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<東京怪談ノベル(シングル)>


Wild Heaven

 夜の首都高速に、サイレンが響く。
「またか……」
 そう呟く警官の口からは、諦めにも似た溜息が漏れていた。パトカーのスピーカーからは、事故の状態が雑音を伴って切れ切れに伝えられてくる。
 事故は単独。積み荷を乗せていた大型トラックが、壁にぶつかり大破、炎上。
 それだけならよくある話だ。だが、ここから先は関係者にしか伝えられない情報だった。

 ……積み荷を乗せている部分が、尋常でない力で歪められている。

 ここしばらく続いている、不可思議な事故。
「……んなもん、俺ら『普通の』警官に、どうしろってんだ。俺らに『人じゃない奴』なんて相手に出来るか」
 吐き捨てた警官の目線の先には、闇夜を照らす炎と煙が見えていた。

「……日、23:59を超えた時点で目標を拿捕できない場合は、各政府機関に協力を要請する」
 矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)が聞いていた通り、所属している対心霊テロリスト部隊、通称「クロキジ」に、その文書はやって来た。
 半月ほど前から首都高で起こっている、不可解な死亡事故。
 おそらく、人外であろう魔物が一般車両を襲い死傷者がでているという予測は、サクラ……警察に出来ても、流石に対処は出来なかったのだろう。無理もない。「サクラ」は対魔物用の組織ではない。ここまで耐え、情報を外に漏らさなかっただけで良くやったとも言える。
「しかし、そうそうたるメンバーですな」
 政府……慶一郎達は隠語で「桃太郎」と言っている……が、協力を要請した相手を見て、慶一郎はふぅと溜息をつく。
 公安「イヌ」に、内閣調査室「サル」そして自分達「クロキジ」……昔話と同じ鬼退治のフルメンバー。それだけではない。IO2の名前の下に、一つだけ毛色の違った組織名の名が書かれていた。
 『Nightingale』……サヨナキドリ。
 他の機関は、どこも国家などに属している。IO2ですら超国家的組織だ。だが、Nightingaleだけはそうではない。
 ある会社の若き社長が持つ個人組織。人外の物を集めているとも言うが、真相は定かではない。桃太郎とどんな繋がりがあるのかは謎だが、そこにまで協力を要請するというのは、国として相当な事態なのだろう。無論自衛官である慶一郎は、命令に異を唱えるつもりはないのだが。
「ナポレオン曰く『生きている兵士のほうが、死んだ皇帝よりずっと価値がある』……生きた兵士として戦うだけですか」
 そう言って立ち上がったときだった。
「矢鏡一尉、お客様です」
「ああ、通して下さい。今行きますよ」
 本来であれば時間外の訪問客を中に通す事はないのだが、今日は勝手が違う。応接間にいたのは、黒い髪をポニーテールにし、黒のライダースーツを着た一人の少女だった。おそらくまだ二十歳にもなっていないのだろう。凛とした金の瞳が印象的だ。
「葵(あおい)さん……ですね」
 慶一郎の呼び掛けに、葵は立ち上がり礼儀正しく頭を下げた。
「Nightingaleからやって来ました、葵です。矢鏡様、今日はよろしくお願いいたします」
「そうかしこまらないで良いですよ。話は社長から聞いてますから」
 実はこの事件に関して、慶一郎は政府から来るよりも早く、Nightingaleの長である篁コーポレーションの社長から連絡を受けていた。

「サクラが焦っているのは、タイムリミットの次の日に、とある国のVIPが事件の起こっている時間帯に首都高を利用するからです。その為、なんとしてもその日の夜に始末をつけたいから、なりふりかまわず関係機関に協力を求めてくる……安全な国家と言う印象が変わるのは非常によろしくないVIPらしいです。僕の所から一人優秀な子をそちらに出しますので、お好きなように使ってやって下さい。では」

 いつもの真っ白い封筒に入って来たその連絡。
 他のどこにも情報を漏らさないための措置なのだろう。出し抜くというわけではなく、どこよりも一番最初に飛び出せるように。彼はそういう人間だ。
 少し笑った慶一郎も、既に戦闘服姿だ。命令が来てから着替えていたのでは遅い。
「活動時間は22時から日の出までと聞いております。夏至は過ぎましたが、時間がありませんわ。矢鏡様、ご命令を」
 タイムリミット後は道路整備という名目で通行に規制がかかる。その時間から動き出しては、葵の言う通り時間がないのだ。
 そんな葵に慶一郎はふっと笑い、出口を指さした。
「では、仲良くドライブと行きましょうか。本当なら葵さんを助手席に乗せるのが礼儀ですが、今日の運転はお任せしますよ」

 首都高は連日の事故の噂のせいか、通っている車も少なかった。流石にまだ他のどの部隊も出ていないらしい。
「矢鏡様、命令時間前でしたけどよろしかったんですの?私は国家とは関係がないので、良いのですけれど……」
 国家組織は基本的に時間厳守であり、命令が出ないと動けない。震災の時、あまりにも命令が出ない事に業を煮やし、独自判断で救助に当たった部隊長が処分された事すらある。おそらく葵はそれを心配しているのだろうが、慶一郎は笑いながら休暇証を出した。
「ご心配なく、私は今日休暇中です。たまたま葵さんとドライブしていたときに、標的を見つけた。それだけですよ」
 何事も抜け道と、悪知恵を働かせなければ。相手が人間ならともかく、人外にそんなものは通用しない。卑怯という言葉もフェアという言葉もなく、彼らはただ思うままに人を狩る。
 車は猛スピードで首都高を駆ける。RV系の車高の高いタイプだが、エンジンをいじってあるのだろう。音がずいぶん違う。
「組む相手が、こんな者で吃驚したでしょう?」
「そんな事ありませんわ。いつも同じ人と組む訳ではないので、色々な方と経験を積むよう言われましたもの……矢鏡様のお話しも、社長から伺っております」
「何を言われたか気になりますな」
 その刹那。
 何か大きな物が車の脇を駆けたような気がした。風圧に一瞬煽られ崩したバランスを、葵はギアとハンドルを使い立て直す。
「矢鏡様、来ましたわ!」
「そのようですね……」
 運転の方は葵に任せて大丈夫だろう。助手席の窓を開け、慶一郎は体を半分乗り出しながらシルバーモデルのコルトパイソンエリートを構える。
 ダン!ダン!
 続けざまに銃の弾を全て撃ち、素早く弾を交換。大口径の銃だが、慶一郎は助手席から体を出しているのに器用にバランスを取っている。
「命中はしているんですがね……」
 銃の中には対魔用の弾を入れている。だが命中しているはずなのに、相手は全く怯む様子もない。そのままホバリングし、車に向かって爪を振り下ろそうとする。
「させませんわっ!」
 キュッ……タイヤが鳴り、突然スピードが上がる。振り下ろされた爪は空を切り、慶一郎は一度助手席に戻った。
「あれは、何だ?」
 ピンク色の、蟹か昆虫にも見える生き物。背中には何対もの羽と、頭部らしき部分からは大量の触覚が生えている。少なくともこの世界にいる生物の何とも違う、体の構成をしている化け物。
 アクセルを踏んだので、取りあえず化け物と距離を取る事が出来た。葵はハンドルを握ったまま、前を見てこう言う。
「矢鏡様、この事件に起こっている不可解な話はご存じですか?」
 優雅に話してはいるが、スピードは100qを軽く越えている。しかもジャックナイフターンし、今度は化け物へと向かっていく。
「不可解?」
 見た目は大和撫子だが、葵のドライビングテクニックはかなりの物のようだ。何となく昔を思い出し、口元に笑みすら浮かべながら慶一郎は銃を用意した。
「ええ、事故に遭った方々ですが、死因は事故死にになっておりますが……」
 ブブブブ……。
 不快な音が鳴り響く。それにも怯まず慶一郎は銃を撃ち続けた。爪に見えていたのはどうやらハサミのようだ。それがギリギリ車体をかする。
「何故か、脳の部分を抜かれていたりしていた方もいらっしゃるようですわ……それも、生きたまま」
 道路にタイヤの跡がつくようなブレーキとアクセル使い。慶一郎の銃撃に合わせてスピードを調節し、かつ相手の攻撃が当たらないように運転する。
 また化け物から離れながら、慶一郎はヒュウと口笛を吹いた。
「それはなかなか尋常じゃありませんな……しかも、当てているのにあまりダメージが行っていない」
 もし捕まれば、自分達も脳を抜かれるのか。
 それを何に使うのか気にはなるが、自分がそうなるのは御免だ。慶一郎はコルトパイソンから、今度はVz61に武器を替えた。通称「スコーピオン」と呼ばれるサブマシンガン。こっちに入っているのは普通の弾丸だが、羽などを吹っ飛ばすなら単発よりはこっちの方がいい。
「私、昔は『キタの狂犬』と呼ばれてましてね……鉄パイプを持って高速道路逆行とか無茶な事をしたものですよ」
 今ではそれなりな地位についている慶一郎だが、高校二年ぐらいまで関西で暴走族をやっていた。神戸、大阪間ではずいぶん名を馳せたものだ。こうやって高速道路で飛ばしたり、無茶なターンをしていると、その時の事を思い出し、つい笑いそうになってしまう。
「今日も変わりありませんわね」
 くす……と葵が笑い、またUターン。器用にバランスを取り、慶一郎は引き金を引く。
 ダダダダダダ……。
 弾の雨が化け物を襲った。飛び散る体液が、フロントガラスにも跳ねる。それは赤ではなく、少し紫がかった奇妙な色だ。
 羽に当たる。それが吹き飛ぶ。
 なのに相手のスピードが落ちる気配がない。
「くそっ、あれは飾りか」
 吹き出されたウォッシャー液が、乗り出している慶一郎にもかかった。それを袖で拭い、少しだけ眉をしかめる。
「すみません、フロントガラスは大丈夫ですか」
「平気ですわ。それよりも、矢鏡様……どうも埒があきませんわ」
 どれぐらい走っていたのか。
 タイムリミットが過ぎたせいか車が増えてきて、なかなか上手く相手をおびき寄せられない。少しは援護になってくれればいいのだが、バランスを崩して中央分離帯にぶつかられたりすると、障害物にしかならない。
「……っ!タラタラ走ってると邪魔ですわっ!」
 ここにいる者達もそれなりのエキスパートであろうが、お互いの面子があるせいで微妙に上手く連携が取れない。せめてバイクで来てくれればいいのに、生身で道路に立っていられると葵ではないが「邪魔だ」とも言いたくもなる。
 最初はその様子に「まあまあ」とか言っていた慶一郎も、あまりの連中の使えなさに、助手席から顔を出してつい叫んでしまう。
「邪魔だ!鉛玉喰らいたくなかったら援護しやがれ!」
 ………。
 ちら、と自分を見る葵に、苦笑する慶一郎。
「キタの狂犬、ですの?」
「……昔の血が騒ぎました。さて、本当に何とかしないと夜が明けますね」
 薄青くなっている空。雲がないところを見ると、今日も暑そうだ。
 もう決着を付けないとまずいだろう。事故車両を避けながら走る葵に、慶一郎はふぅと溜息をつく。
「葵さん、戦闘車両の運転経験は?」
「矢鏡様が反動のあるバズーカーなどを打たれても、普通に運転出来ると思いますわ。どこで練習したかは言えませんけど」
「詮索する男はモテませんから、聞きませんよ」
 そう言いながら、慶一郎は後部座席に置いてあった一本杖を取り出した。本当はあまり使いたくはなかったのだが仕方がない。本当に道路整備をしたり、事故車両を避ける時間も必要だ。
「葵さん、少しスピードを落として下さい」
「了解ですわ」
 化け物は走っている慶一郎達を追いかけてくる。どうやら自分達が一番邪魔だと判断されたらしい。
 慶一郎は助手席を倒し、フロントガラスを背に座る。
 杖の持ち手を手で弾き、窓ガラスから身を乗り出して化け物を見据える。
「いつもと逆向きですが、かえって右手で撃てるぶん楽ですか?」
 脇に固定して杖を構え、化け物の柔らかそうな腹をめがけボタンを押し……。
「喰らえっ!」
 ものすごい反動に、一瞬車が揺れた。
 慶一郎の持っている一本杖は、隠し銃の入った仕込み杖だ。弾倉は一発だが、貫通力を重視し内部で炸裂する「対魔徹甲榴弾」が装填されている。
 ………!
 化け物が不快な悲鳴をあげる。腹に開いた穴から、向こう側が一瞬見え、飛んでいた化け物が地に落ちた。葵が車をUターンさせ、安全範囲で止めて様子をうかがう。
「終わりましたの?」
「何とか終わったようです……にしても、すっかり夜明けですよ」
 地面に落ちた化け物は、ぴくぴくと痙攣しながら、アスファルトに溶けていこうとしている。これが何かも気になるが、自分達の任務は「化け物退治」であり、調査ではない。その辺は別の誰かがする事だ。
 慶一郎はポケットから煙草を出し、助手席の椅子を戻す。
「さてお嬢さん。仕事も終わった事ですし、よろしければ小生と食事にでも行きませんか?この時間空いてるのは、せいぜいファミレスだけでしょうが」
 すると葵がくすっと笑う。
「報告が先ですわ、矢鏡様」
「……真面目ですな」
 その微笑みに溜息をつくと慶一郎は明け始めた空を見て、今日も暑くなりそうだと一人ごちた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
葵と組んで、首都高で謎の化け物とバトルという事で、こんな話を書かせて頂きました。二人が組む理由は「色々な人と経験を」というところから、信頼出来る相手として慶一郎さんを選んだという感じにしてみました。運転と交戦担当で、結構上手くやってますね…。
化け物の正体はこちらでは設定してますが、二人は知らないと言う事にしてあります。もしかしたら何かの折りに話題になるかも知れません。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。