもらえれば助かるんですけど。あと、私の助手も」
「できません」
「……そうですか」
 あまりにはっきりと応えられたため、秋五はそれしか言えなくなった。
「真鍋……さっきの男はどうなりました?」
「殺しました。感染していたので、破壊しました」
「…………」
 磯近さんのことを訊くことができなかった。困った。依頼人になんて説明しよう? 案外、このまま行方不明のほうがいいのかもしれないが。
 アリサの前の主のことも、実は秋五は調べていた。名前は梅景ひづめ。一人暮らしをしていた大学生だったが、数ヶ月前に失踪していた。ひづめには姉もいたが、その姉も行方不明とのことだ。
 ひづめの両親がすでに部屋を引き払っていて、マンションには何も残っていなかった。アリサが彼女を殺した場所に、遺留品がないかと探しに行ったがそちらにも何も残っていなかった。
 アリサが信頼していた前の主。果たして自分は、そんな主になれるだろうか?
「あれ?」
 気づけばアリサの姿がない。ダイス・バイブルを開くと、彼女は自身の定位置に戻っていた。横向きに立つ、凛々しい少女の絵に。
 秋五は溜息をつく。
「まだ訊きたいことがたくさんあったのに……」
 けれどまぁ、褒められただけ良かったのかもしれない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。ライターのともやいずみです。
 事件を追い、適と遭遇してしまいました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!