|
<梅雨花嫁の依頼>
<Opening>
六月と言えば、日本は梅雨。
草間興信所のある東京も、当然の様に雨が続いていた。
「で?こんな天気の中、依頼人は山に行ってたのか」
シュラインがプリントアウトした依頼内容を読みながら、そう呆れた様に呟く草間の背中を零が小突く。
「いいじゃないですか、兄さん。人の趣味にごちゃごちゃ言わなくても」
「依頼内容は『山に落とした指輪探し』よ」
「指輪……此の次期に、何か特別な出来事でも存在するのですか」
遙瑠歌の問いに、草間が興味なさ気に答える。
「『六月の花嫁』って言ってな。結婚するのに良いっていうジンクスがあるんだよ」
「何故六月が良いのですか」
「……」
何も知らない少女に物事を教えるのは大変だ、と草間は再確認させられた気分になった。
答えたのは、草間ではなくシュライン。
「外国の神話の貞節や、結婚を司る女神の名前が六月の『June』の語源になっているの。それが由来、というかジンクスの元ね。まぁ、此の梅雨時の日本だと少し微妙だけど」
其処まで言って、シュラインは自分の説明を聞き入っている小さな少女の頭を撫でる。
「雨の合間に見える空が、此の時季一番綺麗だから、ラッキーそうでしょ」
「女ってほんと、そういう縁起担ぎが好きだな」
「あら、悪い?」
シュラインの視線に、居心地悪そうに視線を彷徨わせる草間。
「べ、別に悪いなんざ言ってないだろ」
ごほん、と大きく咳払いをして、草間は立ち上がった。
「兎に角、落とした場所は大体分かってるんだ。こういう時は、依頼人の通った道を辿るのが定石。雨の中面倒だが、請けちまったもんは仕方ない。行くぞ」
言ってジャケットを羽織った彼を見て、自分の傍に置いていた本を拾い上げて、遙瑠歌が声を上げる。
「よろしいのですか」
小さな少女の問い掛けに、草間は煙草の灰を落としながら、零は出掛けるために掃除道具を片付けながら、シュラインはパソコンの電源を落としながら首を傾げた。
「何がだ?」
代表して草間が問い返すと、遙瑠歌は無表情のオッドアイで草間を見詰めた。
「依頼人様が登られた山は、昔から『戻らずの森』と呼ばれている様です」
「……は?」
「先程読み終えました本に、そう載っておりました」
そうして草間は、此の依頼のもう一つの面を聞かされ、愕然とする破目になったのだった。
「つまり、その『戻らずの森』とか言う怪奇現象の噂がある場所に、指輪を落として来たって事か」
「その様です」
遙瑠歌の無常な言葉に、草間は更に肩を落とす破目になった。
「残念ね武彦さん。今回も『怪奇探偵』になりそうよ」
慰めるシュラインに溜息をついて、草間はジャケットの懐から煙草を取り出し、火を点けた。
「受けた以上は仕方ないとはいえ、また『怪奇現象』かよ……」
ただの指輪捜しかと思ってたのに、とぼやく草間を見て。
零とシュラインは目を見合わせて、小さく苦笑した。
<Chapter: 01>
「それにしても、一つ気になるのよね」
シュラインの言葉に、零が首を傾げた。
「武彦さんの言っていた通り、こんな天気の中山に登るかしら」
「ですが、依頼人様が登山をご趣味になさっていらっしゃるのであれば」
「いや。いくら山好きだからって、こんな天気では登らねぇだろ。それに何より、指輪を落とす様な急な山でもない」
草間の指摘は最もだった。
依頼場所の山は、緩やかな山で、切立った崖があるわけでもなく、ごく普通の山、といえるものだ。
唯一、怪奇現象のみは普通とは言えないかもしれないが。
「何だか裏がありそうよね、武彦さん」
その言葉を受けて、頷く草間。
「依頼人の名前はあったが、本人かどうかは分からない。依頼してきたのは本当に本人だったのか。それとも、指輪を捜してくれ、って言うのは建前で、実際は指輪をしていた人間を捜してくれ、って言うのが本音か……」
まぁ、どちらにしても、と草間は言葉を続ける。
「キーワードは『戻らずの森』だな」
其処まで言って、草間は資料を持っている零に手を差し出した。
「はい」
資料を受け取って、草間は山の近辺の地理を頭に叩き込む。
同じ様に今度はシュラインも周辺地理を覚える。
「取り敢えず、麓周辺で聞き込みからだ。組み合わせはいつも通り。三十分後、麓にあるバス停前に集合だ」
「畏まりました」
「はい」
「分かったわ」
全員で頷き合って、草間は遙瑠歌と、シュラインは零と。
二組で散らばった。
<Chapter: 02>
そうして三十分後。
バス停前に集合した興信所メンバーは、各自が集めてきた情報を纏めていた。
「どうも『戻らずの森』ってのは昔から呼ばれてたみたいだな」
「それも、此の次期限定だとお聞きしました」
草間と遙瑠歌の報告を聞いて、今度はシュラインが声を上げた。
「私達の方も同じ様なものね。あ、ただ……」
「三下さんに連絡を取ってみたんです。こういうの、あそこなら知ってるんじゃないかと思って」
「あと、雫ちゃんにも連絡を取ったわ。確認してみたの。『戻らずの森』について」
聞き慣れたオカルト好き達の名前を聞いて(三下の場合は少し違うが)、草間の眉間に皺が寄った。
が、形振り構っている場合ではない。
無言で言葉を促す草間に、シュラインが言葉を続けた。
「何でも、此の山で昔、名家の使用人だった女性が殺されたらしいの。身分差が激しい時代だったらしいから、使用人と次期当主では結ばれないのも当然で、女性は次期当主の両親に殺されたらしいわ」
「そして、その時季がこの六月の梅雨頃だったそうです」
「それからというもの、この時季に山に入った『結婚直前の男性』に限って、戻って来なくなったらしいわ」
私達の集めたのは此れ位。
シュラインがそう言うと、草間がつまり、と湿気った煙草を指に挟んだ状態で声を上げた。
「此の時季限定の『戻らずの森』、昔殺された女の時季は梅雨時の六月。消えるのは『結婚直前の男』。全て揃ったな」
其処まで言って、湿気って吸えなくなった煙草を指で弾く。
「完全に『怪奇現象』。それもどうやら、『幽霊・亡霊』の線が強いな。零」
義妹を呼んで、その肩を叩いた。
「おまえの出番だな」
眼前に広がる山を、鋭い眼光で睨みつけた。
<Chapter: 03>
山は確かに緩やかで、迷い様もなさそうだったが。
「念の為に、拾った小石を聖水に漬けておいたから。此れを等間隔に置いて道標にしましょう」
「まるで『ヘンデルとグレーテル』の様ですね」
言った遙瑠歌の頭を撫でて、シュラインは微笑んだ。
「武彦さんが事務所で言った通り、依頼人の言っていたルートを辿るのが一番ね」
「零、何時でも戦闘準備に入れるようにしとけよ」
「はい」
そう言って、草間は歩を進める。
その後を、零、遙瑠歌、シュラインの順に続く。
「まずは、人が居るかどうかだな。零、遙瑠歌、頼む」
ある程度進み、草間が声をかける。
二人の少女は頷くと、手を繋いで瞳を閉じた。
「その間に、私は地面と鳥の巣を探して、懐中電灯で照らして捜してみるわ」
シュラインの言葉に頷いて、草間は微かに湿気った煙草に火を点けた。
そうして暫く辺りを探ったシュラインが、髪を掻き揚げて肩を竦める。
「駄目ね。金属の光は見えない……」
「シュラインさん!!」
瞬間、シュラインの言葉を遮る様に零が叫んだ。
只ならぬ零の様子に、草間とシュラインが少女達に視線を向ける。
「兄さんと手を繋いで下さい!早く!!」
言われるがままに手を繋ぐシュラインと草間。
「来ます」
オッドアイの少女が告げたその時、空間が歪み。
瞬きをする間もなく、全員が暗闇へと放り出された。
<Chapter: 04>
「私のあの人を返して」
漆黒の世界で声が響く。
ぼんやりと発光する様に眼前に佇む一人の女性。
古い着物に、赤い『何か』が付着している。
「此れが、『戻らずの森』の正体……」
呟いた草間に、女性―『亡霊』が視線を向ける。
「嗚呼……戻って来てくれたのね……」
草間の傍へと向かおうとする亡霊の前に。
「させません!!」
立ち塞がったのは、怨霊を刀に具現化させた零。
そして、その後ろにはシュラインと遙瑠歌が草間を庇うように立つ。
「どうして……どうして邪魔をするの!!」
叫ぶ亡霊の言葉が、鋭い風となって襲い掛かるが。
其れを断ち切るように振り払われた零の刀と。
そして、異空間に精通し、退ける手段を知っている遙瑠歌の力。
其れ等によって、草間やシュラインが傷を負う事はなかった。
「おまえか。此の山に来た男を行方不明にしたのは」
草間の問い掛けに、亡霊はぼんやりとした視線をはっきりとさせ。
「違う……貴方は違う」
首を振りながら、少しずつ後退する亡霊。
そんな亡霊を見詰めながら、シュラインが問う。
「今まで此処に来た男の人達をどうしたの?」
問われて、亡霊は何の事だか分からない様に首を横に振った。
「知らないわ。私はあの人を待っていたのだから」
「無意識下の行為、か」
面倒臭そうに溜息をついて、草間は頭を掻く。
「此の空間に居るのは間違いないな。俺達が此処にやって来たのと同じ様に、此処に迷い込んだんだろう。俺達には空間を知り尽くして対処出来る遙瑠歌が居るが、他の奴等はそうはいかない」
普通の人間では異空間を思う様には移動出来ない。
「遙瑠歌。俺は大丈夫だから、他の奴等を捜して来てくれ」
「……畏まりました」
頭を下げて、遙瑠歌の姿が消える。
それは、空間に溶け込んだ証拠。
暫く経てば、少女は戻って来るだろう。
迷い込んだ人間達を連れて。
後は、眼前の亡霊を如何するかだ。
「零、刀を下ろせ」
草間の言葉に、零はすんなりと刀を下ろす。
「ねぇ、貴方。何時までもこんな所に居たんじゃ、逆に貴方の大切な人に会えないんじゃない?」
言ったのはシュライン。
「貴方の大切な人は、もう此処には居ないのよ。分かっているでしょう」
「……」
黙ってしまった亡霊を諭すシュライン。
それを黙って見ていた草間が、漆黒の世界の中で紫煙を燻らせながら告げる。
「依頼なら引き受けるぞ。此処まで来たんだ」
「え……」
躊躇う亡霊に、草間がそろそろか、と呟く。
と、同時に、ぼんやりとした視線の数人の男性を引き連れて、遙瑠歌が戻って来た。
「此方に迷い込まれた方、全てで御座います」
戻った少女を見て、草間は言葉を続ける。
「こいつは、別の世界への道を作る事が出来る。おまえが望めば、別の異界へおまえを連れて行ける」
「……あの人の元へも、行けるの?」
亡霊の視線が遙瑠歌へと向けられる。
「貴方様次第で御座います。望まれるのであれば、わたくしは道を御作りします」
淡々と告げる少女と、視線だけを向ける零、シュライン、草間。
暫くの沈黙の後。
「連れて行って……」
愛しい人の元へ。
「承りました」
愛しい人。
今、貴方に会いにゆきます。
例え、どれだけ時間が掛かっても。
「ありがとう……」
亡霊が、やんわりと微笑んだ。
<Ending>
「で、結局事の顛末は異空間の亡霊が、自分の男と間違って他の男を自分の空間に迷い込ませた、って所か」
指輪探しの筈が、全く違った内容になってしまった。
報告書を書きながら溜息をつく草間に、シュラインが苦笑してみせる。
「まぁ、仕方ないわね。指輪探しの本当の所は、指輪したまま居なくなった人探し」
「今度からはきっちりと内容を確認して受けるぞ」
果たして、其の決意が何時まで持つかは分からないが。
「兎にも角にも。梅雨時期の花嫁様の依頼は、無事完遂ね」
シュラインの言葉で、此の依頼は終了となったのだった。
<Extra story>
「シュライン、これやる」
草間が弾くように放ったのは、銀色に光るリング。
「どうしたの?これ」
「今回の依頼人からの報酬の一つだ。サイズ的にはおまえが一番合うからな」
そっぽを向いた草間の耳は。
赤く染まっていた。
<This story is the end. But, your story is never end!!>
■■■□■■■■□■■ 登場人物 ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】
◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇ ライター通信 ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
この度は、ジューンブライド企画の発注、誠に有り難うございます。
ジューンブライド+東京怪談という事で書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
お気に召して頂けたら幸いです。
それでは、またのご縁がありますように。
|
|
|