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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


君色探し

<Opening: 記憶喪失の依頼人>
其の依頼が来たのは、今から一時間前。
何時も通り、電話を一方的に切られ、今から行くと言われてしまった。
「居留守……いや、無理か。ならいっそ外出しちまうのも……」
「兄さん、聞こえてます」
草間のぼやきに、義妹の零が釘を刺す。
「兄さんが居留守しても、帰って来るまで依頼人さんをお待たせしますからね」
「零、俺の気持ちを少しは考えてみろよ。浮気調査ならお手の物だが、相変わらず来る依頼は怪奇関連ばっかりだ」
眉を寄せて腕を組む草間に、部屋の片隅で本を読んでいた少女が顔を上げた。
どうやら、今日読んでいた本は『西洋医学・原点とは』。
外見十歳の少女が読む本ではない。
「遙瑠歌、おまえはどう思う。俺は探偵だ。そうだろ?」
遙瑠歌、と呼ばれた少女は、オッドアイを草間から逸らさず頷いた。
「はい。草間・武彦様は『探偵』で御座います。御依頼受けたものは、全て完遂される御方です」
ぐ、と言葉が詰まる草間。
「其処まで言われちゃ、断れないわよね?武彦さん」
追い討ちをかける、古参の事務員シュライン・エマ。
今日はライターの仕事が無かったのだろう、本を読んでいた。
全員の視線が雄弁に語る。
其れはつまり、やはり今回の依頼も受けざるを得ない、という事で。
草間は盛大に溜息をついた。
「御依頼内容は、如何なものだったのですか」
遙瑠歌の問い掛けに、煙草を吹かしながら渋々草間は答える。
「怪奇現象に巻き込まれて、記憶喪失になった男だ。失くした記憶を取り戻したいらしい」
「失われた記憶を取り戻されたいのならば、其れは怪奇現象ではないのでは」
「怪奇現象で失くしちまった、って事は、怪奇現象を解決しないと戻らない可能性が高いって事だろ」
納得した様に頷く遙瑠歌に、零が更に問い掛ける。
「どんな怪奇現象ですか?」
其の問いに、草間は面倒臭そうに頭を掻いた。
「着物を着た子供が、遊んでくれと言って来たらしい。其の時の事も曖昧らしいが、まぁ、其の後記憶を失ったらしい」
「この時代に着物を着た子供……珍しいですね」
「そうねぇ。まるで座敷童子の様だわ」
シュラインがそう言うのとほぼ同時に、けたたましくブザーが鳴り響く。
「依頼人様がいらっしゃった御様子ですね」
淡々とした遙瑠歌の言葉に、草間は肩を落としたのだった。
零が事務所の扉を開き、シュラインが詳細を纏める為にペンを取る。
遙瑠歌は邪魔にならないように、部屋の隅へと戻り。
草間は、新しい煙草に火を点けた。
入ってきた男は、まだ三十代そこそこだろう、という外見。
その辺に居るサラリーマンと、大して変わらない風貌だった。
「まどろっこしいのは嫌いなんでな。早速本題に入らせてもらうぜ」
腕を組んで、草間がデスクチェアから問い掛ける。
「記憶喪失って、どの辺りの記憶が無くなったんだよ」
「子供の頃の記憶です」
依頼人の言葉のままを、シュラインは書き留める。
「気がついたのは?」
零の質問に、依頼人は草間から零へと視線を移して。
「病院のベッドの上です」
「時間は?」
「夜です。カーテン越しに暗闇でしたから」
スラスラと書類に書き込むシュライン。
「場所と『着物を着た子供』以外は特に収穫無しだな。ま、後は行けば何か分かるだろ」
そう言って草間はジャケットを手にデスクチェアから立ち上がる。
「分かり次第報告する。今日は帰ってもらって構わない」
草間の言葉を受け、頭を下げて帰っていった依頼人を見て。
「それじゃ、私達も準備しましょうか」
シュラインも書類から手を離し、少女達に声をかけたのだった。

<Chapter: 01 ミッション・スタート>
「まぁ、こういう時は地道に聞き込みよね」
そう言ったシュラインの言葉通り、興信所メンバーは依頼人が記憶を失ったという場所近辺へやって来た。
「各自聞き込めれば一番楽でしょうけど、遙瑠歌ちゃん一人では難しいわよね……」
間違っても零と遙瑠歌は同じ組み合わせに出来ない。
怪奇関連の仕事なら、此の二人は必ず必要になる。
だからこそ、草間は普段『自分と遙瑠歌』『シュラインと零』の組み分けにするのだが。
「零ちゃんと遙瑠歌ちゃんを入れ替えましょ。私と遙瑠歌ちゃん。武彦さんと零ちゃん」
「……大丈夫かよ、本当に」
不満と不安を混ぜた草間の言葉に、シュラインは口角を挙げて答えた。
「案ずるより生むが安し」
そう言いながら、遙瑠歌に手招きするシュラインを見て。
草間は紫煙を大きく吐き出した。
「遙瑠歌。今回はシュラインと行け」
「畏まりました。草間・武彦様」
そう告げて、遙瑠歌は手招きされた方へと歩み寄る。
草間と零は、少し心配そうに其の組み合わせを見ながら。
「それじゃ、分かり次第連絡しろ」
二手に分かれて、聞き込みを開始した。

依頼人はまだ三十代位の人物だった。
即ち、着物を常に着用する時代に生まれた人間ではない。
「だとしたら、依頼人との関連性は低いわね」
歩きながらそう呟いたシュラインに、同行していた遙瑠歌が。
「何故、そう思われるのですか」
問い掛けた。
小さな少女の問いに、シュラインは笑うと。
「逆算しても、戦時中の人間にはならないでしょ?と言う事は、依頼人との関係は低いと見た方が良いっていう事になるわ」
帰ってきた答えに納得したのか頷いた遙瑠歌。
小さな少女と共に、幾つかの家や人に聞き込んで。
十人以上になろうかという頃。
「あまり此の辺でうろつかない方が良い」
一人の老人がそう告げた。
「如何してかお聞きしても?」
シュラインの問いに、老人は辺りを見渡して。
「此の辺りには『時食虫』がおる」
「『じくうむし』で御座いますか」
小さな少女の言葉に頷いて、老人は言葉を続ける。
「戦時中に死んだ子供達の霊が、記憶を攫うらしい」
何でも其の現象を起こす子供は一人、という訳ではなく。
複数の子供が集まって、一つの霊になっているらしい。
そして、全ての子供に共通するのが。
『死ぬ瞬間、遊んでいた』らしいという事。
其の霊と遊ぶと、記憶を失うという事。
「詳しい場所はご存知かしら」
シュラインの言葉に、老人は目を見開いて首を振った。
「悪い事は言わん。行かん方が良い」
老人の否定を遮る様に、遙瑠歌が告げる。
「御依頼を受けました。わたくし達は、事件を解決する義務が御座います」
少女の言葉に老人は視線を彷徨わせる。
本当に、何かありそうだと暫く待つと。
諦めた様に、ぼそりと呟かれた。
「此の先にある墓場」
其の答えに微かに口角を上げて、シュラインは頭を下げる。
「どうも有り難う御座います」
同じ様に、遙瑠歌も頭を下げた。

<Chapter: 02 時食虫の正体>
「今回はおまえ達の方が当たりだったみたいだな」
連絡を受けて、草間と零がやって来た。
集まったメンバーは、自分達の集めて来た情報を交換し合い。
行き着いた先は、一つの墓場。
「時食虫か……」
草間がそう言いながら煙草を地面に落とした、其の瞬間。
「遊ぼうよ」
ぼんやりとした声が聞こえた。
其の声に敏感に反応したのは、流石というか零だった。
瞬時に刀を具現化し、右手に握る。
驚いた様子の草間とシュラインに、オッドアイを軽く見開いた遙瑠歌。
「ねぇ、遊ぼ?」
振り返った先に居たのは、着物を身につけた、遙瑠歌よりも背の低い少女の姿。
忌々しげに舌打ちした草間が、辺りを見渡すが。
着物の少女を中心に、空間が歪み始めていた。
「此の子が時食虫……」
「零、行けるか」
小さく頷いて、刀を握りなおす零を。
「待って」
止めたのはシュライン。
「止めるな……!」
これ以上の厄介事は御免だ、と言わんばかりの草間に。
「ちょっと黙って、武彦さん」
言い放ち、シュラインは耳を済ませる。
「遊んでくれないの?」
尚も空間は歪み、辺りは戦時中の景色へと移り変わろうとしていた。
恐らく、眼前の霊が生きていた、そして死んで行った時の景色なのだろう。
ふ、と。
突然シュラインが声を上げた。
「零ちゃん!奥から二番目の列、右から四つ目の墓石を斬って!」
其の言葉を受けて、直ぐに零が駆け出す。
目指すは、シュラインの告げた『墓場』の墓石。
「待て!勝手にんな事……」
「大丈夫よ」
尚も変わり続ける景色の中。
確かに、シュラインの指した墓石だけは何の変化も無く其処にある。
「あの墓石……」
気がついたのか、遙瑠歌が小さく呟く。
言葉の続きを待つ草間に、少女は告げた。
「あの墓石だけ、時が壊れております」
「そう。あの墓石だけ、変な音がするわ」
遙瑠歌とシュラインの言葉に、草間が視線を特定の墓石へ向ける。
其の視線を追いかけて、時食虫が視線を追いかけ。
其の先に走り込んで行く、刀を持った零を見つける。
「……っ!」
慌てた様子の時食虫に、草間が最後通告の様に告げる。
「おいたが過ぎたな。悪いが、遊んでる暇はねぇんだ。依頼人達の記憶を返してもらうぞ」
「やめてっ!」
悲鳴の様に空間を走る時食虫の声。
「貴方様の為でも御座います。『あれ』がある限り、貴方様は幸福にはなれません」
遙瑠歌の言葉に、視線を草間達へと戻す時食虫。
「貴方様の願いを叶えるには、あの不完全な墓標を消し去らねばなりません」
「不完全?」
首を傾げた着物の少女に、遙瑠歌は頷く。
「あれは貴方様の願望によって創られた虚像。其処に囚われたままでは、貴方様は本当の願いを叶える事が出来ません」
「本当の願い……」
草間の呟きに、もう一度頷いて、小さな少女が呟いた。
「『幸福に遊びたい』。唯、其れだけで御座います」
次の瞬間、零の刀が虚像の墓石を二つに分断した。

<Ending: 彼女の指輪>
「で、事の顛末としては、その霊が『楽しく遊びたい』って願望を抱いて、変な言い方『怨霊』みたいなもんになった。失くした記憶が子供の頃なのは、その怨霊が子供だったからだ」
電話で依頼人と会話する草間。
依頼人は『仕事で忙しい』と、事務所に来られなかった。
其の為草間は、電話で報告をしているのだ。
「でも、私達ですら気がつかなかったのに、シュラインさんには聞こえていたんですね」
モップ片手にそう言った零の視線の先には、報告書を作っている古参の事務員。
「私も不思議なのよね。微かにずれた音が聞こえたのよ」
パソコンに向かっていた視線を零に移して、シュラインも不思議そうに呟く。
其の言葉を聞いていた遙瑠歌が、窓から視線を外してシュラインと零を見やる。
「恐らく、シュライン・エマ様が御持ちの指輪が切欠かと」
「此の指輪?」
シュラインの右薬指に納まっている指輪は、以前草間から譲られた物だった。
「はい。其の指輪は恐らく、微かな空間の歪みを感知する事が出来る、という物で御座います」
実際に、誰も気がつかなかった歪みを、シュラインは『音』で察知した。
「此の指輪、何なのかしら」
眉を顰めて、草間を見やると。
丁度電話が終わったのか、受話器を置いて煙草を口に銜えていた。
「ねぇ、武彦さん」
「あー?」
シュラインの言葉に、やる気なさそうに草間が視線を移す。
「前の、指輪探しの報酬はこれ以外何だったの?」
突然の問い掛けに。
草間は小さく身を震わせる。
「何だよ突然」
「だって、これ以外の報酬、私は全く知らないんですもの」
ねぇ、と二人の少女に視線をやれば。
少女達は視線を彷徨わせた。
如何やら、何かを知っているらしい。
知らないのは自分だけか。
「武彦さん?」
じとりと目を据わらせて睨みつけると。
「無い」
半ばヤケクソの様に草間が言い放った。
「は?」
「報酬で其れ買った。だから、無い」
目を泳がせてそう言った草間を見て。
シュラインは笑い出したのだった。

<This story is the end. But, your story is never end!!>


■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
記憶を捜す、という所から名づけた『君色探し』というタイトルでした。
前回の指輪、実は武彦さんが、シュライン様にだけ内緒で買っていたそうです。
左手の薬指にするか、どうするか……悩みましたがあえて右手で。
それでは、またのご縁がありますように。