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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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自動人形は発条猫の夢を見るか? 間幕劇『吾輩は猫である』
我輩は猫である。
名前は……あると言えばあるのだが、まぁ気にしないでくれ給え。
突然だが、我輩はとても困っている。
何を隠そう我輩、何者かに狙われているようなのだ。
いや、是は結して冗句の類ではない。
つい先日も、気心の知れた友人と戯れておった時も、
気が付けば、煙管など吹かした怪しげな女が、我輩の事をジッと見詰めていた。
我輩は何かと忙しい身ゆえ、すぐにその場を立ち去ったのだが、
その女は我輩の後を尾けてきて、あろうことか我輩を捕まえようとしおったのだ。
吾輩は猫である。
逃げ隠れするより他に、身を守る術を持たない、か弱い猫である。
†††
「え、いや、あんたが忙しいのはあたしも承知してるよ。だけど、そこをなんとか」
受話器を耳に当てながら、その向こう側にいる相手に頭を下げる蓮。
だが、そんな蓮の熱意も空しく、ガチャンと耳障りな音を残して電話は切れた。
ツー、ツー、という無機質な電信音を聞いていると、我知らず溜息が漏れる。
もうこれで何件目だろう。頼んだ仕事を断られると言うのは思いの外キツイものだ。
だが、それも当然と言えば当然のこと。何せその内容が内容だ。
「ドコにいるかも分からない猫を探して捕まえてくれなんて、そんな仕事誰も請けちゃあくれないよねぇ……」
呟いて、また溜息ひとつ。
手間ばかり掛かりそうで、尚且つ実入りの無さそうな仕事。そんなもの誰だって断るに決まってる。
そもそも、こんな仕事を請けてくれるような心当たりは、蓮には数えるほどしかない。
たとえば、そう。年がら年中、閑古鳥が鳴いていそうな『あの』探偵事務所とか……。
だが運命とは残酷なもので、今日に限って連絡がつかない。だからこうして困ってる。
「はぁ、暇を持て余してて協力してくれそうなの、どっかに居ないもんかねぇ……」
◆ 猫にはやっぱり? ◆
「猫と言えばかつおぶし! 猫と言えばマタタビ! 猫をとっ捕まえるならこの二つと、昔から相場が決まってるんでぇい!」
右手には土佐産の高級かつおぶしを丸ごと一本。左手にはまたたびをギッシリ詰めた袋。
この二つを掲げ「おれって頭いい!」と豪快に笑うのは、今回の『猫捕獲作戦』に一番名乗りを上げた伊葉・勇輔。
だが、そんな得意満面の勇輔を見つめる他の面々の表情は一様に冷ややかだ。
その裏側に秘められた感情を敢えて言葉にするならば、「オイオイ、本気かこのオヤジは」と言ったところだろう。
「……餌と好物で誘き出す、と言うのは確かにベタな案。だけど、問題は相手がそれに引っかかってくれるか否か……
そういって考え込むようなそぶりを見せるササキビ・クミノ。
彼女自身、捕獲手段の一案として同じ様なことを考えてはいたのだが、こうして他人がいざそれを行おうとする様を見ると、あまりにも不安要素が多いことに気が付いた。
確かに対象は『猫』の外見をしているが、その内まで猫とは限らない。そもそも食事を必要とするかさえ現時点では不明なのだ。
「蓮さんが一度捕獲に失敗した所為もあって、警戒感を強めているらしいし……そう簡単にはいかないでしょうね」
クミノの発言の後を継いで言うシュライン・エマ。
彼女もまた、これまでの事件の経緯から、その『猫』がただの猫ではないのだろうという考えを持つに至っていた。
「まぁ、いまここで話し合っていても仕方ありません。『虎穴に入らずんば、虎児を得ず』どんな策でもやってみる価値はあるでしょう。私も、お手伝いさせて頂きます」
横合いから突然、ピッと人差し指を立てて現れたスクールサイズのMIB(メン・イン・ブラック)。とある人物からの依頼で本件の手伝いをすることとなった藁科・ウィリアムである。
「……そう、ですね。猫さんを捕まえるために何が必要か。情報収集と平行してやれることをやってみる。それが一番、良いのかも知れませんね」
最後にそう言って、皆の意見をまとめる篠原・美沙姫。
美沙姫が右手に握られたねこじゃらしをサッと後ろ手に隠したことを見咎めたものは、幸いにしていなかった。
勇輔、クミノ、シュライン、ウィル、美沙姫。そして、この場にはいないが依頼者の蓮と、その店に居候中の自動人形フィリオラ。
六人と一体による『猫捕獲作戦』は、こうしてその幕を切って落とされた。
◆ 基本は餌付け? ◆
―― にゃぁお、うにゃぁ、にゃぉ〜ん……
燻したマタタビから立ち昇るニオイに当てられた猫たちが、唸り声を上げて地面にゴロゴロと転げ回る様は、見ていてなんとも微笑ましい。
「……いませんね」
「……ああ、いねぇな」
白猫に黒猫、トラや三毛。様々な種類の野良猫が集まりマタタビに酔っていたが、その猫たちの中にお目当ての猫はいない。
クミノから借り受けたステルス装備を纏いその様子をビルの影から観察していた勇輔とウィルが、はぁと盛大に溜息を吐いた。
見通しが甘かった、と言う他ないだろう。
野良猫が寄り付きそうな場所、路地裏や公園、河川敷などを狙ってかつおぶしやマタタビをバラ撒いてみたが、結果は見ての通り。お目当てのあの猫、ブリティッシュブルーのあの猫はまったく姿を見せず、集まって来たのは有象無象の野良猫ばかりだった。
「ぬぅ、まさかこの東京都下にこれだけの数の野良猫がいようとは……
むむむ、と難しい顔をしながら拳を握り締め、「こいつぁ都政を預かる者として何とかしなきゃいかんなぁ……」などとブツブツ呟いている。
このことが切っ掛けとなったのかどうか定かではないが、後日、東京都主導で野良猫の一斉保護作戦が行われたのだが……それはまた別の話。
そうやって、餌やマタタビを仕掛けたポイントを順に巡っていた時だった。
「……むッ!? ちょっと、勇輔さん。あれ見てください」
某公園に仕掛けたかつおぶしとマタタビの罠を茂みの影からジッと見つめる一匹の猫の姿をウィルは目敏く発見した。
「ああ、しばし待て。俺はいま忙し……って、あれは!?」
今後の都政に於ける野良猫対策に関して考えを巡らせていた勇輔だったが、ウィルのその言葉と指し示された方向に見える姿に、ハッと我に返る。
茂みの影に身を潜め、クラクラとマタタビに酔い、かつおぶしを舐める他の猫たちの様子を、顔を顰めて見つめる金色の瞳。それは紛れも無く蓮が捕獲を依頼した猫。
やっと見つけた。勇輔とウィルは、高鳴る鼓動を抑えつつ、仕掛けた餌に食い付くか否か、その行動を慎重に観察する。
蛾去り、と茂みを揺らして姿を現す青灰色の猫。事前に得ていた情報の通り、野良猫にしては聊か太り気味の容貌。
のっそりゆっくり、身体を揺らしながらマタタビとかつおぶしに近づくその様、それに気付いた他の野良猫が道を譲るその様は、さながら王の行進を思わせた。
―― ごくり……。
我知らず息を飲む二人。マタタビとかつおぶしに近づきクンクンと鼻を鳴らす青灰色の猫。
これで餌に食い付き隙を見せれば、その瞬間にステルスを解いて捕獲。それで依頼終了となるのであるが……
「……フンッ」
あろう事かその青灰色の猫は、それを鼻で哂ったのみならず、クルリと踵を反し後ろ足で砂を掛けて見せた。
猫らしからぬ呆れたような表情は、まるで「こんな程度の低い罠に引っかかると思っているのか、愚か者め」と、この罠を仕掛けた者たち、勇輔やウィルたちを嘲笑うかの様だ。
―― にやあ。
そして、唸るような鳴き声で一声鳴くと、
―― にやり。
ステルスコートで周囲から不可視状態にある筈の勇輔とウィルに向かって、鏡の国のチェシャ猫のようににやりと笑って見せた。
「まさか!? バレてんのか?」
「……どうやら、そのようですねぇ」
踵を返して走り去る青灰色の猫。ステルスコートを脱ぎ捨て、とっさにその後を追う。
そのファットな体型に似つかわしく、その走るスピードは猫にしては鈍重。だが、右に左に茂みの中に、或いはビルの隙間の中に。人間には通れるべくも無い小さな路地に入るなどして、巧みに二人の追跡をかわしてゆく。そして、尻尾を振って再びにやり。
「ふ、ふふふふふ……」
「ん? 勇輔さん、どうしました」
そんな、人を小馬鹿にした様な猫の態度に、勇輔がキレた。
「くぉの猫風情が! せっかく人が穏便に済ましてやろうってのに、イイ度胸ぢゃねぇか……ソッチがその気なら、コッチにも考えがあるぞ、こんチクショウ!」
ピシッと決めていたジャケットを脱ぎ、少し乱暴な手際でネクタイを緩め、それをハチマキ代わりに頭に巻いて……
「頭脳プレーはもぉうヤメだッ! これからの時代はパワー、力技だぜぇ!」
「おおおおおっ!」
天に向かって拳を突き出し、獣の様に吼える勇輔。その様に拍手喝采、そーだやれやれもっとやれ、と勇輔を煽るウィル。
「んにやぁ!?」
勇輔の気合、と言うか気迫、と言うかぶっちゃけ殺気に近い闘気に脱兎の如く逃げ出す猫。
「逃ぃがぁすぅかぁぁぁぁッ!!!」
そうはさせじと後を追う勇輔とウィル。
「……ふっふっふ、おもしろくなってきましたね」
そして、混沌の様子を呈し始めた状況に、ウィルがひとり真顔でほくそ笑むのだった。
◆ 猫さん、あなたのお名前は? ◆
―― 勇輔とウィルが青灰色の猫との追いかけっこに興じ始めた時分から、若干時は遡る。
「それで、結局あの猫はいったいどういう存在なのかしら?」
餌付け捕獲作戦という肉体労働はひとまず勇輔とウィルに任せ、蓮やフィリオラ、美沙姫たち女性陣は、アンティークショップ・レンに残り、これまでに確認されている各種情報の確認と新たな情報の検索を行っていた。
「以前、フィリオラ様はその猫さんとお話されたことがあるそうですが……いったいどんなお話をなされたのですか?」
美沙姫のその言葉に全員の視線がフィリオラに集まるが……
「ほえ? いや〜、そんな大したお話はしてませんよぅ。元気にしているか? とか、身体の調子はどうだ、歯車にガタがきたりしていないか? とか、いま住んでいる所では良くして貰っているか? とか……」
色々と心配してくれて、とっても優しい猫さんでしたよ。その質問の意図などいざ知らず、ただ無邪気な笑顔でそう答えた。
「それは、つまり……」
その会話の内容、そこから推し量れる事実に息を飲むシュライン。
思い返せば、フィリオラがレンの店から姿を消したときも、自動人形による連続殺人事件のときも、確かにその『猫』はそこにいた。
「その猫が、自動人形たちの造物主『マノン・カーター』の限定された状態、或いはその関係者である疑いが強い……。そういうことね」
パソコンを使って東京都とその周辺の野良猫観察・管理集団、平たく言ってしまえば『ねこ愛好家』たちのネットワークから件の猫の所在情報を探っていたクミノが口を開いた。
「蓮も、そう思ったからこそ、猫を捕まえようなんて思った訳だろう?」
皆の視線がフィリオラからその隣に座した蓮に移る。
「そう、だね……。あたしも確証があった訳じゃあないケド、その可能性は強いだろうね」
そう言って、溜息とともに紫煙を燻らす蓮。
「つまり……蓮さんは、ここ最近の人形事件の解決……までは考えてないのかしら? 兎に角、その辺りの事情も考えて、その猫と何とかしてコンタクトを取りたい……と。そう言う訳よね」
シュラインのその問い掛けにコクリと頷きのみで返事を返す蓮。
いったいその猫が何者であるかは現時点では判然としない。ならば、やはり直接会って話し合うしか方法はない。
「問題は……どうやって猫さんに話し合いのテーブルについてもらうかです、ね」
そして、美沙姫が放ったその言葉を機に、会話の内容が『猫の正体』から『猫との交渉方法』に移ろうとした、まさにその時。
―― ビー、ビー、ビー……
クミノのパソコンから流れる電子警告音。
その音の意味するもの。それが現在、外で猫の捜索に当たっている勇輔のウィルからの通信だということはその場にいる全員が知っていた。
「……もしもし?」
その場にいる全員の注視を受けながら、クミノは素早くヘッドセット・インカムを装着し、呼び出し音に応答する。
もしかして「猫を捕まえました」という報告なのではないか。楽観的過ぎると分かっていても、そんな吉報を期待せずにはいられない。
だが、得てして現実というものは、想像を遥かに超えて非常なもの。
『アロー、アロー。こちらウィリアム。○×公園に設置したトラップポイントで対象(ターゲット)を確認。現在、主に勇輔さんが張り切って追跡中。……捕まえたら三味線にでもしちゃいそうな勢いです、どうぞ』
……音声をオープンにされ店内に流れるウィルからの報告に、その場にいた全員が等しく固まり、その表情を青く染めた。
「……もしかして、追いかけっこですか?」
サーッと言う血の気の引く音が聞こえそうな空気の中で、ただ一人フィリオラだけが、いつもと変わらぬニコニコ笑顔で、パチンと嬉しそうに手を合わせ「楽しそうですね♪」と言い放つのだった。
◆ 捕獲or交渉? ◆
「だぁぁぁぁッ! あのニャンコ野郎、いったいドコに行きゃーがった!」
やり場のない怒りとかムカつきとかその他諸々の感情を、とりあえず手近なビルの壁面に叩きつけ、勇輔は天に向かってまた吼えた。
「あ、壁にヒビが……」
ワイシャツ一枚にネクタイハチマキ、怒りで染まった赤い顔という組み合わせは、どっから見ても酔っ払いの独り言&八つ当たりにしか見えなかったが、身の安全を考えると迂闊にツッコむ訳にもいかないよなぁ。そんなことをウィルは考えた。
様々な手を尽くして、それこそ身に着けた異能の力までも駆使してネコを追った二人(主に勇輔)だったが、どうも件のネコは、ビルという名の木々が生い茂る都会のジャングルに慣れていた様で、結局捕らえること叶わずその姿を見失ってしまっていた。
『……勇輔さん、ウィルさん、聞こえる?』
耳に装着した機械から聞こえる音声。
それは、相互に連絡が取れるようにとアンティークショップ・レンを立つ前にクミノに渡された小型の通信機。
『件の猫の現在位置は私の方で補足しています。そのまままっすぐ進んでください』
「勇輔さま、ウィリアムさま、こちらです。ビル影に身を隠して、猫さんの視界に入らないように注意してください」
通信機越しに聞こえるクミノの声を継ぐかの様に、中空からふわりと風に乗って現れた美沙姫が勇輔とウィルの二人を先導する。
「メイドさんが空から降ってくるってのはアレだな……思ったよりもシュールな光景だ」
「……そうですね。あまりにも突然のことで、不覚にもスカートの中を確認し損ねました」
前を行く美沙姫の耳に小声で呟く二人の呟きは聞こえなかったようだ。
二人が見失った猫の位置を確認できたのは、風の精霊の力を借りた美沙姫の霊的追跡と、各所に仕掛けられた防犯カメラや動体感応装置など各種センサー、そしてなにより、
『大丈夫、美沙姫さんの指示に従って問題ない。件の猫の棲息範囲、移動経路、休息場所、その他すべて確認済み』
都内の『ねこ愛好家』たちから得られた膨大なデータ。都内在住の野良猫数万匹すべてを網羅するそのデータ。愛好家たちのある意味偏執狂的とも言える情報収集能力の賜物であった。
「あー、皆さん、いまし……むがもが」
そそり立つビル群の間にぽかりと空いた隙間のような空き地に件の猫の姿を見つけ、何とも嬉しそうに駆け寄ろうとするフィリオラを、シュラインがとっさに引き止め口を塞ぐ。
「ふぁひふるんれふふぁ〜?(なにするんですか〜?)」
フィリオラが背中から抱きつくような形で口を塞ぐシュラインに抗議の声を上げるが、残念だがそれに答えている余裕は無い。
「…………」
ふてぶてしい顔で悠然と歩いていた猫が、突然その足を止めたのだ。
耳をそばだてるでもなければ、周囲を見回すわけでもなかったが、ジッと黙ったまま辺りの気配を伺っている。
「……たぶん、いえ、十中八九気付かれたわ」
襟元に仕込んだマイクに向かって状況を報告する。
シュラインの声はクミノが用意した中継器を介して別の場所からシュラインたちと同じ様に猫の様子を伺っているはずの蓮とクミノ、勇輔とウィルと美沙姫たちにそれぞれ伝えられていた。
『さっきまでと違ってコッチも人数がある。一気にガーッと捕まえちまおうぜ』
『……私はその案には賛成しかねる。基本はあくまで交渉、協力を求める姿勢を貫くべき』
血気盛んな意見を呈する勇輔に、それとは真逆の意見を述べるクミノ。
『……蓮さまは、如何思われますか?』
一瞬対立しかけた場の空気を収める為に、美沙姫は依頼人である蓮に意見を求める。
『あたしは、出来れば手荒な真似はしたくないねぇ。無理に捕まえようとしたから、こんな面倒なことになっているワケだし』
『……それじゃあ、取るべき行動は決まりですね。私も出来れば使い魔を使ったり、野蛮なことは控えたいですから、ね』
蓮の言葉を受けて、皆の意見をまとめるようにウィルが呟く。
言葉の最後に蓮に向かって何事かプライベート・コール(個別通信)を打っていたようだが、それに気付いた者は当事者の二人以外には居ないようだった。
◆ 吾輩は猫である ◆
「そのままでいいから話を聞いてもらえないかしら? 私たちは怪しい者じゃないし、あなたに危害を加えるつもりも無いわ!」
「猫さ〜ん、シュラインさんが言ってるコトはほんと〜ですよ〜」
話し合いの結果、直接の交渉は話術に優れたシュラインと、猫から信用を得ていると思しきフィリオラに任せられることとなった。
もし話し合える相手なら、以前の事件で『猫』のことを疑っていたことを謝りたい。そう言ってシュライン自らが交渉役に志願したことも、彼女が選ばれた理由のひとつだ。
勿論、他の五人もバックアップ兼不測の事態に備えた待機要員としてその場に残っている。
果たして、どのような反応を返してくるのか。そもそも会話によるコミュニケーションは可能なのか。
会話を交わしたのはフィリオラのみであるため、返事を待つより他に確認する術は無い。
―― にやあ
しかし、返ってきたのは人語ではなく、しわがれた猫の鳴き声。やはり人語を解し意思疎通が可能だという話はフィリオラの思い違いに過ぎなかったのだろうか。
その返事に落胆し、シュラインをはじめ、その場に居たすべての面々が溜息を吐きかけた、まさに時だった。
―― 自動人形を共とした人間たち。先ほどから……我輩にいったい何の用であるか?
しわがれた鳴き声を継いで頭の中に直接響く男性の声。
それが青灰色の猫の『声』なのだということに気付くまで、しばしの時間を要したのは無理からぬことであろう。
『おいおい、なんだ今の頭ん中に直接響くみてぇな妙な声は!』
『まさか……今のが猫さんの声、ですか?』
『まぁ、人形が勝手に動くくらいですし、猫が喋るくらい珍しくもないですけどね』
『猫語? テレパシー? どちらにしても、興味深いわね』
『……普通は驚くと思うけど。まぁ、このくらいで驚いてたらこの街じゃやっていけない』
『…………ふぅ(紫煙を吐く音)』
それぞれがそれぞれの反応を見せる中で、ただ一人、フィリオラだけが
「猫さん、どうもお久しぶりです」
何時の間に移動したのか、猫の目の前に立ち、そう言ってぺこりと頭を下げた。
―― 久しぶりだな、フィリオラ。どうだ、最近の調子は? 歯車が軋んだりしていないか?
「はい、ぜんぜん大丈夫ですよ」
頭の中に直接響くその言葉に笑顔で答えるフィリオラ。その返事に満足そうに微笑む猫。その様まるで、己が娘の身を案じその安全が確認されたことに安堵する父親のよう。
「……もしかして、あなたは……」
かつかつとヒールを鳴らしながら猫に近づくシュライン。フィリオラが心を許しているからだろうか、猫はもう逃げようとしない。
―― ごくり。
いま正にシュラインの口から紡がれようとしている言葉に、全員が息を飲む。
「……人形師マノン・カーター。あなたが……そうなの?」
フィリオラに掲げられるように抱かれた青灰色の猫に向かって、シュラインは問うた。
己を抱き上げるフィリオラの表情とは対照的な、額に眉根を寄せたような顰め面で、その猫は口を開くことなく、こう答えた。
―― 吾輩は猫である。名前は……貴君らの言うとおり、マノン・カーター……。
蓮と美沙姫、クミノとシュライン。半ば予想していた答えとはいえ、実際に聞かされるとそれなりに衝撃的だ。事情の不覚を知り得ぬ勇輔とウィルにとっては尚更に。
だが、その猫は、彼らの衝撃に頓着することなく、言葉を続ける。
―― ただし、我輩は、偉大なる造物主。人形師マノン・カーターの人格と記憶を転写された猫型の自動人形だが、な。
■□■ 登場人物 ■□■
整理番号:6589
PC名 :伊葉・勇輔
性別 :男性
年齢 :36歳
職業 :東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
整理番号:4607
PC名 :篠原・美沙姫
性別 :女性
年齢 :22歳
職業 :宮小路家メイド長/『使い人』
整理番号:6961
PC名 :藁科・ウィリアム
性別 :男性
年齢 :18歳
職業 :迷子センターのお兄さん
整理番号:0086
PC名 :シュライン・エマ
性別 :女性
年齢 :26歳
職業 :翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
整理番号:1166
PC名 :ササキビ・クミノ
性別 :女性
年齢 :13歳
職業 :殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
■□■ ライターあとがき ■□■
注:この物語はフィクションであり実在する人物、物品、団体、事件等とは一切関係ありません。
と、言うワケではじめまして、こんばんわ。或いはおはよう御座います、こんにちわ。
この度は『自動人形は発条猫の夢を見るか? 間幕劇:吾輩は猫である』への御参加、誠に有難う御座います。
担当ライターのウメと申します。
まず何よりも先に、納品期日が遅れましたこと、この場を借りてお詫びさせていただきます。
特に、2週間の募集期間中の初期に発注いただいたお客様には、かなりの遅延になってしまいました。
今後はこのようなことが無いよう、募集スケジュール・執筆スケジュールともに注意していきたいと思っております。
最近は「規定文字数に収めるにはどうすればいいか」なんてことを考えながら執筆を行っていますが、
ヤッパリ今回も規定文字数オーバーです。本文がゲーノベの6000字くらいに収められるのがベストだと思うのですが、
なかなか上手くいきません。困ったモンです。
さて、ようやく本文の内容ですが……
件の猫の正体は……多くの方が予想されたとおり、人形師のマノン・カーターでした。
勿論、本人は既に亡くなっているので、猫の自動人形に宿った仮想人格ですが。
今後は、彼からもたらされる情報と、その思惑の外で動き出したカーターの作品たちを追うことになると思われます。
実生活が多忙になってきたこともあり、以前のようなペースでシナリオを発表することは出来ませんが、
完結させるまで止めるつもりはありませんのでご安心ください。
それでは、お詫びも含めて長々となってしまったので、本日のところはこの辺で。
また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。
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