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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


剣を取り戻せ 4

「剣は3本目。そして葛織臣羅か……」
 草間は煙草をふかしながら、集まってきた情報と剣とを吟味する。
「いよいよ結末が近い気がするが……」
「剣は5本あるんだけどね」
 如月竜矢【きさらぎ・りゅうし】は深くため息をついた。
「次は4本目だね。もう少しの間協力してほしい」
「分かってるさ。ここまで来て引き下がれんよ」
 で、と草間は促した。
「次の剣は」
「デュランダルだ」
 草間は目をぱちくりさせた。
「今までの剣よりずいぶん難易度が低くないか?」
「ローランの剣で、今でもローランが持っている様子なんだけど……」
 何かがおかしいらしい、と竜矢は彼自身首をかしげながら言った。
「姫の探知では、ローランの傍にもう1人いるとか……確かじゃないんだけど」
「邪魔者か……? 味方か?」
「姫はこうも言ってる。『あの剣が聖剣じゃなくなっている』とも」
 草間はがたっと椅子から落ちそうになった。
「おいおい……勘弁してくれよ」
「こうも連続して続くとね……。俺も心苦しいよ」
「本当かよ」
「本当だよ」
「……まあ信用して、誰か呼ぶことにするさ」
 草間はしぶしぶ、いつものように知り合いたちを募ることにした。

     **********

●変わった新顔

 草間の召喚によって、一連の問題に関わる人々が集結した。

 シュライン・エマ。
 黒冥月【ヘイ・ミンユェ】。
 阿佐人悠輔【あざと・ゆうすけ】。
 加藤忍【かとう・しのぶ】。
 浅海紅珠【あさなみ・こうじゅ】。
 黒榊魅月姫【くろさかき・みづき】。
 ヴィルア・ラグーン。
 ノイバー・F・カッツェ。

 そして……

 草間はまだ電話をかけていた。
「もしもし。……団長? 草間だが、アイツいるか? ああ、よろしく頼む……」
「団長?」
 事務員シュラインが、受話器を置いた草間を見た。「もしかして、あの団長?」
「あの団長だ」
 そう言って草間は、ふうと煙草の煙を吐く。
 それほど時間が経つこともなく、興信所のドアが開いた。
「こんにちは」
 そこには、奇術師にしか見えない服装と鞭を持った、丸眼鏡の少女がいた。
「よ。来たな」
 草間が椅子の背もたれから背中を離す。
 新しく現れた少女の横から、大きな白い虎ものっそり現れて、紅珠が「うわっ!」と身を退いた。とっさに悠輔がそれをかばう。
「お前も一緒か……」
 草間は驚くこともなく、煙草を揺らしながら白虎を見る。
「ガル……(訳:ああ、そうだ……)」
「おや……人語を解しているようですねえ」
 忍がのんびりと白虎を観察する。
「紹介する。とあるサーカスのメンバーの柴樹紗枝【しばき・さえ】と、その相棒の白虎、轟牙【ごうが】だ」
 草間が言った。
「え、サーカス? まじで?」
 悠輔の後ろから、おそるおそる紅珠が出てくる。
「とりあえず……その虎から敵意は感じませんわね」
 魅月姫が落ち着いた声でつぶやく。
「ふん」
 冥月が鼻を鳴らした。「少しでも敵意を発したら即座に首の骨を折ってやるさ」
「何てこと言うの!」
 入ってきたばかりの少女、紗枝が、憤然と言い返した。「動物だからってすぐに殺していいっていう道理はないんだよ……!」
「ああ、おちついて紗枝ちゃん――」
 シュラインが威嚇しあう冥月と紗枝の間に割り込んだ。
 ヴィルアは興味なさそうに大あくびをしている。ノイバーは相変わらず静かだ。忍は興味深そうにホワイトタイガーを見ている。
「ええと、紗枝ちゃん」
 シュラインが、場を仕切りなおすように言った。「今回の依頼の筋、ご存知?」
「団長からある程度は聞いてるんですが……」
 紗枝が丸眼鏡を押し上げながら軽くうつむく。「何だか要領を得なかったというか、難しかったというか」
「ガルル……(訳:早い話が、知らない)」
 轟牙の言葉が分かる草間が笑って、
「おいシュライン。説明してやれ」
 と事務員を促した。
「武彦さんがやるべきじゃあないの?」
 とシュラインはむくれた。

「じゃあ説明するわね。これはこちらにいる如月竜矢さんからの――正しく言えば如月さんが仕えているお嬢様からのご依頼で、5本の剣を探す、というものなの。その5本は、その依頼主たるお嬢様がお造りになったもので、造ったあと自分の家の本家に上納したのだけれど――その後5本とも行方不明になってしまったらしく。目下それを探索中。今、4本目なのね」
 シュラインが時々竜矢に視線を送って、言っていることに間違いがないかどうかを確かめながら説明する。
「それで……、次の剣は伝説の騎士ローランの剣、デュランダルなの。知ってる?」
「伝説の剣?」
 紗枝はきょとんとした。「如月さんのところのお嬢様なら知ってるけど……あのお姫様が造った剣でしょう?」
「姫は本でしか知識がないからね」
 竜矢が苦笑した。「どうも、自分の好きな伝説をなぞらえて剣を模して造ったらしい」
「で、その模しただけだったはずの剣が、実際に伝説のようにあちこちで暴れているわけだ」
 草間が煙草を灰皿に押し付ける。
「デュランダル……聞いたことはある気がする」
 紗枝は指を唇に当てて答える。
「それで……今回はそのデュランダルを、ローラン自身が持っている、らしい、と」
 それでいいかしら? とシュラインは竜矢を見る。
「はあ?」
 と紅珠がまぬけな声を出した。「なんだよ。本人が持ってんのか? じゃあ簡単に返してもらえんじゃん」
「そうもいかない事情があるから私たちが呼ばれたのでしょう……?」
 魅月姫がちらと竜矢を見る。
 竜矢は苦笑して、
「ああ。ローランの持っているデュランダルは今、聖剣ではなくなっているらしい」
「はあああ?」
 紅珠がますます声を上げた。
「ついでに、ローランの近くにもう1人、誰かがいる。と、姫の探知ではそういう結果が出ている」
「もう1人ねえ……」
 冥月が面倒くさそうに欠伸をした。「どうせまた吸血鬼だろう」
「吸血鬼?」
 紗枝が不思議そうな顔をする。
「今までの剣の回収時にね、いつも吸血鬼が関わっていたのよ」
 シュラインが補足した。
「ガルル……(訳:吸血鬼が、敵としてか?)」
「そうだ、敵としてだ」
 草間が轟牙に言った。
「それで……まあ、説明はこんなところかしら?」
「ではひとつ検証してみませんか」
 と忍が言った。「聖剣じゃなくなっている理由と、ローランの傍にいるもう1人の人物とやらを」
 全員の顔を見渡す。誰も、反対者はいないようだった。

●検証:聖剣でなくなったのはなぜか

「……たーしかあの剣って、頑丈さなら天下一品って奴だよな。不滅の剣って言うくらいだし」
 紅珠がすとんと勝手にソファに座りながら言った。
 シュラインが、んー、と頬に指を当てて、
「デュランダルって入手経路の説が色々あるのよね。聖剣としてなら天使が渡した説が有力そうかしら?」
「そうかもしれないわね……」
 魅月姫がくすっと笑う。彼女はデュランダルの入手経路に非常に興味を持っていた。
「確かその説なら――」
 悠輔が割り込んだ。「黄金の柄に入れてあると言われている沢山の聖遺物があったはずです。今はそれがないのでは?」
「そう、剣の黄金の柄の中に聖遺物である聖バジルの血と聖ピエールの歯、聖デュニの毛髪、聖母マリアの衣服一部が入ってたはずなのよね。それが奪われてしまったか……」
「天使の説でないならば――」
 魅月姫が静かに口を開く。「ローランが聖剣を手にするはずの戦いに臨んでいるのではないかしら……? それならまだ、聖剣にはなっていないわ……」
「もうひとつ……」
 忍が新たな説を持ち出す。「聖剣と魔剣の違いは振るう者の心。ローランは今、大義の為ではなく、私欲の為に剣を振るっている可能性もありますね……親しい人の為か、復讐の為か……」
「そーゆーのは、現場に行かねえと分からないんじゃねえの?」
 部屋の壁にもたれて傍観体勢のヴィルアが、眠たそうに言う。
「それはそうなんだけど、適度にあたりはつけておきたいのよね」
 シュラインがヴィルアを振り返って言った。「見当違いなところ攻めても仕方ないじゃない? 皆の考えがばらばらのままでも困るし……」
「充分ばらばらだと思うけどな」
 ヴィルアはとうとう欠伸をした。
「もう……! やる気ないなら来なくてもいいわよ?」
 シュラインが肩を怒らせる。
「……現場には行くさ」
 言って、ヴィルアは目をそらした。――姫こと紫鶴のために動いてる、なんていうことは、白状しても仕方ない。
「私も由来やら何やらには興味はないな」
 冥月が言った。「とっとと行くに限ると思うんだが」
「わ、私はよく分からないのでー。皆さんに従います……」
 紗枝がおそるおそる言って、「ガル……(訳:そうだな……)」と轟牙が飼い主の傍らで静かに意見の交換を傍観する。
「ちょっと待って。せめてもうひとつ」
 シュラインは柳眉を寄せて今にも出て行きそうな冥月を止めた。
「……今のローランの傍に誰がいるのか。それだけでも意見交換しておきましょ」

●検証:ローランの傍にいるのは誰か

「傍にいるのが誰かぁ?」
 冥月は嫌そうに足を止め、
「……天使か巨人か騎士か……オリビエと戦い続けている可能性もあるんじゃないか?」
 自分で言って大げさに肩をすくめ、
「もしそうなると数日待ちぼうけだ。まぁ大群同士の戦いが再現されてないことを祈ろう」
「オリヴィエと戦い続けてる……? そんな描写のある説があったかしら」
 魅月姫が少し首をかしげると、「本当に色んな説があるからね」とシュラインがため息をついた。
「俺はローランの敵だと思います」
 悠輔が中心人物と化しているシュラインをまっすぐ見て、
「怨恨の線からローランの叔父であるガヌロン……、他にはもう1人の所有者……叙事詩イリアスに出てくるトロイの英雄へクトル。他にも、聖遺物を奪った者とか」
「私も、それに近いことを考えております」
 ノイバーが珍しくはっきりと声に出した。「オリヴィエと……大群同士でなくとも、2人で争い続けている、もしくはやはり、『危ない任務をよこしたローランに殺意を抱いた』とはっきりと言っているガヌロンでしょうか」
「あの……オリヴィエって誰?」
 紗枝がおずおずと口を出した。「無知でごめんなさい。でも気になって……」
「ローランの親友だ」
 悠輔が言った。「親友!?」と驚きの顔を返した紗枝に、
「親友なんだが……ある戦争の際に、オリヴィエが『早く援軍を呼んだ方がいい』と言った時に、ローランがその戦士としての誇りから『援軍などいらない』と言ってしまって……結局援軍がなかったために、ローランとオリヴィエは死に追いやられた」
「………」
「ガルル……(訳:なるほど……)」
 言葉をなくした紗枝の代わりに、轟牙がうなずくかのようなしぐさをする。
「で、ではガヌロンというのは……」
「ローランの叔父……ですよ」
 今度はノイバーがそっと説明を始めた。
 顔を向けた紗枝と轟牙に、
「ローランが仕えた王はシャルルマーニュ王と言いますが……王はその当時、イスラム軍と戦っていた。しかしそのイスラム軍と休戦条約を結ぼうとして……誰か人を送ろうとしたのです。しかし、以前にも同じことをしようとして、使者が惨殺された例があったために、立候補者が現れない。そこでローランは、知恵のある人が適任だと判断し、自分の叔父で策士と有名なガヌロン氏を推薦して、王はそれを受けた。ガヌロンはそこでローランを逆恨みしたのですよ……『自分を死地に追いやった』とね」
「………」
 暗い話ばかり聞かされて、紗枝が元気をなくす。
「ガル……(訳:元気を出せ)」
 轟牙が、飼い主にすりよった。
 ほんの少しの間、しんとしてしまった空気を破るように、元気な声が弾ける。
「なあ、『敵に渡すまいとして岩に叩きつけても壊れなかった』っていう説があるだろ?」
 紅珠が身を乗り出して、「やっぱ敵だと思うんだって。敵そのものじゃなくても、敵に見せかけた……幻か何か、そういうのかもな」
「………」
 虚空を見ていたシュラインが、
「………。ローランのイタリア語読みのオルランドで、狂えるオルランドっていう本もあるけど、失恋して正気を失ったオルランドの正気を月で探し、それを吸い込ませて正気を戻したって話は……流石に今回は関係ないかな?」
「姫は多分その本を知りませんよ」
 竜矢が申し訳なさそうに言う。シュラインは息をついて、「じゃあないわね」とつぶやいた。
「ローランなんてよ……」
 ヴィルアがつぶやいた。「しょせん、『名誉にこだわりすぎて仲間を殺した愚か者』だろう?」
「それは……」
「援軍を拒否してオリヴィエたちを死なせたことを言っているのかしらね……」
 魅月姫がヴィルアをちらりと見やる。
「他にあるか? まーもういいじゃねえか、そろそろ談議は終わりにして、現場へ行こうぜ」
 ヴィルアはもたれていた壁から背を離した。
「4本目か」
 冥月が、うんと伸びをして、「全部集め終わったら、久しぶりに紫鶴の顔でも見に行くかな」
 竜矢が思わず口を出した。
「まさか報酬に姫のキスを求めたりしないでしょうね」
 冥月が鬼の形相になり、
「誰が求めるか!?」
 アッパー、落ちてきたところにかかと落とし、地面につっぷしたところでえびぞり固めのコンボをかます。
 ぎぶぎぶ、と竜矢が床を叩いたところで解放し、
「どういう了見だ!」
 と竜矢の胸倉をつかみあげて怒りの形相を近づけると、
「ど、どうもそういうイメージが……」
 竜矢自身分かっていないような様子でどうどうと冥月の怒りをおさめようとしている。
 草間がその様子をぼんやり見ている。
「いつも思うんだけど……」
 シュラインがぽつりと、「武彦さんといい如月さんといい……冥月さんに攻撃される人ってどうしてこんなに頑丈なのかしら……」
「へたれだからだ」
 冥月はぽいっと竜矢を捨てた。「へたれの取り柄は頑丈しかない」
「……ええと。もう現場に行くことにしましょうか……」
 シュラインは色々諦めた様子で、疲れたような笑みを見せた。

     **********

 草間の机の上に地図を広げ、冥月が探知を始める。
「――よし、楽だ。ここだな」
 冥月の指は簡単にその一箇所を指し示した。「ついでに、傍らにもう1人いるってのも本当らしいな」
 草間と竜矢は管制塔となることとし、他のメンバーは、うんとひとつうなずいて一斉に草間探偵事務所から出て行く。
 子供もいればホワイトタイガーの背に乗った奇術師までいるその一団が一斉に走っていく様は、それはそれは奇妙だっただろうが……
「森を抜けた先――山すそだ!」
 冥月の導きにより、一団は道に迷うことなく森を抜けていく。
 そして抜け切る前に――
「………!」
 魅月姫が、ヴィルアが、ノイバーが、紗枝が、ぴくりと反応する。
「なあ、おい!」
 紅珠が悠輔に付き添われて最後尾を走りながら、追いつくのに必死な声で言った。
「本、当、に――そこ、に、いん、の、ロー、ラン、と、もう、ひと、り、だけ、か!? 俺、には、もっと、いっぱ、い」
「間違いなさそうね……」
「……ふん」
「そうでございますね」
「この気配……多すぎる」
 魅月姫の言葉に、ヴィルアは顔をしかめ、ノイバーは静かに同意する。紗枝が真剣につぶやいた。
「――!? ちょっと待て、他にも気配感じるのか!?」
 先頭の冥月が肩越しに振り返り、信じられないといった顔をする。
 それはどうやら、人外の者と特別な力を持ち合わせる者にしか感じられない気配のようだった。
 すなわち――

 ガオゥッ! と轟牙が雄たけびをあげる。

 ずざざっ。草と靴がかすれる音を立てて、森を抜けた冥月が足を止める。
「………!?」
 そこに――たしかに、馬に乗った、傷だらけの戦士が、いた。
 1本の剣を手にし、なぜか……誰かと戦っているかのように剣を振り回している。まるで猛獣のように。
『近づかせぬわ……!』
 そう、吼えながら。
 そしてもう1人は――
 剣を手にしている男――おそらくローランと、決して剣を交えたりはしていなかったのである。
「ちょっと……待て、こんな事態は、予測してない……ぞ!?」
 冥月が警戒態勢に入るなか、次々と森を抜けたメンバーがその場を見て呆然とする。
「せいぜい気をつけろ!」
 ヴィルアが銃を取り出しながら叫んだ。「周りは騎士の幽霊だらけだぞ!」
「な――!」
 それは紫鶴や、冥月の探知でさえも気配を感じさせなかった――薄い、薄い気配の。
「……一応、私たちの方には敵意を持っていないようですが――」
「いいえ。たった今、私たちに気づいたわ」
 ノイバーのつぶやきに、魅月姫が鋭く声を飛ばす。
「うぎゃ! 血まみれの騎士だらけ!」
 ようやく森を抜けた紅珠がひいいと悠輔の服をつかむ。
「なに……」
 霊の見えない悠輔は唖然とした。彼には、暴れまわるローランの姿しか見えていない。
 ローランの傍らにいる男――剣を持った騎士は、何もしていない。ローランの陰に隠れるようにしていて、森から出てきた冥月たち一行からはよく見えない。
 ローランは森側にいる幽霊騎士たちと戦っている。
 つまり冥月たち一行は。
 幽霊を挟んで、完全にローランと対峙する形となった。
 ローランが吼えた。
『貴様ら、背後から攻めてくるとは何奴……!!』
「は、背後……!?」
 シュラインが周囲の地形を見渡して、訳が分からないといった声を出した。「一体何が起きているの……!?」
 ヴィルアが2挺拳銃を連射して気配の薄い幽霊たちを撃ち落としていく。
 だが、撃ち落としても撃ち落としても幽霊たちは消えなかった。
「……なるほど。死んでもなお生き返るが……気配はそのたびに薄くなる……」
 ノイバーは表情のない顔で手の中のカードをはらはらともてあそぶ。
「はっ!」
 轟牙に乗った紗枝が、鞭に霊力を乗せて幽霊たちを薙ぎ飛ばした。
「本当に邪魔なこと……」
 魅月姫が無表情に魔杖『真紅の闇』をサイズフォーム――大鎌形態にし、幽霊たちを薙ぎ払う。
「殺しても死なないなら、死ぬまで殺すだけのこと」
 魔女の冷酷な言葉に、ノイバーがゆらりと表情を揺らした――ように見えた。
「そうです……ね……」
 ちょうど、ここは山すそ。
 彼はもてあそんでいたカードから、唐突に1枚ぴっと取り出した。
 『山』のカード――
 即座に山から槍が何本も突き出し、幽霊たちを串刺しにしていく。ローランともう1人の騎士だけは避けるよう配慮した。
「私も――賛成だなっ」
 ヴィルアは炎を生み出し、辺りを燃やした。
「未練を残しちゃいけない! 眠れ〜〜〜〜!」
 紅珠がセイレーンの力で騎士たちを強制睡眠にかけようとする。
 幽霊が見える組が一斉に動いている間、残りの者たちはローランが呆気にとられながらも、やはり同じように幽霊騎士たちを相手にしている(らしい)のを見ていた。
「気のせいか? 私には――ローランが、もう1人の騎士をかばっているように見える」
 冥月がシュラインに、顔をしかめながら言う。
「ええ、私にも――」
「私にも、そう見えますが」
 忍はすっと目を閉じ、思考態勢に入る。
 ずっと考え込んでいた悠輔が、はっと何か閃いたように目を大きく見開き――
「まさか」
「どうしたの阿佐人君!?」
「あれは――シャルルマーニュ大帝じゃ」
 冥月とシュラインが瞠目した。
 確かに。
 たった1人だけで、しかもローランがかばう必要性がある人物は、
「味方……!?」
 シュラインが声を上げる。
 しかし、
「いえ! あれだけローランが雄々しく戦っているのに、1人冷静に見ているなんて、伝説の大帝らしくない……!」
 悠輔が首を振って否定した。
 忍が目を開けて、
「否。大帝がすべての原因だとしたら……」
 冥月、シュライン、悠輔は揃って忍を見――そして声を合わせた。
「大帝が、吸血鬼だと?」
「一番理解しやすいのでは?」
 忍の言葉に、一瞬3人は絶句する。
「ちっ――面倒くさい」
 冥月は影に沈んだ。そして、ローランと、大帝らしき人物の横から少し離れたところに飛び出すと、2人がこちらに気づく前によく観察する。
 確かに悠輔が大帝かもしれないと言った人物は、一介の戦士とは思えぬ豪華な装備をしていた。抜いてもいない剣の鞘の装飾も見事だ。
(あれがシャルルマーニュ――吸血鬼だと……?)
 訝った冥月は、次にローランを見た。暴れている騎士ローラン。冥月には見えないほど気配の薄くなった幽霊騎士たちと戦っているローラン。
 そして、次の瞬間目を疑った。
 慌てて冥月は影に沈み、シュラインたちの元に戻った。
「おい!」
「どうしたの冥月さん」
 悠輔と忍と深く話し合っていたらしいシュラインが、冥月の深刻な顔つきに目を丸くして応じる。
 冥月は、幽霊と戦っているらしきローランを指差し、
「あれが、ローランだな? あの、剣を出して戦っているのがローランだな?」
「――違う可能性は、今のところ考えられないのだけれど……」
「あの剣はデュランダルじゃない」
 冥月は吐き捨てた。
 今度はシュラインと悠輔と忍の3人が瞠目する。
 冥月は早口に言った。
「確かに見た――デュランダルは岩でもってしても刃こぼれしない最強の剣だ。だが――今あの男が使っている剣は、すでに刃こぼれしている」

「聖剣ではなくなっているとは……本当のことでしたか」
 忍が冷静に言った。「すでに刃こぼれしてしまったとは……回復できるか分かりませんが、とにかく」
「取り戻すことが肝要よね」
 シュラインは「とにかくローランを落ち着かせることだわ。私たちは敵ではないと信じさせて。話が通じるようにする……伝説のままの性格なら、すぐに勘違いをしそうだから」
 不意にノイバーが戻ってきて、
「話は聞いておりました」
 と静かに言った。
「この間の忍殿の謎かけ……剣の聖魔は見る者次第、でしたね。今回聖剣でない理由、使い手が被害を被った側だから、とは考えられませんか?」
「というと?」
「ローランの死体が、デュランダルで傷つけられた……など」
「―――」
「とにかく、幽霊騎士たちは私たちが押し留めておきます。ローラン殿を説得なさるのはお任せできますか」
「ローランを落ち着かせないと……」
 シュラインが焦った声を出す。
 考えていた悠輔が、ふと、
「紅珠さん……!」
 と最年少の参加者を呼んだ。
「あんだー!?」
 紅珠はひょいひょい(幽霊が見えないメンバーには見えないが、非常に危なっかしく騎士たちを避けつつ)飛びながら、叫び返してくる。
「紅珠さんの声で、ローランを落ち着かせられないか……!?」
「………!?」
 紅珠は慌てて悠輔たちのところへ帰ってきた。そして、
「声で、か?」
「ローランと直接話せる状態にしたいんだ。せめて話をしてくれる状態に。できれば俺たちが味方だと思わせられれば」
「き、効くか分かんねーけど、よーし!」
 紅珠は大きく息を吸って、
「ローーーーーーランーーーーーーーー!!! 落ち着けーーーーーーーー!!! 俺たちは味方だーーーーー!!!」
 少女の声は――
 幽霊騎士たちの群れを突き抜けて――
 ローランの動きを、とめた。
『味方……だと?』
 紅珠を幽霊たちの相手として残し、冥月がシュライン、悠輔、忍を影に沈めて、それからローランの近くへと移動させる。
『や、不思議な術を使う者どもめ。魔術師かっ!』
「それはさっきから、お前と一緒に幽霊騎士たちと戦ってる連中見ればすぐに分かるだろうが」
 冥月が背後を指差す。
 魅月姫が大鎌を振り回し、ヴィルアは炎で騎士を焼き尽くし、紗枝が伸ばしたロープを轟牙がくわえて複数の騎士を包み込み、紗枝と轟牙、2人分の電撃を爆裂させる。
 ノイバーは水流や山すそからの槍によって騎士たちを攻撃していた。
 気配がどんどん薄くなっていく幽霊騎士たち。
「逝くべきところへ逝きなさい……っ!」
 魅月姫の一言とともに、とうとう泡のように力つきる者が増えてきた。
「騎士たちーーー! もう戦うなーーー!」
 紅珠も必死に声をからして、その声に誘われた幽霊騎士たちは動きがゆるくなる。
 ローランもさすがに瞠目して、
『き……貴様らはどこの国の者だ!』
 言って、剣を構えた。『このお方には、指一本触れさせぬぞ……!』
「やはり……」
 忍が冷静に言った。「その後ろにいる方は、シャルルマーニュ大帝ですか」
『………!』
 大帝、と呼ばれた男はローランの陰に隠れ、表情もよく見えない。
「策を壊すのも私の仕事」
 忍はすっと己の刀を抜き、その切っ先でびしっとローランの剣を指した。
「その剣はまことデュランダルか?」
『応!』
 ローランの応えは力強かった。『私は一度死んだ! だが我が主によって生き返り、再びこの剣を手にした……!』
 一度死んだ――そして蘇った――
 なるほどね、と冥月が腕を組み舌打ちする。
「あの仮面男が正解ってとこか?」
「それだけじゃあないかもしれないわ」
 シュラインが慎重に、「騎士ローラン。自分を見失わないで。よく御覧なさい、その剣を――」
『何だと……? 戦場に女子供が出てきおってからに!』
「関係ない!」
 悠輔が一歩前に出た。額のバンダナを剣状に硬くし、忍のようにローランに突きつけて。
「それよりも戦士ならば、少しは自分の武具を気にしたらどうだ! 伝説の剣、デュランダル。それがそのように――刃こぼれするような剣であっていいのかっ」
『なにっ……?』
 ローランははっと前に構えた自分の剣を見た。そして、目を見開いた。
『まさか……っ。この剣は、岩にも耐える祝福を得た剣……』
 王よ! とローランは振り返った。
『我が王よ! この剣は――デュランダルではないのか……!』
 その時――
 初めて、ローランの陰にいた騎士が、しゃべった。
『ローランよ……。それは確かに、そなたに渡したデュランダルだ』
『ならば何故このような……っ』
『仕方がなかったのだ。持ち主であったそなたが一度死んでしまったが故に、デュランダルの力の一部は一度消えた。私にも――どうしようもなかった』
『………』
 ローランは再びきっとこちらを振り返り、『デュランダル』を構えた。
『我が王がこうおっしゃる限り、デュランダルの力は衰えたのであろう。だが、私はシャルルマーニュ大帝の部下パラディンの1人! 刃が折れようとも戦う……!』
「―――」
「聞く耳もたずか」
 冥月が目を細める。
 悠輔がぼそっと言った。
「叙事詩の通りならローランは名誉にこだわる。そこを突けば剣を奪えるかもしれない」
 そして悠輔は声を張り上げた。“決闘だ”――
「騎士ローラン! 決闘を申し込む!」
 冥月とシュラインが目を見張った。
「阿佐人君……!?」
「馬鹿な、お前などにローランが」
 ローランは大笑いした。
『お前のような子供に、我が相手が務まるとでも思うたか!』
「名誉ある騎士ならば、申し込まれた決闘を蹴るようなことはできない! 悪いが、剣を取り戻さなければ命を失くす人がいるんだ。俺には善悪を選ぶ余裕など無い……!」
『………』
 ローランはまっすぐと悠輔の目を見た。
 悠輔は真剣だった。
『……ふん』
 ローランは馬から下りた。『騎士ではない者に、馬上から剣を振り下ろすのは理にかなわぬ』
 悠輔は素早く小声でシュラインに言った。
「俺が戦っている隙に――何とか剣を奪ってください!」
「戦っている隙にって――阿佐人君!」
『さあ、来い!』
 ローランに、悠輔が立ち向かう――

 ローランの陰に隠れていた騎士は、身を翻し馬を走らせようとする。
「おっと」
 その目の前に、2人の人物。
「簡単には抜かせない」
 再び影での移動で、ここまで来た冥月と忍――
「さて。……あなたが主犯でしょうかね?」
 忍は抜き放った刀を『大帝』に向ける。「一度死んだローランを蘇らせ、すでに頑強ではなくなったデュランダルで幽霊騎士たちとえんえんと戦わせ、あの聖剣を刃こぼれさせた……」
 『大帝』は――薄く笑った。
 途端に、
 ぶわっ――と、辺りの植物や近くの山を削り飛ばすような波動が起こった。
 とっさに冥月は忍とともに己を影に沈める。
 再び飛び出した時、その場は凄惨たるものになっていた。土がえぐれ、山は崩れ、すべての植物は消し飛び――
「さすが、黒幕」
 忍はどこか楽しそうに言った。「見事な力をお持ちで」
「まあ吸血鬼なら」
 冥月がにやりと笑った。「一撃で終わりだな」
 だが、『大帝』の笑みは消えない。
「黒さん。気のはやりは禁物です」
 忍は刀で『大帝』を牽制しながら冥月に言った。
「あん?」
「肝心のデュランダルが『ローランの手に』あるということ。……黒幕のこの男の手では、ないんですよ」
「……!!!」
 冥月は唇を噛んだ。
 この目の前の騎士ぶった吸血鬼が、デュランダルとローランに何のしかけをしているか分からない――
「くそっ! 貴様の思うがままか!」
 『大帝』は薄い笑みを浮かべたままだった。
 しかし笑みを浮かべるのは忍も同じ。
「黒幕に貴方がいるとは意外でしたが……貴方の考えを暴くのも私の仕事。姫さんの心の安息のために」

 悠輔はローランと戦っていた。
 もちろん、まともに戦っていたのでは勝てるはずがない。時折ローランの鎧の隙間に見えるアンダーウェアに触れては重力をかけたりして、不利を互角に変えていた。
 ローランの勢いは凄まじかった。悠輔の剣代わりのバンダナは決して折れることのない、そういう意味ではデュランダルにも負けないもの故に、純粋な力比べになる。
 力ではローランに敵うはずがない。悠輔はデュランダルを受け流す。
 しかし次の瞬間にデュランダルが横薙ぎに振るわれ、悠輔はとっさに自分の服に触れて鋼に変えるも、服に覆われていなかった腕に大きく傷を負った。
「くっ……まだまだ!」
『よい覚悟だ!』
 戦いは続く。悠輔の傷がどんどん増えていく。
(ローランに隙、隙、隙を作る……っ)
 シュラインは悠輔が傷つくたびに胸を痛めながら、必死で頭を働かせていた。
(隙――阿佐人君ではなく私が作る方面では――? 私ならどう隙を作る――?)
 とその時、不意に、
「こらっ! 眠れって言ってんだろこのゆーれー騎士!」
 とセイレーンの声の力をもってして、幽霊騎士と戦っている紅珠の声がした。
(声――声なら、私の特技――)
 シュラインははっと気づいた。
 そしてごほんと咳払いをし、のどのつかえを取り、それから声を張り上げた。
『ローランよ!』
 ローランが、はっと動きを止める。その隙に悠輔がローランの腕を斬る。
『ローランよ、何をしている! その少年は訳あってデュランダルに用があるだけのこと、敵ではない! 落ち着いて、少年と話をするがよい!』
 シュラインの紅唇から紡ぎだされる声は――
 ローランがシュラインを見て瞠目している。悠輔までも、驚いて動きをとめた。
『我が騎士ローラン! 聞こえぬのかっ!』
 先ほど、たった少し聞いただけの――『シャルルマーニュ大帝』の声――
 そう、シュラインの特技は声帯模写。
 その精密度はおそらく科学者が驚くほどの。
 ローランは女性から放たれる確かな自分の主の声と、悠輔との戦いの間で揺れた。
 悠輔は、剣を下ろした。
「……そうです。俺はそのデュランダルを、伝説のデュランダルを見てみたかった。戦士の端くれとして、一度、手にとってみたかった」
『こ――この剣は、他の者には渡さぬ!』
 しかし確実にローランの、デュランダルを握る手の力は緩んでいた。
 その瞬間に。
「えーーーーい!」
 鞭が飛んできた。
 少女奇術師の、一体どこまで伸びるのか分からない鞭が、ぱしぃっとローランの手元を叩き、
「しびれろっ!!」
 紗枝の叫びとともに、鞭に高圧電流が流れた。
『………っ!!!』
 ローランはたまらずデュランダルを取り落とした。悠輔はとっさにバンダナを剣状から戻してデュランダルの柄に巻き、自分の手にも巻きつけて鋼鉄へと変える。
 これで――手放すことはない。
 鞭はすぐに紗枝の手元へと戻っていく。
『き、貴様ら、やはり敵か……っ!』
「違う! 敵なのは――あっちだ!」
 悠輔がデュランダルの剣先を向ける――

 ローランは目を見張る。どうやらすでに『大帝』が自分の背後から大分離れていってしまっていたことに気づいていなかったらしい。

 ローランの目の前で、

「もういいようですよ黒さん――」
 目のいい忍がローランとデュランダルの様子を確かめて冥月に言い、
 冥月が嬉々として影から太い槍を突き出して、『大帝』の胸に突き刺した。

 ローランの目が燃えた。

『き……さま、らあああああ!』

 おおおおおお! と雄たけびを上げながらローランは駆ける。『我が王』を串刺しにした人間に向かって駆ける。
 その後ろを、もっと素早い走りで駆けるホワイトタイガーが一匹。
 グルオオオオオオオオッ
 あっと言う間にローランに追いつき、その横で咆える。そして――その背に乗っていた紗枝が、
「落ち着きなさーい!」
 鞭でローランの足をからめとった。
 ローランが転びかけ、しかしなんとか体勢を整える。けれどそこへ、突然彼の目の前に山から突き出した槍が現れ、ローランの動きを完全にとめた。
 幽霊騎士たちをすべて滅ぼした面々が、ローランを背後から見つめていた。紗枝は追いかけ、魅月姫や紅珠は静かにデュランダルを持っている悠輔に近づき、ノイバーは『山』のカードでローランの動きを止め。
 紗枝は冥月と忍、『大帝』の元までたどりつき、
「……目の前で殺すのは、ちょっとまずかったんじゃ」
「いえ」
 忍がえたりと微笑を見せた。「これでいいんです」
『ぐお……お……』
 胸を串刺しにされた『大帝』がうめき声を上げ、紗枝が「きゃっ」と声を上げる。
『我が王……! 苦しまれているのか……!』
 ローランが山すそから飛び出した槍をぼきりと折って、駆けてくる。
『ロ、ローランよ……』
 『大帝』がかすれた声を出した。『私を、護って、くれる、な……』
『もちろんです、我が王……!』
 ローランは『大帝』を串刺しにしている太い槍をへし折ろうとする。しかしそれは冥月の『影』だ。折れるはずがない。
『は、早く、その者たちを、召し取――』
 言いかけた『大帝』の傍を、ずさっと影が通り抜けた。
 忍だった。『大帝』の腹部を、完全に切り裂き。
 途端に『大帝』が悲鳴を上げた。
「……先ほどから、あなたの動きを観察していました」
 忍はチン、と鍔を鳴らして刀をおさめ、「あなたは常に脇腹をかばいながら動いていた――。デュランダルでローランを、傷つけることで目を覚まさせたのも本当でしょうが、その前にデュランダルの中にある聖遺物も取り除いたのでしょう」
「待て、おい。吸血鬼がんなもんに触れるか?」
 冥月が聞き咎める。
 忍は肩をすくめた。
「だから、自分の霊力で触れないように包み込んで、自分の体に隠していたんですよ。それが――たった今、私の剣によって霊力が弾けた」
「聖遺物に直接触れた……か……」
 歩きながらたどりついた悠輔が、ぽつりとつぶやく。
 目の前で――
 『大帝』であった人物が――
 しゅうしゅうと異形の形になり――
 何も残さずに、消えた。
 その脇腹部分に、地面にしみこんだ血と、歯と、毛髪と、衣服の一部が残った。
『……王……?』
 ローランは呆然と、残った聖遺物を見下ろし、がくっと地面に膝をついた。
『……王……?』
「残念ながら、この人物はシャルルマーニュ大帝ではありません。吸血鬼です」
 忍が淡々と言った。「デュランダルが聖剣でなくなったもうひとつの理由。――騎士ローラン、貴方が『魔』のために戦っていたこと。これも含まれるでしょう」
『王が……吸血鬼……』
 『大帝』を、ローランの目の前で殺したこと。
 ……その消えざまをその目で見なければ、ローランは『大帝』の正体を、納得しなかったであろうから。
 やがてローランは、頭を抱えて地面にうずくまった。
『私は……私は……なんてことを……。まんまと騙され……そのために聖なる剣を、剣を……っ』
 どん、と悔しげな拳が地面に叩きつけられた。
 紅珠が、ふと小さく、美しい声で歌を歌いだす。
 それは心に染みる、癒しの歌だった。
 ローランが顔を上げる。
 悠輔がデュランダルを見せながら、
「この剣は預かる……何とかして、元のデュランダルに戻してみせる……だから」
 だから、安心して眠ってくれ――
『そうは……いかぬ、私のせいなのだ。私が……直してからいかねば……』
「面倒くせえな。また『名誉』にこだわってんのか?」
 傍観するつもりだったらしいヴィルアが、我慢の限界を超したか吐き捨てるように言った。
「そんな邪魔な『名誉』、とっとと捨てちまえ。その方が、丸く収まるんだよ。……一回死んでんなら分かんだろ」
『………』
 シュラインが、そっとローランの傍に寄り添った。
「安心して……『名誉』がどれだけ傷ついても、貴方が英雄だったことは誰も忘れない。貴方が誇り高き戦士だったことは、忘れないから」
『――……』
 ローランは立ち上がった。
 そして――周りの人間に、深々と頭を下げた。
『……ありがとう。私の愚かさを、受け入れてくれた者たちよ――』
 その体が、だんだん粒子へと変わっていく。
 紅珠の歌が変わった。――鎮魂歌へと。
 その歌に招かれるように――粒子となった魂は、天へと昇っていった。
 手元が熱くなったのを感じ、悠輔がふと手元を見る。
「あ……」
 もらした声に、誰もが悠輔を――悠輔の手にあるデュランダルを見た。
 剣が輝いている。慌てて悠輔がバンダナでの戒めを解くと、その黄金の柄の蓋が開いた。
「あっ」
 紗枝が声をあげた。地面に染みこんでいたはずの聖遺物のひとつ、血がまるでテープを逆回しにするように空中に浮かび上がり――デュランダルの柄に収まる。続いて毛髪も、歯も、衣服も。
 すべて収まると、蓋は勝手にしまった。
 デュランダルが、空中に浮いた。
 黄金の輝きが、徐々に増していく――
「刃こぼれが直っていくわ……!」
 シュラインが声をあげる。
 輝きが、一瞬世界を埋め尽くし、
 まぶしくて目を閉じた面々が、やがてゆっくり目を開けると……
 1振りの美しい剣が、悠輔の手の中におさまっていた。
「これぞデュランダル……」
 忍が満足そうにつぶやいた。

 傷ついた悠輔の手当てをし、全員で草間探偵事務所へと戻っていく。
 最後尾にいたヴィルアに、ふと魅月姫が微笑して囁いた。
「今回は食べ甲斐がなかった……?」
「……ふん」
 聖遺物なんかが近くにあっちゃ、うかつに食べられるか、とヴィルアはつぶやいた。
 魅月姫がふふっとおかしそうに笑う。
 それは吸血鬼同士の、秘密の会話――

     *********

「竜矢さん」
 戻ってきたデュランダルを見て喜ぶ竜矢に、魅月姫が冷静に声をかける。
「喜んでばかりいないでください……。今までに集めた剣の保管状況は? 大丈夫なのですか」
「ああ、今までの剣でしたら姫が」
 竜矢は苦笑した。「『皆が見つけてきてくれた剣だ! 一緒にいると皆と一緒にいる気がする!』……というノリで。四六時中抱いてます。寝るときも抱き枕代わりです」
「……危ねえなあ。でも紫鶴らしい」
 紅珠が快活に笑う。
 忍が事務所に帰ってきた。帰りに葛織本家に寄ってきたのだ。
「臣羅殿は今のところ動きませんね……ところで葛織家では、5振りの剣を生み出すのは本来当主交代の時に行うものだとか?」
 忍の言葉に、竜矢はうなずいた。
「そうです。……ですが臣羅様は現在大変健康でいらっしゃいますし、当主をおりるご様子もありません」
「そのようですね。私の目から見てもそうでした」
 忍はうなずき返す。
 その話をずっと聞いていたヴィルアが、ふと、口を開いた。
「……ところで、世話役」
「何ですか?」
「私の方での情報網に引っかかったんだがな。……臣羅ってやつぁ人外とのハーフの女を妻にしたらしいじゃねえか」
「………っ!?」
 忍が「私の方ではそのような――」と眉をひそめ、「ああ」とヴィルアは手をひらひらと振った。
「情報の入り方が入り方だったもんでね……普通の人間には分からないんじゃねえか」
「待ちなさい。貴女がそう言うということは」
 魅月姫が眉をしかめる。ヴィルアは返事をしない。
「………っ私は! 今から紫鶴に会いにいきます!」
 魅月姫は身を翻した。「竜矢さん、いいですね!」
「構いませんが……」
「あ、俺も行く!」
 紅珠が乗り、「俺も行くかな、久しぶりに」「あ、私もー!」と悠輔や紗枝も足を向ける。
 魅月姫ははっとして「貴方たちは――」と言いかけたが、
「………。勝手になさい」
 と事務所の扉を開けた。

     ++++++++++++++++++++++

「皆……!」
 別荘に先に入った竜矢によって、友人たちの来訪を告げられた紫鶴が、本当に3本の剣を抱えて走ってくる。ちなみにデュランダルはまだ竜矢の手だ。
「紫鶴さん。元気そうだな」
「うん、皆のおかげだ!」
「紫鶴ー。剣なんか抱き枕にしてっと血まみれになるぞー」
「鞘に入ってるから平気だ!」
「紫鶴さん、覚えてる?」
「紗枝さんだな! わっ、轟牙も!」
「紫鶴……」
 魅月姫はそっと紫鶴の顔を覗き込む。
「魅月姫殿! 久しぶりだな!」
 嬉しそうに笑う紫鶴の瞳に――瞳の奥に――奥に――
(ああ――どうして今まで気づかなかったの――)
 魅月姫は小さく唇を噛む。そして、
「ふふ。今日はゆっくり話がしたくて来たのよ」
 他の面々を見渡し、「彼らが帰ったら、たくさん話しましょう、紫鶴」
「むー。俺らにさっさと帰れって言ってねえか?」
 紅珠が魅月姫をにらむ。紫鶴が慌てて、
「今からお茶会を開くから! 皆で楽しもう!」
 と間を取り繕った。

 陽も落ち、別れ惜しくも紅珠、悠輔、紗枝と轟牙が帰った後――
 魅月姫は竜矢に目配せをして、その場を退いてもらい、紫鶴と2人きりとなった。
「……紫鶴。無理して笑わなくてもいいのよ」
 魅月姫は冷たい紅茶を飲みながらそっと言った。
「―――」
 途端に紫鶴の顔から表情が抜け落ちる。少女は3本の剣をぎゅっと抱えた。
 うつむいた顔。やがてこぼれる声は。
「……私のせいでっ。皆が……」
「皆は好きで関わっているわ。気にすることじゃない」
「でも……っ。毎回危険だって聞いてる……」
「だから、気にすることじゃないと言っているでしょう……?」
 魅月姫は紫鶴の手に自分の手を重ね、そっと囁いた。
「貴女は何も失敗していないのよ……」
 重ねられた魅月姫の手に、ぽつりと雫が落ちた。
「……私は、どうして、本家に……これほど嫌われる、の、だろう……」
「………」
「ち、父上の時は、こんなに、嫌われなかったって……。わ、私の体質が悪いのか? 本当に、それだけなのか?」
 ひっく、ひっくと少女はもはや涙を止められなくなっていた。
 紫鶴の体質――。
 魔を、寄せる体質――……
「父上は、私に振り向いてくれない――」
 少女の悲しい言葉が紡がれる。
「父上は、私の元に来てくれたことがない――」
 父は、怒っているんだ、と紫鶴は言った。
「私は母の命と引き換えに生まれた。父上は怒っているんだ」
「………」
「私には……父上の怒りを解く方法がない……」
「……紫鶴」
 魅月姫はそっと言った。「怒っているとは……限らないでしょう?」
「だって、だって」
「自分の体質も、親戚とのことも、笑い飛ばしてしまいなさいな。私たちがいるんです、貴女は独りぼっちじゃない」
「魅月姫殿……」
「嫌なことを思い出させてごめんなさいね」
 そして魅月姫は話題を変える。紫鶴に笑顔を取り戻させるために。
(父親――)
 その父親が、今の剣探しに関わっているかもしれないと知ったら、紫鶴はどんな顔をするだろう。
 言わない。決して言わないけれど。
 おそらく――5本の剣が揃ったら、その時はくる。
(葛織臣羅――)
 人外とのハーフをめとったという、その男。
 すべての原因はその男にあったのではないか。魅月姫はそう考えて静かに怒りを覚えた。
(紫鶴がこんな体質に生まれたのも――)
 もしも、紫鶴を傷つける側にいるのなら。
 許さない。決して、ただではすまさない。

(幸い、味方も多いことだものね……)

 紫鶴の周りに集まった多くの存在が、紫鶴のために動く。
 葛織臣羅。葛織京神。見ているがいい。
 紫鶴の『本当の強さ』を――


 ―続く―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【4958/浅海・紅珠/女/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【6139/ノイバー・F・カッツェ/男/700歳/人造妖魔/『インビジブル』メンバー】
【6777/ヴィルア・ラグーン/女/28歳/運び屋】
【6788/柴樹・紗枝/女/17歳/猛獣使い&奇術師?】
【6811/白虎・轟牙/男/7歳/猛獣使いのパートナー】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
お久しぶりです、こんにちは。笠城夢斗です。
納品を大変遅らせてしまい、申し訳ございません……!
今回も、シュラインさんの知識の豊富ぶりに驚かされました。ここまで知っているとは!とWRの方がうなってしまっています。
負けないよう頑張ります。
シリーズは次回で最後です。よろしければご参加くださると嬉しいです。
納品の点、気をつけますので、よろしければまたお会いできますよう……