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<東京怪談ノベル(シングル)>


雨の日はスパに

 梅雨。夏本番を向かえる前のジメッとした嫌な季節。
 今日もシトシトとハッキリしないような雨が朝から降り続けている。
 そんな微妙に陰鬱な町の中。目立たない路地裏にユリがいた。
 彼女の目の前には、普通成人男性ぐらいの男が二人。
「へっへへ、嬢ちゃん一人で俺たち二人を捕まえようってかい?」
「そりゃ無理だぜ。諦めなぁ」
「……それはこちらのセリフです。今、大人しく降参するならちょっとだけ許してあげます」
 大の大人二人を前にして強気のユリ。ただのハッタリと言うわけではなく、ちゃんと有言実行の自信もあるようだ。
 そんな様子を見て、男二人は多少怯んだように退いて見せるが、所詮は少女一人。どうこう出来ないわけがない。
「後悔するなよ……?」
「俺達ぁ、女子供でも容赦しないぜ」
「……あまり肩透かしでも興醒めです。是非、そうである事を願いたいですね」
 ユリの挑発を受け、まずは一人がユリに襲い掛かる。
 懐からナイフを取り出し、それを迷わず頭目掛けて突いてきた。
 それを後ろに引いて避けるユリ。チラリと奥を見ると男のもう片割れが紙切れを取り出していた。
「……三枚目の符……。こんなゴロツキが三枚も符を持ってるなんて」
 小さく呟いてまたも襲い掛かってきた男を対処する。
 もう一撃、突き。ユリはその腕を外に弾いて、背中から銃を抜く。
 そして迷わずに相手の眉間目掛けて撃つ!
 発砲音はそれほど無く、周りにも気付かれてはいまい。これはエアガンを改造して破壊力を上げただけの銃。装填されているゴム弾にそれほど殺傷力は無い。
 だが、こういうゴロツキを黙らせるには良い手段だ。この雨でスタンガンを使うのは度胸がいる。
「……銃は剣よりも強し……なんて言ったらあの人に怒られるでしょうか」
 倒れこむ男を横目に、ユリはそう呟いた。
 仲間がやられたのを目の当たりにした男は、一瞬身体をすくませた。
 現日本ではあまり見かけない拳銃を見てしまったからだろう。愛らしい少女には似合わない、殺意のわかりやすい形だ。
「お、おい、冗談だろ」
「……だと良いですね。試してみますか」
 そう言ってユリが銃口を向けると、男は背を向けて逃げ出した。
 だが、それを逃がすわけには行かない。あの男は符を持っているのだ。
 ユリは男の足を撃ち、逃亡を止める。
 行動不可になったらしい男を見て、ユリは携帯電話を取り出した。
「……終わりました。すぐに来てください」
 短い通話を終え、逃げようとした男から符を取り上げる。
「……何処からこれを手に入れたかは……もっとおっかない人が尋ねるでしょう。正直に答えた方が身のためですよ」
 そう言って笑うユリに、男はガックリうな垂れた。

 そこにパチパチと手拍子……ではなく拍手が聞こえてきた。
 ユリがそちらを振り返ると、傘を差した黒・冥月がそこに居た。どうやら通りすがりらしい。
「お仕事、ご苦労さんだな」
「……冥月さん……いえ、このぐらい大した事ありません」
「そうか……。そう言えるなら大分進歩したんだろうな」
 冥月は倒れている男からナイフを拾い、ゆらゆらともてあそぶ。
「視界が悪いのに良い動きだった。これを弾くなんて、昔のお前じゃ出来なかっただろうに」
「……一応、鍛えてますから。……あ、冥月さん、何か縛るものありませんか? この人たち、縛り上げとかないと」
 訊かれて、冥月は一発で男たちを影で縛り上げた。
「何かを使うよりもこっちの方が手っ取り早い」
「……そうですね」
 ユリはクスリと笑って、雨に濡れた髪をかき上げた。
 この二人を追いかけるのに、傘は仕事上パートナーとしてつるんでいる相方に預けてきてしまった。
 その相方もしばらく待てばここへ来るだろうが……。
「ずぶ濡れだな? 寒くないか?」
「……え? あ、はい……少し冷たいかもです。夏だからって甘く見てましたね」
 そう言ってユリは半袖の上着から出る自分の腕を軽く抱いた。
 ひやりと冷たい腕に、多少暖かい掌の温度が移る。
「だったらこれから暖まりに行くか」
「……何処にですか?」
「風呂だよ、風呂」

***********************************

 と言うわけで、辿り着いたのはどこぞの温泉。
「……あ、あれ? 影の中のお風呂じゃないんですか?」
「いつも同じ場所じゃ飽きるだろう? 偶にはこういうところも良いぞ」
「……まぁ、別に何処でも構いませんけど」
 ユリも強く反発する理由も無いので、素直に従う。
 因みに、ゴロツキ二人はユリの相方に全部任せる方向になったらしい。面倒事は丸投げだ。

 脱衣所。
「……あまり人がいませんね?」
 脱衣所の中には今の所冥月とユリの二人だけ。かごの中に脱ぎ捨てられた衣服も少ない。
「まぁ、平日の昼間だからな。そんな時間から風呂に来るヤツなんてそうそういないだろう」
「……そうですね。これは贅沢にもほぼ貸しきり状態ですかね」
「だからって子供らしくはしゃぐなよ? 恥ずかしいのは私なんだからな」
「……し、しませんよ、そんな事ッ!」
 ユリを軽く弄って笑いながら、冥月は先に浴場へと足を運んだ。

 カラリと戸を開けると熱気がこちらまで漂ってくる。
 ぺたぺたと歩みを進め、ぐるりと浴場内を見回すと、人影はほとんど見当たらない。
 かけ湯用のお湯を桶ですくいながら、少しこの温泉の先行きを慮り、苦笑した。
「……冥月さん、置いてかないで下さいよ」
 遅れてユリも浴場に入ってくる……のだが。
「おい、なんでタオルを巻いてる?」
「……え? だって、は、恥ずかしいじゃないですか」
「女同士で何を恥ずかしがる。ほら、取った取った」
 半ば強引にユリの体を覆っていたタオルを奪い取り、ともすれば『良いではないか』とセリフが入りそうだったのは余談。
 タオルを奪い取られたユリは少し涙眼になってその場にうずくまった。
「……か、返してくださいぃ!」
「ダメだ。小僧だって風呂に入るときは余計なものはつけない! って言ってたぞ?」
「……そ、そんな事言ったって……」
「開き直ってしまえばどうって事無いさ。それとも何か? 私と裸の付き合いは嫌か?」
「……ぶっちゃけて嫌です」
 そう言ってユリは冥月の胸を羨ましげに、かつ敵意むき出しで睨みつける。
 方や並みのモデルなら裸足で逃げ出すような超グラマー。
 出るところは出て、へっこむところはへっこむ。実に良い感じの身体だ。
 方や中学三年にもなりながら、未だ幼さの抜けない平坦プラスぷにぷにボディ。
 コアな人には受けそうではあるが、当人はそれを良しと思っていないらしい。
 それが大きなコンプレックスとなり、ユリは冥月の前で裸を晒したくないのだろう。
「……私のこの思いを具現化出来るなら、史上稀に見るぐらいの強力モンスターになるはずです」
「そこまで恨まれても困るんだが……。まぁアレだ。ユリはまだまだこれからだ。未来があるって素晴らしいじゃないか」
「……今すぐそれを下さい」
「無茶を言うな」
「……じゃあタオルを返してください」
「それも出来んな」
 ユリの睨みつける攻撃が一向に止まない。
 さてどうしたものか、と考えてみた所、解決案が一つ。
「じゃあこうしよう。今度お前に豊胸体操を教えてやろう。それでどうだ?」
「……効果あるんですか?」
「人によりけりだな。……それとも、揉んで大きくしてやろうか?」
「……そういうこと言うから冥月さんは『男だ』って言われるんですよ」
「生意気な。どうやら少し痛い目を見させて欲しいらしいな!」
 いつもより若干厳し目の切り返しに、冥月はユリににじり寄る。
「……な、何するんですか!?」
「これからはそんな口を聞けないようにしてやろう! うらぁ!!」
 神速ステップ! 冥月がユリの後ろに鋭く回りこむ。
 そしてユリにバンザイさせて、その隙に脇から彼女の前に腕を回す。
 そこまで来ればターゲットはすぐそこだ。
「今から試してみよう、胸は揉めば大きくなるのか!?」
「……や、やや、やめてください! ひゃぁああああぁぁ!!」

   注)浴場ではお静かに。

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 多少ふくれっ面のユリと一緒に、まずは普通のお風呂。白濁のお湯が冷めた身体を温める。
「どうやら効果は現れないみたいだな? 即効性は無いらしい」
「……知りませんよ、もぅ」
 ふくれっ面にはなってしまったが、裸の付き合いには抵抗が無くなったようで、今ではタオルを返せと喚かなくなっていた。
 濁ったお湯が邪魔をして身体が見えないからかもしれないが、まぁそれは湯船から出てみればわかる。
「さて、湯船から出る前に……ユリ」
「……なんですか、わぷっ!」
 冥月の水鉄砲、もといお湯鉄砲がユリの顔面にヒット。手で簡単に出来る、あの水鉄砲である。
 白く濁ったお湯がユリの頭から滴り、顔も濡れてしまった。
 タラリとたれるお湯の奥からユリがまたも冥月を睨む。
「……宣戦布告ですね。受けて立ちましょう」
「お? この私とやる気か?」
「……この喧嘩は安く買いましょう」
 言いながらユリが両手で冥月にお湯をかける。だがそれは冥月の腕に阻まれ、大したダメージを与えられなかったようだ。
「甘いな。そんな事では私に勝とうなんて百年早い」
「……むぅ、負けませんよ!」
 ザブザブとお湯をかけるユリ、それを防ぐ冥月。
 この攻防は思いのほか長く続いた。最初の風呂で少しのぼせかけたぐらいだった。

   注)浴槽で騒がないように。

 次に入りに来たのはジャグジー風呂。足の裏とかふくらはぎに泡がシャワシャワとぶつかってくる。
「……次、お湯をかけてきたら本気で怒ります」
 と、ユリに釘を刺されたので、ここではお湯鉄砲は封じられている。
 まぁ、あまり騒いでも迷惑になるだろう、という事で冥月もそこまではしゃぐ事もなかったが。
「……むぅ」
 なかったのだが、ユリが冥月の身体を睨んでいた。
「なんだ、まだ何もしてないぞ?」
「……まだってなんですか。っていうか、もうしてますよ。無意識の内でしょうけど」
 ユリの視線の先はお湯に浮く冥月のオッパイ。ああ、たゆんたゆん。
「……お湯に浮くってなんですか? どういうことですか? ぶっちゃけありえないです」
「ありえてるんだから仕方ないだろう。私にそんな事を言われても困る」
「……あ、そうか。ここはジャグジーだから、その勢いで!」
「どんだけ凄まじいジェットなんだよ。そんなモノを当てられたら下乳が痛くて仕方ないだろ」
「……知りませんよ、どうせ下乳なんてありませんし。……良いですねぇ、大きい人は」
「逆切れされても困る」
 妙なテンションのユリに、冥月は対応に困っていた。
 もしかしたら、ユリはもうのぼせているのかもしれない。

 まぁそんな事は気にせず、次はサウナ。
「……私、サウナってあんまり好きじゃないんですよね」
「なんでだ?」
「……なんていうか、呼吸しづらいじゃないですか」
「まぁ……確かに。だが、体内の余分なものを出すには良い施設だと思うがな」
「……それはそうかもしれないですけど」
 などとブツブツ文句をたれながらも、冥月の後に続いてユリもサウナに入った。

 数分も入っていると汗が流れてくる。
 冥月の身体を伝う汗は上から下に落ちるだけでも大冒険だ。
 頬を伝った汗が首筋を通り、鎖骨の小さな山を越え、次に待つのは立派な胸。
 山を越え、谷を越えて、やっとこなだらかなお腹に出て、そこからストンと椅子の上に敷かれたタオルに落ちる。
 対してユリの場合はほぼ重力に従っていれば無事に麓に辿り着く。なんとも簡単だ。
「……むぅ」
 だが、そんな事でいちいち睨まれていては、冥月にとって良い迷惑だ。
「何度も言うが、これは私の所為ではないからな」
「……わかってますよ。いつかきっと冥月さんを越えて見せます」
「そうそう。そうやって未来に明るい希望を持っていろ。それが正しいあり方だ」
 隣の芝生を青く思っていても何の生産性も無い。それより少しでも自分の庭を磨いた方が得だ。
 そんな風に未来の展望に希望を持ち始めたユリが小さく気合いを入れたところで、冥月はふと真面目な顔でユリを見る。
「なぁ、ユリ」
「……なんですか?」
「今日の様子を見てると、仕事は順調そうだな」
「……あ、はい。おかげさまで」
「このまま行けば、危険な仕事や重要な事も任される事もあるだろうな」
「……はい、多分」
 そこで一呼吸置いて、冥月は一度目を伏せる。
「もしも、仕事の中で私たちと敵対するようなら、どんな手を使っても良いからそのチームからは外れろよ」
「……え、あ、はい」
「相手が対象の殺害も止むなしと考えているならば、私はそれに対して容赦はしない。IO2を全て敵に回したとしても、私は私の守りたいもの全てを全力で守る。お前だって敵になるなら……」
 そこまで言ってユリの表情に気がつく。
 ちょっとした注意のつもりだったのだが、もの凄く怯えさせてしまったようだ。
 冥月は苦笑しつつも彼女の頭をそっと撫で、今度は努めて優しく声をかける。
「これは仮定の話だ。本当にそうなることは、そうそう無いだろうさ。……そうだな、私を殺すつもりならジーンキャリアの小隊でもつれてくるんだな」
「……上司に言っておきます」
 少し笑ったユリはそう答えた。

***********************************

 浴場から出て、再び脱衣所。
「……むぅ」
 ユリが睨みつける先は、今度は冥月の身体ではなく、体重計の針先だった。
「……ちょっと増えてる……。結構運動してるんだけどなぁ」
「お、ユリ、体重を計ってるのか?」
「……はい。ちょっと増えてて多少凹んでます」
 特に包み隠すことなく、ユリは答えた。体重は気にしているようだが、他人にその事を打ち明けるのは抵抗が無いらしい。
 いや、冥月だから、親しい人間だから、という事だろうか。
「……もっと運動した方が良いんでしょうか?」
「筋肉は贅肉よりも重いからな。筋肉がついたらそれだけ体重が増えるんじゃないか?」
「……じゃ、じゃあもっと運動を減らした方が……」
「と言うか、そこまで気にするほどの体重ではないと思うがな」
 メモリをチラリと見れば、大して重たそうには見えない。寧ろ平均よりも低いぐらいだ。
「所詮、人間の体なんて骨と肉の塊だぞ? その分重たくなるのは当たり前だ。そんな体重ごときで一喜一憂するぐらいならもっと考えることがいくらでもあるだろうに」
「……そういう考えが出来ればどんなに楽か……」
 ユリはそれから冥月が着替えてもメモリを眺め続けていたので
「湯冷めするぞ、さっさと服を着ろ」
「……あ!」
 タオルを取られるのを必死で嫌がっていた娘が、指摘されるまで服を着てなかったのを忘れていたとは誰も思うまい。
「着替えたらマッサージチェアに座りに行こう。気持ち良いぞ」
「……あれってちょっと痛くて好きじゃないです」
 ぷにぷにボディはコリが少ないのだッ!

「あ゛〜、ユリ〜今度、小僧の修行にもまた来いなぁ〜」
「……あ、はい。お邪魔させていただきます」
 マッサージチェアに寄りかかる冥月の横で、普通の椅子に座りながらジュースを飲むユリが頷いて答えた。