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<東京怪談ノベル(シングル)>


遅れてきた悪魔

 古来から人々は死後の世界を想像し、創造してきた。人間が肉体と精神で構成されるのなら、身体を離れた魂は一体どこへ行くのか。宗教や国によりいくつもの「天国」と「地獄」が存在するが、本当は何がどうなってしまうのか、それは誰にもわからない。人間が人間である限り、生れ落ちた生というこの世界しか認識することができないからだ。
 だが何事にも例外は存在する。
 東川天季、享年23歳。不運な交通事故にて一度は命を落とすも、運命の悪戯でもう一度、この世に蘇る。

「いや〜やっと見つけました。覚えてます? 地獄であなたを追い掛け回した悪魔ですよ」 
 地獄の一丁目、世の最果て。此処はそんな名前でそう呼ばれる地。地獄から逃げ出し閻魔の鬼に追いかけられ、悪魔の棲む地獄に逆戻りという凄まじい旅行を終えたところで、天季は何者かにがしりと肩を掴まれた。辺りは乾いた砂、折れ曲がった醜い木々。遠く近く、黒い鳥が割れた声で鳴き、灰色の空は今にも雨が落ちてきそうだ。
「いや、覚えてません知りません存じません」
「今日はその鎧のこととあなたが地獄でやらかした領土侵入問題のことで来たんですよ。……いえね、あなたにその鎧に魂を定着させてから魔術のテストしたかっただけっていう事情を説明しようと思ったんですがね」
 ダークスーツをきっちりと着込んだその「悪魔」は、くいと黒縁の眼鏡を押し上げ、分厚い書類の束を取り出す。見れば天季が生まれ育った世界にいるような、極々普通のサラリーマンだ。ただ違うのは、薄らと半透明に見える角。人間にはないその角こそが、悪魔を異形の存在にしていた。
 天季がちらと見てみるも、書類には歪んだような文字が並んでいるばかりで内容を読み取ることはできない。

「逃げちゃったでしょ、あなた。おまけに閻魔の領土にまで行っちゃって、ちょっとした外交問題になったんですよ」
 国際問題領土侵入外交問題。困るんですよねぇ、と愚痴る悪魔を前に、じりじりと後ずさってしまう。
「でも、地獄の会議であなたは最優先で保護すべきだ。ということになりまして」
 ご安心くださいとばかりに、悪魔はぴっと人差し指を立てた。右手の薬指には銀色の指輪がきらりと光る。家族、恋人、伴侶。もしかしたらそんな愛らしい関係は、人間の特権ではないのかもしれない。黒い鞄からごそごそと数枚の紙を取り天季の前に差し出すが、こちらも意味不明の文字が生き物のように踊っている。
「え? ああ、すみませんね。さっき書いたばかりなもので」
 骨ばった指が、叱咤するように書面を叩く。それまで踊り騒いでいた文字たちは一斉に動きを止め、大人しく日本語に化けた。

「この鎧って一応貰えたりするんですよ……ね」
「ええ、この契約書にサインしてもらえればその鎧の所有権はあなたに移ります。それとあなたがやらかした問題もちゃらになるんで……」
 悪魔が指を鳴らすとどこからともなく小さな白い鳥が現れ、その姿を羽ペンに変えた。促されるままにペンを受け取り、さらりさらりと名前を書く。
「名前名前、えーと……これで大丈夫ですか」
「はい、ありがとうございます。それじゃ、私はクレーム処理が残ってるのでこれで……」
 いそいそと帰り支度を始める悪魔。クレーム処理。商取引、損害賠償、当事者、請求。
「地獄の沙汰も金次第って言うでしょう。……働いてるのは人間だけじゃーないんです。悪魔だって大変なんですよ、それなりに」
「ちょっと待ってください。魔術実験のテストって? もしかして鎧、このまま……」

「あ、今回の事件の詳細は契約書についてる報告書を見てくださいね〜」
 そういって悪魔は消えた。以下は天季に残された契約書並びに報告書。

「物品賃貸契約書」
 第一条 甲は乙に対し、無期限無条件無償で魂の器となる物品を貸し出すものとする。つか譲渡ですよね、コレ。自由に使っちゃってください。
 第二条 本契約を締結後、いかなる事情でも契約解除・破棄は認めない。いやー、此方も日々地獄の平和を守る為働いている身でして。鎧を差し上げた後はもうお互い自由にヤりましょうよーってことで、宜しくお願いします。日常生活で不便なことは山ほどあるでしょうが、頑張って。もう一度地獄にいらっしゃるのでしたら、お安いパックツアーをご紹介しますよ。
 第三条 世界の真理を追い求め愛の伝道師を目指す。おまけです。冗談です。地獄に来た記念になるかと思いまして。人間界でのご活躍を遠き地獄よりお祈りしています。なんて。

「魔術テストに関する報告書」
 時計兎の月、某日。魔術研究所にて、新素材を用いた革命的な実験を行う。当初の予定では材料不足により失敗が繰り返されていたが、この日偶然入手された魂と人間界産の銀鎧を使用し、その融合と定着を成功させる。
 同時刻、問題発生。実験体を中心に突如強大な磁場が生じ、地獄と人間界の境界に歪みと綻びが多数確認される。銀鎧に魂を定着させた事による拒絶反応と思われるが、詳しい原因は調査中。事態を重く見た異界危機管理局は、可能な限りの職員を動員し実験体の捕捉を命じた。
 現在は魂の状態が非常に安定しており、これ以上の干渉は無用と判断。だが同時に珍しい成功例でもあり、最終的な判断として議会はその成り行きを見守ることに決定。異界法第5963条を適応し、45の聖杯に誓い今回の一件に決着をつけた。
 以後、今現在に至るまで状況に変化はない。
 
 以上。
 真実はいつだってシュールだ。