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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 やけに最近過去を思い出すというのは、自分が弱くなったからなのだろうか……。
「………」
 夜の蒼月亭でグラスを傾けながら黒 冥月(へい・みんゆぇ)はそんな事を考えていた。
 いつもならここではコーヒーかカクテルぐらいしか飲まないのだが、今日は彼が好きだった焼酎「百年の孤独」をロックで味わっている。
 コロンビア出身のノーベル賞作家、ガルシア・マルケスの小説本のタイトルでからとられたという名前。これを好きだったのは彼がその本を読んでいたからなのか、それとも単に味が好きだったからなのか、それとも……「百年の孤独」という言葉に惹かれたからなのかは分からない。
 それを教えてもらう前に、彼は死んでしまったのだから。
「冥月、今日は随分ペース早いな」
 そう言いながら、ナイトホークがロンググラスに入った氷水を差し出した。今日は夏にしては涼しいからなのか店内に客はなく、ずっと冥月は一人無言で酒を飲んでいる。何かを察しているのか、ナイトホークが話しかけたのも注文を取ってからこれで二回目だ。
「……私の勝手だろう」
 ぶっきらぼうにそう言うと、マッチをする音が聞こえた。ふうっと溜息と共に煙が吐き出される。
「いや、そりゃ客の勝手だけどさ。味わうってより飲み干したいって感じの飲み方だったから、気になっただけだ」
「………」
 見ていないようで、ちゃんと見ているらしい。
 冥月がこんな飲み方をしているのには訳がある。それは、最近色々思い出すことが多いせいで、彼の墓を久しぶりに尋ねたからだ。
 寂しい。
 恋しい。
 そう思っても彼が帰ってこないことは知っている。自分の手の中で、重く冷たくなっていったあの感触は、忘れようとしても忘れられるものではない。
 もしかして彼を恋しく想うのは、自分が少しずつ歩き始めたのが怖いからなのかも知れない。
 血で汚れた彼の刀を研ぎ直し、彼の形見を使っている。守りたいものが出来ている。目標が出来ている。
 そう思うほどに、彼への想いが薄れてしまうのではないか。今でも変わらず愛しているのに、自分だけが先に進んでしまっている……。
 胸元に感じる冷たく重い感触。
 それは、亡き彼の写真が入ったロケット。誰にも触らせない宝物。無言のままでいると冥月のグラスに、ナイトホークが百年の孤独を注ぐ。
「まあ、誰だって飲みたい日はあるよな。ごゆっくり」
「……すまない」
「別に奢る気はないから、好きなだけ飲んでけ」
 煙草を吸いながらクスクスと笑うナイトホーク。でも、今はこの距離感がありがたい。グラスに手を伸ばそうとしたその時だった。
「………?」
 蒼月亭の外にいる、武器を持つ人間の気配。ピンと張りつめた殺気がこの店に向けられている。ナイトホークもそれに気付いたのだろう。煙草をくわえたまま、じっと入り口を見ていた。
 静かに過ごしたい夜なのに。
 軽い苛立ちを押さえ、冥月はナイトホークの顔を見る。
「大勢に襲われる覚えは?」
「ないな。それに良きにしろ悪きにしろ、俺の客ならもっと堂々と正面から来る」
 ナイトホークが呆れるように笑うのと同時に、けたたましくドアベルが鳴り数人の男達が入ってきた。
「發現了、第叛徒!(見つけたぞ、裏切り者)」
「組織的第敵人(組織の敵め)」
 どうやら自分の客だったようだ。冥月は彼が殺された時、彼を捨て駒にした組織を全滅させ日本に逃亡してきた。壊滅させたつもりだったが、その時本部にいなかった者達が自分に復讐しに来たのだろう。
「すまん、ナイトホーク。私の客だ。弁償は後で……」
 抑え難い怒りに、心が騒ぎながらも冥月は椅子から立ち上がる。その瞬間……。

 コン、コン、コン……。

 影が三回叩かれる音。
 すうっと血の気が引くのを感じながら、冥月はナイトホークに静かに問う。
「香里亜はどうした?!」
 その言葉にナイトホークは眉間に皺を寄せながら小さく呟く。
「仕事が終わったら、買い物行くとか言ってたな……」
 香里亜とは、蒼月亭の従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)のことだ。冥月は香里亜を気に入っていて、何か危険なことがあれば影を三回叩けと教えている。今それが鳴らされたということは、香里亜はこいつらの仲間に捕まっているのだろう。
 男達は銃などを構えながら、片手で携帯電話を出した。
「如果逆人質……!(逆らえば人質は……!)」
 刹那。
 携帯を持っていた男の腕が飛んだ。あまりに鋭く斬られた為、血が噴き出すのが一瞬遅れる。まるで映画のワンシーンのように現実感も何もなく、ごとっと濁った音と共にそれが床に落ちた。
「ナイトホーク、血で汚れるが許せ」
「……ごゆっくり」
 それを聞き、冥月は一気に男達の前へ躍り出た。銃を構える男達の腕を、地面から出てきた影が掴む。
「第妖怪!(化け物め!)」
 骨が折れるくぐもった音。声にならない悲鳴。
 他の客が入れないように影で店の空間を切り離し、冥月は思う存分影を振るいつけた。
 切り刻むだけでは物足りない。本当はゆっくり苦痛を与えて、死の直前に恐怖の記憶を植え付けてやりたいぐらいだが、そんな時間はない。
「逃がさんぞ……」
 爛々と目に怒りの炎を燃やした、美しい暗殺者が刺客達を射抜く。すると天井から落ちてきた影が男達を押し潰した。人であった者達が、あっという間に骨から何まで粉々にされる。それに怯み、怯えた目を向けている残りを見て、冥月は凄惨に笑う。
「お前達は犬の餌にしてやる……」
 ヒュッ!と風が鳴ると共に、辺り一面に赤い霧が舞った。たくさんの細かい影が刃となり、小さな肉片へと変えていく。避けようとしてもおそらく避けられないだろう……なぜなら、影は誰でも持っているものだから。
「………」
 生きている者の気配が、冥月とナイトホークだけになった。これだけ凄惨なところを見てもナイトホークは驚かずに、ただ血が飛んだカウンターを拭いたりしているだけで何も言わない。
「お勘定はツケでどうぞ。またのご来店を」
 それを聞いた冥月は、すぐさま香里亜の影を探すため闇に消えていった。

 どうして自分が捕まったのか分からない。
 手も足も、口も自由にしてもらってはいるが、逃げだそうとしたらきっと殺されるだろう。香里亜は自分の側にいる、細めの男を怯えた目で見上げた。
 すると男も何か気付いたのか、ヘビのように笑う。
「安心しろ、危害は加えない。お前は大事な餌だからな」
「………」
 よく分からないが、何人かと中国語っぽい言葉で話をしていたのだけは分かる。すると男は香里亜に一枚の写真を見せた。
「この女を知っているな?」
 それは冥月の写真だった。確かによく知っているし、仲もいい。だがどうして冥月とこの男達が敵対しているのか。困惑している香里亜に、男は写真を床に落とし踏みつける。
「この女は組織の暗殺者だった。だが、組織を裏切り本部にいた者を皆殺しにして逃げた……こいつは人殺しの裏切り者だ」
 その言葉が外からの悲鳴で遮られる。
 男は溜息をつくと、香里亜を睨んでこう言った。
「この女と付き合っている限り、お前もいつか殺される」

 冥月が駆けつけたのは、バブルの影響でほとんど入居者のいない廃墟同然のビルだった。ドアの前には見張りが二人いたが、それに冥月は影で作った槍を何本も突き立てる。
「香里亜はどこだ……」
 苦痛で話せないことになど構わず、冥月は何度も問いかける。一本、二本……問いかけの度に槍は増え、痙攣し始めるとそのまま地面にうち捨てる。
 この扉を開ければ香里亜はいるのだろう。冥月は影で扉を切り刻んだ。
 瞬間、自分に向かって放たれる銃弾……。
「撃ち殺せ!」
「殺!(殺せ!)」
 怒号と銃声。だが、全て影で吸収し、冥月は逆にそれを相手に向かって叩きつけると同時に刃を纏って飛びかかった。
 殺してやる。
 自分が大事にしている者に手を出す奴らに、安らかな死など与えない。
 飛び交う銃弾。踊る影。そして飛び散る血……。冥月は返り血を拭うこともせず、奥のドアを開け放つ。すると一番奥で香里亜が小さくなっていて、その前に男が立っていた。
「隔了好久、叛徒(久しぶりだな、裏切り者)」
「貴様……」
 その男は組織でも冥月達と割と近しい者だった。亡き彼とも仲が良く、よく一緒に飲んでいたりもしたはずだ。
 だが、香里亜に手を出すのなら別だ。キッと睨む冥月に、男が口元だけで笑う。
「這樣的生活方式以外不能……(こういう生き方しか出来ないんだ……)」
「殺人連做(だったら殺すまでだ)」
 昔の思い出も、感情も関係ない。刀を構え、影をかわして斬りかかってくる男を、冥月は地面から串刺しにする。まるで宙に磔になったがごとく、男の手足、そして腹に太い棘が深く刺さった。
「這樣就可以了……(これでいい……)」
「………」
 男が何を思っていたのかは分からない。何がこれでいいのか。もしかしたら自分に殺されるためにここまで来たのか。
 ゆっくりと床に血溜まりが広がる。それに構わず冥月は香里亜を見た。
 怯えてはいるようだが、殴られたり危害を与えられたりはしていないようだ。その姿に安堵し思わずふらつく冥月に、香里亜は立ち上がってその体を支える。
「冥月さん、大丈夫ですか?ケガとかしてませんか?」
 自分だって怖かっただろうに、何故こんなに心配してくれるのか。冥月は支えきれない体を預けながら、小さな声で巻き込んでしまったことを謝った。
「すまない、過去のことに巻き込んでしまって」
 ふるふると香里亜が首を横に振り、冥月を支えたままゆっくり床に座る。
「いえ、大丈夫です。それよりケガとかありませんか?」
「全部返り血だ……恐くないのか」
 もう一度香里亜が首を横に振った。だが冥月は自嘲的にふっと笑う。
「違う。こんな事が出来る私を、だ……」
 顔色も変えずに人を殺すことが出来る自分。どんなに目を背けるような惨劇も、演じることが出来る自分。
 香里亜が小さく何か言おうとしているが、急に冥月の目の前が暗くなった。体を支えていられない。視界がどんどん狭まり、意識が遠くなっていく。
「能力の暴走のせいか……彼の時もそうだったな」
 彼が殺されたときも同じように力を解放させ、組織を全滅させたはずだ。そう思いながら冥月は意識の縁から手を離し、深い闇へと滑り落ちていった。

「……冥月さんは、怖くないですよ」
 香里亜は倒れた冥月に膝枕をしながらそう呟いた。
 自分は冥月のことをほとんど何も知らない。どうして自分が捕まって人質になったのかも、自分を捕まえた男が「この女と付き合っている限り、お前もいつか殺される」と言った理由さえも。
 ふと見下ろすと冥月の顔だけではなく、大事にしているロケットが血塗れなのに気が付いた。
「あ、ロケット……」
 前に「誰にも触らせたくない」と言っていたが、このままでは血がこびりついてしまう。それに冥月の顔の血も拭いたい。バッグにそっと手を伸ばし、ウエットティッシュで拭こうとロケットに触れると、それがそっと開いた。
「あっ……」
 ロケットの中に入っていたのは、乾いた血で変色した一人の男性の写真。何かの写真から切り抜いたのだろうか……優しそうな目線の先に誰かがいたのか、何を見ていたのかは分からない。
「これは、大事な写真なんですね」
 それで香里亜は何となく気付いてしまった。
 ロケットを触らせたくない理由。何度か話題に出てきているのに、会ったことのない冥月の恋人。
 会えるはずがない。いや、初めて出会ったときから会っていた。
 なぜなら冥月の恋人は、ずっと冥月の胸元にずっといるのだから……。
「………」
 写真を痛めないように血を拭い、ロケットを閉じる。そして冥月の顔についた血をそっと拭く。
「いつか、ちゃんとお話しして下さいね。彼氏さんのことや、冥月さんのこと……」
 何年経ってもいいから。
 ずっとずっと先でも良いから。
 そっと一筋だけ流れた涙に気付かぬ振りをして、香里亜は冥月の髪をそっとなで続けていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
冥月さんの過去に触れる話ということで、組織からやって来た復讐者達との死闘を演じていただきました。今までずっと出ていなかった暗殺者だった過去や、ロケットの話などにも触れています。中国語の方は、もしかしたら間違いがあるかもですが、雰囲気的に日本語よりは中国語の台詞かなと思い使わせていただきました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。