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おいでませ幽艶堂
全員を女家に集めた紅蘭は、熱弁を振るった。
「せやからもっとお客を増やさなあかんと思うんよ!婆ちゃんや爺ちゃんらを東京まで連れて来たンやし…ただ地道に京に品卸してるだけやったら何もならんと思うんや」
「そうは言っても…師匠たちはご高齢だから、お客を呼び入れるにしてもあまり沢山の方を入れると疲れてしまいますよ」
と蒼司。
もっともな意見にグッと言葉を飲み込み、むくれる紅蘭。
ところが奥の囲炉裏ばたを囲っている三老人はかましまへん、と茶をすする。
「じゃあ!一回にとるお客制限しよ。それなら婆ちゃんたちにもそんなに負担にならないでしょ!?」
それなら、と納得する蒼司と師匠たちがいいのなら、と承諾する黄河と翡翠。
「っしゃ!んじゃ決まりやね!さぁこれから忙しくなるでーー!」
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「ここまで来るとちょっと涼しいな」
茹だるような暑さと湿気で不快指数も高い今日この頃。
幽艶堂へ向かう山道を抜け、竹林に差し掛かった辺りは都会の喧騒を忘れるほど静かで、それでいて涼やかな風が吹いている。
風に揺れる葉の音のなんと心地よいことか。
そんな竹林の中を氷室・浩介(ひむろ・こうすけ)は大きな木箱を背負い、時折その中身を気遣うように慎重に足元を確認しながらゆっくり歩いていた。
「……あれかな?」
薄暗い山道の奥が明るい日差しに包まれているのが見え、浩介は少しばかり足を速めて日差しが差し込む場所へ進んでいく。
登りきったそこはやや広めに開けており、コの字型に古民家が並んでいた。
人形の練り頭が幾つも刺さった俵が複数中央に置かれて天日干しされている。
この人形もこうやって作られたのだろうか、浩介は背中の木箱に視線を送った。
「おや」
見知った声のする方に反射的に視線を向けると、案の定、目の前には翡翠(ひすい)の姿があった。
「御久し振りです。こないだはどうも…面白かったっすね」
姫と五人囃子の盛大なままごとに付き合わされて互いに女装する破目になった春先の話。
あれを汚点と引きずる者もいれば、その場の雰囲気で楽しんだ者もいるわけで、始めこそ混乱していた浩介も皆と共にその場の雰囲気を楽しんだクチだ。
「お久しぶりです、氷室さん。人形工房幽艶堂にようこそ…本日はどのような御用向きで?」
実は、と、きり出し浩介は背中の木箱をゆっくりと下ろす。
「今日は文楽人形の修繕依頼で来たんスよ」
何でも屋である浩介なのだから、こういうことを頼まれてもおかしくはない。
しかし馴染みの頭師のもとへ持っていかずにこちらへくるということは何か曰くがあるのだろう。
「立ち話もなんですし、工房の方へ…」
古民家に足を踏み入れるのは初めてではないが、こうして辺りを見回してそこかしこに人形を作る為の素材や人形の頭がおいてあるのは何とも妙な気分だ。
最初こそぎょっとしたが、慣れれば割と居心地のよい空間になる。
「っと、これなんスけど…」
木箱をあけて見せればそこには品のよい顔立ちの小町。
しかし残念なことに首が壊れてしまっている。
頭を手に取り状態をみるが、劣化や人為的な破損という風でもない。
「何回直しても何時の間にか首が落ちてるそうなんスよ。依頼人も他にあてが無くなって俺なんかの所に…相棒の方が霊感強いんだけど、今回は専門外だとか言って俺に丸投げなんス」
なんか草間さんのトコみたいになってきちゃって、と、苦笑する浩介。
そっち方面にも精通している何でも屋とあれば草間同様曰く付な仕事は舞い込むだろう。
彼の場合草間のようにあからさまな毛嫌いをしていない所だけが違いととれるところだ。
「ふむ、もしかすると直されるのを拒んでいるのかもしれませんねぇ…」
「人形が、ですか?」
そういうことも稀にありますよ、と、翡翠は苦笑し、手足師のいる部屋に向かって声をかける。
「黄河、黄河いますか」
古びた木戸が開けられ、返事を返してきたのは厳つい男。
「何ですか?翡翠さん」
「あなたに視て頂きたい人形があるのですよ」
そういって木箱を傾けて見せると、黄河と呼ばれたいかにも体育会系でレスラーばりの筋骨隆々な男はどれどれと木箱を覗き込み、一切手を触れぬままいぶかしむ様に唸った。
「何を…」
「ん?あ、ああ。ゴメンね、挨拶もまだだったね、ボクは黄河(こうが)。ここで手足師見習い中なんだ。宜しくね。今人形の気持ちを読んでたんだよ」
「人形の気持ちを?」
面食らったような顔をする浩介に、黄河は微苦笑する。
なかなか一発では分かってもらえないようだ。
モノは長い年月を経ると意思を持ち物の怪になっていくものだが、人型をしている人形はその辺のものよりもずっと魂が宿りやすく、黄河はそういった人形の内に凝った想いを感じることの出来る力を持っている。
無論、それによって何から何まで分かるというわけではない。
「……直る事を拒んでるね。何か、かなり長い間そう念じてるよ。詳細な理由までは、ちょっとわかんないんだけど……あと、これは人形自体の念じゃなくて一番彼女よく繰っていた人の想いだ」
「そうですか…しかし直りたくないという理由が分からねば対処が難しいですね」
翡翠が珍しく考え込む様子に、浩介はいっそのこと自分の体を使ってはどうかと提案する。
「俺何かと憑かれやすいってか…霊媒体質とでも言うンすかね。操り手が宿ってるってなら、俺の体を使って語ればいい」
そう言って浩介は小町に触れる。
するとヒュッと何かが浩介に入った。
「氷室さん?」
まさかこれほど早く反応するとは。
今まで胡坐をかいていた浩介が急に正座をし、深々と頭を下げてくる。
『後生で御座います。恐れながら手前は二度とお舞台にあがりとうありません。どうか…このまま捨て置いてください』
舞台に上がりたくない。どんな理由で?
人形繰りを拒否するほど人形が嫌いなのだろうか。
いや、というよりそれによって何らかのトラウマを抱えてしまっているのかもしれない。
「―――貴方のお名前、お住まいは?」
一途な想いだけで留まっている者の記憶は大抵死んだその当時のもの。誰が干渉するでもなく時代の変化を認識することは少ない。
『お江戸の小屋で浄瑠璃の頭役をしております、浅衛門と申します』
「何故、人形の首を壊すのですか?」
翡翠の問いに浅衛門は頭を垂れたまま小さく答える。
ある時興行の最中、芝居を見に来ていた町人が同じくその場にいた武士に無礼打ちで斬り殺され、それを目の当たりにしてしまったこと。
あのような光景にまたいつ遭遇するやも知れない。
それゆえ首さえ直らなければ舞台に上がらなくてもいい。
同じ悲しい、恐ろしい思いをしなくていい。
その為に誰も見ぬ間に首を落とすのだと。
首を壊す理由を言いながらも、浩介の体を借りている浅衛門は微かに震えていた。
自分たちは作り手。
壊れた経緯は人形を通して知るしかない。
お舞台での事情までは知りえない。
恐ろしい思いをした彼の気持ちはわからなくもない。
だが、作り手としてそう何度も人形が壊されるのは忍びない。
震える彼の手にそっと触れ、翡翠は優しく語り掛ける。
「もう、終わったのですよ。そのような時代は…無礼打ちなど今の世にはありません。ですから安心してお舞台に上がってよいのですよ」
ようやく顔をあげた浅衛門は唖然とした様子で翡翠を見上げる。
「今の世に、平成の世には無礼打ちは御座いません。ですから、貴方が見た惨劇が再び繰り返されることはないのですよ」
だから安心してお舞台で小町を生かしてください。翡翠はそう囁いた。
浅衛門はぐるりと辺りを見回し、もう一度翡翠と黄河を見やる。そして次の瞬間、がくりとその場に倒れこんだ。
大丈夫かと声をかける前にもそもそと動き出し、顔を上げたのはいつもの浩介だった。
「―――――うまく、いったんスかね…?」
「そのようで」
木箱の中の小町を取り出しその頭を見ると、先ほどよりも幾分柔らかな面持ちになっているのが見てとれる。
納得して昇天したのだろう。
「私たちが手を貸す必要もなかったようで」
苦笑交じりにそういうと、浩介は聞いてあげる人が必要だったと笑う。
「では問題も解消されたことですし、うちの頭師に修繕をお願いいたしましょうか」
「宜しくたのんます!」
人形を預けて幾日後。
再び浩介が訪れた時にはすっかり元通りになった小町。
依頼人に渡された代金を支払い、翡翠に礼を言って浩介は木箱を背負って来た道を慎重に戻っていく。
その数日後、直った小町を用いた公演を片隅から静かに見つめる浩介は、舞台の上で生きるその小町を微笑ましげに見つめていた。
もう、あの顔が悲哀と恐怖に彩られることはない―――
― 了 ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6725 / 氷室・浩介 / 男性 / 20歳 / 何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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