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<PCゲームノベル・6月の花嫁>


結婚式にロマンを求めて☆

 ある日、某所にある某掲示板にその予告状が載せられた。

 ふわっはっはっはっはっはっは!!
 我こそはロマンを求めて今日もまた、東へ西へと駆け巡る流離の人、マロン伯爵であーる!!
 諸君ら、私のことをしっかり覚えておいてくれたかね? は、知らない? 知らないというのかぁぁ。
 私は悲しいぞ! 悲しすぎるぞ! ということで、今回は六月にちなんで結婚式をジャマジャマしちゃうことにした!
 結婚式! 結婚式といえば、まさにロマンの塊ではないかね!
 余は生まれてこの方、あの花嫁のドレスをスカートめくりしたいという欲望を抱き続けてきたのだ!!
 この甘く切なく麗しい仄かな欲望を満たすべく、今回は日本色情霊同盟の会員の皆様も一緒にご紹介してみた!
 なにしろ結婚式といえば、参列者のうら若き女性陣も素敵なお召し物を着ておられて、幾分露出もはげし……うぉぉぉぉぉぉぉ。鼻血で、鼻血で前が見えなーーーーーい!!!
 というわけなのだから、お前たちも来なさい。ではそういうことで、よろしく☆

「………………」
 掲示板を見つめた瀬名雫は猛烈な勢いで息をついた。
 そういえばそんな騒がしいオバケもいたような。……2年くらい前に。
 こともあろうに彼は出現する結婚式の日時もしっかり明記してある。よりによって最近若い人に人気の教会ウェディング会場。
 マロン伯爵とは、見た目は半ズボンの小学生で、黒マントにシルクハット、さらに便利なステッキを身に着け、空を自在に飛び回る「ロマン」という言葉にとっても弱いおばけである。彼をおびきよせるならば、あからさまなえっちよりも、「チラリズム」の方が効果があるだろう。
 また、彼が連れてくると言っている日本色情霊同盟の会員さんとは、痴漢おばけ、と呼ばれる、破廉恥で卑怯で、なんでもありなえっちな幽霊さんが所属しているとかいう団体。 自分たちの姿が見えないことをいいことに、女性の体をなでなでしたがる変態おばけの巣窟である。

 雫は皆を振り返り、拳を握り締めて頼むのだった。
「みんなにお願いがあるの。……どうかマロン伯爵を結婚式の行われる教会から追い払っちゃってちょうだい。
 所詮オバケだから、殴っても蹴っても爆発させても問題はないけど、同じ会場のお客さんを巻き込まないようには気をつけてあげて。よろしくね」

+++++++++

「ほんとにもう……しょうがないんだから」
 腰に手を当てて、いつまでもぷいぷいと起こっているのは瀬名・雫。
 怒り心頭と口では言いながらも、結婚式のお客になりすますつもりで、紫と白に少しだけピンクが混ざったふわふわレースのドレスを纏い、髪にもレース飾りの帽子と、気合は十分の様子でもある。
 マロン伯爵の予告には、場所もしっかり明記されていた。
 都内某所、最近よく雑誌でもたびたび記事になるほど、人気のある教会式の会場である。
「……気温が高くなると…………変な奴が増殖するよね…………」
 雫の呟きに答えるように、隣で苦笑交じりのため息が響く。
「梅雨の時期のカビの如く……一度沸くと増え続けるから性質が悪い」
 クールな声を響かせているのは、黒い肌をしたダークエルフの少女……いや、少年。名前をジェネシスという。
 華奢な体躯に肩先で切りそろえられた銀色の滑らかな髪。紫の瞳はまるで宝石のように美しく、そしてそれは遙か遠くをぼんやり見つめている。……どこを見ているのか。遠い空を見ているのだ。あきれてものが言えなくて。
「まったくそのとおり☆」
 雫は力いっぱい頷いた。
 マロン伯爵や色情魔連合をカビに例えるなんて、とても見事な例えだ。
「マロン伯爵かぁ〜、なつかしいぃ〜かも」
 舌足らずな可愛らしい声を響かせたのは、海原・みあお(うなばら・みあお)。小学校の低学年……下手をすれば幼稚園生にだって見えそうなほど、幼く可愛らしい容姿の少女だ。白銀の柔らかそうな髪は、風になびくとキラキラと輝きだすように美しく、銀色の瞳は見据えられると心の奥までのぞかれてしまいそうな程、澄み渡っている。
 今回の参加者の中で、みあおだけが、マロン伯爵や色情魔連合と面識がある。
 一瞬だけ感慨にふけってから、みあおは結婚式会場のほうに体を向けて、教会の高い屋根を見上げた。
 とても幼いみあおの身長では、背中を反り返らせなければ、一番上まで見上げることは難しい。
「……うーん」
「どうしたの?」
 雫が見下ろした。ジェネシスも同じ高みを見上げて、それからみあおを見つめる。
「あのね、マロン伯爵は行動に筋が通っているからともかく、その他大勢は本能の赴くままに行動しそう……だよね。だからマロン伯爵よりも他の色情魔連合に対策を練るべきかな」
「行動に筋って……」
 ジェネシスは興味深そうに尋ねる。
「仁義を通した侠気のある痴漢行為じゃないってことなの」
 みあおは真面目な表情で断言した。
「……仁義を通した侠気のある……痴漢行為……?」
 ジェネシスは無表情をかろうじて保った。しかしクールな表情の裏側では大混乱が起こっている。
「それじゃ、そろそろ準備に入ろうか……。あれ〜……もう一人いるはずなんだけど……」
「もうひとり?」
 みあおは教会を見上げるのをやめて、辺りの路地をきょろきょろと見回す。
 ジェネシスはまだ混乱から立ち直りきれていないのか、押し黙ったままだ。そもそも種族的にあまり他の人間と一緒にいることが苦手な彼は、敵の情報を入手するためにもと思い、我慢して集合場所に姿をみせたはいいが、『仁義を通した侠気ある痴漢』のデータを整理できずに額に指をついたまま固まっていた。
 やがて道路の向かい側から、横断歩道を駆けて走ってくる艶やかな雰囲気の黒髪の女性が、三人に向けて手を振ってきた。
「あ〜んもぅ、堪忍や〜!!」
「繰唐・妓音(くりから・ぎおん)さんだっ!! こっちだよ〜!!」
 雫は背伸びをして手を大きく振り返す。妓音はほっとした笑顔を浮かべると近づいてきて、はぁはぁと息をついた。
「大丈夫?」
「堪忍やぁ〜。道に迷うてしもたんよ〜」
 額の汗を抑えようと、バッグを開く彼女に、みあおがにっこり微笑んでハンカチを差し出した。
「海原・みあおだよ。よろしくね」
「ジェネシスだ」
 みあおの後ろから、ダークエルフの少年も紫銀の瞳を向ける。
「おおきに、みあおはん。……うち妓音ちゃんゆいますのん、よろしゅうお頼申します〜♪」
 妓音は柔らかく無邪気な微笑を浮かべると、三人に笑いかけたのだった。


+++++

 空の上にはマロン伯爵。
 その周りには、個性的な面々が居並ぶ日本色情魔連合の色情霊たちがうようよとたむろっていた。
 まるまると太った体躯の男性は、三十八の誕生日まで生身の女性に触れる機会がなく、思わず母親に手を出そうとして叱られて、泣きながら外に飛び出したところを車に跳ねられたという。
 白いあごひげを蓄えた齢九十で大往生したふんどし姿の爺さんは、棺おけに入る際に、今までに交際してきた999の女性達の写真を一緒に入れてもらうように遺言したのに、妻や娘はまったく実行してくれなかったという。その無念さを晴らすために女性の盗撮写真を999枚手に入れるまでは成仏しないと誓ったらしい。
 また紳士然とした一人の白いスーツに、胸に一輪のバラの花を挿した男は、最後まで真実の愛を見つけられなかった。どこにいるんだい僕のマドモアゼル、というわけで日本色情魔連合に入った。どこでどう死んだのかは、些細なことと非公開である。なんだそれ。
 日本色情魔連合というのはそういう可哀想な、愛に飢えている男だらけの楽園であった。
 その中にも幹部というものが数名存在し、その一人がマロン伯爵である。小学生男子のような溌剌としたきゃぴかわゆいお顔に白シャツ半ズボンを着た上から黒マントを羽織り、シルクハットを頭にのせて、魔法のステッキで悪さを仕掛けるビジュアルの理由は連合のトップシークレットのひとつに数えられていた。
「よーし、今回も沢山働くのだよ、お前達!!」
 マロン伯爵は連合の面々を振り返り、ニヤリと笑う。
「結婚式といえば花嫁さん! 花嫁さんといえばウェディングドレーーース!!
 男に生まれたからには、あのウェディングドレスのまぁるいふくらみの中にかくれんぼしたいと思うだろう!!」
「「「思うに決まっていまーす!!」」」
 アイアイサーのノリで三匹の色情霊が叫ぶ。
 マロン伯爵は黒い笑みを浮かべて続けた。
「また、結婚式といえば、参列客のお姉さん!!
 何年かぶりに再会した古い友人が、綺麗なドレスに身を包み、以前よりも美しくなっていた時のあの感動!!
 そして気合のこもった女性達の、普段よりちょっぴりセクシーなドレス群!!
 ああ、これをどうして、ロマンを感じずにいられるのだろうか。想像しただけで胸が苦しくなるよ、切なくなるよ。
 さあ者どもいくのだ!! 盗撮! お触り! 甘い言葉! なんでもありだ。レッツゴー」
「「「いえっさーーーー」」」

 ++++++++++

 タタタタン。タタタタン。ターンタンタンタンタンターンタタタターン。

 メンデルスゾーンの結婚行進曲にあわせて、入場してくる新郎新婦。
 二人を迎えるのは一人の神父。神父の向こうには大きな十字架が輝き、それを包み込むようにして高い天井まで続く芸術的な色彩のステンドグラスがある。
 二人が進む長い真っ直ぐな赤い絨毯の上を新郎新婦が歩き始めると、両側に並ぶ参列客達は立ち上がり、拍手の祝福で彼らを迎えた。
「……綺麗やなぁ」
 振袖姿に着替えていた妓音は、参列客の中に混ざって、拍手を送りながら目を細める。
 ヴェールに顔を隠した花嫁は、新郎の腕に捕まり、ゆっくりと歩いてくる。
 レースをふんだんに使って作られたドレスのスカートは、幾重にも重なりあい、まるで一輪の美しい花のようだ。
 反対に上半身はボディラインをあえてみせるかのように飾りは少なく、胸元をくっきりとさせている。 
 まさかこの花嫁がダークエルフの長耳をヴェールに隠した少年とは、誰も思うまい。
 さらに、花嫁と花婿を先導して歩くフラワーガールの少女はみあおだ。白を基調としたゴスロリ仕様のマイクロミニ丈の着物を、純白のオーヴァーニーソックスと組み合わせて、花びらを絨毯に降らせながら歩く少女はまさに天使のような可愛らしさだ。
 雫は妓音とは少し違う場所から、参列客として会場を見守っている。
 もうそろそろ予告された時間だ。
 全員の心に緊張が走っているのがわかる。新郎新婦には一応ワケは話して、本物の花嫁には避難してもらっているが、この会場はそれ以上に一般の人もいるのだ。
(みあおちゃん……本当に大丈夫かな?)
 作戦があると言っていた少女を信頼しながらも、雫は注意深く天井を見上げる。
 ステンドグラスの上にある飾り窓、そこに小さな手のひらが見えた。
「あっ」
 雫の声が聞こえたのか、妓音も同じ方向を見上げて、眉をひそめた。
 みあおは牧師の前に新郎新婦が到着すると、にっこり微笑み、腕に下げたバスケットに残っていた花びらを両手ですくって空に投げるように高らかに投げて散らした。
 ひらひらと舞い降りる花びらの中に、一枚の青い羽を持って。
(こんなことで一生に一度の大事な儀式を邪魔するのもヤだし……)
 少女が掲げた高らかな青い羽から、迸る青い光。
 それは一瞬だけ参列客達にどよめきを招いたが、膨れ上がっていく光が一瞬で教会を包みこみ、そして大きく弾け跳ぶ。刹那、人々のどよめきは留まり、暖かく新郎新婦を見つめ始めた。
(霊羽の結界、なんとか完成……っと)
 みあおは参列客の席にいる妓音や、新婦に扮しているジェネシス、それから雫に視線をあわせる。
 彼らの姿が薄く青い光に包まれているのが、みあおには見える。みあおが指定した人以外は幽霊には見えなくなるという結界を教会内に張ったのだ。
 刹那、ガッシャァァァンと、飾り窓のガラスが割れる音がして、シルクハットに黒マントの少年が飛び出してきた。
 と同時に、色情霊連合の各人もひゅーーーっと音をたてて飛び込む。ガラスの割れた音はただの演出だったらしい。何も落ちてはこなかった。だって幽霊なんだもの。
 音に気づいて見上げた人達が幾人かいたが、マロン伯爵を見つけることは出来なかった。
 黒のステッキをくるくるとまわして、マロン伯爵は空中に留まると、にやりと周りを見渡す。
 しかしその表情はみるみる曇っていく。
「む、む、む、む、むーーーーーーー?」

 +++++++++

 な、なんということだ!!
 マロン伯爵は肩を震わせて叫んだ。
 乙女が夢見るウェディング。人生でいちばん瞬間を迎えた花嫁の美しさ、次は私よと期待に胸を膨らます年頃の女達の野心を形にしたドレス、清楚あり悩殺ありチラリあり(ない)の世界を期待していたマロンの前にあるのは、実に選択肢の限られた光景だったのである。
 他の連合会員はまったく気づかず、沢山の人々の中から、自分で選択したと思い込み、好みの女性のもとに向かっていく。
 しかしマロンにはわかる。
 この教会、なにかおかしな結界が張ってある!!
「だ、誰がこのようなことを……」
 思わず彼がうなった時、その足元からにっこり彼を見上げる銀色の瞳があった。
「お、おまえはっっ」
「みあおだよ、マロン伯爵」
「……うぬぬぬぬぬ」
 何故か一瞬頬をそめたみあおは、魔法のステッキを大きなふりで持ち上げる。
 そして一気にそれを振り下ろした。

 ++++++++

「な、なんや……っ。今の音!!」
 妓音は艶めいた唇に指を当てて、ガラスの割れた衝撃音に顔を上げた。
「大丈夫ですよ、マドモアゼル」
 後ろからさりげなく彼女の肩を支える美形青年がある。
「……あんさん……」
 妓音ははっとしたように彼を見上げた。
 その時だ。マロン伯爵が振り下ろしたステッキの中から、大量の色情霊達が召還されて溢れ出したのだ。
 ターゲットが元より絞られているために、妓音のもとにも数体の色情霊達がいやらしい顔をして両手をのばしかまって欲しそうに迫ってくる。
「いや、いややあ……うち怖いぃぃ!!」
「護りますよ」
 耳元で美形が囁いた。
「でも……あなたのその美しさは危険だ。その艶やかなうなじ、そのおくれ毛、すべてがあの色情霊達を誘ってしまうのです。だから……さあ僕の腕の中に逃げて」
「えっ」
 妓音はその時初めて、美形の顔を見上げた。
 胸に一輪の薔薇をさした白いタキシード姿の青年……、それはけして人間ではないようだ。
 妓音は小さく微笑むと、彼の腕の中にもたれるように身を近づける。
「あんじょう……護ったってやぁ……」
「任せてください」
 美形は呟くと、腕の中に妓音を抱きしめ、胸の薔薇を手にとり、辺りに集まっている敵(仲間だろ)を見据えると叫んだ。
「「「ローゼンストリーム!!」」」
 刹那、薔薇から赤い光線が幾筋も走る。それにやかれた色情霊達は、まともに浴びたものはぎゃああと悲鳴をあげて宙にとけていき、逃げ切ったものは「なんだよ色男だからってばかにしやがって!」と美形にむかって飛び退っていった。
 その腕の中、妓音は「きゃああっ」「怖いわぁ……うち弱いのどす」と悲鳴をあげ続け……うつむいた顔のむこうで小さく舌をだしていた。

「……人生でしておくべき重要な仕事のひとつに、ウェディングドレスの下は何をはくのがいちばんよいのか研究するというものがあるのじゃ」
 老人はへたへたと足音をたてながら、赤い絨毯の上を裸足で歩いていく。
 その視線の先にあるのは、ジェネシスが扮する花嫁だ。ヴェールの下に顔を隠して俯き動けなくなっているように見える花嫁のそばへ、一歩一歩と老人は近づいていく。そしてそのレースにくるまれたスカートの下に彼がカメラを抱えたままもぐりこもうとした……その時。
 ぐしゃ。
 その頭を容赦なく花嫁がかかとで踏んづけた。
「……こんな囮……普通はバレバレだと思うんだけど…………」
 低い声ではき捨て、ジェネシスは忌々しい変態老人を振り返る。
「おお!! なんという美形じゃ!!」
 ぱしゃ。
 フラッシュが焚かれた。
 ジェネシスの眉がぴくりと反応する。どうやらとても怒らせてしまったようだ。
 しかも運悪く、その背中から「しゅきありーーーーーー!」と通りがかりの色情霊が後ろから抱き付いてきた。
(!!!)
 氷のような眼差しが肩ごしに光る。
「ひぃっ」
「隙ありぱーと2じゃああ」
 踏まれてもなお懲りぬ老人がごそごそと、ドレスの下に再び潜り込みだした。当然カメラ持参だ。
「…………………………」
 ジェネシスは大きく息を吸い込む。
 いいの?いいの?と通りがかりはジェネシスのありそでなさそな胸をごそごそと捜した……やっぱり無い。
「あ、あれ? か、かべぇ?」
「違うっ!!」
 心底頭にきたジェネシスは手に持っていた白薔薇とカスミソウのブーケを握り締める。
 彼は夢想魔法学(想魔学)を学ぶ学生だ。そのブーケを集中に使う杖代わりにして力を発動させた。
 ジェネシスの全身から風が巻き起こり、花嫁を包む清楚なヴェールがめくれて、ジェネシスの美しい表情が露になる。怒りを押し殺した表情のジェネシスが薔薇の花弁を散らしながら取り出したのは一本の薔薇の鞭。ピンヒールで老人の背中をぐいぐい踏みつけて、失礼千万な通りがかりを薔薇の鞭で打ち据える。
「お仕置きが……必要なようだなっっ!!」
「いやああああああああ。女王さまあああああ」

「ぐへ……えへへへへへ……お嬢ちゃん、可愛いねぇ……」
 巨体はゆっくりとみあおににじりよってくる。みあおは額に汗を浮かべて、数歩ずつ後ろに下がった。
 正直気持ち悪かった。
「……ね、ねぇ、ちょっとだけでいい……。ちょっとだけでいいから……触らせて?」
「きゃ、却下……」
 怖さを感じる心は壊れている。だから恐怖はないけれど、対処に悩む。
 一気に打ち倒すにはどうしたらいいのだろう。ハーピーに変身? それとも……。
「マロン伯爵!!」
 みあおは叫んだ。
「なんだね、みあおくん」
 空中にぼんやり足を組んで腰掛ながら、マロンが笑った。
「……こんなのロマンじゃないよ!」
「………………」
 マロン伯爵は目をそらした。
 しかし、しばらくして、うううううっ、と両手を固めると泣きそうな顔で叫んだ。
「そうさ!! そうだ!! 幼い娘に巨大な男が迫るなんて、こんなものは断じてロマンちがぁう!!」
 マロン伯爵は拳を固めると、巨大な男にむかって腕を突き出して突進した。どかぁあああっ、と大きな音をたてて巨体がひっくり返る。
「うわあああああ」
 みあおの前に立ち、マロン伯爵は黒マントをなびかせて呟いた。
「か弱い姫を助け出してこそ、ろまんっっっ!!」
「おー」
 みあおは小さく感激し、けれど次の瞬間にはその身をハーピーにして空に駆けていた。
 なんとかしてこの状況、元に戻さなくては。お客さんが襲われる事態は対処しているけれど、こんな状態を長く続けるわけにはいかない。手当たり次第の色情霊を攻撃し、ハーピーの鉤爪で引き裂くと、悲鳴をあげながら霊達は姿を一匹ずつ消していった。
「こ、こらあああ。勝手なことをするなぁああ!!」
 マロン伯爵が叫ぶ。そしてステッキを高らかにあげて、再び振り下ろそうとした……が、その手に絡みつく何かが、伯爵の手からステッキを弾き飛ばした。
「いい加減にしろ……人の幸せは……嫉むものじゃなくて祝う物だよ」
 ジェネシスだった。その周りでは女王様の鞭とピンヒールの威力で、二霊ほど昇天モードに入っている。
 くぅ、と唇をかみ締めながら、マロン伯爵はもうひとりの振袖美女のほうへと視線を移した。
 すると何故か、彼女をかばいながら、美形が色情霊に攻撃し続けている。
「こ、こらああああ、何をやっているかあああ」
「えっ?」
 美形はさらりと髪を撫でた。煌く光が宙に舞う。
「ああ、そうか。君の美しさに魅せられてしまって……つい」
「いいえ〜、おおきにどす〜。あっ、また来ましたえ〜」
 白い指先が宙をさす。美形は目を細めると、そちらに顔を向け、ウインクビームを放った。
「こ、こらああああ!!」
「きゃああ、お上手ですやわぁ!! 素敵、素敵ぃぃ〜」
 妓音ははしゃぎ声を出しながら、振袖を揺らして嬌声を響かせる。
「あ……あの、マドモアゼル……、おとなしくしていてもらえますか?」
「えっ。あ、堪忍やでぇ。あんさんがとっても強くていてはるから……うち……つい」
「え、ええっ。ああ、大丈夫です、だいじょ……」
「あっ、あっちや!!」
「お、おおーー」
 すっかり振り回されている感じの美形である。マロン伯爵はいろいろがっかりして肩を落とした。
 が、そういっている場合ではなかった。空からは幸せを呼びそうな青い羽のハーピー、正面からはウェディング姿の女王様が飛び掛ってくるのである。ステッキを拾う暇もないままに伯爵は飛び上がり、美形のほう……否、その胸にいる振袖姿に若干のろまんを求めて近づいた。
(ろ、ろまんを補充せねば、力が出ないっっっ)
 妓音に最後の願いを託し、腕を伸ばすマロン伯爵。
 だがしかし!!!
 彼の目の前で、振り返った美女の瞳は、片方だけ赤く光り輝いていた。
「なんじゃわれ!! わしに何のようじゃああああ!!」
 響く怒号。
 固まるマロン。そして美形。
 たおやかな妓音のどこから響いたのかすら不明の怒号を受けて、美形もマロンも同時に空に浮き上がり、空中で抱き合った。
「こ、怖いっ」
「なっ……何なんだぁあああ」
「……おまえらな? 人の幸せにちょっかいだしやがって、しかもこんなしょーもないもんぎょーさん連れだってきやがって。扉の外で待ってはるほんもんの花嫁さんも待ちくたびれておるやろが!!」
「う……」
 参列席の前の座席の背もたれに足をのせて叫ぶ、妓音の姿はトラウマになりそうな程怖かった。
「そうだよ!! 早く帰って」
 雫も叫んだ。鞭を振る舞い、ジェネシスは冷たい瞳でにらみつけ、みあおも頬を膨らましている。
「う……ううっ! しかしまだろまんが足りないっ!」
 叫ぶマロン。落ちていたステッキを拾おうと、床に向けて体の向きを変えようとしたときだった。
「させるかぁああああっ」
 野太い声が叫ぶ。
 妓音の細い全身から、孔雀の形をした炎が立ち上ると美形とマロン、両方を包んでいく。
 そしてその唇につまみ出されるようにして二匹は、空のかなたへと消えていったのであった。

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(……なんだか、疲れたな……)
 ジェネシスは、肩をコキコキ鳴らして、教会の結婚式会場の廊下に出ていた。
 さきほどまでそこで待っていた本物の花嫁は今、新郎のもとで、しっかりと腕を組んで見詰め合っている。
 みあおは同じくフラワーガールをつとめて、可愛らしく花を散らし、女性人格に戻った妓音と雫は参列式で最後まで見ていくつもりだという。
(……)
 人の多い場所はそもそも苦手なジェネシスは、開け放された教会の扉に背をつけながら、その様子をぼんやり見つめた。
 宣誓の言葉。神父の祝福。指輪の交換。そして聖なるキス。
 マロン伯爵もしっかり最後まで見ていけばよかったのに。
 ろまんを感じる場所はけして、参列客やウェディングドレスばかりではない……。

 しかし思い出すと、スカートの下を覗き込んだエロじじいの忌々しい顔まで浮かんでくるので、ジェネシスはため息をついて、その場をゆっくり後にしたのであった。


 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5151/繰唐・妓音 /女性/27歳/人畜有害な遊び人
1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生
mr0174/ジェネシス/男性/18歳/夢想魔法学(想魔学)

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◎ライターより◎
 このたびはご参加いただき本当にありがとうございました。
 納期を余分に頂いたにもかかわらず、遅くなってしまい申し訳ありません。

繰唐・妓音様>
 はじめまして。ご注文ありがとうございました。
 京都弁のキャラクターさんということで、アドリブの台詞がとても緊張しました。
 男性人格はあんな感じで大丈夫だったでしょうか。あまり可愛らしかったので、ついつい敵がなついてしまいました。
 ……美形は美形でも色情霊。まったくいいこと無しですね。ごめんなさい(汗)

海原・みあお様>
 久しぶりにみあお様を書かせて頂けてとてもうれしかったです。
 マロン伯爵はみあお様にはどうにも手が出しにくいみたいですね。
 また結界のお話、色々イメージをしたのですが、こんな形になってしまいました。式場のお客さんはみんなが戦っている間、ほとんど気づいていない設定になっています。新郎は事情を知っているので少しはわかっていたかもしれません。
 多分みあお様のイメージされたものとは少し違うんだろな、と思ったのですが、メンバー的にこうなってしまったということでご了承くださいませ。

ジェネシス様>
 マギラギの生徒さんだーO(≧▽≦)O
 と感激してしまいました。
 ダークエルフの綺麗な男の子で、ウェディングドレス姿で囮になる、というプレイングに萌えました。(ろまん?)
 ただ、きっとこういうノリは苦手そうな雰囲気の子なのに、騒々しい思いをさせちゃったので、スカートにもぐりこむおじいちゃんとかトラウマにならないか、少し心配です。(ドキドキ)


 皆様、ご参加本当にありがとうございました。
 またどこか別な作品でお会いできることをひそかに祈りつつ。

                          鈴 隼人。