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ミセスジューノのお誘い〜ブライダルファッションショー〜
ねえ、そこのあなた。
そうそう、あなたよ。こんなおばさんの声を聞いてくれてありがとう。よろしければ、話をちょっと聞いてくださらない?
そんな顔をしないで、怪しい誘いじゃないのよ。
私、ミセスジュノー。ブライダルプランナーをやっているのよ。そうね……結婚式に関する色々なことをお手伝いするお仕事、とでも言えばいいかしら。
あなたに声を掛けたのは、お願い事があったからなの。
実は、結婚式の衣装でファッションショーをやるんだけど、私のイメージするモデルがいなかったのよ。それで困ってたら、あなたが目の前を通ったって訳。
よろしかったら……お手伝いして頂けないかしら?
そうそう、男性同士とか女性同士ってのもありよ。愛し合う二人が結ばれるなら、そんな事は詮無きことでしょ、ね?
もちろん一人でもいいの。モデルは多い方が盛り上がるもの。
ね?どうかしら。腕の良いテーラーもいるから、参加してみない?素敵な記念になるわよ。
【素敵なお誘い】
シュライン・エマがそんな声を掛けられたのは、草間興信所からの調査報告書を郵便局に出した帰りだった。
梅雨入り宣言が出されたのに、今年の東京は何だか妙に暑い。ミセスジュノーは肩で揃えたシルバーブロンドの髪に白いつばのある帽子を被り、オープンテラスのあるカフェの木陰でアイスティーを飲んでいた。
悪戯っぽくウインクされた夏の空のような明るい青い瞳に、シュラインはつい立ち止まる。
「ファッションショーですか?」
「ええ、結婚式の主役のイメージが、紹介されたプロのモデルにいないのよ。それで気分転換にこうやってお茶をしながら、イメージに合う人を探していたの」
五十代ぐらいの年齢に見えるが、くすっと頬笑むその姿は少女のようだ。それに安心したシュラインは、取りあえず話だけでも聞く事にした。どうしても無理だというのなら、断ってしまっても構わなそうだ。
「腕の良いテーラーって、どなたですか?」
「知る人ぞ知る『テーラー クロコス』のミスター糸永よ。どうしてもこの方の仕立てでドレスを見てみたくて、強引に頼み込んだの」
彼……糸永 大騎についてはシュラインも知っている。
仕立てはもちろん、客選びにもこだわるうるさ型のテーラー。彼が承諾するというのなら、ミセスジュノーはその眼鏡にかなったという事だ。
「花嫁のドレスかぁ。以前何かの依頼で着たけれど、糸永さんの仕立てなら袖通してみたいな」
仕立てからいいドレスなど、滅多に着られるものではない。なので参加はしてみたいのだが、シュラインには気になる事がある。
「あの、相手はそちらで決まっているんですか?」
問題は相手だ。
申し訳ないとは思うが、シュラインは草間 武彦以外の相手に花嫁衣装を着る気にはなれない。なので、別にモデルがいるというのであれば断ろうか、どうしようか考えていたのだ。
するとシュラインのそんな様子を察したかのように、ミセスジュノーが笑う。
「お相手の方がいるなら、その方と一緒でいいわよ。誰だって『この人じゃなきゃドレスは着たくない』って人はいるものね」
色々と読まれてしまっているようだ。
それでも武彦が出てくれるなら、これは素敵なお誘いだ。少し待ってもらい、シュラインは武彦にメールを出す。
私と一緒に結婚式のモデルやってみない?ハードボイルドじゃないけれど、モデル代が出るそうよ。
ややしばらく待っていると、早速メールが帰ってくる。
「その様子だと、受けてくれそうね」
画面を見て目を細めるシュラインに、初夏の風が髪を揺らした。
【十人十色のリハーサル】
「やっぱりこれだけ集まると見事ね」
衣装合わせ兼リハーサル当日、ミセスジュノーが声を掛けた全員が集まると、まさに壮観としか言いようのない状態だった。
何しろここにいるのは、皆ミセスジュノーの目にかなったと言っていい者達だ。皆それぞれの魅力があり、それをより引き出すのはこれからのステージ構成と衣装の力。
「これだけいると腕が鳴るな……テーラーの糸永 大騎(いとなが・たいき)です。今回はよろしく」
さて、これだけ人数がいると衣装を合わせたり直したりするだけではなく、リハーサルと分けた方が良いだろう。こういうとき、いつも大忙しの結婚式などをこなしているミセスジュノーの決断は早い。
まずは也沢 閑(なりさわ・しずか)と、閑にくっついてきた染藤 朔実(せんどう・さくみ)に、にっこり笑ってこう告げる。
「じゃあ閑君はドレスの直しもあるでしょうから、先にミスター糸永と相談して頂戴ね。一緒に着いてきた可愛いあなたは、新郎役よね?」
「可愛くないよっ!でも、閑くんと一緒にステージ盛り上げちゃうよっ」
そう言いながらも元気いっぱいな所がやはり可愛らしい。その横で閑は大騎とドレスの相談をしている。
「純白でヴェールがついていて、清楚なAラインがいいかな。ヒールは履きなれてないから低くして……」
「そうだな、身長差もありそうだからドレスで隠れる低い靴がいいだろう。新郎側は何を着る?」
新婦役である閑はモデルをやっていたと言うだけあって長身だが、朔実は小柄な方だ。普通のタキシードを着ると見せ方を考えないと、見劣りしてしまう部分がありそうだ。
するとたくさんの衣装の中から、朔実は白地に刺繍の入った紋付き袴を指さした。
「あれ、あれがいい、紋付と袴!もう着物とか七五三ぶりだし。やっぱ、こういう時じゃないと着ないのを着るべきだよねっ」
白の紋付きと黒の袴なら、元気な朔実とよく合うだろう。これなら閑のドレスに飲み込まれるということもない。
「いいんじゃないかな。ミスマッチを魅せる方向で」
「そうだな。じゃあ袴の裾を合わせて……どうした?」
さっきまで嬉しそうだったのに、紋付きと袴を出された朔実が突然困った顔をした。それを閑が覗き込むと、くすっと苦笑いをする。
「あ、でも……すいませーん、着方わかりませーん。その辺よろしくー」
「当日はどれだけ動いても着崩れないように、きっかり着付けるか」
小さく溜息をつく大騎に、閑がくしゃくしゃと朔実の頭を撫でた。
「当日はエスコートよろしく」
「うんっ!閑くんばっかにイイカッコさせないんだからっ!」
草間 武彦(くさま・たけひこ)と一緒にやって来たシュライン・エマは、赤羽根 灯 (あかばね・あかり)やフィリオ・ラフスハウシェとショーの打ち合わせをしていた。
「何かやりたいことのアイディアがあったら、遠慮なく言って頂戴ね」
そう言って悪戯っぽく笑うミセスジュノーに、シュラインは前もって考えていた提案をする。
「舞台の奥からコートを着たまま旅行ケースを引いてきて、コート脱いで下に着てた花嫁婿の衣装に合わせてケースから靴やベール出してつけてとか面白そうかなって思ったんだけど、出来るかしら?」
かしこまってと言うのはやっぱり性に合わない。ちょっとした朝の風景のようにネクタイを合わせたりするなら、武彦の気恥ずかしさも減るだろう。
「すごい、シュラインさん。私何も考えてなかった」
黒くて大きな瞳をきょとんとさせて、灯はフィリオを見上げる。一人だったら寂しいと思っていたが、一緒に歩いてくれる人がいると思うとちょっと心強い。フィリオも灯を安心させるように、にこっと笑う。
「私も何も考えてませんでした。当日はよろしくお願いします」
「私こそ、よろしくお願いします」
初対面同士挨拶をしながらお辞儀をする二人の様子に、武彦はパイプ椅子に腰掛け煙草を吸いながら、目を細める。
「ああいう初々しい二人の後に、俺達ってのも何だな」
「あら、それが良いんじゃない。そうよね、マダム」
くすっと頬笑むシュラインに、ミセスジュノーもウインクをする。
「そうよ。当日ウエディングドレスに見とれて、置いてけぼりを喰らわないようにね」
こういうとき、男って奴は女性には一生かなわないのではないだろうかという気になる。
クスクスと笑う二人に、武彦はそっと肩をすくめた。
「あ、あの、着てみたんだけど、どうかしら」
ノースリーブに長い手袋、全体にスリムで大人っぽいシルエットのドレスを合わせた初瀬 日和(はつせ・ひより)に、羽角 悠宇(はすみ・ゆう)は一瞬言葉を失った。
白いマーメイドラインのスカートに、長いヴェール。モデルの話を受けたときから悠宇は、日和のウエディングドレス姿がどんなに綺麗なんだろうかと想像はしていたが、それを遙かに超えて似合っていたのだ。
「………」
何か言わなくては。
そう思っているのに言葉が出ない。日和は少し困った風に微笑み、じっと悠宇を見る。
「似合わない……かしら」
ヒールの高い靴にも慣れていないし、こんなドレスを着たのも初めてだ。一歩歩くのにも緊張していると、悠宇はさっと支えるように手を取る。
「すごく綺麗だ」
本番はもっと綺麗なのだろう。今日は衣装合わせだけなので、ヘアメイクもいつもとあまり変わらない。これで化粧だけではなく、アクセサリもつけたらどれほどになるのだろうか。
綺麗だ、とストレートに言われた日和が恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「前もって、家で歩く練習だけでもしてきた方がいいかしら……?」
いつもと違うヒールの高い靴。せっかくウエディングドレスを着るんだから、きれいに歩けたほうがいい。しかも隣には、悠宇がいて……。
「大丈夫、俺がちゃんと支えていてやるよ」
何だかモデルの仕事を忘れてる気がするけど、そっちのほうが大事だ。
それ以前に、当日日和に見とれて、自分がモデルだという事もすっ飛んでしまいそうな勢いなのだが。
「私、もしかして三回もお洋服着られちゃいます?」
嬉しそうにそう言う立花 香里亜(たちばな・かりあ)の前では、黒 冥月(へい・みんゆぇ)と、デュナス・ベルファーが、何となく気まずく顔を合わせていた。
「冥月さん……こんにちは」
「ああ、何となくデュナスもいる気はしていたんだが……」
デュナスが香里亜に好意を持っているのは、冥月も知っている。だが香里亜の父親から頼まれているので、そう易々と首を縦には振れない。
「和臣氏に言うぞ」
ぼそっと呟く冥月に、デュナスもそっとこう言う。
「……ま、負けません」
まあそんな事、当の香里亜は全く気付いていないのだが。そこにミセスジュノーと大騎がやってきて、衣装の打ち合わせを始める。
「香里亜嬢は三役あるから、ショーの最初に冥月さんと一緒に出て早変わりで行きましょう。その後にデュナスと一緒でいいかしら」
「私は構わんが、ショーのトップと言うことか?」
「ええ。早変わりなら目をひけるでしょ」
冥月としてはそれに異存はない。香里亜と仲良く一緒に舞台に立てればいいのだ。それに頷くと、今度は大騎がデュナスにこう聞いてくる。
「デュナスは何を着る?明るい金髪だから、白のタキシードはライトに溶け込んでしまいそうだが」
「あ、それでしたら私、紋付き袴が着てみたいんですよ。日本のフォーマルということで」
「そうか。だったら隣の新婦も普通のドレスじゃない方が良いだろうな」
ちらりと香里亜を見る大騎。
フランス人が着物というのであれば、少し変わった物がいいか。少し考えて、大騎は香里亜にこう言った。
「インドの結婚衣装のサリーはどうだ。国境を越えるという感じで」
ぱぁっと笑顔になる香里亜。どうやら嬉しいらしい。
「はい。衣装は糸永さんにお願いします。冥月さんもデュナスさんも、当日よろしくお願いしますね」
「ああ、可愛いのを期待してるぞ」
「はい、私の方こそよろしくお願いしますね」
「や、やっぱり恥ずかしいです……」
皆が帰った後の更衣室で、菊坂 静(きっさか・しずか)はカーテンから顔だけ出して、ナイトホークにそう言った。女装してウエディングドレスを着て欲しいとは言われていたものの、やはり着慣れないものは恥ずかしい。
ナイトホークはネクタイだけ白のタキシードで、笑いながらそのカーテンをめくった。
「いいじゃん、俺が相手なんだし。どれ……」
そこには、光の加減で薄いピンクに見えるドレスに身を包んだ静が立っている。首元まで隠れ、胸元にフリルでボリュームをつけてあるのでウィッグやティアラをつけて化粧をすれば、きっと女性と変わりないだろう。
それを見たミセスジュノーや、大騎も感心したように頷く。
「脇をもう少し詰めて、肩はショールで隠すか」
「よく似合っているわよ。新郎さんとのバランスもぴったりね」
そう言われ、静はじっとナイトホークを見上げた。
「………」
ファッションショーには真面目に取り組む気でいる。頼まれたからにはショーを成功させたい。でも、やっぱり恥ずかしくて……。そんな静にナイトホークがふっと笑う。
「こう言うと変だけど、俺の隣をこんな美人が歩いてくれるって思うと、ちょっと優越感かな。だから自信持っていいよ」
「そうですか?」
「俺らが最後らしいから、立派にトリ飾ろうぜ……とか言ってるけど、俺タキシード似合わねーから、完璧引き立て役だけどな」
くすっと笑いながら髪をかき上げるナイトホークの袖を、静は思わず掴む。
「そ、そんなことないです」
何だかその会話自体、既に新郎新婦っぽいなどとは、大人な大騎とミセスジュノーは言わなかったのだが。
【いざ、本番】
「すんませーん、前通りまーす」
ショーが始まる前の客席に現れたのは、東京都知事である伊葉 勇輔(いは・ゆうすけ)だった……のだが、おそらくそれが都知事だとは、誰も気付いていなかった。
顔色は悪く、無精髭、目のクマを隠すような黒のサングラス。それに竜虎の描かれた和柄のアロハシャツと、年代物のヴィンテージだが、パッと見はボロきれにしか見えない履き倒して右ひざが破れているジーンズ。しかも足下は健康サンダルだ。
「間に合って良かったぜ……」
取りあえず娘の晴れ姿を見るだけだ。そう思っていると、華やかな効果音と共にステージ上にマイクを持ったミセスジュノーが現れた。
「ご来場の皆様。ブライダルファッションショーへようこそ!」
わあっと拍手が鳴る。それに一礼すると、そのままステージの奥へ促すように目を向ける。
「さあ、素敵な新郎新婦のモデルと共に、一時の甘い夢をご覧下さいませ……It's ShowTime!」
舞台裏では最初の登場の冥月が、鏡に映る自分の姿を見てそっとこんな事を思っていた。
「着る事はないと思っていたが……彼の為以外に着たくなかったな」
今でも愛している亡き彼。白いウエディングドレスの下にも、写真が入ったロケットはつけている。その感触を確かめるように胸に手を当てていると、花が入った籠を持ったフラワーガール姿の香里亜がそっと冥月を覗き込む。
「冥月さん、緊張してます?」
「いや、そうじゃない。結局香里亜はそうなったのか」
流石に冥月の新郎相手は無理だと、大騎やミセスジュノーが判断し、フラワーガールからウエディングドレスへの早変わりになったのだ。
「確かにお子様向けの役だな」
美しい黒髪とスタイリッシュな純白ドレスの冥月が意地悪そうにそう言うと、香里亜はちょっとだけ頬をふくらませる。
「えー、だって新郎役には私しょんぼりなんですよ。でも、早変わりしたらよろしくお願いしますね」
しずしずと中国楽器で奏でられる結婚行進曲。
そこにまず現れたのは香里亜だった。香里亜はニコニコと微笑みながら籠の中の花を客席に撒く。
ガーベラの花が客席の勇輔の膝に落ちた。それを拾って手を振ると、香里亜も小さく手を振り返す。
「灯もあんな感じになってんのかね……」
そう呟いた瞬間、奥のせり上がるステージから、黒髪をアップに結った冥月がしずしずと歩いてきた。ドレスもどことなくチャイナを意識させている。
「東洋と西洋の交わる場所、そこで生まれたアジアンビューティのドレス姿をお楽しみ下さい」
「うおっ、美人じゃねぇか」
切れ長の目に引かれたアイライン。その瞳が客席を見渡し、紅の引かれた口元がすっと上がる。
瞬間……!
「ベリーハッピーウェディング!」
ぽーんと香里亜がステージの裏に籠を放り投げ、背中に着いていたリボンを引く。すると短かったドレスの裾が伸び、くるっと回るとウエディングドレスに変わる。冥月は自分が被っていたヴェールを香里亜に被せると、脇についていたスナップを一気に外した。
「おおーっ……」
先ほどまでのアジアンビューティーが、一気に凛々しい新郎姿に変わり、会場から黄色い声が上がる。
「キャー、素敵!」
「可愛いフラワーガールも成長して、いつかはこうして花嫁になる日が来ます」
にこやかにお辞儀をして、香里亜は冥月の手を取って歩こうとする。すると、ドレスが長いのか、軽く転び掛けた所を、冥月は颯爽と抱上げた。
「は、はうぅ」
「ほら、首に腕回せ」
こういうハプニングもショーならではだ。冥月はそのまま香里亜をお姫様抱っこし、舞台を一周して袖にひける。
何故かその背中に、女性の黄色い声が響いたのは謎だが。
「とっても綺麗だ……」
舞台の袖で次の出番を待っていた悠宇は、ドレス姿の日和にそう言った。衣装合わせの時は足下がぐらぐらしていた日和も、家で練習してきたので今日はしっかり立っている。
「何か、恥ずかしいわ」
演奏会やコンクールと違う緊張感。恥ずかしさで俯きそうになる日和の手を悠宇はそっと取った。
「大丈夫、俺がついてるから」
とか言っているが、悠宇も日和に見とれていた。弦楽四重奏に音楽が変わり、足下にスモークがたかれる。
「さあ、行こう」
「はい」
ぎゅっ、と日和が手を握った。
今日の日和はとても綺麗だ。だから、このまま無事に終わらせたい。ドレスに足を引っかけたりして、大事な手が壊れないように悠宇もしっかりと手を握る。
「次は、初々しいマーメイドドレスの花嫁です。恋人同士の甘い切なさを、会場の皆様も味わって下さい」
恋人同士。
そう言われると何だか急に恥ずかしい。それでも二人はしっかりと手を取り合って、光溢れるステージへ顔を上げて歩いていった。
その頃。
「フィリオさん?」
日和と悠宇の次は閑と朔実、そして灯とフィリオへと続くはずだったのだが、舞台裏でハプニングは起こった。
「まさか、今暴走するなんて……」
フィリオの持っている『天使聖印・ホーリーフィギア』が暴走し、先ほどまで涼やかな男性だったのに、突然天使姿の女性に変わってしまったのだ。
「どうしましょう」
タキシードを着るはずだったのに、背も低くなっているし仕草も女性らしい物に変わっている。だが大騎は慌てることなくチューブタイプのドレスを持ってきた。
「前もってミセスジュノーから話は聞いている。だが、今から少しサイズを合わせなければならないから、ショーの順番を変えるようステージにいるミセスジュノーに伝えてくれ」
「分かったわ。香里亜ちゃん達が先でいいのね」
化粧の手伝いをしていたシュラインが、そっと声をミセスジュノーの耳元に送る。
『ハプニング発生。フィリオさんが女性化しちゃったから、四番目と五番目の順番変更』
そう言いながらステージ台にいるミセスジュノーを見ると、ハプニングにも慣れているのか「了解」とウインクで答える。
「ごめんなさい、急に変わっちゃって……」
困ったように着替えようとするフィリオに、灯は問題ないというように笑う。
「大丈夫。タキシード二人で出ると悲しいけど、ドレス二人なら華やかだから。一緒にステージに出ようね」
賑やかなダンスミュージック。きらびやかな照明。
「すっげーっ、閑くん可愛いよっ」
「そうかな?」
長いヴェールには白いバラ。ふわっとした清楚なAラインに百合で出来たブーケ。そんな閑の姿に、朔実は嬉しそうだ。
「へへーっ、最初に見られんの俺だもんねっ」
何だか一緒にステージに出られることが、すごく嬉しくて、楽しくて。
「楽しもうか」
まず閑が颯爽とステージへと出て行く。そして深々とお辞儀をした所を、朔実が軽々と飛び越えた。
「俺はダンスがトリエだから、着物で踊りますっ!」
ショーと言われ、だったらありだよねっ?と、提案した事に、ミセスジュノーは快く了承してくれた。そのダンスと、閑のドレス姿に客席がどよめく。
「おいおい、マジかよ」
羽織袴でくるくると踊るダンスに、中性的な美しさ。勇輔も思わずぽかんと口を開けてしまう。男性でこれだけ綺麗だったら、灯なんか目が眩むんじゃないのか?
ぴょん!とバク宙した朔実が、裾を踏んで転びかけた。それを閑がそっと受け止める。
「ジェンダーの壁を越えるドレスに、和服の壁を越えるダンス。二人のコンビネーションの和です」
そのナレーションを聞きながら、閑はそっと朔実を起こした。
「大丈夫かい?」
「ま、まあちょっと、やりにくいけどね。ダイジョブ!閑くんばっかにイイカッコさせないんだからっ!」
やっぱり一緒でよかった。
ダンスの最後はジャンプでピース。二人の笑顔に会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「次は民族を越えた衣装のコラボレーション……」
音楽に合わせて手拍子が鳴る。そこに手を繋いで現れたのは、黒の羽織袴を着たデュナスと、サリーを身につけた香里亜だ。音楽に乗るように二人はにこやかにステージ上を歩く。
光の中、デュナスからは客席がよく見えた。皆楽しそうに手拍子をし、目が合うと手を振ったりしてくれる。自分にモデルなんか務まるのか不安だったが、こうしてステージに立ってしまうとあっという間だ。
「デュナスさん、楽しいですね」
「はい」
しかも自分が好意を持っている香里亜と一緒なら、これ以上の幸せはない。願わくば、本当に自分が結婚することになったときに、隣に同じ人がいてくれればいいのだが。
「はっ!殺気?」
ターンするときに見えた舞台袖で、冥月がニヤッと笑っているのが見える。いや、それに怯んだらダメだ。デュナスは堂々とステージを歩き、香里亜と共に冥月がいる方と逆の袖に戻っていく。
が……。
「は、恥ずかしかったです……」
ステージ上では平気だったのに、袖に戻って香里亜に「お疲れ様でした」と言われたら、急に恥ずかしくなってきた。どうしてあんな堂々としていられたのか。もしさっきの状況をビデオか何かで見せられたら慌てまくる。
「デュナスさん、光ってます光ってます」
「はっ、しまった……」
何だか急にお腹が空いた。
それは今光ったからなのか、それとも緊張が解けたからなのか分からないけれど。
「……よし、これで大丈夫だな」
「ありがとうございます」
羽が邪魔にならないように作られた、チューブタイプのウエディングドレスに身を包み、フィリオは大騎に頭を下げた。近くでは髪を高く結んで口紅を薄く塗った、少し大人っぽいシンプルなドレスの灯がいる。
「うん、可愛い。花嫁さん同士仲良く腕組んでいこうね」
「はい」
姿が変わっても、一緒にステージを歩くことは変わらない。二人ステージの右と左に別れ、別々に真ん中まで来て腕を組む。
「結婚式の主役が二人。花は二輪あってもどちらも美しいものです……」
「おっ、灯じゃねぇか」
思わず勇輔は身を乗り出しそうになるが、自分が父親だとばれてはまずいのでグッとそれを堪えつつ、灯の晴れ姿を見る。隣にいる天使姿の少女も、同じ歳ぐらいで可愛らしい。
だが、二人揃って真ん中を歩こうとしたときだった。
「きゃっ!」
履き慣れていない長いスカート。その裾を踏み、灯は派手に転倒しかけ、隣にいたフィリオに腕を掴まれる。
「大丈夫ですか?」
「あっちゃー……」
ショーを台無しにしてしまっただろうか。だが、客席の目は温かく、それをフォローするようにミセスジュノーがアナウンスをする。
「こんな愛嬌のある花を、支えてあげられる人は幸せ者ですね」
それを聞きながら、勇輔は「あーあー、誰に似たんだか」とぼやく。とは言いつつも、本当にそれを支える奴がいて、それが自分の眼にかなわなかったら排除する気満々なのだが。
「花嫁の父か……」
急に感慨深くなってきた。去っていく灯の後ろ姿を見送りつつ、勇輔は鼻をすする。これは感激してるんじゃなくて……スモークが鼻に染みたんだ。
でもその姿は、誰の目から見ても怪しすぎだったのだが。
音楽が変わる。
照明が暗くなる。
そこにステージの端からコート姿の男女が現れた。二人とも帽子にサングラスで、とてもブライダルっぽく見えない。
「この謎の二人、これからどこへ旅立つのでしょう!」
それを合図にシュラインと武彦は帽子を取った。シュラインのアップにしている髪にはパールのバレッタ。今度はサングラスを投げ捨て、引いていたスーツケースを開ける。
「武彦さん、コートのボタン」
小さくそう呟くと、シュラインはまず武彦のコートのボタンを外す。そしてウエストで結んでいた自分のコートのベルトを外し……。
中から現れたウエディングドレス。
コートを脱ぎ捨て、靴も放り投げ、スーツケースの中に入っていたヴェールや靴と取り替えていき、一番最後に武彦のネクタイを結ぶ。
「高飛びしてのハネムーン!」
「行き先は二人の秘密だ!」
二人でそう言うと、スーツケースのポケットに入っていたドラジェをばらまく。それは結婚式の時に配る砂糖菓子。
「いつか本当にやりたいわよね」
「えっ?」
くすっ。
にこやかに笑うシュラインに、たじろぐ武彦。
やっぱり男は、女性には絶対敵わない。
「さて、行くぞ」
「は、はい……」
ステージ中央にせり上がるリフトに乗り、目を細めるナイトホークに静は俯く。肩や胸元、首などは隠して貰っているし、化粧もしているので自分だと思われることはないだろう。それでもやっぱり恥じらうわけで。
ガクッ、と一瞬振動が来て、そのまませり上がると静はステージの眩しさに目を細める。
「恥じらう花嫁に、祝福の拍手を!」
そんなアナウンスに、静はブーケに顔を埋めたくなった。それをナイトホークがそっと押さえる。
「似合ってるから、顔上げたほうがいい」
見上げると、ナイトホークが優しく笑っていた。今この瞬間を楽しもう。同じ時は二度と来ないのだから。
しずしずと歩いていくと、ナイトホークが歩幅を合わせてくれる。
真ん中まで来て、深々とお辞儀。ライトが眩しくて、それから目を背けるように顔を上げると、ナイトホークが自分を見下ろしていて……。
「何か、本物の結婚式みたいですね」
「こんな花婿で良ければな」
その言葉が可笑しくて、何だか急に笑いたくなって。
その笑顔のまま静が客席にブーケを放り投げると、歓声と共に拍手が巻き起こった。
【カーテンコール】
全てのステージが終わり、アンコールの声にシュラインと武彦は手を組んでステージへと歩いていく。
「何か、いい記念になっちっゃたわ」
最初はどうしようかと思っていたが、武彦とも出られたし良かった。そう思っていると隣にいる武彦もぼそっと呟く。
「結構、楽しかったかな」
「だったら良かった」
一緒に楽しんだなら、それだけですごく幸せで。
ステージの上から観客席に手を振りつつ、シュラインは武彦の腕を握る手にそっと力を込めた。
fin
ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
3524/初瀬・日和/女性/16歳/高校生
6370/也沢・閑/男性/24歳/ 俳優兼ファッションモデル
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務
6375/染藤・朔実/男性/19歳/ストリートダンサー(兼フリーター)
5251/赤羽根・灯/女性/16歳/ 女子高生&朱雀の巫女
3525/羽角・悠宇/男性/16歳/高校生
6589/伊葉・勇輔/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
3510/フィリオ・ラフスハウシェ/両性/22歳(実年齢22歳)/異界職
◆ライター通信◆
初めての方もそうでない方もありがとうございます。水月小織です。
謎の女性ミセスジュノーからのお誘いで、ブライダルファッションショーに出ていただくという話でしたが如何でしたでしょうか?最初の部分と、ラストの部分が微妙に個別です。あと観客の方は、また別にパートを書かせて頂きました。
皆さんの恥じらいや、期待、想いなどが書けて、本当に楽しかったです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
皆様にも、結婚の女神でもあるジュノーの祝福がありますように。
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