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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蒼月亭浴衣night 2007

「今年は夕涼みどうするかな……」
 突如降り出した豪雨を見ながら、ナイトホークはカウンターの中でぼそっと呟いた。
 去年は隣にある駐車場スペースで夕涼みをしたりして楽しんだのだが、今年は近所にマンションが建つ関係で、半分のスペースを建築会社に貸し出している。とてもじゃないが、浴衣で夕涼みと言うにはほど遠い。
「そうですよね。今年は七夕に短冊書いたり、花火やったりしたかったんですけど」
 そう言ったのは従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)だ。何か行事があるときはいつも香里亜が率先して計画を立てるのだが、流石に場所がなければ遊ぶことも出来ない。
「まあ今年は静かに過ごすか」
「えーっ、それは何か寂しいです」
 その時だった。カウンターで紐綴じの本を読んでいた太蘭(たいらん)が顔を上げ、カウンターの中にいる二人を見る。
「何かやるなら、家に来るか?」
「はい?」
「いや、俺も七夕には床の間に五色の糸を飾ったりするし、家の庭なら広いから人数が多くても大丈夫だし夕涼みにも丁度いい。猫たちも喜ぶし、酒も用意するがどうだ?」
「行きます」
 香里亜が目を輝かせて即答した。
 去年のように浴衣や甚平限定で、店で募集をかけてやればいいだろう。それに純日本家屋の太蘭の家の庭なら、風情も満点だ。それを香里亜が話すと、太蘭はそっと本を閉じ静かに頷く。
「じゃあこっちでも笹の葉やちょっとした趣向を用意しておこう。花火や他の物はナイトホークに任せる」
「全然俺なんにも喋ってねぇんだけど」
「やらないんですか?」
 どっちにしろこの様子なら決まりだろう。
 夕涼みのイベントはする気だったし、場所があるなら断る理由がない。着替える場所だけでなく、その気になれば泊まることも可能だ。
「オッケー。じゃあその方向でよろしく頼むわ」
 また今年は違った一夜になりそうだ。
 ナイトホークは少し笑うと、何だか嬉しそうに煙草の煙を吐き出した。

◆【星の船〜楽しみな時間〜】
「今年も七夕が出来るなんて楽しみだわ」
 歌うように呟きながら、シュライン・エマは浴衣の準備をしていた。
 去年着ていた物を今年も着ていくかどうか悩んだが、今年はまた浴衣を着る機会もあるかも知れないし、交互に着れば長く持つということで、結局新しい浴衣を買ってしまった。
 生成地に、墨の大きな金魚絵。涼しげな印象の粋な柄。
「初めて袖通すときって、どうして何でもワクワクするのかしら」
 洋服でも靴でもそうだが、やはり新しい物を着るときは気分も格別だ。去年蒼月亭の駐車場でやった夕涼みも楽しかったが、今年はシュラインも時々お邪魔させてもらっている太蘭の家だ。純日本家屋で楽しむ七夕は、また楽しいのだろう。
 着付けも手慣れた感じに済ませ、帯を結ぶと自然と背中が伸びる。
「そろそろ武彦さんが迎えに来そうだわ……お土産も用意したし、後は迎えに来るのを待つだけっと」
 きっと向こうでも食べる物などの準備はしているだろうが、皆お酒好きなのでソフトドリンクよりはアルコール類が多いだろう。なので、今回はどちらにでも使える美味しい物を用意した。
 皆の浴衣や料理、器、どれもが楽しみだ。何となく姿見で見返り姿を見たり、そわそわとしていると玄関のチャイムが鳴る。
「おーい、準備出来たか?」
「ちょっと上がってくれるかしら」
 どうやら武彦が来たようだ。シュラインは玄関を開け、買ったばかりの浴衣を披露する。やはり一番最初に見て欲しいのは武彦なのだ。
「どうかしら?」
 少し恥ずかしそうな上目遣いのシュラインに、武彦が目を細める。武彦はモノトーンの縦縞の浴衣なので、色はぴったりだ。
「うん、よく似合ってる。和服もやっばりいいな」
「良かったわ……って、武彦さんったら」
 見せる前もドキドキしたが、似合うと言われればまた別の意味でドキドキするわけで。
 風呂敷包みに来るんだお土産を持って、シュラインと武彦は仲良く太蘭の家へ向かっていった。

◇【星合〜全員集合〜】
「随分大がかりになったな」
 今日の太蘭の家は、続き間のふすまを開け放ったりしているので、いつもより何だか広く感じる。庭先には飾り付けされた笹の葉に、大きな氷が入っているタライ。竹で作られた椅子なども並べられて準備万端だ。
 居間から庭を見ながら黒い浴衣に身を包んだナイトホークが溜息をついていると、香里亜が先に来ていた黒 冥月(へい・みんゆぇ)と一緒に、居間のテーブルに料理を運んでいた。今日の香里亜は白地に藍の小菊柄の涼しげな浴衣だ。黄色い帯の背中には、波千鳥のついた団扇が刺さっている。
「ナイトホークさん、さぼってる場合じゃありませんよー」
「そうだナイトホーク。太蘭翁に夏みかんと鮎を渡しておいたから、美味く料理しておけ。鮎は新鮮だから塩焼きが良いだろうな」
「了解。花火用のろうそくと、灯り用のろうそくとか違うんだろ?」
 その辺りは水滝 刃(みなたき・じん)とレムウス・カーザンスが、太蘭に指示されてやっているようだ。レムウスは絵の描かれた和ろうそくが珍しいのか、鳳凰がモチーフの燭台を前に興味津々にろうそくを眺めている。
「太蘭、このろうそくは随分芯が太いんだな」
「ああ。風が吹いても炎が揺れたりしないようにかなり太く出来ている。その代わり時々芯を切ってやらないと、炎が大きくなりすぎるから、芯切りばさみで時々切らねばならないが」
「ふむ、興味深いな」
 いつも作務衣姿の太蘭は、細い縦縞模様の入った紺の絣で出来た浴衣だ。刃は庭の方に出て、花火用のブリキのバケツに水を入れたりしている。
「人が来たようだ……それにしても、本当に日本家屋なんだな」
 井戸のポンプなどそこだけが時代から切り離されたような空間。だが、その凛とした雰囲気は刃にとっては居心地が良い。
「はーい、今行きますね」
 パタパタと香里亜が廊下から玄関先に出て行く。太蘭の家にいる猫たちも、今日は何だか変わったことがありそうだと分かっているのか、その後ろをちょこまかついて歩いたりしている。
「こんにちは、香里亜。お招き頂いてありがとう」
 やって来たのは黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき)と榊船 亜真知(さかきぶね・あまち)、そしてアリス・ルシファールの三人だ。まず魅月姫が挨拶をして、香里亜にお土産を渡す。
「これ、風鈴なんだけど香里亜にプレゼントよ。鋳物製の釣り鐘型なんだけど」
 そう言うと、香里亜は嬉しそうににこっと笑う。
「ありがとうございます。魅月姫さん、今日は何だか大人っぽいですね」
「ふふ、ありがとう」
 それに続いて亜真知やアリスも庭から縁側に回り、それぞれ挨拶をする。
「こちら、皆様でお召し上がり下さい」
 亜真知が持って来たのはお手製の水饅頭と、大人向けに「刈穂 特別純米生酒 山田錦」と頂き物の25年古酒泡盛「首里王」だ。それを見たナイトホークが、思い切り目を丸くする。
「よう、亜真知。相変わらずすごい酒をさらっと持ってくるな」
「飲まなければ飾りですもの。美味しいうちに召し上がってくださいませ」
 魅月姫も自分が持って来たオーストリアの貴腐ワインを何本か渡した。「ミュラートゥルガウ ベーレンアウスレーゼ 1973」等日本では入手しにくい物だけでなく、現地でのみ販売している物も入っている。
 その後ろでアリスは巾着と手持ち花火セットを持ちながら、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして。アリス・ルシファールです。今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく」
 さて、何かと色々まだ準備があるようだ。部屋のことなどは男性陣に任せて、三人は台所の方から料理などを運ぶ。鮎は皆が揃ってから焼くようだが、蕎麦猪口などの食器や小皿を出したり、はもの梅肉和えなど夏らしいつまみも色々だ。アリスは忙しい人を見ると手伝いたくなる性分なので、時々質問をしながら楽しげに手伝いをしている。
「こんばんは、ナっちゃん王子さん、香里亜ちゃん、太蘭さん。今年もお邪魔させてもらうわね」
「マスター、何か本格的になってるな」
 続いてやってきたのはシュライン・エマと草間 武彦だ。持って来た手土産のオレンジと、生姜蜂蜜で作ったサワードリンク二種類とオレンジジャムブラマンジェを手渡すと、シュラインは床の間や縁側に飾られている七夕飾りや蚊遣りを見て、思わず近づいてしまう。
「梶(かじ)の葉に金の針を七本通して五色の糸をより合わせてそれに通してたり、庭に椅子を置いて和琴を立てかけたりとか、本格的なのね」
 来る前に七夕のことを調べていたのだが、ここまで本格的だと思わなかった。床の間に置いてある香炉からは、何だかたおやかな香りがする。
「なんだこの香は?」
 シュラインと一緒に見ていた武彦が呟くと、太蘭がそっとこう言った。
「ああ、七夕香だ。本当は組み香や聞き香なんだが、部屋に焚いておくのもいいかと思ってな」
 そんな事を言っていると、庭の方から氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)と松田 麗虎(まつだ・れいこ)が揃って顔を出した。麗虎の甚平は去年と同じ竜の柄だ。
「ちーっす、相棒は『用事が済んだら』来るらしいっす。これ、皆で飲んでください」
 浩介が持って来たのは普通の花火セットと、国産麦焼酎「西の星」750mi瓶2本、それにカボス一袋がブリキのバケツに入っていた。それを庭のタライの方に寄せ、麗虎は冷やしてある色々な酒の瓶に感心する。
「マスター、これ今日で飲みきれるのか?」
「俺に聞くな。人数いるから誰か飲んだりするだろ」
「ハハハ、ばあちゃんの親戚が九州に居るんで、実家の方に時々くれるんすよ。なんとなく名前が七夕ぽいかなと思って。ロックに果汁を絞ると良いらしいっす」
 蒼月亭のイベントが酒だらけになるのはいつものことだ。それに皆酒にも強いので、それがいつの間にかなくなっている方が怖い。
「こんばんは、今日はお世話になります」
「げっ、兄貴も来とったんか。原稿忙しいとか言うとったのに」
 両手にラムネの瓶が入った袋を持ってやってきたのは、菊坂 静(きっさか・しずか)と松田 健一(まつだ・けんいち)だ。白絣に縞柄の甚平を着た健一は兄の麗虎が来ていることに、一瞬微妙な表情をしつつ庭に出ている椅子に座り、静は自分の顔を見てちょこちょこ寄ってくる白黒の子猫…蘭契(らんけい)に目を細める。
「蘭契、久しぶりだね」
「にゃあ」
 そんな蘭契の頭を撫でていると、今度は離れの廊下からデュナス・ベルファーと、篁雅 隆(たかむら・まさたか)が顔を出した。
「いょーう、デュナス君から誘われたから来ちゃった」
「こんばんはー。ドクターもいいですよね?」
 ここで悪いとは言えないが、あまりいいとも言い難い。雅隆は子供が着るようなトンボ柄の浴衣の生地で出来た甚平を着ている。何でも「浴衣だと多分着崩れる」と思い、自分で作成したらしい。ただ袖にレースがついているのが気になるが。
「帰れって言っても僕いるもーん。今日はお客だから、ナイトホークをこき使うー。ラムネ持ってこーい」
「やっぱお前帰れ」
 そんないつものやりとりを横目に、デュナスは香里亜が背に刺している団扇を見てにっこりと頬笑んだ。
「団扇お揃いですね。使いたくてうずうずしてました」
「ふふ、団扇の色に合わせて浴衣買っちゃったんですよ」
 ……何だか今の会話で、涼しげを通り越して寒い視線が飛んできたような気がするが、気にしたら負けだ。最近少しだけ鍛えられたような気がしなくもない。
「こんばんは、太蘭さん。今日はお友達も一緒なんです」
「初めまして。今日はお世話になります」
 仲良く現れた樋口 真帆(ひぐち・まほ)とフィズ・レインが挨拶をする。太蘭はそれに目を細めると、部屋の方へと案内をした。
「いらっしゃい。今日はゆっくりしていってくれ」
「はい。フィーちゃんと楽しませてもらいます。あ、これお土産のわらび餅です」
 真帆は慣れているようだが、フィズはたくさんの人数に落ち着かない。それでも子猫がちょこちょこやって来たりするので、何となくその場に座って頭を撫でたりしてみる。
「可愛い……よろしくね」
「ニャー」
 フィズが膝に乗せているのは、オスの三毛子猫の是秀(これひで)だ。是秀はフィズに「心配ありませんよ」と言うように顔をすり寄せている。どうやら懐かれたらしい。
 少しずつ日が暮れてきた。斜めに差し込んでいた日差しが落ちてくると、少しだけ涼しくなってくる。そしてそこに「快気祝い」の熨斗がついた水蜜桃入りの箱を持った宵屋 陽彦(よいや・はるひこ)と、黒狐姿に浴衣を着せてもらっている田中 ななし(たなか・ななし)がやって来た。
「こちら、皆さんで切り分けてお召し上がり下さい」
 桃は中国では邪気を祓い不老長寿を与える植物だ。先に「快気祝い」と書いているのは、これを食べて夏を元気に乗り切って欲しいという意味もある。
「ああ、宵屋さんどうも。ななしは……元気そうだな」
 着いた途端ななしは陽彦の足下から離れ、ちょこちょこと縁側から中に上がった。
『それ、美味しそう。ボクも食べたいな』
 ちょこんと食卓の前に座って、尻尾をパタパタさせていると、それに気付いた魅月姫がそっと梅肉のかかっていないハモを手に乗せた。
「欲しいのね。食べる?」
『ありがとう。美味しいね』
 既にあちこちで酒が開いたり、食事が始まったりしている。ヴィルア・ラグーンは、一緒にやってきた陸玖 翠(りく・みどり)を見て、溜息をついた。
「ほら、ゆっくり来すぎただろう。もう酒が入ってる奴がいる」
「そんなにすぐなくなったりはしませんよ。ほら、七夜。遊んでらっしゃい」
 翠の言葉に、浴衣からするりと一匹の猫又が出て行った。床の間の近くでは子猫又の村雨が「んにー」と鳴きながら、浴衣から出た七夜へと向かっていく。
「翠殿、ヴィルア殿、ようこそ。縁側や中に座ってゆっくり楽しんでくれ」
 やっと食卓の準備が終わったようだ。庭の方には七輪が出され、鮎を焼く香ばしい匂いが漂っている。ヴィルアはワインの搾り残しを蒸留して作られるマール酒の「ヴィユー・マール・ド・ブルゴーニュ」を差し出した。
「酒は皆持っていているだろうが、趣向を変えてこういうのも良いだろう」
「ありがたい。皆で頂こう」
 これで全員揃っただろうか。だが浩介が誰かを捜すように辺りを見渡す。既にロックグラスには焼酎とカボスの絞り汁が入っている。
「あいつ、来ないのかな」
 噂をすれば影が差す。
 下駄の音も軽やかに、辰海 蒼磨(たつみ・そうま)が冷酒セット一式を持って現れた。
「遅れて申し訳ない。少々用向きをして参ったので……これはその報酬でしてな」
 「八海山」の一升瓶と切り子硝子のセットを見て、浩介が何だか疑いの眼差しを向けている。ただでさえ貧乏生活なのに、まさか家計に手を付けたとなったら、終わった後で説教をしなければならないかも知れない。
 だが蒼磨は涼しげな顔で、浩介にこう言い放つ。
「家主が疑いの目で見ているが、決して虎の子に手を付けた訳ではないから安心せい」
「分かってる。虎の子でもそれは買えねぇよ」
 これで全員集合だ。
 ナイトホークと香里亜が、全員にお酒のグラスやラムネを回す。ななしや猫たちには飲みやすいように、皿にミルクなどが注がれている。
「全員揃ったことだし、乾杯しようぜ。面倒くさい挨拶はなしにして、七夕に乾杯!」
 カチン。
 あちこちでグラスがぶつかる音がして、本格的に祭りが始まった。

☆【星の船〜星見酒〜】
「若者は賑やかだなー」
 さっきまでそうめんを食べていたのに、今は賑やかに花火をしている未成年組を見て、ナイトホークが煙草を吸いながら呟く。
「やだ、ナっちゃん王子さん。急に年寄りになったみたいよ」
 皆のグラスに氷を入れたり、カボスなどを搾りやすいように切り分けたりと、シュラインはちょこちょこと立ち回っている。何というか、こうしているのが落ち着くのだ。
「シュライン殿、今日はもてなされる側なのだからゆっくりしてくれ」
 太蘭がそう言ってシュラインのグラスに冷酒を注ぐ。その横で話をしていた陽彦も、目を細めながら空いた皿を下げたりした。
「何だかこういうのもいいですね。ななしが喜んでいるので良かったです」
 陽彦としては黒狐の姿であるななしが、皆に受け入れられるか心配だったのだが、それは杞憂だったらしい。ずっと嬉しそうに尻尾が揺れているし、皆も気にしていないようだ。
 グラスに注がれたマール酒を飲んでいる魅月姫が、それを聞いてくす……と笑う。
「大丈夫よ。この店は誰がいつ来ても歓迎してくれる場所だから」
「そうですねぇ。まあ、少し酒飲みが多いのが玉に瑕でしょうか」
 苦笑しつつも、翠のペースが落ちることはない。太蘭と一緒に水でも飲むかのように、くいっと冷酒を煽っている。何というか、粋な感じだ。
 庭に出されている竹の椅子では、蒼磨とヴィルアが魅月姫の持って来た貴腐ワインを飲んでいた。初めて飲む味なのか、蒼磨はその甘さにワイングラスをろうそくの灯りに透かしている。
「むう、これは初めて飲む味でござるな。それがしは、これほど甘い酒というのは初めてでござるよ」
 日本酒とも違う果実の甘味。蒼磨の時代がかった言葉に、ヴィルアは笑いながらも自分のグラスをすっと飲み干す。
「蒼磨サンは日本酒や焼酎の方が良かったですか?」
「いや、美しい女性の酌であれば水でも美酒でござる」
 少なくともここには浴衣を着た花がたくさんいる。それを愛でながら酒を飲めると言うだけでもなかなか素晴らしい。しかも米の飯もちゃんと用意されている。
「あー、やっぱ日本の夏最高。こういう風情って、なかなかないよな」
「そうっすね。酒も肴も美味いって、それだけで日本に生まれて良かったって感じっす」
 やはり気が合うのか、麗虎と浩介は一緒に盃を酌み交わしている。ロックグラスに入った「西の星」に大きな氷と、スダチを入れればそれだけで何杯でも行けそうな爽やかさと酸っぱさだ。焼きたての鮎にスダチを搾るのもまた良い。
 そうやって酒を飲んでいると、不意に騒いでいた花火組が静かになる。その瞬間……。
 パン!
 近くで突然鳴った音に麗虎や浩介が吃驚し、それと同時に向こうで共犯者達の笑いが起こった。麗虎はグラスを持ったまま振り返り、犯人である弟の健一に向かって叫ぶ。
「うおっ!花火を人に向けるな!つか笑うな」
「まあまあ、人がやってる花火を見るのも楽しいっすよ」
 そんな様子を冥月は部屋の奥の方で、くすっと笑いながら見ている。まあ色々と気になることはあるが、七夕に口を出すのも野暮だ。自分の影を操り、パチンと和ろうそくの芯を切る。こういうのもなかなか幽玄的でいい。
 すると近くにいた武彦が、冥月を見て煙草に火を付ける。
「冥月……その格好はどうなんだよ」
「別に、誰も気にしていないぞ」
 酒を飲んだり花火をし始めれば、そんなところをまじまじ見る奴もいない。というか、今時それを言う武彦もどうなのか。そのまま黙っていると、武彦は何かに気付いたように自分の首元に手を当てた。
「それは良いとして、その痣はなんだよ。彼女にでもつけられたか?」
 ククッ、喉元で笑う武彦。冥月はそれに艶っぽく笑い、じっと武彦を見つめた。
「お前にも熱いのをつけてやろうか?」
「……ここでそういう事言っていいのか?」
 にやり。
 艶っぽい微笑みが変わった瞬間、冥月の手には竹刀が握られ首元にパシッと一閃!
「一度死ね!」
 何のことはない、これだって太蘭と稽古をしていたときにつけられたものだ。首元に竹刀とはなかなか荒っぽいが、本気でやって欲しいと頼んだら太蘭が打ち込んできたわけで。
「もう、武彦さんってば。はい、猫でも乗せてお酒醒まして」
「何で猫……うおっ」
 シュラインが武彦の膝に茶白の子猫神領(しんりょう)を乗せる。猫を乗せていれば煙草も控えられるし、迂闊なことも言わないだろう。いつものやりとりとは言え、何だかそれが妙に可笑しくて。
「猫ヒーリング最高だよ。俺、今日はもう仕事しないから、後は皆に任せて猫揉んで暮らす。達者で暮らせ」
「ナイトホークさんは、猫がお好きなんですね」
 陽彦もいつも店で見られないナイトホークの一面や、時間が合わなくて会えない常連との話が楽しくて仕方がない。そんな陽彦に、魅月姫と翠が仲良く酌をしに来る。
「もう一杯いかが?貴方とは初めましてね、よろしく」
「ありがとうございます。頂きます」
「私は、何だか盛り上がってる二人の所に行きますかねぇ」
 冷酒の入った硝子徳利を持ち、翠は庭の方へと降りる。ヴィルアと蒼磨はやっぱり酒豪なのか、貴腐ワインから焼酎、日本酒と色々な物を代わる代わる飲んでいる。
「おや翠サン、お酌してくれるんですか?」
「なにやら楽しそうでしたので、混ぜてもらおうかと思いまして」
 蒼磨が自分が座っていたところより、中に寄る。そうなると両脇に美女というなかなか理想的な位置だ。
「翠殿とおっしゃったか。両手に花とは、なかなか良いものでござるな」
 やけにさらっと蒼磨がそんな事を言うのが可笑しい。翠もクスクスと笑いつつ、蒼磨のぐい飲みに酒を注ぐ。
「お上手ですねぇ。でも何も出ませんよ」
「いやいや、一緒に飲んで下さるだけで結構でござるよ。それにしても、良い天気になったでござるな」
 晴れ請いをした甲斐もあったが、おそらくここにいる皆が、今日の星空を望んだのだろう。天気が悪かったときは、ここの上空だけでも力を使って晴れさせる気でいたのだが。
 翠が連れてきた七夜は、村雨達と楽しく遊んでいる。それをそっと避けるように、太蘭が四角盆にいくつかの硯と筆、そして五行に当てはめた短冊……緑・紅・黄・白・黒(黒は灰色に変わっていたが)を持って来た。
「本来は七月七日の早朝に行うのが正しいのだが、そろそろ短冊を用意しておこうか。水は芋の葉に落ちた朝露を、冥月殿と一緒に集めたから、良かったら墨を擦るのを手伝ってくれ」
 陽彦と魅月姫、シュラインがそれを手伝うことにした。陽彦は商売柄慣れているし、シュラインも最近太蘭と手紙をやりとりしているので練習にもなる。魅月姫は初めてだが、自分が擦った墨で皆に願い事を書いてもらえるのが嬉しい。
 これで書いた願い事は、きっと叶うだろう。お酒を飲みながら静かに宴は過ぎていく。

◇【星に願いを】
「皆、短冊の準備が出来たから、順番に願い事を書いて糸をつるすといい。笹は用意してある」
 四つの硯に擦られた墨と、短冊が用意されている。花火をしていた皆も少し休憩がてら正座して順番に短冊を書くことにした。一度に四人が限度なので、まずは香里亜と魅月姫、冥月、デュナスが好きな色の短冊を手に取る。
「うーん、悩んじゃいますね」
 香里亜はワクワクと考えているが、割とこのメンバーは香里亜を中心にしたライバルでもある。デュナスは袖を汚さないようにまくると、筆を取ってこう書いた。『来年も皆で七夕を祝えますように』まあ本当は色々願い事があったりするのだが、表だって書かずに心の中で祈っていよう。
 魅月姫は少しお姉さん気分でこう書く。『香里亜が健やかに暮らせますように』
「魅月姫さん、せっかくのお願い事私に使っちゃダメですよ」
「いいのよ。これが書きたかったのだから」
「うーん、私は何書こうかな……冥月さんは何書きます?」
「そうだな『香里亜の胸が育ちます様に』か?」
 それは冗談として、冥月が書いた願い事は『残り半年退屈しない様に。守りきれます様に』だった。それを見て香里亜も書くことが決まったのか、筆を取って『来年まで楽しく暮らせますように』と書く。
「はい、交代しましょう。ドクター、袖はまくってから書いて下さいね」
「分かったー」
 今度は雅隆とシュライン、レムウスと陽彦、そして膝にはななしだ。
「ななし君も短冊が書けるように、足ふきを用意してもらったから、ぺたっと肉球スタンプにすると良いわよ」
 にこっと笑うシュラインに、ななしはパタパタと大きく尻尾を振る。
『わぁい、ボクも短冊書きたかったんだ』
 そう話している横でレムウスは静かに『立派な紳士になりたい』と書き、すぐに立ち上がる。見られると恥ずかしいので名前も書かない。
「僕の願い事は……うーん『世界征服』かなぁ」
 いや、それは多分叶わないだろう。と言っても書いてしまうのが雅隆だ。相変わらずの読めない文字で、ぐにぐにと書いてにぱっと笑う。
「私は自分が努力すべき事除くと……そうねぇ『笑顔でいれますように』かな。誰がとかじゃなく皆がね。こんな時間また過ごせると嬉しいもの」
 にこっと笑ってシュラインも願い事を書く。ななしは陽彦に右手の肉球に墨を塗ってもらって、ぺたっと一つ肉球を押した。
『ボクはね「来年も、七夕のお祭ができますように」陽彦は?』
 ななしの黒い瞳がじっと陽彦を見つめた。それに頬笑んだ陽彦は『家内安全無病息災』と達筆で書く。一番の願いは「ななしの記憶が戻ること」なのだが、記憶が戻って彼が自分から離れ、独りになることが怖くてそれは書けない。
「皆が病気をしないで元気に暮らせますように、ですよ」
 入れ替わりで静と健一、そして真帆が短冊の所に来る。健一は『幽霊が見たい』と書いているが、それもかなり難しい願いな訳で。
 静は苦笑しながらもしばし考え、一枚目に『無病息災』そしてもう一枚に『皆が元気でいますように』と書く。
「元気なのは大事やな」
「そうだね……夏になったらよく貧血とか夏バテで参っちゃって、この間も体重が減ってそれが保護者の人にばれて、ご飯を作ってもらって大変な事に……」
 静の保護者は壊滅的に料理が不味い。具体的に言うと「毒味」かも知れない。それを思いだしてカタカタと震える静に、健一が少し慌てる。
「ちょ、何があったん?」
「い、いえ……健一君なら食べられるかな」
 それを聞きながら、真帆はしばらく悩んだ後で『みんなの夢が叶いますように』と書いた。具体的な願い事は難しいけれど、これならきっと良いだろう。
「フィーちゃんも短冊書くといいですよ」
「うん、願い事でいいのよね」
 フィズが座ると、ナイトホークとヴィルアが筆を持ってお互いを指さして笑っていた。ヴィルアの短冊には『ナイトホークがもっと上手く踊れるようになりますように』と、からかい全開で書いてある。ナイトホークも負けじと『キレませんように』等と書いた。
「ダンスはまだまだ練習が必要だろうな」
「そりゃね……っと、草間さんも何か書きなよ」
「俺か?『脱・怪奇探偵』だな」
 笑いがおこっている隅で、フィズは悩んだ末に『好きな人と一緒にいられますように』と書く。今なら見られていないだろう。そう思っていたのに、皆じっと短冊を見ていて……。ぱっとフィズが赤くなる。
「青春だな」
「いいですね。フィズサン」
「汚れた大人には書けない短冊だ」
「ち、ちがっ……そ、そういうわけじゃ……」
 あわあわしながら反論し、フィズは短冊を抱えて笹に飾りに行く。
「俺らも何か書くかー」
 麗虎は浩介と相馬を連れて、短冊を手に取った。取りあえず当座の願い事もないので、麗虎は『面白可笑しく暮らせますように』などと、頭の悪い願い事を書いてみる。
「俺は……『もう少しまともな生活が送れますように』かな」
 何だか生活感溢れた願い事だが、浩介からすると切実である。そんな横で蒼磨は短冊を持ちながらなにやらぶつぶつ呟いている。
「願い事……美女と美酒に縁がありますように……と、もうこの願いは叶っておるようだな。では、もう少し米の飯が食えるように……あぱーとを追い出されぬように……えー、あとは……」
「家の家計をそのまま願い事に書くな!」
 ぱしーん。いい音を立てて浩介のツッコミが蒼磨に飛び、麗虎が畳を叩いて笑い、亜真知とアリスを呼ぶ。
「二人とも願い事書いてないだろ。俺避けるから、願い事書きなよ」
「ありがとうございます、麗虎様」
 亜真知はアリスを隣に座らせ、短冊には願い事を書くことなどを教えた。
「何を書いてもいいんですよね、亜真知先輩」
「ええ、それでも大丈夫ですわ」
 亜真知の願い事は『このささやかにして健やかな日々が続きますように』だ。この世界を愛している亜真知にとって、それが一番の願いでもある。アリスは少し迷った後、願い事ではなく『今日の新しい出会いをありがとうございます。大切な思い出がまた一つ』と書く。
 初めての出会いや行事、そして大切な思い出。それらは全てアリスにとって大切な宝物だ。
「じゃあ、笹に飾りに行きましょう」
 アリスと亜真知の背を見ながら、刃は縁側に座って天を仰いでいた。願い事はある。だが短冊には書かずに心の中で強く思う事にする。
「もっと強くならなければ。己が鬼に負けないように」
 そして、翠は一人短冊に『あ奴に会えますように』とほぼ無意識で書いていた。
「ニャー」
 七夜の鳴き声でそれに気づき、思わず苦笑する。これは飾らずに、呪で燃やしてしまおう……。

◆【夏の夜〜猫とタオルケット〜】
「やっぱり猫のふわふわは格別だわ……」
 ほんのりとした酔い加減を味わいながら、シュラインは猫たちと遊んでいた。白猫の一文字(いちもんじ)や、三毛子猫の千代鶴(ちよつる)など、シュラインはよくここに遊びに来ているので慣れたものだ。ただ、まだ花火が続いているので、猫たちがそちら側に行ったりしないようにと注意はしている。
「あら、アリスちゃん寝ちゃったのね」
 部屋の片隅で、アリスと紫苑が仲良く眠っていた。きっと遊び疲れたのだろう。シュラインは起こさないようにそーっと太蘭からタオルケットを借り、アリスにかけてうちわでそっと扇いだりする。
「どうした、シュライン」
「武彦さん、しーっ」
 口の前に人差し指を立て、そっとアリスを見るとそれで武彦も察したようだ。何気なくシュラインの隣に座り、自分の持っていたグラスを置く。
「猫と寝てるのってのも何かいいよな」
「そうね……武彦さん、今日どうする?太蘭さん、泊まれる用意もしてるって言うんだけど」
 お酒もいい感じに回っていて、まだ普通に家には帰れそうだけれど、楽しい余韻をまだ味わっていたくて。シュラインがそう思っているのに気付いたのか、武彦は持っていたグラスをカラカラと鳴らした。
「ああ、俺まだ飲むつもりから、このまま泊まっていくか。太蘭さんの家で朝飯食ってから帰るってのも良さそうだし、楽しい時間は長い方がいいよな」
 そんな武彦の言葉に同意するように、一文字が「ニャー」と鳴いて、シュラインの膝に乗った。
「一文字まで……膝に乗られたら動けなくなっちゃうわ」
 でももう少しこの時間を味わおう。団扇で柔らかな風を送りながら、シュラインは嬉しそうに頬笑んだ。

◇【天の川に思いを馳せて】
 夜も良い感じに更けてきた。
 後は酒などを飲んだり、泊まっていく用意をしたりするぐらいか。皆がそう思っていたときだった。
「あっ、花火」
 パーン!
 音は小さいが空に光の花が咲く。翠が仕掛けていた符を、術で打ち上げたのだ。色とりどりの花が天に咲き乱れ、それを皆が見上げて楽しむ
 きっと織り姫や彦星も楽しんでいるだろう。
 そして、来年もまたこうして皆で集うことが出来ますように。
 去年とは違う夕涼み。そしてきっと来年には、また新しい事が待っている。
 まだ夜は終わらない。そして暑い夏が始まろうとしている……。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月(へい・みんゆぇ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務
5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
6725/氷室・浩介(ひむろ・こうすけ)/男性/20歳/何でも屋
3860/水滝・刃(みなたき・じん)/男性/18歳/高校生/陰陽師

3844/レムウス・カーザンス/男性/28歳/クォーター・エルフ
6897/辰海・蒼磨(たつみ・そうま)/男性/256歳/何でも屋手伝い&竜神
6984/宵屋・陽彦(よいや・はるひこ)/男性/20歳/薬屋店主
6989/田中・ななし(たなか・ななし)/男性/13歳/記憶喪失中の狐人間
6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋
4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女

1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
6047/アリス・ルシファール/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者
6118/陸玖・翠(りく・みどり)/女性/23歳/面倒くさがり屋の陰陽師
6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生/見習い魔女
6876/フィズ・レイン/女性/89歳/見習い天使

◆ライター通信◆
夏のイベント「蒼月亭浴衣night 2007」へのご参加ありがとうございます。水月小織です。
今回は「◆個別」「☆グループ」「◇集合」と、分けさせて頂きました。
総勢17人のPC様+NPCで、祭りになってますが、大勢だと何だか賑やかでいいですね。去年もやったイベントだったのですが、今年はまた趣が変わっています。大人数ですので、全てのプレイングが反映できなくて申し訳ありません。

リテイク・ご意見は遠慮なく言って下さい。
megIR様とのコラボで、異界ピン企画もありますので、よろしくお願いします。
参加して頂いた皆様へ、精一杯の感謝を。