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<東京怪談ノベル(シングル)>


ありがとうの日

 六月十一日は、立花 香里亜(たちばな・かりあ)の誕生日だ。
「あ、メール」
 日付が変わったと同時に携帯からメール着信音が響き、それを開いた途端香里亜は嬉しそうに笑った。
 差出人は黒 冥月(へい・みんゆぇ)だ。画面にはお祝いのメッセージの言葉が踊る。
「冥月さんってば……」
 冥月が誕生日をお祝いしてくれるというのは、前々からの約束だ。その日は一日中香里亜に付き合ってくれて、その後夜にフラン・ナチュールというケーキ屋でお祝いをするということになっている。
 いそいそとメールを返信しながらも、香里亜はベッドの上に座ったまま思わず笑ってしまった。
「ふふっ、楽しみー」
 誕生日はともかく、冥月と出かけられるのが嬉しい。東京にきて一年記念の時も一緒に遊びに行ったが、今度も少しぐらいのわがままは聞いてもらえるだろうか。そう思うと、期待は高まる訳で……。

 その頃。
 冥月はフラン・ナチュールの厨房を借りて、香里亜の誕生日用のケーキと料理の下ごしらえをしていた。
「その日の前日夜と、当日夕方から翌朝まではこの店を貸し切りにしてくれ。金はいくらかかっても構わん」
 前々からこの店の常連である冥月の言葉に、店長は快く承諾してくれた。厨房を借りる事が出来る辺り、冥月がかなりこの店を気に入っていることが分かる。
 予定としてはこうだった。
 朝、香里亜を家まで迎えに行き、一度ここでケーキ(誕生ケーキとは別)を食べながら、その日の予定を相談する。その後夕方までは香里亜にたっぷり付き合い、来店するまでに店長に豪勢なケーキを仕上げておいてもらい、二人だけのパーティーをする気だ。無論、貸し切りのことは内緒だ。それがばれてしまっては、色々と面白くない。
「料理の下ごしらえが大変だからな……」
 そう呟くと、料理台に置いてあった携帯が鳴った。どうやら香里亜が早速返事をくれたようだ。
 迎えに行く前にもやることは色々ある。
 その時の様子を思い浮かべ、冥月はふっと口元だけで笑った。

「今日はですねー、メールでも言ってましたけど、お買い物中心に行きたいなって思っているんです」
 フラン・ナチュールで生ハムとクリームチーズのクロワッサンサンドとエッグタルト、そしてたっぷりのミルクティーで軽食を取りながら、香里亜は冥月に今日の予定を話した。
 ここは本格的フランス菓子の店なので、早い時間はこうしてクロワッサンなどが売っている。
「行き先は香里亜に任せよう」
「ふふっ、今日はそのつもりです。まずはお買い物ですね……七夕とかありますから、和装小物も見たいですし、今年は海にも行きたいので、水着も下見したいです」
「下見だけで良いのか?」
 カップを持ちながら言う冥月に、香里亜はにこっと満面の笑みを浮かべる。
「水着は、海に行く前に買いに行こうかなって。まだシーズンには早いですし。でもその場の勢いで考えます」
 確かに六月の今、水着を買うのは早計か。それに水着は、海に行くのが本決まりになってから買ってもいい。
「じゃあ食べたら出るか」
 今日の香里亜はピンクのカシュクールワンピースの中に、黒のキャミソールだ。夏を先取りしてバッグは小さなカゴで出来ている。
 ショッピングと言っても、香里亜が行きたいという場所は、基本的にそう高級な場所ではない。まずは駅直結のデパートの中に入ってる、洋服店へ。
「冷房きつい所に行った時用に、可愛いカーディガンとか欲しいんですよね」
 そうは言ったものの、流行のスカートや小物など、色々な物に目を奪われるようだ。チュニックを手に取っている香里亜が、何かに気付いたように冥月を見る。
「あのお店のワンピース、冥月さん似合いそうですね」
 そう言って指さしたのは、黒は黒だが首元のチョーカーから繋がるタイプのロングワンピースだった。流行を追わない冥月にはよく分からないが、多分ゴシック系なのだろう。
 あの服を着てどこへ行くのか。そんな事を思っていると、香里亜はワクワクと冥月を見上げている。
「……なんだ?」
「試着だけでもしてみません?」
「ダメだ」
 他にも可愛い服や小物を見つけるたびに試着をねだられたが、冥月は断固拒否した。確かに黒しか着ないと言ったことがあるが、それでもやはりひらひらした物には抵抗がある。
「むー、黒だったら着てくれると思ったんですけど」
 いくつかショップを周り、気に入った服を買った後、今度は水着フェアの場所に向かっていく。
「どんな水着にしようかなー」
 水着フェアの場所というのは、水着そのものだけではなく、ヘアバンドやサンダルなども売っている。色々と自分の体に当てたりしつつ、香里亜は冥月に意見を求めてきた。
「冥月さんはどっちがいいと思います?」
 持っているのはAラインの黒のワンピース型と、白地にピンクのハイビスカスが描かれたスカート付きのビキニだ。どっちを着ても似合うだろうが、冥月はビキニの方を指さしてみる。
「どっちも可愛いが、明るい色の方がいいな」
「そうですか?冥月さんは水着とかって持ってます?」
 一応黒のビキニとパレオを持っているが、もしまた買いに来るというのなら一緒に新調してもいいだろう。そんな他愛のない事を考えながらも、楽しい時間は過ぎていく。
 まあ派手な水着の試着は、流石に拒否したのだが。

「冥月さん、カラオケ行きましょう」
「は?」
 昼食をどこで取ろうか考えていると、香里亜は道で受け取ったチラシを見てこう言った。その店はランチタイムサービスに、食事と一緒にカラオケが楽しめるらしい。そういえばメールでも「カラオケに行きたい」とか言っていたような気がする。
「カラオケは苦手なんだ……」
 拒否する冥月に、香里亜はにこっと笑ってこう言った。
「今日はお付き合いしてくれるんですよね?」
 そうだった。
 まあ香里亜曰くランチも美味しいという店だし、歌を聴いていればいいだろう。聞くぶんには、別にカラオケが嫌いなわけではない。ただ、歌ったりする事に慣れていないだけで。
「カラオケは苦手だし、歌もよく知らない。だから聴くだけだぞ」
 そう言ってしばらく香里亜の歌声を聞いていると、三曲ぐらい歌った後で香里亜が冥月にマイクを渡す。
「冥月さんも、何か一曲歌って下さい」
「苦手だって言っただろう」
 そう言って拒否すると、香里亜は悲しそうにじっと冥月を見た。
「可愛い服も着てくれないし、何だかしょんぼりです」
 うっ……。
 この目には弱い。服も試着しなかったし、ここで突っぱねたらただ一緒にいるだけになってしまう。仕方なく歌本を開き、冥月は洋楽のバラードを指さした。
「よく分からないから、香里亜に任せる」
 ピッピッとリモコンを使い、香里亜は番号を入れていく。すぐに前奏が始まるが、歌う前から顔が真っ赤なのが自分でも分かる。
「………」
 何とか一曲歌い終わると、冥月はマイクを持ったまま両手で顔を押さえた。
「歌うのは恥ずかしいんだ」
 冥月が赤面するのも、こんなに恥ずかしがるのも初めてのような気がする。香里亜は拍手をして、満足そうに烏龍茶を飲みながら笑っている。
「すごくお上手でしたよ。本物のボーカルさんみたいでした。もう一曲如何ですか?」
「勘弁してくれ」
「うふふー」
 また香里亜が歌本を見始める。それを横目で見ながら冥月は、香里亜に携帯で隠し撮りされていた写真を何とかしなければと思っていた。

「あー、たくさん遊んだりお買い物したりしました」
 途中、何故かブライダルファッションショーのモデルを頼まれ、香里亜に圧される形で結局承諾したりしつつあちこち行っている間に、結構な時間が経っていた。
「じゃあ、そろそろフラン・ナチュールに行くか」
「そうですね」
 いつもの調子で店に入ると、店内の様子が何か違う。
 この時間は客がいるはずなのに、店の入り口には『本日貸し切り』という看板が出ていて……。
「今日は貸切りで食べ放題だ」
「はわっ!そんなに食べられませんよ」
 店内にあるケーキは、バイキング形式で小さめに作られている。他にもキッシュやミートパイなど、甘くない物もたくさんだ。吃驚して固まっている香里亜に、冥月はふっと笑い背中を押す。
「今日買ったばかりの服に着替えてこい。その間に用意をしておく……そうそう、アクセサリーは着けてくるなよ」
 香里亜が着替えている間、冥月は簡単なパーティー料理と珍品料理を作る。一つだけ珍味を食べさせてやると約束していたので、「三蛇羮(サンショーカン)」と呼ばれる、三種類の蛇を細切りにしてとろみをつけたスープを作る。
「お待たせしました」
 買ったばかりの洒落たワンピースに着替えてきた香里亜を、冥月は椅子に座らせた。
「まずは前に注文していたアクセサリーだ」
 アクセサリーを身につけていない香里亜に、冥月は先月注文していた物をつけてやる。ネックレスの真ん中には大きなパールがついており、指輪やイヤリングもそれに合わせたデザインだ。六月の誕生石であるムーンストーンやアレキサンドライト、そして十一日の石であるダイヤも使われており、石が多いながらも派手すぎず、なじみの良い色に仕上げてある。
「はうぅ……何だか緊張します」
「まだまだこれからだ」
 冥月が合図をすると、店の奥から大きな花束が出されてきた。今日の誕生花であるマリーゴールドやチュベローズ、それに六月の花を集めた豪華な花束だ。それに続いてろうそくの立てられた誕生ケーキと、冥月が作ったスープなどが運ばれてくる。
「香里亜、誕生日おめでとう」
 花束を渡して笑う冥月に、香里亜は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます!今年もよろしくお願いします、冥月さん」
 それはこっちの台詞だ。
 出会ってくれてありがとう。
 一緒に誕生日を祝わせてくれてありがとう。
 今までさして周りに興味もなく生きていた冥月にとって、香里亜との出会いは闇に差す一筋の光のようだった。香里亜は恐縮しているが、本当はこれでだって祝いきれないほど嬉しい。
「さあ、一気に吹き消せ」
 冥月にそう言われ、香里亜はふーっとろうそくを吹き消した。それはチョコレートと新鮮なベリーがふんだんに使われていて、ちゃんとチョコレートのプレートに『Happy Birthday』と書かれてある。そのケーキの端を冥月はフォークですくうと、香里亜に向かって差し出した。
「ほら、あーん」
「ほえっ?」
 その仕草に赤くなる香里亜。カラオケの時のお返しというわけではないが、ニヤッと笑って差し出されるそれを、香里亜はそっと口にする。
「何か恥ずかしいですね」
「そうか。こっちのスープも一口食べてみろ……珍味だぞ」
 そう言われ、香里亜は恐る恐るスープをれんげですくった。色々な具材が入っているとろみのあるスープ。口にすると出しが出ていてなかなか美味しい。
「美味しいですけど、珍味って何ですか?」
「ああ、蛇だ。中国では秋に食べると冬の間風邪をひかないと言われている……これで夏バテもなしだな」
 蛇!
 だが、そう言われてもやっぱり美味しい物は美味しい。ケーキを食べつつも時々その塩気が妙に食を進ませて。
 楽しく話をしながらケーキなどを食べていると、ふと冥月が何か思い出したようにポケットに手を入れた。
「そうだ、メインのプレゼントを忘れていたな」
「えっ?アクセサリーがメインじゃないんですか?」
 かなり豪華なアクセサリーだけではなく、店まで貸し切りにしているのにメインがあるとは。世界の一部とか渡されたらどうしようなどと思いながら、少し緊張している香里亜に、冥月は一枚のカードキーを手渡す。
「私のセカンドハウスの鍵だ。あまり使わんから友人と自由に使うといい。セキュリティも高く良い部屋だ」
「合い鍵ですか?」
「そういう事にもなるのかな」
 じっとカードキーを見つめている香里亜に笑いながら、楽しい一時は過ぎていった。

 翌日。
「昨日はありがとうございました。すごく楽しかったです」
 コーヒーを飲みに来た冥月に、香里亜がクッキーを出して頭を下げた。楽しかったのは自分も同じなので、冥月は気にしていないが、これも香里亜の良い所だろう。
「いや、私も楽しんだから同じだ」
 そう言ってクッキーを食べると、香里亜はにこっと笑ってこう聞いた。
「……で、私も今度冥月さんのお誕生日お祝いしたいんですけど、いつですか?」
 ああ、そうだった。
 香里亜は礼には礼で答えるのだったっけ。
 教えるか教えまいか。冥月はコーヒーを飲みながら、そっと目を閉じる……。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
香里亜の誕生祝いを一緒にという事で、交流メールにも繋がったお話を書かせて頂きました。アクセだけかと思ったら、お店貸し切りに花束に合い鍵と、お姫様のようでびっくりしました。蛇スープも驚きですが、やはり冥月さんの初カラオケが、香里亜としては嬉しいかと…そっと隠し撮りしてたりしてます。
冥月さんの誕生日は教えてもらえたのでしょうか。それは別のお話で。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。