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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜ミッドナイト・ティータイム〜】


「……やっぱり」
 自宅の冷蔵庫を前にして、法条風槻はそう呟いた。
 市場調査のデータベース作成の仕事を終わらせて、寝て起きたら真夜中。
 とりあえずシャワーを浴びてさっぱりし、流石にお腹空いたななどと思いつつ冷蔵庫を覗けば、何時もの如くまともに食料が入っていなかった。
 これはもうどこかで食べてくる方が手っ取り早い。
 瞬時に判断した風槻は、パタンと冷蔵庫の扉を閉めて外出の準備に向かったのだった。

  ◆

(さて、どこに行こうかな)
 ぶらりと出て来たはいいものの、確固たる目的地があるわけではない。とにかく空腹を満たすのが先決と言えど、どこでもいいわけではないし。
 歩きながら考える風槻の視界に、不意に漆黒が映った。
 背の高い、夜闇を纏った男。
 それは、つい先日に会った不可思議な2人の片割れで――。
「…法条さん?」
 視線に気づいたのだろうか、振り向いた青年は風槻に目を留めると眉根を寄せて名を呼んだ。
「こんな夜更けに一人歩きか? 昨今は物騒だと言うし、余り感心しないが。何か用事でもあるのか」
「こんばんは。出会い頭に小言なんて、ちょっと酷いんじゃない?」
 にっこり笑ってそう言ってやると、朔月ははっとバツの悪そうな顔をした。
「すまない。まずは挨拶だったな……礼儀を欠いていた」
 本当に真面目極まりない。まるで重罪を犯してしまったかのような沈んだ顔に、風槻は思わず噴き出した。
「……何故笑うんだ」
「だって挨拶忘れたくらいでそんなに落ち込むとは思わなくて」
「挨拶は人間関係の基本だろう。…というか落ち込んでなど――やかましい陽月。お前はさっさと寝ろ!」
 どうやら陽月に茶々を入れられたらしい。入れたくなる気持ちも分かるが。朔月は弄ると面白い。
 仕切りなおすように軽く咳払いをして、朔月は口を開く。
「改めて、こんばんは。…それで、どうしてこんな時間に外にいるんだ」
「ああ、何か食べようと思って。仕事して寝て起きたらこんな時間だったから」
「随分不規則な生活なんだな。…仕事もいいが、身体も大事にした方が良いと思うが」
 至極真面目な顔で言われる。まだたった2回しか会っていない相手の身体の心配を真剣にするとは……つくづく面白い。
「心遣いはありがたく受け取っておく。で、そっちは何してたの?」
「いや、特に何というわけでも――暇だから茶でも飲みに行こうかとは思っていたが。こうして会ったのだし、法条さんも共にどうだ」
 なんというかベタな口説き文句に聞こえなくもないが、本人は絶対それに気づいていないだろう。そういえば陽月もベタなナンパをしてきたな、と風槻は思った。
 それはともかくとして。
「いいけど、この時間帯でその手の店って開いてたっけ。ファミレスくらい? でも、どうせならきちんとドリップされた珈琲飲みたいし……じゃなかったらどっかのバーで酒の方がまだマシだよね。何か当ては?」
「知り合いがやってる喫茶店が近くにある。軽食もやってるはずだから空腹も満たせると思うが」
「味は?」
「悪かったら誘わない」
「じゃあそこ行こうか。案内よろしく」
「ああ」
 そんな会話を交わして、2人連れ立って歩き出したのだった。

  ◆

「うん、美味しい」
「それはよかった」
 朔月に連れられて入った喫茶店。
 小ぢんまりとしたそこには自分たち以外の客はなく、不審に思って聞けば実は営業時間外らしい。
 いいのだろうか、と思うも、マスターらしき人物が普通に出迎えてくれたところからすると、よくあることなのかもしれない。
 そのマスターは朔月の隣に立つ風槻を見て少々驚いてはいたが、それでもにこやかに応対してくれた。
 メニューから適当に選び、注文。朔月はアッサムティーを頼んだ。
 そして運ばれてきた料理を食べての第一声が先ほどのものだった。
 朔月が認める店なのだからそう悪くはないと思っていたが――何せ彼は妥協と言うものをしなさそうだ――予想以上に美味しかった。これは穴場だ。
 黙々と食していると、不意に朔月が口を開いた。
「そういえば陽月が――」
 言いかけて、何故か口ごもる。それに首を傾げつつ風槻は先を促す。
「陽月がどうかした?」
「いや、連絡先を渡しただろう。あれは一応陽月のなんだが…『連絡が来ない』と拗ねていた。別に急ぎと言うわけではないが、愚痴を聞かされるのも楽しくはないからな。出来れば連絡してやって欲しいのだが」
 別に他意があるわけではないが、なんとなくまだ連絡を取っていなかった。というか拗ねるって。しかも愚痴って。
 微妙な顔をした風槻に、朔月は「事実だ」と仏頂面になる。
「とりあえず、陽月が煩いからな――少し失礼する」
 言って、朔月はおもむろに風槻の手を取った。
 これが陽月だったら下心があるのかとも思うが、相手は朔月だ。何か理由があるのだろう。
 とはいえ突然のことに少々驚く風槻をよそに、朔月は風槻の手を両手で包み込むように握り――小さく何かを呟く。
 そして。
『わーさっちゃん大胆ー』
「やかましい。あと妙な仇名を定着させるな」
 突如頭の中に響いたのは、聞き覚えのある明るい声。
「陽月…?」
『ご名答ー。呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。ひーちゃんでーす』
 なんだかやたらとテンションが高いようだが、それは間違いなく陽月の声だった。
『法条さん何で連絡くれないわけ? さっちゃんが気が向いたらでいいとは言ったけどさー。そんなに俺に繋ぎ取りたくないってんならちょっとショック』
「いや、何となく」
『何となく……俺って何となくで切り捨てられちゃう存在だったのか…』
 床にのの字でも書きそうな声の沈み具合に朔月を見れば、「ずっとこんな感じだ」と疲れたように返された。
 そして手を離す。すると陽月の声が聞こえなくなった。
 どういうことかと視線に含ませれば、朔月は「そういえば言ってなかったな」と話し出した。
「俺の能力のひとつで――精神感応能力、とでも言おうか。他人の考えていることを読んだり、自分の考えていることを他人に伝えたり…今のように自分と一部同調させることもできる。時折暴走するから、あまり使うことはしないが。対象に触れている方がコントロールが利くのだ」
「へえ、そうなんだ」
 淡々と告げられるが、そういうことは先に言うものではないだろうか。
 やはりこの青年は何かがずれている。
 とりあえず、気を取り直して気になっていたことを訊いてみる。
「ねえ、ちょっと気になってたんだけど」
「何だ」
「服とかどうしてるの? やっぱり共有?」
 問いに、朔月は虚をつかれた様な間抜けた顔をした。
「服?」
「だって朔月と陽月って服の趣味合わなさそうだし」
「まあ、確かにな…俺は白い服は着ないが、あいつは好んで着るからな。――服に関しては、術で変えている。変化の際に共に変わるように設定してあるんだ」
 なるほど。そう言われてみれば前回会った時も微妙に服が変わっていたような。
 しかし陽月も朔月も、一体何者なのだろうか。
 この都市では異能者はそれほど珍しくはないが――それにしたって不可解なところが多すぎる。
 そもそも何故、彼らは切り替わるようになったのだろう。
 問うてみたい気持ちはあるが、恐らく答えは得られないだろう……そう考えた刹那、僅かに笑んだ朔月が口を開いた。
「俺たちの切り替わりの理由、気になるか?」
「え、」
 口に出してはいないはずだ。それなのに何故。
「すまない。『流れて』きた。たまに遮断しきれないことがあってな。そちらからすれば余り気分のいいことじゃないだろうが」
 先ほど言っていた『暴走』なのだろう。能力が制御しきれないことは自分にも経験がある。一概に責められない。
「仕方ないでしょ、そればっかりは」
 返せば、朔月は笑う。どこか――嬉しさをにじませて。
「切り替わりの理由のことだが。俺は別に法条さんになら話しても構わないと思うのだが……陽月がな」
 朔月に続けて、響くのは茶化すような陽月の声。
『ヤだなー、俺の若さ故のアヤマチっつーか若気の至りっつーかそういうの教えるの恥ずかしーし』
「……というわけだ。まぁ、陽月はこう言っているが――そのうち話すつもりだろう。あまり聞いても楽しくない話だが、もし話すときが来たら――」
 目を伏せて、それはどこか哀しげに。
「聞いてやって欲しい。あいつはずっと、これが罪だと自分を責めてきた。本当は、誰かに話したいはずだ。…軽蔑するでも肯定するでもいい。ただ、聞いてやってくれ」
「……わかった」
 『罪』。
 言葉からすると――陽月が犯した『罪』が、切り替わりに関わっているのだろう。
 一体、2人は過去に何を抱えているのか――知りたくないと言えば嘘になる。
 出会って間もないが、風槻は彼らと関わることが嫌ではない。陽月をあしらうのも、朔月をからかうのも結構楽しい。
 優雅に紅茶を口に運ぶ朔月を見つつ、風槻もコーヒーを一口。
 心地よい苦味を感じながら、完璧に巻き込まれたなあ、などと考える風槻だった。

 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235/法条・風槻(のりなが・ふづき)/女性/25歳/情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、法条さま。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜ミッドナイト・ティータイム〜」にご参加下さり有難うございました。

 朔月とのお茶の時間、如何でしたでしょうか。
 どうでもいい新事実とか朔月の能力とか、少しずつ明かされていっております。
 朔月の天然っぷりがそこかしこに見え隠れしてますが、やりすぎたかなーなどと思うライターでございます。
 少しでも楽しんでいただけることを願って。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。