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特攻姫〜その１針、１針に〜
「新しいドレスが欲しい……？」
幼き主の珍しい要求に、如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]は首をかしげた。
「そろそろ飽きてきましたか？ そのドレス、お気に入りでいらしたのに」
「い、いや飽きた、とかではなく」
言われた葛織紫鶴[くずおり・しづる]は、しどろもどろになった。
今現在、一番よく着ている服は、竜矢が大分前にプレゼントしてくれたものだった。生まれてこの方物欲とは縁のなかった紫鶴に、贈られた服は美しくて、彼女の好きな剣舞を舞うのにもちょうどよくて、紫鶴が初めて「離したくない」と思ったものでもある。
しかしそんな紫鶴も最近、色んな人間と触れ合うことが多くなって――
「……他にどんな色が私に似合うのだろう、と思ってみたのだ」
罪悪感に胸を両手でぎゅっとつかみながら、紫鶴はうつむく。
竜矢は笑って、
「女の子がたくさん服を着たがるのは当たり前ですよ。そうですね、今度の立食パーティで仕立てが出来る人を探しましょう」
「いいのか！？」
紫鶴は顔をあげて、目を輝かせた。
竜矢は優しく微笑んだ。
＊＊＊＊＊
「人間は……苦手です……」
先輩でもある親友にすすめられ、この退魔の名門葛織家のパーティにやってきたのはいいが、彼女は心底困っていた。
何だか親切そうな、カジュアルな服装の青年に、正門で歓迎され、パーティに参加させてもらったはいいが、居場所がなかった。
何しろ彼女の姿がまず目を引く。絹でできた青いグラッツィエーズ、白いさらさらとしたスカート。清潔な手袋に、何より背から生えた薄透明な水色の羽。
まわりからは否応なくの好奇の目にさらされてしまう。
彼女の名はアンネリーゼ・ネーフェ。地球で生まれ育ったわけではなく、『シュテルン』と呼ばれる妖精の国で育った。
シュテルンで生まれる妖精たちの任務は『エルデ』――地球を穢すものを始末すること。
同じ妖精族のほとんどが地球を穢す人間たちを嫌悪している。アンネリーぜも人間に対する警戒心は高いが、打ち解けようと必死だった。ここでまた自分たちが争いごとを起こしても意味がない……
――親友の話では、このパーティは『紫鶴』という少女の親戚が集まっていて、いつも『紫鶴』に嫌がらせをしている嫌なところだ、という話だった。
……でもそのわりには……。
アンネリーゼは周囲をそろっと見渡す。どうしてもちらちらとアンネリーゼを見てしまう者も多いようだけれど、そんなにどろどろとした印象がない。むしろ和気あいあいとしている。
「今日は、紫鶴姫のご友人が多いパーティでしてね」
最初に門に自分を出迎えに来た青年がやってくると、すべてを見透かしたように言った。
「姫もパーティに堂々といられるんですよ」
「………」
アンネリーゼはまずこの青年を警戒した。青みがかった緑の瞳を、青年に合わせないようにしながら、
「……お邪魔して、申し訳ありません」
と小さな声でつぶやく。
「いえ、大歓迎です。――姫！」
青年が誰かを呼んだ。アンネリーゼは誰かが走って近づいてくるのに気づいて冷や汗をかいた。また誰か来る、誰か来る！
「――うわあ、美しい方だ！」
開口一番、新しい気配はそう言った。
アンネリーゼの美しさ、色香は妖精界でもちょっとしたものである。大人しくしているとなお清楚に見えて、匂いたつようだ。
「姫、失礼ですよ。さあ」
「うん！ お客様、私が葛織紫鶴。今日はパーティによくいらしてくださった」
アンネリーゼはそろっと目を上げる。
『紫鶴』。それは親友が言った名前だ。
１３歳ほどだろうか。青と緑のフェアリーアイズに、赤と白の入り混じった不思議な色合いの髪。
――あなたの方こそ美しい。アンネリーゼはそう思ったが、口にしなかった。
挨拶が終わると、紫鶴は急にしどろもどろになって、
「ああ、えっと、な。あなたの、お友達が、あなたを紹介してくれた。あなたのお友達が、ぜひパーティに呼んでやってくれと言っていたから呼ばせて頂いたのだが……ご迷惑だったろうか？」
「いえ……」
か細い声でアンネリーゼはつぶやく。先輩ときたら、勝手なことをして！
「私は如月竜矢と言います。姫の世話役です」
と青年の方が挨拶してくる。
アンネリーゼはそこにきてようやく、自分だけ挨拶してないことに気づき、
「あ……あの、アンネリーゼ・ネーフェです……」
ちょこんと頭を下げた。
「アンネリーゼ……美しい響きの名前だな」
紫鶴が嬉しそうに顔を輝かせる。アンネリーゼは首をかしげた。なぜそんなことで嬉しそうにするのだろう？
「その服も、羽も、髪の色も瞳の色もすべて美しい！ 私はこんな美しい人を始めて見たぞ！」
「………」
アンネリーゼは真っ赤になった。よもやこの子は、私を篭絡しようとしているのだろうか。
「……天然なんですよ……」
傍らで竜矢がぽつりと言った。ぎくり、とアンネリーゼは肩を震わせる。どうやら考えたことが読まれたようだ。
でも……天然、という言葉が、目の前の少女には本当にしっくりきた。
「さて、アンネリーゼさんもぜひパーティにご参加ください。皆あなたが美しくて早く近くに来て欲しそうですよ――」
と竜矢はアンネリーゼの手を優しく引き、立食パーティへと導く。振りほどきたい衝動にかられたが、アンネリーゼは必死で自制した。
こんにちは、とパーティの参加者はにこやかに挨拶してくれた。アンネリーゼはそれにちょこちょこと頭を下げながら、「この人たちは大丈夫？ でも人間。警戒しなきゃ、でも皆笑顔」と葛藤にかられていた。
しばらくパーティがにぎやかに続いていたところで、突然パンパンと誰かが手を叩く音がした。竜矢だ。
「申し訳ありませんが、この中に裁縫の心得のある方はいらっしゃいませんか。姫が新しい服を作りたいと言っておりまして」
「―――」
裁縫。それはアンネリーゼの得意とするところだ。
彼女はじっと息をひそめて成り行きを見守った。他に裁縫好きの人がいるのだろうか。
しかししばらく経ってもパーティのメンバーはざわざわと騒ぐだけで、「私が！」と手を挙げる者はいない。
あの、美しい少女のための、新しい服……
少女の声がよみがえってくる。
――美しい方だ。全部、美しい！
「は――はい！」
アンネリーゼは手を挙げた。
竜矢が驚いてこちらを見た。他のパーティ参加者の視線も集めてしまった。アンネリーゼは頑張った。もう一度、
「私、裁縫なら得意……です」
と言った。
あの子が相手なら、苦手な対人交流も克服できるかもと、そう思って。
立食パーティとは少し離れたあずまやに、アンネリーゼと紫鶴と竜矢は集まった。
竜矢がお茶を用意する。
「ええと……どんな服が……お好み……かしら」
一生懸命紫鶴と向き合おうとしながら、アンネリーゼは尋ねる。
紫鶴は虚空を見て、考えたようだった。
「わ……分からないんだ。私は服に興味を持ったことがなかったから」
「―――」
アンネリーゼは今紫鶴が着ているドレスを見る。
赤が貴重、白のフリルに赤いリボン。
「かわいらしいドレスを着てらっしゃいますね」
アンネリーゼは素直に褒めた。えへへ、と紫鶴が頬をピンク色に染める。
「そうですね……どうせなら、思いっきり気分が変わるような服がいいかも……これからの季節にも合わせて」
裁縫、という仕事のおかげで、アンネリーゼの舌もなめらかになってきた。
「青と白、にいたしましょうか」
「――！ それでは、アンネリーゼ殿と同じ色合いか！？」
「ええ、形は違いますけれど……」
「うわあ……！ そんな綺麗な服、私に似合うのだろうか……！」
出来上がってもいないのに、面白いことを言う娘だ。アンネリーゼはくすくすと笑った。
「似合うような形に、仕立ててさしあげますから」
アンネリーゼは竜矢に、「この屋敷にはどんな種類の布がありますか」と尋ねた。
「大方のものはありますよ。服を作ろうという話は何度もあったんですが、姫がいらないと言い続けていたので」
「あら……どういった心境の変化ですか？」
「ええと……うまく説明できない……」
紫鶴が心底困ったような顔をする。うーんうーんと腕を組んで悩みだしたので、アンネリーゼは慌てた。
「いいのですよ。お年頃なのですね――そうですね、白のシルクを基調に、青をかけて……レースも重ねるといいかしら」
アンネリーゼの計画に、オッドアイの少女がらんらんと瞳を輝かせる。
布と裁縫道具は竜矢が屋敷から持ってきた。さあ、服作りの始まりだ。
ミシンなど使う技術は必要ない。アンネリーゼは型を取り、手縫いで丁寧に服を仕立てていく。その一挙一動が紫鶴には目新しい。
邪魔をしないようにしていたのか、口はつぐんでいた少女だったが、やがてふと思い出したように、
「そ、そうだ……お礼を差し上げなければ」
その、と紫鶴は小さな声で言った。
「……おいくらぐらいになるだろうか……」
「姫。そういうことは私の領分です」
竜矢がたしなめる。
しかしアンネリーゼは首を横に振り、
「私の故郷では通貨の概念がないのです。自給自足……あるいは物々交換で必要なものをまかないます」
「え、ええと、お金がないということか？」
「そう、その通りです、姫様」
いつの間にか、自分まで姫と呼んでいることに気づき、アンネリーゼは微苦笑した。
「地上でも、基本は拠点の庭園で自給自足です」
「お金がない世界か……」
「想像がつきませんか？」
「いや……私は閉じ込められて生きているから、お金の方にも縁がない」
アンネリーゼの手が止まる。
紫鶴が慌てた。
「ど、どうした？ 何か気に障ることでも言ったか？ すまない――」
「いえ。姫様のせいではありません……」
軽く目を閉じ、小さく吐息をつく。先輩が言っていた通りだ。この娘は――それでもなんでこんなに輝かしい笑顔を浮かべられるのだろう。
紫鶴の方を向き、アンネリーゼはにっこりと笑ってみせた。
ここに来て以来、初めての――本物の笑顔かもしれなかった。
竜矢がひそかに微笑みながら、お茶を淹れなおしている。
と――
「紫鶴はどこ！」
猛烈に甲高い声で、１人の少女の声がパーティに割り込んできた。
パーティがざわつく。その中をずんずんと進んでくる人影がある。白いドレス、豪奢な巻き髪の銀髪、緑の目。
「紅華[こうか]……？」
紫鶴はきょとんとして、従姉が目の前まで来るのを待っていた。
紅華は精神力による剣、レイピアの先端を紫鶴の鼻先につきつけ、
「どうして……！ どうしてあなたばかりこんなに……！」
こんなに友達がいるの、と彼女はそう言いたそうだった。けれど最後まで言わず。
「こんなパーティ、私が壊してさしあげますわ！」
レイピアがぴっと横に閃いた。
紫鶴の頬に血筋が走った。
「紅華……」
傷ついたことは大して気にしていないらしい、紫鶴は立ち上がって、顔をしかめる。
「やめてくれ。私と勝負したいなら今度いつでも受けるから。今は友達が――」
ほほほほ！ と紅華は高笑いをした。
「よいではないの！ 公衆の面前であなたが恥をかく！ 素晴らしいことだわ！」
そして彼女はふと、アンネリーゼが完成近くまで仕上げていたドレスに気づいたらしい。
「まあ……！ 美しい服。作りたてのシルクドレスね。私の銀髪にぴったりだわ！」
「こ……これは紫鶴さんにお作りしたんです」
アンネリーゼはドレスを抱く。しかし紅華は伸ばす手を止めなかった。
「ドレスはより似合う者が着てこそ。それは私にこそ相応しい。およこしなさい！」
アンネリーゼの青い瞳が――まなざしを鋭くした。
キィン
――紅華のレイピアが弾き飛ばされる。
「……私を本気で怒らせないでください……！！」
手に刺突用輝剣。きらりと日光を浴びてきらめいた。
「………」
紅華は目の前の、世にも美しい女性から浴びせられる怒りのオーラに震えた。
「……紅華様。今日はお帰りください。車を出させますので」
竜矢が穏やかに収めようと仲に割ってはいった。
アンネリーゼは視線で威嚇する。その、美女ゆえの迫力に、同じ美少女といえどもまだまだ経験の少ない紅華はがくがくと震える。
騒ぎを聞きつけて、メイドたちがやってきた。竜矢が車を出すように言いつける。そして紅華は他のメイドたちに手を引かれ、その場を離れていった。
「すまぬ。妙な騒ぎに巻き込んでしまって……」
紫鶴が頭をさげてきた。アンネリーゼはとんとんとその肩を優しく叩いて、
「あなたのせいではありません……姫様」
「しかし……」
「それより、ほら」
アンネリーゼは、紅華に奪われそうになって以来抱きしめていた服を広げた。
「完成はもうすぐです。期待して待っていてくださいな」
「―――！ うん！」
紫鶴の顔に笑顔が戻る。そのことが、アンネリーゼには心から嬉しかった。
この少女が目の前にいたからこそ。
この少女が、瞳を輝かせて仕立てるところを見ていてくれたからこそ。
このドレスは、いっそう輝いて仕上がることだろう。
できあがったのは、夏の草原を走り回るのにちょうどよさそうな――薄水色のレースを織り込んだ白いシルクのドレスと薄水色のケープ。
「わあ……っ。これを来て走ったら空を飛べそうだ！」
ファンタジーなことを言う少女に、くすくすとアンネリーゼは微笑んだ。
「なあ竜矢、この服を着たら」
「はいはい。肩車ですね」
「――でも子供扱いはするな！」
「してません。それがちょうどいいと思いますよ」
むきになる紫鶴に微笑みかける竜矢。
アンネリーゼは、彼らに対する警戒心など綺麗さっぱり消えているのに気づいていた。
紫鶴は、今すぐ着替えてアンネリーゼに見せると言ってきかなかったが、アンネリーゼは微笑んで、
「大丈夫です。それを着ているあなたのことなら、もう頭の中に出来上がっています」
「アンネリーゼ殿……」
紫鶴は瞳をうるませた。そして、腕に結んでいた赤いリボンのひとつをアンネリーゼに渡した。
「……物々交換にしては、まったくつりあわないけれど……」
「いいえ。嬉しいです」
アンネリーゼはそのリボンに口付けをした。
――陽が落ちる。パーティの参加者が、次々と紫鶴に挨拶をしてから帰っていく。
「アンネリーゼ殿……」
最後に残ったアンネリーゼは、丁寧に礼をした。
「また会えると思います。私か、その仲間と」
「うん。信じてる」
純真な姫君はそう言った。
アンネリーゼは微笑んだ。
「では、紫鶴さん」
またいつか――
＊＊＊＊＊
「どうなさいました？ お着替えなさらないのですか」
ずっとドレスを眺めている紫鶴に、竜矢が尋ねた。
紫鶴はドレスを広げ、じっと見つめて、
「――この１針１針に――」
穏やかな声で言った。「あんなに穏やかな気持ちがこめられている」
「そうですね」
「だから」
紫鶴はいたずらっぽく笑った。
「お前からもらった今までの服も、こうして作られたんだなと思ったらまた惜しくなってな」
「……それでもそれを着て肩車をするんでしょう？」
「もちろん！」
夏の、晴れた日。屋敷の庭で。
明るく照らされた、夏草の上で。
彼女は背中に翼をつけて飛ぶだろう。
――妖精から受け取った服を身にまといながら。
―ＦＩＮ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【５６１５／アンネリーゼ・ネーフェ／女／１９歳／リヴァイア】
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■ ライター通信 ■
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アンネリーゼ・ネーフェ様
初めまして、こんにちは。笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました！
アンネリーゼさんは本当に美人で、もっと外見描写をした方がいいかなとも思いましたが、話を優先させて頂きました。気に入って頂けたら幸いです。
よろしければまたお会いできますよう……
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