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<東京怪談・PCゲームノベル>


<寿命砂時計と創砂深歌者>

<Opening: 興味という感情>
サラサラと、砂の落ちる音がする。
其の空間は、此の暗闇の中で仄かに光を灯していた。
光源の持ち主は、一人の少女。
いや、本来ならば彼女は『少女』ではない。
彼女という存在が何時生まれたのか。
其れすらも分からない。
気がつけば其の空間に、彼女は其の姿で現れたのだから。
そもそも、此の時空自体に『時間』という概念がないのだ。
だからこそ、少女は何時までも其の姿のまま。
サラサラ、サラサラ。
沢山の砂時計が、少女の周りに転がっていた。
しかし、転がっているというのに、砂時計は確実に砂を一方向へ落としている。
其れは、どの砂時計も同じだった。
砂時計の形状は様々。
木製のシンプルなデザインのものから、金属や宝石で出来た豪華なもの。
そして、中の砂の色も様々だった。
それこそ、世界の全ての色を掻き集めたかの様に。
少女―遙瑠歌は、其れ等を管理する存在だった。
恐らく、最初の砂時計が現れた時、自分も其処に現れたのだ、と遙瑠歌は自覚していた。
此の空間に自分以外の住人は居ない。
時折、迷い込むものもいたが、其の全ては此処に留まる事無く何処かへ去ってゆくのだ。
ふ、と。
遙瑠歌は一つの砂時計へと視線を向けた。
ある一つの砂時計だけが、不可思議な動きを見せたのだ。
通常の砂時計と、形状は同じ。
木製で、シンプルなデザインに、黒い砂。
此処までは確かに、普通のものと同じ。
唯、一つだけ違った事。
それは、落ちる砂が、まるで誰かが頻繁に引っ繰り返しているかの様に、上へ下へと行き来している、という事。
「巻き戻り、落ちる砂……」
遙瑠歌にとって、其の現象は初めての出来事で。
少女はそっと其の砂時計を手に取ってみた。
真っ直ぐに置いても、やはり其の現象は変わらない。
砂時計には、名前が小さく掘り込まれていた。
遙瑠歌は記された其の名を、そっと口に出して読んでみた。
「草間・武彦」
其れが、此の砂時計の持ち主。
零れ落ちる砂が上下へ行き来する其れを暫く見つめた後。
少女は不意に立ち上がった。
砂時計を、手にしたまま。
そうして、ゆっくりと口を開く。
紡ぎ出されたのは、歌。
遙瑠歌の口から奏でられる歌と共に、彼女の前に一本の道が出来ていく。
薄い硝子で出来たその道を、通常の人間であれば恐怖からなかなか踏み出せないだろうというのに。
遙瑠歌はそんな事を微塵も感じさせずに歩を進めだした。
彼女の能力は、歌う事によって人の目には本来見えない寿命砂時計を具現化する事と、別の異界へと道を繋ぐもの。
「草間・武彦……」
目指す先は、其の砂時計の持ち主の元。

それは、『創砂深歌者』遙瑠歌が、初めて『砂時計』以外に興味を持った、ある日の話。

<Chapter:01 遭遇>
其の日、時空管理維持局特殊執務官であるアリス・ルシファールは、一つのミッションを抱えていた。
本来であれば、自分以外の者が担当する筈だった些細な時空災害が、規模を拡大させた、という事でアリスへと仕事が回ってきたのだ。
「何とか一段落、という所ですね」
仕事を終え、小さく息を付いたその姿は、十二歳という年相応の表情だった。
が、事はそう簡単には終わってくれなかったらしい。
「……え!?」
不意に自分を襲う立ちくらみに、アリスは咄嗟に身構えたが。
「……っ!!」
そんな彼女の意思に関係なく、『彼女』の意識は、切断されたのだった。

あまりにも突然の出来事に、アリスは何を出来るわけでもなかった。
ふと、意識が戻ったその時。
彼女は暗闇の中に居た。
初めての出来事。
不可思議な空間。
「ここは……?」
唯一分かるのは、自分が『来た事もない空間に来てしまった』という事だけ。
如何しようか、考え込もうとした、瞬間。
耳に届いたのは、何かの落ちる音。
「……砂?」
其れは、硬質な物に砂が落下する音。
そして、暗闇だと思っていた其の空間に。
音を認識した瞬間、仄かに灯る光を見つけた。
「一先ず、あそこまで行ってみましょう」
音に、光に引き寄せられる様に。
アリスの足は、迷う事無くその場所へと導かれてゆく。
そうして、光の下へと辿り着いた彼女が見つけたのは。
一つの砂時計を、大切に胸に抱えた。
一人の少女だった。
「……えぇと?」
自分よりも年下の外見の少女に、一瞬戸惑うが、相手はそうではなかったのか。
アリスを確認すると、頭を低く下げた。
最高位の敬意の表し方。
「ようこそ。此処は『時空の狭間』。世界と世界の合間に生まれた、何も無い世界」
感情の篭らない其の言葉は、おおよそ少女の外見とは似つかわしくない程に丁寧だった。
「わたくしは『遙瑠歌』。『寿命砂時計』を管理し、迷い込まれた方を此処ではない世界に導く者。『創砂深歌者』と呼ばれる者」
小さな少女―遙瑠歌と名乗った其の少女の言葉に、アリスは気を取り直して頭を下げた。
何事も、先ずは相手とのコミュニケーションから始まる。
仕事であれ、私事であれ、それはアリスの中にある一つの信念のようなもの。
「はじめまして。私はアリス・ルシファールです。時空管理維持局特殊執務官を勤めています」
互いに自分の名前と役職を陳べた後、遙瑠歌が不意に首を傾げた。
「アリス・ルシファール様。此処に来られたのは、時空震による事故、で御座いますね」
的確にそう告げる少女に、アリスは現状を理解する為、頷きながら自身の疑問をぶつけてゆく。
「私、ミッションの最中に此処にやって来たみたいなんです。仕事が済んだので、帰ろうかと思っていたんですけれど……」
帰るにも、今居る場所が分からない事には始まらない。
「『時空の狭間』、とは、一体何処なんですか?」
アリスの問いに、遙瑠歌は淡々と告げる。
「『時空の狭間』。異界と異界の狭間。此処であって、此処ではない場所。時というものが存在しない、流れがない場所。世界であって、世界ではない空間」
説明を聞きながら、ふと、アリスの頭に浮かんだのは。
其処まで知っているこの眼前の少女は、一体何時から此処に居たのか、という事。
あまりにもこの不可解な場所を理解『し過ぎて』いる。
外見の年齢からしても、おおよそ十歳前後の、少女。
一体、此の少女は『何』なんだろう。
知りたいと、思った。

<Chapter:03 時を知らない少女と、私と>
「遙瑠歌さんは、何時から此処にいるんですか?」
アリスの問い掛けに、遙瑠歌は考える様子も無く答える。
「此の空間に、砂時計が現れた時からです」
其れが一体どれ位前なのか、分からないアリスに、少女は言葉を続けた。
「恐らく、わたくしはアリス・ルシファール様よりも人間の過ごす年月を、過ごしております」
「私より、年上だという事ですか?」
「年上、という発想には至りませんでした。わたくしには時が御座いません。ですから、人間と呼ばれる方々の年、と呼ばれるもの。其れを所持していない、とお考え頂ければ良いかと」
変わらない遙瑠歌の声音。
けれど、何処かアリスには。
「寂しくて、悲しかったんですね……」
そう聞こえた。
此の、何も無い空間。
砂時計と、砂の落ちる音しか存在しない場所で。
ただ一人。
意思を持ちながらも、変わることの無い少女。
それは、どれだけの。
悲しみだっただろう。
「かなしい……」
そこで初めて、遙瑠歌の表情が変わった。
微かに、眉を顰められたその表情が表すのは。
戸惑い。
「申し訳御座いません。わたくしには『悲しい』という感情が御座いません。ですので、アリス・ルシファール様の仰る言葉を、理解出来ません」
其の言葉は、アリスの胸を突き刺した。
感情がない、という眼前の少女が、今、確かに浮かべているのは。
確かな悲しみという感情で。
知らないなら、教えてあげたいと。
アリスは笑った。
「私と会った時、遙瑠歌さんは何処かへ行こうとしてましたよね?何処へ行こうとしていたんですか?」
其の問い掛けに、小さな少女は胸に抱いた砂時計に視線を落とした。
「此の砂時計の持主様。『草間・武彦』様の元です」
其れは、アリスにとって聞き覚えのある名前だった。
「草間さんの所ですか。じゃあ、其れは草間さんの砂時計なんですね」
其れにどうして興味を持ったのか。
尋ねると、遙瑠歌は抱いていた砂時計を見えるように差し出した。
木製の、シンプルなデザインに黒い砂。
其処までは、アリスも知っている砂時計と全く同じだった。
唯一つ、違った所。
「砂が、行き来してますね」
垂直に持っている砂時計が、正確な時を刻んではおらず。
黒い砂は、常に上下に行き来している所だ。
「わたくしも、この様な現象を見るのは初めてで御座います。それ故、持ち主である『草間・武彦』様に御会いしてみたいと、思いました」
丁寧に、けれど、何処か愛おしそうに砂時計を見詰める少女に、アリスはふんわりと微笑んだ。
「それなら、途中まで一緒に行きませんか?私も、元の世界へ戻らないといけませんし」
其の提案に、オッドアイを軽く見開く遙瑠歌。
「?どうかしましたか?」
微かに驚きの表情を浮かべた少女に、アリスが問い掛けると。
少女は、小さく首を振って声を上げた。
「いえ。わたくしは今迄、何方かを『御連れする』事は御座いましたが、その様な言葉をかけて頂いた事は一度も……」
言葉を濁す遙瑠歌に、アリスは「それなら」と、笑みを浮かべたまま少女の顔を覗き込んだ。
「私が、初めて誘ったという事ですね。一人きりなんて寂しいですから、一緒に行きましょう?」
「……宜しいのですか」
小さな声で問い掛ける遙瑠歌に、アリスは満面の笑みで頷いた。
「もちろんです。行きましょう?」
そう言って差し出されたアリスの手を。
遙瑠歌は微かに戸惑った瞳で見つめた後。
ゆっくりと、握り返した。

<Ending: また会う日まで>
硝子で出来た道を、暗闇の中迷う事無く歩を進める遙瑠歌。
其の手を握って、離し掛けながら歩くアリス。
暫くの間、其れが続いたのだが。
無言で遙瑠歌が足を止めた事によって、其れが止まった。
目の前には、何時の間に現れたのか一つの扉。
「わたくしが御同行出来るのは此処までです。其の扉の先が、アリス・ルシファール様の望まれる世界です」
少女の言葉と同時に、扉の横に新しい道が出来上がっていく。
「世界は同じですが、辿り着く場所に違いが御座います。わたくしはもう暫く先になりますので」
其の言葉に、遙瑠歌が自分の為に此処まで連れて来てくれたのだ、と悟る。
「態々、ありがとうございました」
頭を下げるアリスを、無表情に見詰めるオッドアイ。
「遙瑠歌さんも、無事に草間さんの所に辿り着けるよう、祈ってますね」
「……ありがとう、ございます」
深く頭を下げる、小さな少女。
そんな遙瑠歌に、笑いながらつないでいた手を離す。
「それでは、私は行きますね」
「道中、お気をつけて」
胸に砂時計を抱きなおした遙瑠歌の言葉に、にっこりと笑って。
小指を差し出す。
「私達は、これでお友達ですね」
「……『ともだち』……?」
いまいち言葉が理解できなかったのか、首を傾げた遙瑠歌の片手を取って、小指を絡める。
「今度会うまでの宿題にしましょう。『友達』の意味」
「……畏まりました」
絡まった小指を不思議そうに見詰めながらも、頷く遙瑠歌を確認して。
アリスは扉へと向き直った。
くるり、と、上半身だけ振り返って。
「それでは。次にお会いした時は、ゆっくりとお話をしましょうね」
再度頭を振った少女を確認して。
アリスは扉をゆっくりと開いた。
扉をくぐった、其の次の瞬間。
アリスが居たのは、自分の執務室だった。
見慣れた其の景色を確認して、振り返るが。
其処にあるのは、自分の部屋と廊下を繋ぐ扉だけ。
「でも、きっと会えますよね?」
部屋の窓から見える青空に、アリスは優しく微笑んだのだった。

漆黒の空間に、確かに存在した少女。
其の少女と再会を果たすのは、また後日の話。
場所は―『草間興信所』。

<This story is the end. But, your story is never end!!>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■

【6047/アリス・ルシファール/女/13歳/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】
【NPC4579/遙瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇

この度はご依頼誠に有難う御座いました。
まだ遙瑠歌が草間達に出会う前のお話なので、本当に常識知らずの子供になっておりますが……
きっと、『友達』の意味を学習して、初めての友達に喜んでいると思います。
それでは、またのご縁がありますように。