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One day's memory
投稿者:no name
件名:思い出をください
本文:自分の記憶は一日しかもちません。
どんなに楽しいことがあっても
どんなに悲しいことがあっても
次の日には忘れてしまうのです。
一日だけでいいのです。
一日だけ、自分に付き合ってくれませんか。
長年付き合った友人ですら忘れてしまう自分は、誰かと遊んだ記憶がありません。
誰かと、話したり遊んだり…そういうことをしてみたいのです。
出会い系サイトのような書き込み、失礼しました。
◆ ◇ ◆
目黒区の大岡山駅。そこに藤田あやこは居た。
ゴーストネットOFFに『思い出をください』というタイトルで投稿した投稿者に会うためだ。
あやこはすでに投稿者の素性について予想をつけていた。それは、『世界五分前仮説』に登場する創造主。
『世界五分前仮説』――『世界は五分前に始まったのかもしれない』という恐ろしいほどに懐疑的な仮説。その仮説の中で、5分以上前の記憶がある事は何の反証にもならない。なぜなら間違った記憶を植えつけられた状態で、5分前に世界が始まったと考えることも出来るからだ。
その『世界五分前仮説』に登場する創造主は、毎日全世界をリセットしているのだ。記憶がなくて当然と言える。
つらつらと考えていたあやこの目の前に、優しげな目をした老人が現れた。
この人物が投稿者だと、あやこにはすぐにわかった。
「こんにちは。藤田さん…でしょうか」
「そうよ。あなたは、あの書き込みをした人ね?」
あやこの問いに老人は頷く。
「残念ながら名乗る名さえ私は持ちませんが、今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」
なんて哀れな神様。そう思いながらあやこは元気よく礼をする。
この哀れな神様の治療があやこの目的だ。
確固たる事実も風化すれば伝説になる。今を生きるということは虚構と現実を峻別すること。そしてそれらを混合したものが狂気。
神話も狂気も紙一重、それならば虚構を虚構で割り算して1にしてしまえばいい。
うつろう現実を除去すれば、自分が見えてくるはずなのだから。
◆ ◇ ◆
あやこが老人を案内したのは、駅前の通称「東京工大純粋地下道」。
この「東京工大純粋地下道」は天井のないトンネルである。街灯が残るナンセンスな遺構を、昔の通行人は『狂気の産物』と呼んだに違いない。
あやこがここに老人を連れてきたのは、この場所で学校ごっこをするためだった。
その旨を伝えれば老人は突然の提案に驚き、しかしそれも楽しいだろうと笑って了承した。
かくして老人が先生、あやこが生徒を演じる、学校ごっこが始まったのだった。
「先生、 今日は何を作るんですかー?」
「ええと、サンドイッチにでもしましょうか」
「サンドイッチですね!」
あやこの設定により、教科は家庭科、作るのはサンドイッチということになった。
少々戸惑いつつも楽しそうに先生の役割を果たす老人。そしてノリノリで生徒を演じるあやこ。
用意周到なあやこによって材料も器具もそろっている。実際にサンドイッチを作りながらあやこと老人は会話する。
「先生、具は何にしましょう?」
「藤田さんの好きなものでいいですよ」
「じゃあハムと卵サンドと野菜サンドとジャムサンドと……」
「いいですが、食べ切れる量にしてくださいね」
多く作ってお店屋さんごっこをするのもいいなぁ、と思いつつ、あやこは『先生』の指示を受けててきぱきとサンドイッチを作っていく。
指示は的確でわかりやすかった。『神様』だもんね、とあやこは納得する。
そんなこんなで出来上がったサンドイッチを2人で食べる。我ながら美味しく出来たな、とあやこは自画自賛する。隣の老人もにこにこ笑いながら食していた。
それを横目で見つつ、あやこは考える。
――老人が自分自身を割り切るとき、右辺は左辺に移項され、彼は明日の記憶を持たない夢見る少年になれるだろう。
そして自分はそれの手伝いをするためにいる。
できるだろうか、と一瞬考え――まだまだ『今日』の時間はあるのだから、と思い直した。
よし、と気合を入れなおしたあやこを、老人が少しだけ不思議そうに見ていたのを、あやこは知らない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女性/24歳/女子大生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、藤田様。ライターの遊月です。
今回は「One day's memory」にご参加くださりありがとうございました。
お届けが大変遅くなりまして申し訳ありません…。
『老人』の正体については、ちょっと曖昧なままにしてみました。藤田さんは確信していらっしゃいますが…。
この後2人がどう過ごして、そして老人がどうなったかはご想像にお任せ、ということで。
少しでも楽しんでいただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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