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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


未来を描く本

 それは、草間零がたまたまアンティークショップ・レンの前を通りかかった時のことだった。
「ああ、零ちゃん」
 ふと店から顔を出した店主・碧摩蓮が、彼女を呼び止めた。
 零は通りすぎずに振り向いた。
「えーと……呼びました?」
「呼んだよ。ちょっと草間興信所に頼みがあってさ」
「頼み……ですか」
 ちょっと待ってておくれ、と美貌の店主は顔を引っ込める。
 そのまましばらく待つと、彼女は一冊の、一抱えもあるサイズの本を持ってきた。
「この本をねえ」
 ぽんぽん、と本の表紙を叩き埃を払いながら、
「呪縛から解いて欲しいんだよ」
「呪縛ですか……」
「この本は未来を描く本って言ってね」
 蓮はページをめくってみせる。
 零は目を丸くした。――真っ白だ。
「このページの1ページの中に、複数の人間が『未来』を描くと、それがごちゃまぜになって人々の上に降りかかる」
「未来……」
「正しくは、“そう言われている”だけど。まあ、お願いだよ。報酬は出すと草間に言っておいておくれ」
 そう言って蓮は、軽く小首をかしげるような礼をした。

     **********

「蓮め、タチの悪い物を」
 憤然としたのは、黒冥月[ヘイ・ミンユェ」だった。じろっと零を見やり、
「大体何故受取る」
「それは……ええと……碧摩さんは常連さんだし……」
「まあ、零ちゃんをいじめないであげて冥月さん」
 草間興信所の事務員、シュライン・エマが機嫌の悪い冥月をなだめようとする。
「これは依頼として受け取っていいのよね?」
 シュラインは零にそう訊いた。
「はい……報酬は出してくださると言っていましたから」
「なら参加してやってもいいがな」
 冥月がふんと鼻を鳴らした。
「頭数はこれだけか?」
 草間武彦はぐるっと一同を見渡してため息をついた。
「……代わり映えがしないメンバーだな」
「仕方ないわよ武彦さん。誰か偶然来訪客でもない限り――」
 とシュラインが言いかけた時、
「邪魔してもよいかな」
 事務所の扉が開き、すらりと背の高い、着流しの青年が入ってきたのだった。

「何か呼ばれたような気がして顔を出してみたのだがな」
 青みがかったつややかな銀髪が美しい、整った顔立ちの青年は、事務所内のビミョーな空気に首をかしげた。
「……誰か私を呼ばなかったかな?」
 多分気のせいだと思う、とその場の誰もが思った。
「誰か欲しい、とは思ったが……竜神様に来てもらおうとは思っていなかったぞ」
 草間が机で頬杖をつきながら、くわえ煙草でつぶやく。
 はっは、と竜神の化身――辰海蒼磨 [たつみ・そうま]は快活に笑った。
「それは人手がいるということかな? ふむふむ。私でよければ手伝おうぞ」
 ――話を聞いて、蒼磨は大いに興味を持ったようだった。
「未来を描く本か……それは愉快な」
「どこが愉快だ」
 冥月に蹴りを入れられ、竜神の化身は危うく倒れかけ、
「――着物が汚れるではないか!」
 と文句を言った。
 そこが問題なのか、と誰もが思った。
 冥月がため息をつき、
「参加してもいいが他人のを見て自分のを書いても面白くないな。スペース決めて他は隠して各々書くことにしよう」
 と、一抱えもある本の広いスペースを見下ろしながら言った。
 ダンボール紙で各々のスペースを隠し、それぞれうずくまるようにして参戦……

●シュラインの場合

「さて」
 シュラインはぽんと膝を叩きながらソファに座った。
「たぶんね、本の形をしてるだけに何らかのオチがついてもとに戻るとは思うのだけど……ね」
 彼女は口に出して話をしていた。草間に向けてだ。
「じゃないと、本として残らないんじゃないかなって思ったりするのだけど……」
「あー、まあ、そうなのかもしれんな……」
 草間は煙草を一本くわえなおしながら、シュライン・冥月・蒼磨が向かっている本を見やる。
「分からんがなあ。完成したら消滅する可能性もある」
「んー、まあ、そうよね」
 シュラインはしなやかな一本指を唇に当てて思考していたが――
「ともあれ呪いが発動してるならやり遂げるしかないわよね」
 そう結論付けて、うん、とうなずいた。
「そんなわけで私も書いてみる……と。将来の予行練習だと思えばいいんだし。このまま順当に行って武彦さんと結婚。で、まぁ、女の子1人出来る……のかな。他にも何人かいたら賑やかね、きっと」
 彼女の瞳はきらきらと輝いていた。自分の将来。草間と結婚する予行練習! 素敵すぎる。
「電話やインターホンも新しくなって、でも古い電話は記念に飾ってあったりして。夫婦仲も良く、零ちゃんも楽しく過ごしてる賑やかで健康な毎日。時々仕事がハードボイルド。ってこんな感じにしときますか」
 すらすらと言葉を並べていく。
「ちょっと待て、時々仕事がハードボイルドってなんだ……」
 草間がデスクでずるうっとすべった。
「あら、いいじゃない。武彦さん一番のお願いでしょ?」
「時々ってなんだーーーー!」
「仕方ないじゃないの、探偵は探偵らしくハードボイルドばかり目指さずに地道にやらなきゃ」
「………」
 草間はデスクで影を背負った。
「色々混ざるとなったら複雑過ぎるとわけが判らなくなりそうだもの。武彦さんもこれくらいなら別に良いわよね? 他の要素でどうなるかはわからないけど」
「ふふふ……いいけどな……いいんだけどな……」
 影を背負った草間の返事は虚ろだった。やりすぎたかな、とシュラインは小首をかしげた。
「とりあえず、いい未来になることを祈りましょう!」
 そして彼女はそこで書き終えた。

●草間武彦の場合

「ついでだ。俺も書くぞ」
 皆が本にどんどん書き足して行くうちにうずうずしてきたらしい、草間がシュラインのスペースの端を借りて何事かを書き足した。
 そして、皆が見る前にパンと本を閉じた。
「あ、待ってよひどいわよ武彦……さん……」
 唐突に皆を襲う睡魔――
「くそ……見てろよ草間……」
「ああ……美女との邂逅……」
 それぞれにつぶやきながら、慌てる零の目の前で、4人が眠りに落ちていく……

●結果

「おお……いい空模様だ」
 蒼磨は番傘を手に、額に手を当てて空を見ていた。
 曇り空、ではあるのだが、何となく風情のある曇り空というものがある。どことなく蒼みがかっているのである。
「我が願いは叶いしか……」
 なむなむ。仏に願う竜神は、そのままつれづれに歩き出した。
 と――
 曲がり角で、どんと誰かとぶつかった。
(おお……! これこそ運命の邂逅!)
 倒れなかった蒼磨はさっと手を差し伸べて、
「どうぞお手を、お嬢さん」
 とにこやかな笑顔を向けた。
 ところが――
「……おい」
「はい?」
「目の前をよく見ろ」
「はい……?」
 蒼磨が笑顔のままで見上げた先――
 仏頂面の、草間武彦がいた。
「どえええええええ!?」
 蒼磨は番傘を放り出しそうなほどに驚いた。
 草間はくわえ煙草で嫌そうに頭をかいた。
「まさかちょっとでも書くとその世界に放り込まれるとはな……適当に書いて、後は任せるつもりだったのに」
 言いながら煙草を取替え、吸い終わった煙草は携帯灰皿につっこみながら、
「……雨が降りそうだな」
 と彼は上空を見て言った。
「ちょうどいいじゃないか。番傘。いざとなったら入れてくれ」
 蒼磨の持っている大き目の番傘を見やって言う。それにしても大きな番傘だ。最初から2人で使うために用意してあったとしか思えない。
「いや、これは、美女と……」
 蒼磨は説明しようとして……ふと草間の横顔を見た。
 草間はシュラインや冥月の姿を探して違う方向を見ていた。思えばじっくりと見たことのなかったその……顔……
「……草間殿」
「なんだ?」
「草間殿は……」
 蒼磨は真顔で、草間の手を取った。
「並の美女より、麗しい」
 ばちこーーーーーん!
 草間の右ストレートが飛んだ。
 竜神をふっとばし、何も言わず背中を向けようとする。
「待ってくだされ、草間殿――!」
 ずりずりずりと着流しを破りそうな勢いで、匍匐前進の蒼磨が追ってくる。
 草間はうぎゃあと悲鳴をあげて逃げ出した。

 一方女性陣――
 シュラインと冥月は、本の中で目を覚ますなりお互いそこにいて、今まで何も言わず見つめ合っていた。
 やがて……
 おずおずとシュラインが、冥月の手を取り、
「あの……私、明るい家庭を作りたいのよ」
「………」
 冥月は真顔でぎゅっとシュラインの手を握り返し、
「……私もだ」
「冥月さんは、とても男前で頼りになるわね」
「シュラインは何でもできて頼りになる」
「私なんか……冥月さんには叶わないわ」
「いや、私など」
「いいえ、冥月さんの方が」
 おかしな言い合いになっている最中に、

 ぽつ……

「あら、雨……」
 シュラインが空を見上げた。「困ったわね、傘を持ってないわ」
 その時、
「助けてくれええええええええ!!」
 と遠くから、声。
「あの声は――!」
 冥月が走り出した。シュラインも遅れて走り出した。
「待って冥月さん! 私あなたの」
「違う私は、私は――!」
 やがて遠目に草間武彦の顔が見えてくる。
 その後ろに、不気味な這いずり男もついているが。
「草間ーーーーー!」
 冥月は叫んだ。
 草間は必死で冥月を指差し、肩越しに蒼磨に訴えた。
「ほら、ほ、ほら、美女だぞ! お前の好物の美女だ!」
「いや! 今のそれがしには草間殿しか見えておらぬ……!」
「だーーーー!」
 草間はようやく合流した冥月の後ろに隠れた。
「頼むあいつを追い払ってくれーーー!」
「草間……」
 冥月はいつになく真剣な表情で、振り向き草間の方を見た。
「今まで言わなかったが……その、な」
「あ、武彦さん!」
 遅れてシュラインがたどりつく。
「私の冥月さんをとるなんてひどいわ武彦さん!」
「心配なさるなシュライン殿! 草間殿はそれがしの恋人であるによって」
「誰が恋人だ!」
「草間、聞け!」
 冥月はぎゅうと草間の手を握った。
「実は――私の夢は、『かわいいお嫁さん』なんだ!」
「!!!」
 ぶくぶくと草間が泡を吹きそうになる。しかし、その次の冥月の発言によって彼は卒倒した。
「だから……だから、シュラインを私にくれ、草間!」
「冥月さん、嬉しい!」
 冥月は草間を卒倒させるだけ卒倒させ、くるりと身を翻してシュラインの手を握る。
「2人で生きよう、シュライン!」
「ええ! 赤ん坊も作って賑やかで楽しい未来、電話やインターホンも新しくなって、でも古い電話は記念に飾ってあったりして。ハードボイルドに探偵をやって、夫婦仲もよく――」
「私が……立派にお前を護ってみせる! シュライン!」
「私は、立派にあなたを支えてみせるわ、冥月さん!」
 いつの間にか、雨がしとしととその水量を増している。
「あら、いいところに番傘」
 シュラインは匍匐前進していたため無防備だった蒼磨の番傘を手にとって、ぱっと開いた。
「冥月さん。私たちはこれで帰りましょ」
「お、いい傘だな。サイズもぴったりだ」
 2人の女性は仲良く相合傘で、歩いていってしまった。
「草間殿、草間殿!」
 番傘をあっさり奪われてしまった蒼磨はずりずりと倒れている草間の元へ這いずり、
「草間殿……今口移しにて」
「何を口移しする気だーーーー!」
 草間は跳ね起きた。
 服がところどころびしょぬれになりつつある。それをぱんぱん払って、
「俺も帰る! 帰るぞ!」
 しかし服の裾を引っ張られて動くに動けない。
「帰らせませんぞ、草間殿……!」
 裾にしがみついている蒼磨が、ぬん、と力をこめる。
 どばしゃあっ!
 一瞬、局地的に大雨が降った。
 もちろん、草間の上に。
「………」
 草間は全身びしょぬれとなり、動かなくなった。
 よっこらせとようやく立ち上がった蒼磨が、しとしと雨に戻った空を見上げ、
「ふむ。濡れながらの散歩もよいであろう。草間殿、いかがかな」
「……もー知らん」
 草間は雨の勢いでちぎれた煙草をくわえたまま、泣きそうにつぶやいた。

 蒼磨と草間は、紫陽花の見える道をゆっくりと歩いていた。
 しとどに濡れた草間には、もはや雨は怖くない。煙草が吸えないのが苦しかったが。
「よい雨……紫陽花も綺麗に咲いておりますなあ、草間殿」
 元々竜神の蒼磨は雨を気にしていない。もっぱら紫陽花観賞である。
「………」
 返事をしない草間を見て、
「む、どうされたか? お疲れになったか」
 蒼磨は草間の顔をのぞきこみ、
「では甘味処にでも……」
 と草間を強引に店へと引きずり込んだ。
 甘味処でタオルを借り、ようやく人心地ついた草間のところへ、
「草間」
「武彦さん」
 と聞き覚えのある声が2つ――
 草間はぼんやりとその声の主を見あげて――
 ぎょっと目をむいた。
 シュラインが、赤ん坊を抱いていた。
「そ、そ、その、子供……」
「かわいい女の子でしょう?」
 シュラインは幸せそうだった。
「いい子に育つぞ、草間」
 隣で冥月が誇らしそうにしている。
 一体どうやって子供なんか作ったんだ。
「ほうほう、可愛いお子ではないか」
 蒼磨が赤ん坊の顔をのぞきこみ――きっとまなざしを鋭くした。
「こ、この赤子はっ!」
「ななな、なんだ?」
 唖然としていた草間はつい赤ん坊の顔を覗き込んだ。
 ……額に、
 『草間武彦の子供』と書かれていた。
「なんだこりゃ!」
 草間が悲鳴じみた声を上げると、
「え」
「だって……なあ?」
 シュラインと冥月は顔を見合わせ、同時に首をかしげた。
「私たちが欲しかったのは、武彦さんの子供なのよ?」
 ぶふおっ
 草間は火を噴いた。
 シュラインはともかく……なにゆえ冥月まで。
「草間殿……」
 蒼磨の手がそっと草間の手の上に置かれる。
「私たちも負けぬよう……挙式を上げようではないか……」
 草間の意識が、だんだん遠くなっていく……

 笙の音が聞こえる。
 篳篥の音も。
 そしてなぜか、自分は紋付羽織袴を着ている。
 草間は呆然と立ち、
「何をやっているんだ俺は……」
 とあからさまに神前式の結婚式の場でぼやいていた。
 そして後ろからしずしずと歩いてくるのは――
「なんでお前は白無垢なんだ……辰海……」
「草間殿が袴ゆえ、当然のこと……」
 少々背が高すぎるが、元々整った顔立ちである。髪も美しい青銀色の長髪であったことだし、女の代わりとなってもおかしくない。創傷で潰れている左目は、髪型でうまくごまかしたようだ。
 本当は白無垢で隣にいるのはシュラインであるべきはずなのに。
「何で俺が男と結婚しなきゃならんのだ……」
「草間殿」
 白無垢を着た蒼磨は、草間の横に並び立ち囁いた。
「……こうなる運命だったのであろう」
「………」
 草間は手をわななかせ、天井を仰いで嘆いた。
 ――誰だ、こんな結末を本に書きやがったのは。
 式を、片隅でシュラインと冥月がにっこにっこしながら見つめている。
 シュラインが書いた結末ではない。もちろん蒼磨の望んだことでもないはずだ。ということは――
「ミ・ン・ユ・ェ〜〜〜〜」
 草間は壮絶な目つきで冥月をにらみつけた。
 冥月は――その一瞬、同じように壮絶な目つきでにらみかえしてきた。
 その瞬間、草間は悟ったのだった。
 ――『冥月、女にモテモテ。女と面白おかしい家庭を作る』などと本にいたずら書きした自分への、本からの報復なのだろう……と。

●呪いが晴れて

 4人が一斉に目を覚まし、覚ますなり「どういうことだ!」「なんてこと!」「こんなはずじゃ」「お前のせいだな!」怒声が飛び交う。
 零が目をぱちくりさせて、4人のつかみあいを見ていた。
 4人がぎゃーぎゃーやっている間に、
「あ……」
 零は見た。一抱えもあるサイズだった本が、しゅうしゅうと音を立てながら小さくなっていくのを。
 本はやがて、薄い文庫本サイズにおさまった。
 零はそっとそれを手にとってみる。
 中には、文字がびっしりと書かれていた。
「ひょっとして……4人が体験してきたことが書かれてるのかな……」
 読みたいような気もしたが、暴れまわっている4人の様子をみると見てはいけない気もした。
「とりあえず、呪いは解けたみたいだって……蓮さんに連絡しにいこうか……」
 ねえ、兄さん。呼びかけても草間は冥月とつかみあっていて聞いていない。
 シュラインは「武彦さんの子供、武彦さんの子供」と床にしゃがみこんですすりないている。
「男と……でいとならず結婚までしてしまった……」
 蒼磨が呆然と虚空を見ている。
 零は肩をすくめて、4人が気づかないうちに本を処分してしまおうと、事務所を飛び出したのだった。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6897/辰海・蒼磨/男/256歳/何でも屋手伝い&竜神】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
お久しぶりです、こんにちは。笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
……草間さんの子供をあんな扱いにしてしまい申し訳ございません。あまつさえ草間氏がシュラインさん以外の人と結婚しているなんて!
我ながら阿呆なシナリオを作ったと思いますが……
付き合ってくださってありがとうございました。またお会いできますよう……