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<PCゲームノベル・6月の花嫁>


おとり捜査〜漆黒の花嫁〜




 》Opening《

 教会の鐘が鳴る。
 賛美歌に祝福され、純白のドレスを着た花嫁はバージンロードのその先で最愛の人と結ばれる。
 だがその幸福の絶頂で、花嫁は自らの悲鳴でそれを遮った。
 泣き崩れる花嫁に、参列者は何事かと腰を浮かせ、その光景に目を見開く。
「…………」
 花嫁の純白のドレスが、見る見る内に黒く染まっていったのだった。



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 ドレスが黒く染まってしまうタイミングは、まちまちだった。
 誓いの言葉の途中、誓いのキスの途中、フラワーシャワーを歩いている途中。ただ、その少し前にカラスの鳴き声を聞いたという。
 悪魔の仕業か、魔女のいたずらか。どういった具合でそうなるのか。白いドレスは、その胸元から黒い花が花開くように黒く染まっていくのだった。
 教会のブライダル・プランナーたちは皆頭を抱えた。このままでは商売あがったり、いやそれ以上にせっかくのジューンブライドも台無しだ。
 何としても原因を突き止め、犯人を捕まえなくてはと立ちあがった。





 》Episode《

「―――誓います」
 厳かなその空間に凛と響く彼の声に、シュライン・エマはハッとしたように我に返った。
 目に映る光景が突然鮮やかになる。そんな感じだった。
 ああ、自分は今、結婚式を挙げているんだった、と他人事みたいに思い出す。ずっと別の事に気をとられて、半分忘れかけていた。
 事の起こりは2日前に遡る。
 彼女が勤める草間興信所に1つの依頼が持ち込まれた。
 結婚式の途中、突然純白のウェディングドレスが黒く染まってしまうという怪事件を調べて欲しいという。警察にはバカバカしいと門前払いを喰らったらしい。白いドレスが衆人監視の見守る中黒く染まる、というのは確かに普通では考えられない。
 しかしそれは現実に起こり、教会としても、そして花嫁たちにとっても深刻な問題であったのだ。
 依頼を引き受けたシュラインたちは、早速聞き込みを開始した。
 まずは衣装担当者から。今まで起こった6つの式の衣装担当者は同一自分物なのかを確認する。結果は、全員同じというわけでも、全員違うというわけでもなかった。同様に、ドレスメーカーも似たり寄ったりだ。オーダーメイドの人もいれば、レンタルの人もいるという。
 黒く染めあげたものがなんであるのかだが、まるで最初から黒い糸で織り上げたかのようになっていて、染色液の成分まではわかっていないという。
 式を撮影したビデオを貸してもらった。特に怪しい動きをしているような不審者はビデオにもカメラにも見当たらなかった。とはいえ、隠しカメラならいざ知らず、もし犯人がその場にいたなら、不用意に足跡を残すようなマネもしないだろう。
 6つの事件の共通点を探してみたが、これといった決定打が見つからない。
 やがて業を煮やしたのか、草間興信所所長、草間武彦がポツリと言った。
「結婚式、挙げてみるか」
 つまりは囮捜査というやつである。



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「それじゃぁ、全然花嫁に見えませんよ」
 控え室にある窓から鋭い視線を走らせていたシュラインに武彦の妹草間零が苦笑を滲ませながら声をかけてきた。
「そう?」
 困ったようにシュラインが首を傾げて振り返る。
「それで、どう?」
「敷地内には薄く貼っておきました」
 零が、任せてくださいとばかりに握り拳を掲げてみせる。彼女の怨霊を操る力を使って、怨霊を敷地内に見張らせてもらったのだ。
「そう」
 これで教会の外に人外の何かが現れても大丈夫だろう。後は中。
 真剣な面持ちで、この後の式の事を考えているシュラインにやれやれといった顔で零が肩を竦める。
「そんなんじゃ、おとり捜査ってバレバレですよ」
 仕事特有の緊張感をみなぎらせた顔には、花嫁らしい初々しさがかけらもない。
「そうかしら」
「はい」
 笑顔できっぱりと言い切る零に、シュラインは視線を彷徨わせた。実際、仕事なのだから仕方がない。とはいえ、犯人にこれがおとり捜査とバレるわけにもいかないのだ。
「鋭意努力するわ」
 シュラインは笑顔を作って鏡を振り返った。口角をぐっとあげる。それでも式が始まればやっぱり仕事の顔に戻ってしまうのだろうか。
 零がやれやれと息を吐く音が聞こえた。
 控え室のドアがノックされる。
「もうすぐ式が始まります」
 その声にシュラインは傍らのブーケを取り上げた。



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 バージンロードの先で待つ武彦の顔も、シュラインに負けず劣らず仕事人の顔だろう。あれも、もしかしたら花婿には見えないかもしれないわね、などと内心で肩をすくめながら、シュラインは歩き出した。ベールの向こう側にうっすら見える教会内を見渡す。
 今のところ怪しい者や不審者は見当たらない。
 新郎に促されるようにして彼の傍らに並んで立つ。
 賛美歌斉唱。
 その歌声の向こう側にある音を聞き分けようと、シュラインは全神経を聴覚へ注いだ。パイプオルガンの伴奏。歌声。衣擦れ。足音。風の囁き。木のざわめき。呼吸。心音。1つ1つを聞き分けるのだ。
 その事に意識が集中しすぎていて、いつの間にか賛美歌が終わっていたことに気付かなかった。ましてや神父の話しなど全く聞いていない。
 誓いますと答えた武彦の声に、やっとシュラインは我に返った。
 自分は捜査のためにここにいるが、捜査にだけ集中していればいいというわけでもないのだ。犯人を謀らなければおとり捜査自体が成立しない。
「――ことを誓いますか?」
 神父の問いにシュラインは答えた。
「はい。誓います」
 台本どおりの言葉を棒読みに、ブーケを傍らに立った零に預けて新郎と向かい合う。アイコンタクト―――今のところ異常なし。
 指輪の交換。急ごしらえのマリッジリングは少しぶかぶかで、気を抜くと滑り落としそうだった。落ちないように左手に右手を軽く添える。
「誓いのキスを」
 ぎこちない手つきでベールをあげる武彦の目は時折シュラインの着ているドレスを移ろった。シュラインも胸元を確認する。
 まだ黒い染みはない。
 ふと、脳裏を過ぎる。

 ―――このまま、何事もなく式が終わってしまったら?

 犯人は現れるだろうか。
 目を閉じた。
 静寂の時間。
 妙な動きをする足音も、怪しい心音も感じない。
 ただ、カラスの羽音がした。
 シュラインは目を見開く。
 間近にある武彦の顔を見上げた。
「…………」
 言葉はかわされなかったが、言いたいことは通じただろう。
 まだだ。
 今カラスを気絶させてドレスが黒に染まらなかったとしても、それがカラスの仕業だとは断定できない。ただ犯人が現れなかった、という可能性も残ってしまう。
 そのまま時間が止まったかのように固まった新郎新婦に、カラスの羽音は聞こえなかったが何かの異変を感じたのだろう参列客を装った者達も、神父たちもただ生唾を飲み込んで見守っていた。
 ドレスは黒く染まるのか。
 カラスが鳴いた。
 ポタリと黒いインクが落ちたように胸元に黒い染みが浮き上がった。それが瞬く間に広がっていく。
 ざわりと会場内が揺れたとき、シュラインの口元が動いた。
 それが彼女の発する可聴領域を遥かに超えた音だと気付いた者は武彦と零だけだっただろう。
 黒い大輪の花が広がりを止めた。
 バサリと何かが落ちる音を聞いたのは、恐らくシュラインだけだ。彼女はドレスの裾を両手でたくし上げるとバージンロードを駆け出した。
 その後に武彦と零が続く。他の者達も追いかけた。
 果たして、教会の裏手に1羽の大ガラスが気絶していた。
 シュラインはそれを抱き上げると後ろを振り返って笑った。
「犯人、確保したわ」



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「黒がはじまり?」
 零が怪訝そうに首を傾げた。
「ええ。たとえば、新月ってあるでしょ? 闇夜。月は言うなれば闇色」
「はい」
「新月は朔ともいう。朔には、はじまりって意味があるの。新しい月が生まれる。朔月は生まれいずる始まりの象徴……ってとこかしらね」
「……それって、もしかして、カラスさんは……」
 零が複雑そうに呟いた。

 ―――ただ祝福したかっただけ?

 花嫁の門出を。始まりを。
「カラスさんには悪いけど、厳重注意しておいたから、もう大丈夫でしょ」
「一件落着ですね」
「悪意や不吉な理由でなくて良かったわ。ちょっと人騒がせではあったけど」
 シュラインが肩を竦めて笑うのに、零も笑みを返す。
「さて、仕事も終わったし引き上げましょう」
 そうしてドレスの裾を持ち上げたとき、左手の薬指の違和感に気付いた。
 指にはまったぶかぶかのマリッジリングが、突然彼女の脳裏に先ほどのあれこれを鮮明なまでに蘇らせた。
 おとり捜査とはいえ“彼”と結婚式を挙げていたのだ。自分の白いウェディングドレス姿が、彼の目にどんな風に映っていたのだろうと思うと、今更ながらに気恥ずかしさがこみあげてきた。
 式の間は、犯人のことでいっぱいいっぱいで、それこそ仕事モードで全くそんな事を考える余地もなかったが。
 赤らむ頬を冷やそうと手で煽る。
 その拍子にぶかぶかのマリッジリングが指から滑り落ちた。
 慌てて拾おうとすると、別の手がそれを拾い上げる。
 ありがとうございます、と顔をあげるとそこに彼の顔があった。
 武彦がシュラインの左手を取る。
 心臓がドキリとはねた。
 だが、指にはめてくれるのかと思ったら、指輪は手の平の上にポンと置かれた。
 そして彼は背を向けるとさっさと歩き出す。
「…………」
 たぶん彼にデリカシーを求めても空しいだけなのだ。だけど一瞬ドキドキしたこの気持ちのやり場をどうしたらいいのかわからなくて。
 なんだかがっくり疲れてシュラインは手の平の中のマリッジリングを握り締めると、野球のピッチャーのように振りかぶってみた。
 彼の後頭部にぶつけてやろうか、なんて胡乱な事を考える。
 突然、彼が振り返った。
 力いっぱい足をあげているところに、だ。
「とりあえず、続きでもしとくか?」
 冗談とも本気ともわからない彼の言葉に、シュラインは高々と足をあげたまま固まった。

「え?」



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 教会の鐘が鳴る。
 純白のドレスを着た花嫁はそして最愛の人と結ばれる。
 時折、教会では祝福の白い鳩たちに混じって一羽の黒い大カラスが飛び立つ事があるという。
 カラスが混じると、そのカップルは必ず幸せになるそうだ。





 》The END《





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業・クラス 】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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