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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜寂しい夜には〜

 新月の夜、月を背後に背負わず真の闇の中から青年はやってくる。
 寂しい寂しい姫を慰めに、やってくる。

  ++ +++ ++

 いつの間に『彼』が部屋に入ってきたのか、竜矢には分からなかった。
「淑女の寝所にお邪魔するのは、その方を盗む時と決めているのですが」
 彼――加藤忍は、如月竜矢が付き添う娘の部屋の中に、どこからか入り込んできた。
 この、葛織紫鶴の寝室に。
「今日は別件で参りました」
「別件……?」
 忍は元々泥棒だ。そのことを知っている竜矢の口調にどこか警戒心があったのだろうか。
「竜矢さん、警戒なさらずとも貴方にも立ち会ってもらいます」
「……いや、あなたを警戒するとは……俺も失礼しました。姫に怒られます」
 忍は笑った。
「確かに、姫さんなら『大切な友人を警戒するとは何事か!』と私をかばってくれそうですね」
 竜矢は苦笑する。
 そんな主君が、今目の前で、力も出すことができないまま眠っている。
 葛織家。退魔の名門。
 しかし彼らの力は月に影響され、満月には満タンに、逆に新月には自分で体を起こすこともできなくなる。
 目の前の少女もそうだった。
 葛織紫鶴。次代当主と目される少女にも、その月の魔力はのしかかる。
 今日ばかりはしゃべるのもおっくう、ベッドで横になって大人しく力が回復するのを待つしかない。
 竜矢が本を読んで聞かせたり、誰か人を呼んだりして話し相手になってもらったりしていたのだが――
「姫を起こした方がいいですか?」
 竜矢は忍に聞いた。
 紫鶴はすうすう寝ている。明日になれば少しは元気になる。それを楽しみにして。
「ええもちろん、姫さんのために今日はやってまいりました」
 竜矢は紫鶴を揺り起こした。
「ん……なんだ……?」
 目をぼんやりと開いた紫鶴は、まず竜矢をその目に映し、
「なんだ……竜矢……」
「お客様です」
「………………え」
 紫鶴はぱっと目を見開いた。
 目をこする力も出ないようだったが、その紫鶴の顔を、忍が覗き込む。
「こんばんは」
「し……のぶ……殿……」

 宝の山分けに参りました――

 忍はそう言って、背負っていた風呂敷包みを開いた。紫鶴のベッドの上で、である。
 まずころりと転がって出てきたのは、竜矢も目を見張るほど見事な金の塊だった。
 竜矢は手にとって紫鶴に見せる。
 紫鶴は、
「何だ……これは……?」
「金塊です。金の塊です、姫」
「金……」
「金山に採掘に参りましてね。そこで見つけたのですが、見つけるまでが大変だった!」

 忍は語り始めた。金山を掘ることの、基本的な大変さ。今は金山が減っていること。
「私はそこにめぼしをつけました。そしてとりあえず仲間を見つけて掘り返すことにしましてねえ……」
 最初の頃は順調だった。しかし途中で、仲間割れが始まった。
「片方の仲間は『右にありそうな気がする』と言う。もう片方の仲間は『左にありそうな気がする』と言う。私は黙って彼らが別れて、それぞれの信じる方角を掘り始めるのを見送ってから、『中央』を掘り始めました」
 最終的には1人になったわけですね。忍は笑った。
「そして、あとの2人がどうだったか分かりませんが――」
 その時。
 金山が揺れた。
「周囲の壁ががらんがらんと崩れましたよ。あれは地震だったのでしょうかね。いまだに謎なのですが」
 3つもの掘り穴を作ったから崩れそうになったのかとも思ったが、そんなやわな山ではないはずだった。
 けれど背後に、大きな岩壁が崩れ落ち、忍は閉じ込められた。
「暗いことなんか平気ですよ、この稼業ですから。ちゃんとヘルメットに懐中電灯をつけていましたしね。しかし参った! 何が怖いかって? 方向感覚がなくなりそうだったんですよ」
 採掘業をするのに大切なのは方向感覚だ。
「ですがそこは私も泥棒。用意周到です。当然ながら、方位磁石を持っていた」
 金山である。幸い、磁石が狂うこともない。
 磁石を頼りに忍はまず背後を掘った。片方を開けておかなければ呼吸ができない。
「急いで掘りましたよ。息が出来なくなる前に」
 呼吸が苦しくなってきた、その時に何とか背後は開通した。忍は満足して、もう一度奥への採掘を再開した。
 ずっとずっとまっすぐ行くと。
 1つの金の塊を見つけた。
 見事な大きさだった。これ1つでいくらになるか。
 しかし――
「私はあえて、そこを通り過ぎてさらに進みました」
 すると少し掘ったところで、背後から聞き覚えのある声。
「右へ行った者と左へ行った者が、あの金の塊のところで鉢合わせしたらしくてですね。大喧嘩になったわけですよ」
 忍は我関せずと、採掘を続けた。
 そして――その先に、見つけたのだ。
「先ほどの金塊とは比べ物にならないほど大きい、この金塊を」

「また……すごい発見でしたねえ……」
 持ち上げてみて下ろした竜矢が、ほうとため息をつく。
「私も……持ってみたい……」
 紫鶴が幼い子供のような、ねだるような顔をする。目はすっかり覚めたようだ。
「無理ですよ。今の姫では」
「……触る、だけでは……だめか?」
「―――」
 竜矢が紫鶴の片手を持ち上げて、金塊に触らせてやる。
「不思議……な……感触だ……」
 忍はふっと笑ってから、
「次はこれでしょうか」
 と、大きな何かを持ち上げた。
 紫鶴が目を丸くして、
「そ……れは、何……だ?」
「碇、というのですよ、姫さん」
「い、か、り?」
 怒られるのか? ときょとんとした紫鶴に、ぷっと吹き出して、
「いいえ。これは船の碇です。船を陸につけるときに必要なんです」
 しかもこの碇は――
「何年経ってもさびない、真鍮製でとても珍しいのですよ。このサイズでもありますしね」
 今度竜矢さんに本で教えてもらってください、と忍は笑顔で言った。……説明丸投げである。
「持ち上げていると危険ですよ」
 竜矢が素直な感想を述べると、忍は笑って、
「まあまあ、聞いてくださいよ。この碇は海底にあったのです。サルベージに苦労したのですよ、何しろ――」

 太平洋の真ん中まで船を出し。
 海底に沈む宝を探して、忍は海に飛び込んだ。
 装備はばっちりだった。酸素もなくなる危険がないよう、たっぷりと持った。もちろん限界はあるが、泥棒として、呼吸を最低限にする術はとっくに習得している。
 やがて見えてきたのは難破船だった。
 ほとんどのものがさびている中で、1つだけ光輝くものがあった。
 碇だ。大きさは難破船のサイズを見れば納得できるほどのもの。
 これだけ大きくて、しかもさびてないとなれば、サルベージの甲斐がある。
 忍は近づいた。しかし――
「現れたのですよ。海の守護神が」
 忍は低い声で、それから高い声で、うまく使い分けて場の雰囲気を盛り上げる。
「あれはポセイドンと呼んでもよいものだったかもしれません。三またの槍を持ち、難破船を覆うほどに大きかった! 私など一撃でやられてしまいそうでした。やつが少し動けば荒波が起きるのです」
 震えるような声。もちろん作り声と分かっていながらも、忍はその状況を身振り手振りで説明する。
「私は逃げませんでした」
 唐突に、確固たる信念を持ったかのような口調。
「槍の、三つに分かれた先っぽのところをちょろちょろと泳いで、やつをかく乱させたのです」
 元々敵に比べればサイズの小さい自分だ。
 槍の中に入ってしまえば、攻撃できるはずがなかった。
「やつは、私を追いかけようと必死で、槍先を私の動くままに動かしました。私は三つまた槍の先につかまりながら、碇の方へ碇の方へと移動しました」
 ごぼおっと敵は泡を吐いた。
 海中が激しく波打ち、忍も流されそうになった。
「いえ。それもやつの槍にしがみつくことで避けた」
 幸いにも敵の武器を利用することで生き延びたのだ。
「やがてやつは、私の思った通り、埋まっていた碇を槍で掘り上げました。そして――なんと都合のよいことか。邪魔そうにその碇を海上方向へと投げたのです!」
 忍は勝ち誇った笑みで言った。
「その瞬間、私は碇の方へ移動しました。荒波にもまれて碇が浮上するままに、私も浮上していきました」
 もちろん――、と彼は首に手をあて、
「あの荒波の中、呼吸を調整するのはとても難しくて、碇を手にして船に浮上するころには私も半死状態でしたよ」
「だ、大丈夫だった、のか……?」
 紫鶴が青くなった。いや今夜は元から青いのだが。
「大丈夫だったから今ここであなたとお話しているんです」
 忍は笑って「いやしかし。あれは本当に辛かった。私もまだまだ呼吸修業が足りないと、あれから修業量を増やしたほどです」
「大変……なのだな……」
 紫鶴が感慨深そうにつぶやいた。
 忍は微笑んだ。
「姫さんも、暇を見ては剣舞を舞っているそうではないですか。私にとっての修業とはそういうことです」
「………?」
「さあ次はこれを――」

 忍の冒険譚は深夜まで続き、紫鶴はすうっと眠りに入った。
「さて、お仕事は終わりです」
「ありがとうございました」
 竜矢が微笑んで礼を言う。
 そんな竜矢に、忍は口を寄せて一言。
「姫さんが寂しがらぬようにもっとご配慮を!」
「え?」
「でないと、知らぬ間に大事な“宝”が無くなっているかもしれませんよ」
 にやりとひとつ笑み。
「………???」
 竜矢がはてなマークを散らしている間に、彼には分からぬよう、忍は紫鶴の寝顔に顔を寄せた。
「狸寝入りは、反則ですよ。貴方もご用心を!」
「―――っ」
 ぴくりと紫鶴の体が震えた。
 それに気づいた竜矢が、
「姫?」
 と声をかけたが、紫鶴は応えなかった。――頬をひそかにピンク色に染めながら。
 青白かった今夜の紫鶴の顔色さえも、忍は盗んでいったようだ。
「さあまたいつか、お会いしましょう。今宵はこれにて、失礼!」
 ぽん、と音がして、白い煙がもわもわと吹き出した。
 煙を吸い込んだ竜矢がげほっげほっと咳き込んでいる間に、不思議な泥棒は消えた。
「一体なんだったんだか……」
 竜矢が呆然とつぶやくのを、ひそかに聞いていた紫鶴はくすっと笑った。
「??? 姫?」
 すぐにバレて竜矢に呼ばれる。
 わずかな変化も見落とさない。彼のそんなところが大好きで。
 ――狸寝入りで甘えるのも好きなんだ。
 一夜で消えた泥棒に、心の中でそう囁いた。

 月のない一日は苦痛の日――
 けれど楽しみがないわけでもないと、少女が思う。そんな夜……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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加藤忍様
こんにちは、お久しぶりです笠城夢斗です。
今回もゲームノベルへのご参加ありがとうございました!
冒険譚ということで、色々頭をひねってみたのですがこんな風になってしまいました……
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしければまたお会いできますよう。