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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命の女神・後編

「取りあえず麦茶でも……」
 遠い未来から来た大人姿のファム・ファムを前に、ひとまず立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、まず冷蔵庫から出した麦茶を入れた。
 遠い遠い未来。もう自分が死んでいて、ファムが立派な運命の女神に成長するほど先の話。そこからわざわざ時を越えてやってきたのには、理由があるという。
 ついさっきまで、今までファムと解決した事件の場所を二人で回り、その思い出話に花を咲かせて部屋に戻ってきたのだが、正直どうしたらいいものか香里亜は見当が付かない。
「お話は、早めの方がいいですか?」
 麦茶のグラスを持ちながらそう聞くと、ファムはゆるゆると首を横に振った。
「いえ、今日は久々にこちらにお泊まりする気でしたから、ゆっくり夕飯の支度でもしましょうか。お手伝いしますよ」
 夕飯の支度。それを聞き、香里亜は目を丸くする。
 昨日ここにいた「現在」のファムは、食事も取らない程だったのに、「未来」のファムは夕飯の支度の手伝いをするようになっているのか。
 それも時の流れなんだなと思いつつ、時間的にも丁度いいので香里亜は立ち上がった。
「今日はキャベツのツナ煮を作りましょうか。ポテトサラダは昨日のがありますし、おみそ汁は揚げとエノキで」
 あとは冷蔵庫に入っているひじきの煮物や、漬け物などを出せばいいだろう。そう思いながら冷蔵庫を覗いていると、ファムが嬉しそうに香里亜に向かってこう言った。
「あの、コロッケも作っていいですか?」
「ほえ?コロッケですか?」
 ニコニコと嬉しそうに頬笑むファム。
「あれから色々経験を経て、食事は平気になったんです。コロッケは大好物で、自分でも作っています」
 どうやら昨日の出来事が、後のファムに影響を与えているようだ。
 でも誰かと一緒に料理をしたりするのは楽しいので、香里亜はエプロンを差し出しながらにこっと頷いた。
「じゃあ、ファムちゃんにコロッケ作りはお任せしますね。誰かが作ったお料理を食べるのも好きですから、楽しみです」
 台所で二人並んで仲良く夕飯を作る。
 ファムは本当に料理が手慣れているようで、タマネギのみじん切りなども手際よくやっていた。
「お料理上手なんですね」
 だし汁に味噌をこしながら、香里亜はその仕草を見てしまう。何というか、料理の達人の手つきだ。
「料理は全部、香里亜さんに教えてもらったんです」
「そうなんですか?」
「はい、将来香里亜さんは益々お料理上手になって、旦那様は毎日美味しいって……ハッ!」
 そこでファムの言葉が止まる。
「だ、誰かは禁則事項ですので……」
 そう言うとファムはまたみじん切りの作業に戻ってしまった。どうやらこの辺りのドジさ加減は、今と変わっていないらしい。
「旦那様かぁ……」
「お教え出来ませんよ」
 でも、その言葉に香里亜はつい笑ってしまう。
 ファムの言葉を信じるなら……というか、この様子だと本当のようだが、ひとまず結婚は出来ることは確実らしい。相手はいったい誰なのだろうか。お店の常連さんなのか、それともまだ見ぬ誰かなのか、全く気にならないと言えば嘘になる。
「うふふ、何か楽しみかも」
「い、今のは忘れて下さい。タマネギと挽肉を炒めて、ジャガイモは熱いうちに潰さないと」
「じゃあ、この話はなかった事にしておきますね」
 そうは言いつつも、やっぱり気になるのが乙女心なのだが……。

「いただきます」
「はい、どうぞ」
 ファムが作った揚げたてのコロッケや、キャベツのツナ煮などのおかずを並べて、二人は向かい合わせで食事をする事にした。昨日のファムは箸が使えなかったが、成長したファムはコロッケを揚げるときに使っていた菜箸も、上手に使いこなしていた。今も綺麗な箸使いだ。
「おみそ汁のおかわりとかありますからね」
 そう言いながら香里亜はコロッケを食べる。ソースがなくても美味しいぐらい、いい具合だ。
「うん、美味しいです」
 その時だった。
 みそ汁を口にしたファムの目から、涙が一つこぼれ落ちる。
「あの……ファムちゃん?もしかしてしょっぱかったりしましたか?」
「いえ、久々なので嬉しくて……」
 ファムにとっては、とつくの昔にいなくなってしまった香里亜。その懐かしい料理の味が嬉しくて、それと同時に切なくて、胸がいっぱいになってしまう。香里亜もそれがなんとなく分かっているので、そっとティッシュの箱を近くに置く。
「ゆっくり食べて下さいね」
「はい……」
 久しぶりの料理の味はとても美味しくて。そして切なくて、涙でしょっぱくて。
 すん、と鼻をすすりながら、ファムはゆっくり味わうように香里亜と夕食を食べ続けた。

 夕飯の後かたづけをし、お風呂の用意をしていると、ファムが嬉しそうに何かを持ち出してきた。
「香里亜さん、これ」
「はうっ!!」
 それは香里亜がファムに二度目のお願いをされたときに買った、『痴漢列車すぺしゃる♪』というタイトルのエッチなマンガだった。一度処分する雑誌に紛れ込ませていたら、来客に見つかってしまって恥ずかしい思いをしたので、今度は風呂用のタオルなどの所に入れておいたのだが、やっぱり見つかってしまったらしい。
「だだだ、ダメです。これはないないしておきましょう」
 慌ててファムの手からそれを奪った香里亜は、何故かそのままその本をタンスにしまい込む。これは何か紙袋とかに入れて厳重に封印した方がいいかも知れない。
 だが、ファムはそれを微笑ましく見ているだけだ。
「私も地球人を色々学びました。私達には必要のない機能ですが、性行為って奥深いですね」
「奥深いですか……」
 キスもまだな香里亜からすると。奥深いとか言われると、何だかますます恥ずかしくなるわけで。それをごまかすように、風呂上がりに着るTシャツなどを用意して、お風呂場へ向かうようにファムの背中を押す。
「お、お風呂入りましょう。昨日は泡風呂でしたけど、今日はバラのバスオイルで乳白色のお湯ですよ。二人で入ると狭いですから、順番に体洗ったりしましょうね」
 とは言ったものの。
 昨日のファムは六歳児ぐらいだったのに、今目の前にいるファムはすっかり大人だ。
 細い腰に豊かな胸とお尻、女性らしいシルエット……その姿と自分の体型を見比べると、何だか急に恥ずかしくなり、香里亜はタオルで胸から下を隠す。
「香里亜さん、どうしました?」
「い、いえっ」
「私が背中流しますね」
 気にしてはいけないと思いつつも、やはり目は行ってしまう。出来ればこの半分、いや、三分の一ぐらいでもあれば嬉しいのだが。
「触ったら御利益あるかな……」
 これを聞いても多分禁則事項なのだろうと思いつつも、何故か香里亜はそんな事ばかり考えていた。
 これもまあ、悩める乙女心と言うべきか。

「あー、気持ちよかったです」
 お風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かしたりスキンケアなどをした後、香里亜とファムは仲良くアイスを食べていた。 
「お風呂上りはアイス〜♪」
 そう言いだしたのもファムで、どうやら香里亜の影響らしい。今日は練乳小豆のかき氷アイスを、スプーンで突いている。
「ガリガリ固いんですけど、それを突いて食べるのが好きなんですよ。練乳は混ぜないで味わう派なんです」
 香里亜がそう言いながら固い表面を突いていると、ファムは正座をして香里亜をじっと見た。さっきまで頬笑んでいた笑顔も、少し硬い。
「香里亜さん、私がここに来た理由をお話ししてもいいですか?」
「いいですよ。その為に来たんですよね」
「はい……」
 遠い未来から、わざわざ過去にやってきた理由。
 夕飯を食べていたりして後回しになっていたが、しっかりと聞かなくては。香里亜もかしこまりながらスプーンを口に入れる。
「今日ここに来たのは、仕事の為なのです」
 その言葉を皮切りに、ファムは香里亜にこの時代に来たわけを告げた。
 曰く、次にファムが頼み事をする時、二つの手段を示すが、結果は同じだからと楽な方を選んでしまうという。だがその方法を選んだ為に、未来のファムの時代で異常が起きてしまうらしい。
「その為香里亜さんには『私』が不審がらない理由で、困難な方を選んで欲しいんです」
 確かに結果が同じであれば、楽な方を選ぶだろう。
 だが、ファムの言葉に香里亜は少し首をかしげる。
「あの、それは、私達の選択が間違ってしまうという事なんですか?」
「そういうわけではありません。未来の進化した演算処理で、初めて間違いが判るという事なんです」
 難しい話になってきた。
 要するにコロッケが食べたいと思ったら、簡単な冷凍物を揚げるのではなく、面倒だが自分でジャガイモを茹でてちゃんと作った方がいいというような事なのだろうか。
 話が壮大すぎて真実が見えてこないが、アリの穴から堤が崩れるという言葉もある。次の選択が後々遠い未来に影響を及ぼすのであれば、多少困難な方法を選んでも構わないだろう。元々、地球の運命を守る手伝いは、する気でいるのだから。
「分かりました。次に何があるか分かりませんけど、とにかく難しい方を選べばいいんですよね」
 静かに頷く香里亜に、ファムが顔を上げる。真っ直ぐとしたその瞳がファムを見て、そしてにこっと笑う。
「そうです。ただし現在の私には、未来の自分が来ていた事も手段の選択ミスも秘密にして下さい」
「大丈夫です。ものすごーく大変な事じゃなくて、私が出来る範囲ですよね?」
 流石に、香里亜が出来るかどうか、かなり難しい事を頼んではいない。到着地は同じだが、新幹線で行くか徒歩で行くかの違いぐらいのことだ。
「お願いします」
 ぺこりとファムがお辞儀をする。それに笑って、香里亜はファムの肩をぽんぽん叩いた。
「頑張りますね。ささ、アイスが溶けないうちに食べちゃいましょう。のんびりしてると練乳が溶けちゃいますから」
 その笑顔は、ずっと変わらないもの。
 そんな香里亜を見て少し涙ぐみながら、ファムは笑って残りのアイスを食べ始めた。

 昨日は香里亜がファムを抱えるようだったが、今日は逆になって二人で眠り(と言っても、ファムは眠らなかったのだが)朝食を取った後で、ファムは元の世界に帰ると言った。
 香里亜も今日は仕事があるので、前の日にファムが帰った時間より少し早めだ。
「お願いを聞いていただいて、本当にありがとうございました」
 また深々とお辞儀をするファムに、香里亜が少し笑う。
「いえいえ、地球の運命を守るためですから」
「今後も大変なお願いをすると思いますが『私』をよろしくお願いします」
「はい。未来のファムちゃんも運命の女神様、頑張って下さいね」
 顔を上げると、香里亜が笑って立っている。
 それは今のファムにとっては遠い遠い昔の事で、いつもこうやって笑っていてくれて、結婚をしたりして、そして……。
「………」
 笑顔で去ろうと思っていたのに、胸が詰まって言葉が出ない。言いたい言葉がたくさんで、久しぶりに会えて嬉しくて、別れるのが寂しくて。その別れが香里亜が亡くなったときを思い出させ、ファムの銀の瞳に涙があふれ出す。
「ふぇ……」
「どうしました?」
 香里亜の笑顔が亡くなったときの笑顔に重なり、堪えきれなくなったファムは香里亜に抱きついた。
「会えて……会えて嬉しかったですぅ」
 香里亜と初めて出会ったときは、思いもしなかった気持ち。
 嬉しくて、寂しくて、そして悲しくて。堪えきれない感情を押し流すようにファムがわんわん泣いていると、香里亜がそっと頭を撫でる。
「私も、会えて嬉しかったです。泣き虫なのは変わってないんですね」
「ふぇぇ……」
 多分、未来の自分も同じ事を思っているだろう。
 そうやって抱きしめているうちに、ファムの姿が消えていく。
「私も頑張りますね」
 未来にどんな困難が待ち受けているか分からないけれど、運命の女神がついているのだから、何があっても大丈夫だ。
 ぐすっ、と鼻をすすり目をこすった後、香里亜は何かに祈るように天を仰いだ。
 今日からまた、新しい一日が始まる。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
前回の続きという事で、前の日にやってきた「現在」のファムちゃんと同じように、ご飯を食べたりお風呂に入ったりしつつ、未来からやって来た理由などを話していただきました。これからの展開が楽しみですね…頑張って徒歩という感じです。
成長したファムちゃんには、何だか複雑なようで、それも乙女心です。
帰るときは色々思い出すんだろうなと思い、ちょっと切なくなりました。未来のファムちゃんからすると、本当に思い出の中の人なのでしょうね。でも、香里亜が料理を教えたというのは何だか嬉しいです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。