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嗚呼、麗しき6月の花嫁!
「お届けものを受け取りにまいりましたー」
ソリに乗った赤い衣服の金髪少女は、「ん?」と首を傾げる。そして地図をみた。
間違いは、ない。
周囲は閑散としているが、森の中。目の前は礼拝堂。小さな小さな……結婚式用に使われることが多いチャペル。
だが明らかに、その……。
「あの……つぶれてるんですけどぉ」
独り言を呟くステラは「え? えええ?」と激しく礼拝堂の周りをうろうろした。
届け物があるので取りにきてくださいと電話があったから来たのに……。これはもう、騙されたとしか思えない。
「ふえぇ……いたずらなんて、ひどすぎますぅ」
涙を浮かべる彼女はとぼとぼとソリまで戻った。裏手から表に戻る途中で、半透明のなにかに、ぶつかりそうになる。
「あ、すみま……ぎええええええっっ!」
悲鳴をあげてステラが勢いよく、その場に尻もちをついた。
<驚かせてすみません>
「うはー……! なんですかアナタは……。形しかないじゃないですか……!」
顔もない。ただ人のカタチをしているだけだ。
<あなたならお願いを聞き入れてくださると思って、お呼びしました>
「なんですかそりゃあ! わたしはなんでも屋さんではありませんっ! そういうのは草間さんとことか、雫ちゃんとこに行ってください!」
ぷぅっと頬を膨らませるステラは、しかし腰が抜けて立ち上がれないようだった。
<でもあなたは、サンタ課の方……ですよね?>
「ゲッ。……な、なにを知ってるんですかぁ。やめてくださいやめてください。わたしは下っ端なんですからぁ、難しいお願いは勘弁ですぅ」
<それほど難しくはありません。私はこのチャペルの精霊のようなもの>
「……精霊ってそんな不気味な姿に成れるんですか……?」
青ざめるステラに、精霊は苦笑する。
<ここが使われなくなってもうかなり経っていますから。でも少し掃除すれば充分使えます>
「はぁ……」
<あなたにお願いがあるのは、そのことで>
「そ、掃除しろってことですかぁ?」
<違います。結婚式を、挙げて欲しいのです>
「……………………」
しーん、と静まり返る。ステラは完全に固まり、目を丸くした。
「けっ、こん、しき……ですか。それはまた……すごいお願いですぅ……」
<真似事でいいのです。どうしても、その、私の役目を果たしたくて>
「はあ?」
<私、結婚式が好きなんですっ!>
鼻もないくせに、荒い鼻息を放って言う精霊にステラは呆れる。というか、完全にヒいた。
<幸せいっぱいの花嫁と、花婿の門出! ああっ、素晴らしいではないですかっ!>
「………………それ、なんですか。えっと……真似事ですから、別に本物ではなくてもいいという……」
<真似事でも! 恋人でもなんでもない人はお断りです!>
人差し指(のようなもの)を立てて、ちっちっ、と振る精霊。注文の多いヤツだ。
<真っ白い花嫁衣裳に身を包み、素敵な殿方に嫁ぐその乙女のロマン……! 惚れた女のあまりにも綺麗な姿に絶句しつつ、幸せを誓う粋な男性のロマン! どうですっ!?>
「え……ど、どうですって……」
言われても。
(変なやつにつかまっちゃったんですねぇ。はぅ)
つまりは。
この精霊を満足させるために結婚式の真似事をすればいいということなのだろう。
「それ、一組でいいんですかぁ?」
<多ければ多いほどいいですね! だって、幸せって多いほうが得した気分になるじゃないですか!>
ええー……? そうだろうか……?
頭が痛いステラである。
「わ、わかりましたよぅ。何組か、候補を連れてきてここで結婚式を挙げればいいわけですね。
精霊というからには、ここ、綺麗にしといてくださいよ! わたしは人を運ぶのと、衣装をなんとかすればいいわけですね。はふ〜、手伝ってくれる人とぉ、あとは新郎新婦ですかぁ〜」
めんどくさー。と思いつつ、それは口に出さない。
***
「なんていうか、昔の乙女定番的展開好きな精霊? 大変ねぇ、ステラちゃん」
ステラの頭を撫で撫でしつつ、そっと彼女の好物のおにぎりを差し出すシュライン・エマ。
「わ〜い! おにぎりですぅ!」
すぐさま受け取ったステラがはむはむと食べ始めた。本当に小動物のような少女だ。
そんなステラがやって来ていたのは草間興信所。
彼女が持ってきた依頼を聞いて、シュラインは「う〜ん」と悩んだ。
「婚前衣装を着ると婚期遅れると言うけど……」
「ええ? そうなんですかぁ? でもそんなの迷信ですよ、絶対」
「まぁ他の依頼で何度か着ちゃってるし、今さらよね」
笑顔になるシュラインを見上げ、ステラはきらきらと瞳を輝かせた。
手伝ってくれるんですね、エマさん。
そう目が言っている。なんとわかりやすい。
「エマさんが新婦役とすれば、新郎はやっぱり……」
「そうね。武彦さんを誘ってみようと思うわ」
「……本人の前でなにを言ってるんだ、おまえたちは」
……これで二度目だが、『ここ』は『草間興信所』。主である草間武彦が居るのは当然である。
「嫌かしら?」
困ったように眉根を寄せるシュラインを、ぎろりと睨む武彦。なぜ俺が新郎役をしなければならないのかと、お怒りの様子。
ステラは米粒を口の横につけたまま、びしっ! と人差し指を向けた。
「エマさんに対してなってないですよ、草間さん! この草間興信所、エマさんのやりくりがなければすでにあばら家になっていてもおかしくないわけです! エマさんに感謝感謝ですよ!」
「うるせぇ! このチョココロネ頭がっ!」
怒鳴られて、ステラは「うひぃ」と奇声をあげ、シュラインの背後に隠れた。
シュラインは腰に両手を当て、嘆息する。
「ああそう、武彦さん、そういう態度に出るわけ?」
「な、なんだ」
シュラインの雰囲気が恐ろしかったのか、武彦はややのけぞり気味である。
彼女はつかつかと武彦が座る場所まで近づくと、ぐっと見下ろす。余計に怖い。
「4月のこと、憶えてる?」
「えーっと、エイプリル・フールの時のことか?」
「そう。あの時のお泊りは、可愛い男の子と一緒だったわけだけど」
「…………」
「そんな風に別の人のために花嫁衣裳着ても平気なんだ。ああそう。へー」
「可愛い男の子って、そこのおこちゃまだろうが」
シュラインの後ろにくっついている、くるくるの金髪頭の少女は4月の出来事を思い出したのか、げっそりしていた。
「それは例でしょ? つまり、武彦さんは私が別の人の横に立っていても平気ってことなの?」
「お、おひっ、頬をひっぴゃるな……っ」
むにー、と左頬を横に引っ張られる。かなり痛い。
シュラインは散々頬を引っ張ったあと、パッと指を離してしまう。痛みにうめく武彦を見下ろし、冷たく言った。
「よーくわかりました、武彦さんの気持ちは」
「うひゃぁ……エマさん笑ってるけど怖いですぅ……」
いつの間にかステラが部屋の隅に移動してガタガタと震えていた。
武彦は顔をしかめ、悩んでいるような表情になる。これはもう一押しだ。
シュラインはそこで微笑んだ。
「ホントに嫌なら他の参加者の花嫁の父親役として参加したら? 私は賛美歌歌ったりとかでもいいから。それでもダメ?」
「…………」
眉間に皺が寄る。よしよし。あともう少しだ。
「そろそろ外で虫干ししないと、カビ生えちゃうわよ?」
だから行きましょう、武彦さん。
*
――で。
「結局こうなるのね」
「おい……」
怒りを堪えたような声をだしたのは武彦だ。白いタキシード姿である。そんな武彦の横には、純白のウエディングドレスに身を包んだシュラインがいた。
おかしい。シュラインは賛美歌を歌う役、武彦は花嫁の父親役だったはずだ。
ステラが首を傾げる。
「だって仕方ないじゃないですかぁ。あんまり人が集まってないですし、今の時間はエマさんたちしかいないんですもん」
「……ステラちゃん、他の人は呼んでないの?」
「呼んでますけど、お好きな日時でと言ってますぅ。ほら、皆さん学生さんだったり、社会人だったりするわけで、都合があるじゃないですか。そこはそれ、考慮しないといけませんからね」
「なにをさも偉そうに言ってんだ、おまえは!」
「武彦さん怒らないの!」
そんなこんなで二人は精霊に引き合わされた。
かなり不気味だ。顔はのっぺらぼう。身体は人間の形に近いようではあるが、やはり違う。失敗した人形のようだ。
<ようこそおいでくださいました! いやいやいや! まるで熟年の夫婦のようですね!>
ハイテンションの精霊はくねくねと体を動かしている。
「あんまり初々しくないけど、いいのかしら?」
シュラインの言葉に精霊は人差し指(らしきもの)を立て、ちっちっちっ、と振る。
<仲睦まじい老夫婦でも大歓迎ですよ、私は! ラブとハッピーさえあれば皆さん幸せじゃないですかっ>
「……相変わらずウザいひとですねぇ」
呆れたようにげんなりして呟くステラである。精霊のテンションについていけないのだ。
<それが『萌え』ってやつだと、聞きました! ええはい、興奮しますねっ!>
「……もえ?」
三人が片眉をあげ、苦々しそうに洩らす。もうだめだ。ちょっとこの精霊、頭のどこかが壊れているのではないだろうか?
「エマさん、『もえ』ってなんですかぁ? 燃える、という意味なんでしょうか?」
「……ま、まぁある意味その人は燃え上がっているとは思うけど。ちょっと意味は違うかな」
「わかりました! エジソンとかニュートンとか、そういう偉大な人の名前ですかぁ!?」
「それ全然違う」
ぶんぶん、と片手を左右に振って否定するシュラインだった。ステラの反応は、一般的な娘のものとしては正しいだろう。
<あーっ! チャペルの中は禁煙ですよ!>
「あん?」
精霊が人差し指を武彦に突きつけている。煙草に火をつけようとしていた武彦は手を止めた。
シュラインが携帯灰皿を出そうとしていたが、精霊がわーわーと騒ぎ出す。
<煙草はダメです! ダメダメ! ヤニとかが壁につきます!>
「少しくらいいいだろ。おまえのワガママに付き合ってやってるんだし」
ライターに手をかけたところで、精霊が体当たりをする。武彦は吹っ飛んでごろごろと床の上を転がった。
<じゃあ後で綺麗に掃除してくれるんですかっ!? 気持ち悪くなって吐いちゃって、その後を掃除するのと一緒ですよ!
いいですか、吐いたあとの臭いも綺麗さっぱり掃除する。そういう心積もりでいてくださらないと!
煙草のニオイがついたら、そのニオイも綺麗に掃除してくださいよ! それが煙草を吸う条件です! 掃除掃除!>
「ニオイって……そこまで徹底しなきゃならないのか? こんなショボい礼拝堂なのに」
<ぬあーっ! 失礼な人ですねぇ! 奥さん、ちょっとドついてやってくださいよ!>
頭を抱えてわめく精霊はかなり――うるさかった。奥さんというのは、どうやらシュラインのことらしい。
*
礼拝堂はそこまで広くない。ややボロい。
そんな中で、真似事の結婚式は幕を開けた。
(えーっと、やる事は誓いの言葉と、指輪交換、それに誓いのキスかぁ)
シュラインはふぅんと思う。
ギャラリーはステラ一人。彼女はシュラインが持ってきたおにぎりをもむもむと食べている。まるでハムスターだ。口の中に種……ではなく、米をためている様がハムスターに似ている。
ちら、と横に立つ武彦に視線を遣る。段取りを聞いた途端、彼は逃げ出そうとしたのだ。気持ちはわかるが。
(そうよねぇ。武彦さんの性格だと、嫌がるわよね)
嘆息したい。
けれども、だ。
我ながらこのドレス、似合っていると思う。
体のラインが出る、マーメイドドレスだ。髪はまとめてしまおうとかと思ったが、今回は緩いウェーブをつけて後ろに流してある。髪飾りもシンプルではあるが、シュラインに似合うものが選ばれていた。
(いつもと雰囲気は違うけど……どうなのかしら。無反応だったけど)
……しかしなんだ。武彦はこんな姿の時までサングラス。……ガラが悪い。
<草間武彦、あなたはシュライン・エマを妻とし、病める時も健やかなる時もこの女を愛し、敬い、支え合っていくことを誓いますか?>
しまった。意識が別のところに向けられていたので、始まっていたのに気づかなかった。
シュラインは前に向き直る。ちょっと吹き出しそうになった。司祭のいるべき場所に居るのは、あの精霊だ。
「…………」
しーぃぃぃぃぃん。
武彦は無反応だ。
「ちょっと武彦さん、ちゃんと言わないと」
「やだね」
完全にヘソを曲げてしまった武彦は、むっとした顔のままシュラインにそう応える。
いや、でも。これは真似事とはいえ『私』との結婚式なのだから。
「……た・け・ひ・こ・さん?」
にっこりと笑顔を向けるシュライン。武彦の頬を思いっきり自分のほうへ引っ張った。
「ひてててててっ!」
「誓いますって言いなさい」
「ひ、ひはいはふ」
「え? なに? 聞こえないわよ、武彦さん」
「ちかいますっ」
「よくできました」
頬を離す。ひりひりと痛むらしく、武彦はなんだか情けない表情をしていた。
*
――数日後。
「あら。綺麗に撮れてるわね」
武彦がシュラインの頬にキスをしている場面の写真を見ながら、シュラインは微笑む。
彼女の手元をステラが覗き込んだ。
「ほんとだー。草間さん、顔が引きつってますよ」
「うるせぇ!」
誓いのキスをするのを嫌がった武彦に、精霊と女性二人の野次が飛んだのだ、この時。いや、罵詈雑言に近い。
ピースサインをしているステラと精霊が、背後に小さく写っている。
「……ステラちゃんの道具って、ほんと便利ねぇ」
空飛ぶカメラが自動的に写真を撮る。その光景を思い出してシュラインは感心したように呟いた。
「これは支給品なんですぅ。証拠写真とか色々撮るのに必要なんですけど、わたしは使ってなくて。こんなところで役に立つとは思いませんでした〜。
あ、他の人たちの写真もあるんですよ?」
「いいわね。見せて見せて。あら、こっちの花嫁さん可愛いわねぇ」
「エマさんも綺麗でしたよ〜」
「うふふ。実はね」
こそこそとステラに耳打ちする。ステラは目を丸くし、武彦のほうを見遣った。
そして「そうなんですかぁ?」と信じられないように言う。シュラインは頷いた。
さて、武彦が何を言ったかは――ここではヒミツ、だ。
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
草間氏との結婚式(仮)、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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