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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


雨だれの迷子

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title:助けてください  投稿者:あゆみ

 あのね。うちの小学校の近くに、川があって、石でできた古い橋がかかっているのだけど、そのたもとに古い柳の木があるの。
 とっても大きな柳の木で、いつもゆらゆらゆらゆらって葉を揺らしているんだけど、その木の下に時々ずぶ濡れの女の子がいるっていううわさがあるの。あゆみはまだ見たことがないんだけど、同じクラスのさゆりちゃんは見たって言ってた。
 さゆりちゃんが見たのは昨日で、お母さんと一緒に川沿いの歩道を歩いていたときに、雨が降ってきたから二人で傘をさしたんだって。
 そしたら柳の木の下を通りがかって、そこにうつむいて泣いている赤い長靴をつけた1年生くらいの女の子がいたって。
 で、とっても濡れて可哀想だったから、さゆりちゃんのお母さんはその女の子に話しかけて、おうちまで送っていってあげましょう、って言ったって。そしたらその女の子は喜んで、さゆりちゃんのお母さんと手をつないで、橋を渡っていったんだって。
 女の子は、さゆりちゃんのお母さんの手を握ったまま、どんどん走り出して、お母さんは引っ張られていっちゃったの。
 さゆりちゃんは慌てて追いかけたんだけど、どうしてか、途中で二人の姿を見失っちゃったんだって。
 二人は橋の上で消えちゃった、ってさゆりちゃんはみんなに話したんだけど、誰も信じてくれなかったんだって。
 それからさゆりちゃんのお母さんも全然戻ってこないの。もうその日から1週間くらい経っているのに、何の連絡もないんだって。
 どうかお願いします。誰か、さゆりちゃんのお母さんを助けてあげてください。さゆりちゃんのために。どうかお願いします。
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 title: Re>助けてください  投稿者:匿名希望

 あゆみちゃんの書き込みの件ですが、ちょうど新聞記事にもなっていたので、こちらに報告しておきます。

 6月XX日 T新聞
 5月の上旬の頃から、T市XX町三丁目、T川沿いの橋付近で行方不明事件が三件発生している。
 5月18日に女子高生、新井理代子さん。5月27日に主婦の曽根崎雪子さん、6月2日に大学生の東野英吾さん、いずれも失踪の理由が見当たらず曽根崎さんに至っては、一緒に歩いていた娘さんが、女の子と一緒に橋の上を渡っていっていなくなったとの証言もあり、謎を読んでいる。付近では神隠し説なども出ているようだ。いずれの事件も雨の日に起こっているという共通点以外見当たらず、関係者は首をひねっているということである。

 それからですね。
 この橋のことをネットで色々調べていたんですが、そうしたら一昨年の6月にこの川が洪水を起こしたことがあって、その時に6歳の有沢奈々ちゃんって子がこの橋の付近で遺体で発見されたという記事を見つけました。
 もしかしたらこの奈々ちゃんは関係あるのかな、と思ったりなかったりです。
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 title: チンパンジーを探してください。 投稿者:サーカスの団長

 【チンパンジーの名前】才蔵<雄> 
 【年齢】 10歳
 【服装】 忍び装束
  昨夜から行方不明になっています。目撃した方はサーカス団にご連絡を……
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 二つの記事に並んで、三つ目の記事が加わったことを知ったあと、瀬名雫は長い間、腕を組んで画面を見守っていた。
 常に新しい記事が投稿され続けるゴーストネットの掲示板に並ぶ記事はもちろんこれだけではない。
 けれど雫の直感が、追っていた雨の中の少女とこの事件がクロスするように思えて仕方なかったのだ。
(……こうなったら行ってみるしかない、よね!)
 そう決めると、早速雫は、この書き込みを行ったとされるサーカス団の団長に会いに向かったのである。

 ++++

「ごめんくださーい!」
 サーカス団のテントの前で声を響かせる雫。あまり変哲の見られないサーカス小屋らしきものの影から、一匹のメガネザルらしき影がぴょんぴょんと飛び出してきた。長い手足でおなかをかきかき、眠そうに欠伸までしている。
 なんかオヤジっぽいお猿さんだな、と小さく思ったものの、今はそういう問題ではない。
 雫は声をさらに張り上げた。
「ごめんくださーい!! 団長さんいらっしゃいますかー!?」
「ワシが団長じゃ」
 どこからか声がした。
 辺りを振り返って見回すが、先ほどのメガネザルしかいない……。
「あれ?」
「だから、ワシじゃ」
「へ?」
 雫はもう一度声の響いた方を見つめる。メガネザルしかいない。
「え、えええええっ!!」
「……わしが団長・M(だんちょう・えむ)じゃ。ゴーストネットの人じゃな」
「う、うん。はじめまして……」
 雫はゆっくり頷いた。
 そして漸く、驚きから醒めると、瀬名雫は団長にいなくなったチンパンジーの才蔵と、事件が関係あるような気がして仕方ないの旨を話した。団長はふむふむと長い腕をくんで頷くと、話してくれた。
「才蔵は昨日の夜遅くまで、夜の練習に励んでおったんじゃよなぁ……」
「ここから例の橋ってそんなに遠くない……よね」
 雫はサーカス団から見える川を振り返る。その視界に移る川にかかった橋のうちの一つが件の場所である。
「もしかして……才蔵ちゃん、その橋渡っちゃった……?」
 思わず呟く。可能性は……ある。そう直感が告げていた。
「……そうかもしれんのう……」
 団長も困ったような表情で頷くと、雫へ背中を向けて歩き出した。
「うちの団員を紹介しよう。ついてきなされ」
「う、うん!!」
 雫は団長の後ろについて、サーカス団の中へと一緒に向かった。

 ++++

 サーカス団の中で、雫は、白虎・轟牙(びゃっこ・ごうが)と柴樹・紗枝(しばき・さえ)を団長に紹介してもらった。
 柴樹紗枝は可愛らしい笑顔を浮かべた17歳の少女で、胸元が際立つ衣装をつけている。
 手に持っている鞭からして猛獣使いなのだろうか。鞭が無ければマジシャンなのかもしれない。判断が難しいところだ、と雫は思った。
 そしてもう一人。……否、一匹?
 白虎・轟牙はどう見てもホワイトタイガーだった。本物の虎。
「……わ!」
 雫は流石に驚いて一歩下がる。
「ガオオッ」
 轟牙が吠えた。
「きゃあ!」
 さらに後ずさる雫。紗枝はにこにこ微笑ながら、轟牙の頭をぽんぽん撫でて微笑した。
「よろしくお願いします、だそうです」
「へ?」
 紗枝と轟牙は、このサーカス団でパートナーを組んでいるのだそうだ。紗枝の手にある鞭を見て、猛獣使いと雫が思ったのは間違いなかったらしい。轟牙は人間の言葉を確実に理解していて、紗枝とはテレパシーも使えるので、意思の疎通は完璧らしい。
「なるほど〜」
 素直に感心する雫である。
「それじゃ才蔵を探しにそろそろいこう」
 やり取りを見つめていたメガネザル……いやいや、団長が冷静に告げる。三人、いや二人と一匹は振り返り、「はい!」と大きく頷いたのだった。

++++++

 女の子の書き込みにあった石の橋が見えてきた。
 しかし、近づくにつれ、だんだん空は曇りだして、いつの間にか雨が降り出していた。
 濡れながら行くのは少し寒く、紗枝と雫は持参した傘を開いた。団長も傘をさしたが、轟牙はさせないので、紗枝の傘にちょっとだけ入らせてもらった。相合傘というにはちょっとはみだし過ぎているけれど。
「あれが柳の木でしょうか?」
 紗枝が呟く。
 石橋のたもとには、確かに古い柳の木がある。
 そしてその根元ではうつむき顔を伏せて、ひざを抱えている少女らしき姿があった。
「あれじゃな!」
 団長も叫ぶ。
 四人(正確には二人と二匹!)は顔を見合わせると、その中から代表して紗枝と雫が、女の子に話しかけることを決めた。
 紗枝は雫と手を繋ぐように寄り添いながら歩いて、柳の木に近づいていく。
 だんだん柳の下で蹲る少女の、泣きじゃくる声が聞こえてきた。
「……あの、お嬢ちゃん、どうしたの?」
 恐る恐る話しかける紗枝。雫も「大丈夫ー?」と元気よく尋ねる。
「……う」
 少女は顔を上げた。
「おうちに……帰りたいの」
「おうちに?」
 紗枝は繰り返し、思い切って聞いてみた。
「おうちは……どこなの?」
「あっち!」
 少女は突然立ち上がる。そして、紗枝の傘を持っている手とは反対の手を握ると、橋の向こうへと歩き始めた。
「あっ……ちょっと待ってください。そんなに走ると……」
 紗絵は注意しながら雫や、後ろで待っている団長達に視線を投げる。
 雫や団長達も後ろから追いかけはじめたのが見えたので、紗枝は安心して、少女に引かれるままに橋の向こうへと駆けたのだった。

 +++++

 橋の半ばまで連れて行かれたところで、紗枝の周りの景色は一変した。
 降り注いでいた雨は、一気にどしゃぶりとなり、持っていた傘はあっという間に暗い闇のような空の向こうに吹き飛ばされていった。風と雨と嵐と。少女はこんな世界に住んでいたのだろうか。
 紗枝が少女を見下ろすと、彼女はにっこり微笑む。
「あのね……この、もっと奥なの」
「そ、そう……」
 手を離して欲しいといっても、きっと離してくれないだろう。
 紗枝は諦めて歩き出した少女の後を歩きながら、後ろからついてきている筈の仲間を振り返る。
 頼もしいパートナーの轟牙、信頼できる団長の姿、そして場数は踏んでいてくれそうな雫嬢がしっかり後ろからついてきてくれている。紗枝はゆっくり息を吸い込んだ。

 +++++

「……どこまで行くんだろう……」
 雫は小さく呟いた。橋の向こうの嵐の世界に着いてから、雫や団長の傘も吹き飛ばされてしまって、みんなぐしょ濡れだったが、嵐の向こうに紗枝を見失うわけにはいかない。目をこらしながら彼らも進んでいた。
「ガルルルル……」
 轟牙も喉を震わせる。ちょっと怖いけれど、きっと雫と同じことを思っているのだろう、と雫は思った。
 その時だ。
 雨にびしょぬれになりながら、小さな影がこちらに近づいてくるのが見えた。
 団長が真っ先にそれに気づいて、呼びかける。
「才蔵! 才蔵じゃな!!」
「ウキキキィ!!(団長〜!!)」
 びしょびしょのチンパンジーは団長の姿を見つけると、駆け出してきて飛びついてきて顔をなすりつけて甘えだした。
「おお、よかった。無事じゃったか!」
 団長の目にも涙……雨水かもしれないが、団長は喜んで才蔵を抱きしめた。
 が、すぐに地面に下ろして「何があったんじゃ」と話しかける。
 団長にはサル科だけに、チンパンジーとも心が交わせるらしい。話しかけると、才蔵は両腕を広げて仕草交じりに話してくれた。

 +++++

 才蔵の話を、団長が訳してくれた。

 才蔵は昨日の夜、サーカス団で遅くまで練習をして、さらに帰り道、涼しい風に誘われるように川沿いの道を軽業の練習をしながら進んでいた。すると泣いている少女を見つけて、どうしたのだろうと話しかけてみたらしい。
 すると、少女はおうちまで一人じゃ帰れないと泣いているようだった。
 気の毒に思った才蔵は、少女を元気づけるように、軽業をしてみせながら、おうちまで送ってあげようとしたらしい。
 そして少女と手を繋いで、橋を渡った途端、どしゃ降りが始まって、すっかり道に迷ってしまったというのである。

「……ウキキ! ウキキキィ!!」
「知っている人の声が聞こえると思って、夢中で駆けてきたら団長の姿が見えてきてとても嬉しかったと言っておる」
「ふぅん……才蔵ちゃん、辛い思いしたんだね。えらかったよー」
 雫はチンパンジーを撫でてあげた。
 轟牙も慰めるように、才蔵の腰の辺りに額を撫で付けた。
 すると才蔵は再び「ウキキキキ!」と鳴き始める。
「今度はなんじゃ? ……ふむ? あの女の子の大切な忘れ物……に気がついた?」
「ガオォォ?」
 轟牙も首を上げる。
 動物3匹組みはそれから額をつきあわせるようにして、相談を始めた。
 人間の言語ではついていけなくなってしまった雫は、不安げに紗枝達の行ってしまった方向を見る。
 大分離れてしまった気がしなくもないが……大丈夫だろうか。
「ねぇ、団長。紗枝さん達追わなくていいかなっ」
「うむ! それも大事じゃが、こちらも大事なんじゃ、雫よ!」
 団長は雫の呼びかけに顔を上げて、真剣なまなざしを見せた。話し合いもどうやらついたらしい。轟牙の背中の上に才蔵はするすると登る。そして咆哮を響かせると轟牙はするりと身を翻し、今駆けてきた方向を駆け戻っていった。
「! ど、どういうこと? 団長?」
「いいんじゃ。……まあ見つかるかどうかはわからんがな」
 団長はニヤリと笑って、雫を見上げる。雫は首を傾げたまま、きょとんと一瞬止まって、それから団長の腕を掴む。
「それより私達も紗枝さんの後追わなくっちゃ! 団長急ぐよっ!!」
「わ、わかっておるわ!! そう引っ張るなぁ!!」

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「あっ」
 突然、少女は目を見開いて、足を止めた。
 ずっと引きずられて駆けてきていた紗枝も慌てて立ち止まる。少女は自分達が駆けてきた方向のずっと後ろをじっと見詰め始めた。
 そこにはまだ団長や雫達の姿は見えない。いつの間にかはぐれてしまったらしい。
 でも後ろからついてきていることを信じていた紗枝は、少女の視界に仲間がいつか現れないかとハラハラした。
 しかし、少女の思いはそれでは無かった。
「……誰か逃げた」
「えっ?」
「逃げたの……私の猫さん……見つけてないのに……」
「猫さん?」
 こくり。少女は頷く。
「私の……猫さん、探して欲しいの」
「……おうちに……帰るのではなかったんですか?」
「……私のお友達なの……」
 少女の目にはいっぱいに涙が溢れてくる。その時になって、紗枝は辺りに人の気配を感じることに気がついた。
 嵐の中、真っ暗な道を草を掻き分けるようにして疲れきった表情の女性が歩いている。
 今まで嵐のせいもあって、真っ暗闇で何も見えなかった辺りの景色が、河岸のような草むらになっていることに紗枝はその時初めて気づいた。その草むらで女性は何かを必死で探しているようだ。
 少女は突然わんわんと泣き出した。草むらにいた女性が顔をあげて、少女の側へと駆け寄ってくる。
「……大丈夫、大丈夫よ、猫さんは必ず見つけてあげるから……。お願いだから泣かないで?」
「うん……うん……」
 少女は泣きじゃくりながら頷く。
 紗枝は思わず彼女に話しかけた。
「あの……あなたは?」
「……え?」
 女性は紗枝に今気がついたらしく、驚いた表情で見つめた。
「……私は曽根崎雪子です……」
「曽根崎? それじゃ……さゆりちゃんのお母さんですね?」
「えっ。はい、そうです」
 彼女は娘の名前を聞いて瞳に生気を取り戻して、返事を返してきた。視線の端に駆けて来る団長と雫の姿が見えることに気がつきながら、紗枝は雪子にさらに尋ねた。
「無事でよかったです……。さゆりちゃんはとても心配されているようですよ。……ここで何をなさっていたんですか?」
「それは……あの子が……」
 雪子は少女を見下ろした。
 彼女は涙を溜めた瞳で、紗枝と雪子を睨みつけていた。
「……奈々の……お友達の猫さん……探してくれるって言ったよね……?」
 雪子は慌てて頷く。
「ええ。探すわ。必ず見つける。……ごめんなさいね」
 そして紗枝の腕を引いた。
「あなたも一緒に探して頂戴。あの子の猫が見つかるまで、元の世界には戻してもらえないの」
「猫?」
 紗枝が問い返すと、雪子は頷き、辺りの草むらをかきわけはじめた。
「そうよ、猫。……猫を見つけなくちゃいけないの……さゆり……さゆりに会いたい……」
 最後のあたりはうわごとのように呟いて、雪子は必死で草を分ける。
 団長と雫は辿り着くと、雪子と共に草むらの中に立っている紗枝を見つけて駆け寄ってきた。
「紗枝さん!」
「雫ちゃん! 団長!」
 紗枝は二人に、少女は猫を探しているらしいと告げた。
 そして見つけた女性がさゆりちゃんのお母さんであることも。
「ねぇあなたたち!!」
 舌足らずな声で、少女の声が響いた。
 紗枝が振り返ると、少女は怒った顔で彼女達を見つめていた。
「……私の……私の猫さんを探して……!! そうじゃなきゃ、絶対返さないんだから!」
「猫ってなんなの?」
 雫が問うた。
「そうじゃ……猫だけじゃわからんのじゃ」
 団長も言う。紗枝も頷いた。
「猫さんは猫さんだもん!!」
 少女は叫んだ。と、同時に、ゴゴゴゴゴと足元から強い振動が彼らを襲い掛かってくる。
「いけない!! ああ、皆さんやめてください!!」
 悲鳴に近い叫び声をあげて、少女に抱きついたのは雪子だった。
「この子を怒らせないで……」
「……この世界はこの子の世界って……ことね」
 雫も唸るように呟く。少女の怒りが直接世界に影響を及ぼす。……ここは現実世界に突然作られたポケットのような異次元というわけか。
 雪子の腕の中で、少女は落ち着きを取り戻し、わぁわぁと泣きはじめた。
「猫さんが……猫さんがいないんだもん!!」
「ええ……必ず見つけてあげますからね」
 雪子はなだめるようにひたすら続ける。
 その時、団長が頬の毛を撫でながら呟いた。
「才蔵が言うにはな……あの少女は、どうやら捨て猫を探しに河原に来ていて、洪水した川に落ちてしまったらしいのじゃ」
「えっ?」
 雫と紗枝は団長を振り返る。さっき才蔵と会えた時にどうやら団長はその話を聞いていたらしい。
 雪子もそれは知らなかったようで、吃驚した表情で人語を話すメガネザルを見つめていた。
 ぐす、ぐすとしゃくりあげ続けて、少女はぽつりと呟く。
「……パパも……ママも……猫さん飼っちゃだめっていうの。奈々、習い事いっぱいで……お友達いなくて……猫さんだけがお友達だったの……。あの日も猫さんにご飯を持っていってたの……なのに見つからなくて、探してたら、お水に落ちて……気がついたらこんなに真っ暗なところにきちゃったの……」
「そう……だったのですか……」
 紗枝は溜息をついた。
 それで寂しくて、声をかけてくれた人を自分の世界に引っ張り込んで、猫を探してくれと頼んでいたのか。
 雪子も辛そうな表情でそれを聞いて、しかし顔を上げて、団長に告げた。
「でも見つからないんです。私達……他にも猫を探している人がいるんですけど、みんなでずっと探しているのに、猫が見つからないんです……。どうしたらいいんでしょうか」
「……そりゃそうじゃろう……な」
 団長は頷いて雪子を見つめた。
「?」

 その時だった。
 闇の向こうから白い光が近づいてくる。
 光は徐々に大きくなり、それが光り輝くような美しい白虎であることにやがて彼らは気がついた。
「轟牙!」
 紗枝の表情が、パートナーを見つけて喜びに輝く。
 轟牙は紗枝を一瞥した後、動きを止めた。背中に伏せていたチンパンジーの才蔵が顔をあげる。
 その腕の中には三毛猫が抱かれていた。
 にゃああ。
「……あ、チビ!!」
 少女が声を響かせた。
「チビだ!!」
「見つかったか……」
 団長は目を細めた。
「どういうことですか? 団長?」
 紗枝が問うと、団長は微笑を浮かべる。
「子猫は洪水が来ることを本能で気がついて、避難しておったんじゃよ。そこを拾われて、別な女の子に飼われておった。才蔵はこの猫と知り合いじゃったんだ。だから外の世界に一度出て、連れてきたんじゃ」
「そう……だったの」
 幸子がほっとしたように座り込む。
 猫を抱いた少女は嬉しそうに頬を摺り寄せて、「……ありがとう」と呟いた。
「……猫さん生きてたってことは……一緒に連れてゆくことはできないね」
 雫が小さな声でぽつりと言った。
 少女は首を横に振る。
「いいの。見つけられたら……それでいいの……。おうちができたんだね、チビ……よかったね」
 私は……もうおうちがないけど。
 チビにおうちが出来たのならいいの。
 少女はにっこり微笑むと、猫に触れるのをやめて、一歩後ろに後ずさり、幸子を見つめた。
「……おばちゃんも……ありがとう……。さゆりちゃんに……ごめんね、ってゆってね」
「……」 
 幸子は首を横に振った。
 少女はさらに後に下がっていこうとする。嵐だった世界はだんだんと明けてゆき、白んでゆくのが全員にわかった。
 唯一の友人だった子猫が、もうひとりぼっちではないことを確認した少女は成仏しようとしていた。
「……奈々ちゃん!」
 紗枝は消えてしまいそうな少女に叫んだ。
「他の人たちも……みんな元の世界に返してあげてくれる?」
「うん……。みんなありがとう……チビも……ばいばい」
 少女はにっこり笑って手を振ると、白む世界に溶けてゆくように姿を消していった。

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 少女が消えてしまった瞬間、全員の視界は白くスパークした。
 そして気がつくと、あの柳の木の下に皆座り込んでいたのだった。雪子も、そして他の行方不明者たちも、泥だらけの姿になり疲弊した表情でその場に揃っていた。
「……解放されたんだわ……」
 幸子は呟く。
 刹那。
「ママーーーーー!!」
 子供の声が響いた。声の方を見ると、さゆりが遠くから泣きながら駆けてきて母の首に抱きついてくる。
「あのね……今ね。……あの女の子がママを返すね、ごめんね、って、さゆりに言ったの。だから……来たの!」
「そう……そうなの」
 幸子は瞼を伏せ、涙を落としながら娘を抱きしめた。
 才蔵の腕の中に抱かれていた猫がにゃあん、と寂しそうな声で鳴く。
 もう子猫といえるような大きさじゃなくてすっかり大人猫だけど、猫にも猫の思い出があるのだろう。
「……よかった……ってことですよね」
 紗枝が微笑すると、団長もうむ、と頷いた。轟牙もごぅ、と吠えた。
「ねぇ、見て?」
 雫が空を指差す。
 雨上がりの大きな虹が、川の向こうに美しく架けられていた。

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 エピローグ

 それから数日後、紗枝と轟牙、それから団長は、再び柳の木を訪れていた。
 もう空の色は、梅雨明け間近の夏の色をしている。辺りでは、水たまりを大きく踏んづけて騒いでいる子供の姿や、紫陽花のそばではしゃいでいる子供達の姿もみえた。
 柳の根元には、遺族が置いてくれたのだろうか、可愛らしい子供の長靴が一そろい並んで、お菓子が備えられていた。長靴には【奈々】の文字がサインペンで書いてある。
 三人はそれを少し切ない気持ちでそれぞれ見つけたあと、手をあわせて静かに黙祷を捧げたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6788/柴樹紗枝/女性/17歳/猛獣使い】
【6811/白虎・轟牙/男性/7歳/猛獣使いのパートナー】
【6873/団長・M/男性/20歳/サーカスの団長】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、鈴隼人と申します。
 大変お待たせいたしまして申し訳ありません。

 個性豊かな三人のメンバーのお話、とても新鮮に、楽しく書かせていただきました。
 チンパンジーの才蔵さんというオリジナルキャラクター、猫を探していたという新事実、とても面白かったです。
 ちょっぴりしんみりする形のエンドとさせていただきましたが、お気に召していただけましたでしょうか。
 今度があるならば、紗枝さんと轟牙さんの友情も書きたいなぁ、と想像して楽しんでいました。

 またどこかでお会いできることを祈りつつ。
 ありがとうございました。

               鈴隼人 拝