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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


顔を奪う女



1.
件名:
顔なし女にご用心

本文:
最近、この街に顔のない女が出るらしいよ。
ほんとに顔がないのかはわからないけど、少なくとも被害者は女の顔を見てないんだって。
で、夜中に歩いているとき、すっとその女と擦れ違ったとき、声をかけられるの。
『貴方のその顔、素敵ね』
その言葉を聞いた途端、顔が奪われちゃうらしいよ。
奪われるっていうのは、ほんとに顔の皮を……駄目駄目、想像したら怖くなっちゃった。
そうやって、もう何人もの人の顔をその女は奪ってるらしいの。
女がなんでそんなことをしてるかはわからないけど、怖いわよね。
顔に自信のある人は夜道に気をつけてね。


「……顔を奪う、か。また随分と物騒な真似をするものがいるものだな」
 その投稿に目をやりそう呟きはしたものの、ヴィルアの表情には不快なものもましてそれに対する恐れも浮かんではいなかった。
 投稿者も怖くなったと書いてはいても、自分に累が及ぶことなどないと思っているため楽しんでいる節が見え隠れしていたが、そのことに眉を顰める気も無論ない。
 しかし、興味がまったくないといえば嘘になる。
 投稿者の書いていることが真実なのだとすると、女の顔の皮を剥いでいる女がこの都市に潜んでおり、いまも新たな獲物を狙っているということになる。
 それを阻止しなければいけない義理も義務もヴィルアにはないが、そのような行動を取る女の正体や動機には少々興味があった。
「さて、顔がない女でどれだけの話が出てくるかな」
 そう言ったのを合図に、ヴィルアは己の情報網を駆使して関係しそうな項目を凄まじい勢いで集め始めた。


2.
 さしたる時間もかからずヴィルアの元へと届いた膨大な情報の中から必要な情報のみを見つけることにもまた、さほど時間はかからなかった。
 顔がないとしか投稿者は書いていないが、『顔がない』というのが実際どういうものなのか、まずそれを確かめる必要がある。
 単に顔を隠しているだけか、もしくは暗がりで見えなかったというだけなら興醒めだが、それなら顔がないなどという書き方をすることはあまりない。
 もっとも、話題を盛り上げるためにあえて扇情的に書いただけなら話は別だが、そういう意味でヴィルアが落胆させられることは今回ないようだった。
「ほう」
 手に入った話に、ヴィルアはつい興味をそそられた声を漏らした。
 どうやら件の女は本当に顔がない──正確には顔と一般的にいわれる部分が完全に損壊してしまっているらしい。
 曰く『被害を免れた幸運な目撃者』によると、その女の顔はとてもではないが正視できる状態ではなく、比喩ではなく二目と見れぬ(見たくない、というほうが良いのか)ものだったという。
 そういう点では女に襲われた被害者のてん末とも類似しているが、書かれている内容に沿って想像するのならばこちらのほうが壮絶だ。
 全体が溶けたようにただれ、本来の色をしている部分を見つけるほうが困難な肌。
 鼻や唇なども美人だったかどうかなど以前にそれが女性であるのか、もっといえば人の顔なのか一瞬判断が迷うほどに損壊されており、瞼の部分も同様。
 そんな『顔』の上に異様な光を浮かべている眼球がふたつ並んでいるというのだからなかなかに凄まじい。
 普通の人間ならば目を背けたくなるような女の容貌を書いた記事だが、その表現から何かを思い出したらしく、ヴィルアは次にそちらの情報を調べた。
「……この事件か」
 呟きながら目を落としていた記事のタイトルはひどく素っ気ないものだった。
『恋敵の顔に硫酸──かけられた女性死亡』
 内容の凄惨さと反比例しているほど簡潔に書かれたそのタイトルの事件の概要は、ありふれているといえばありふれている。
 ひとりの魅力的な男と、それに群がり唯一である恋人という栄誉の座につこうと躍起になる女たち。
 数多くいる競争相手を出し抜こうとしたひとりの非常に容姿の整った女が現れたときその均衡は僅かに崩れ、別の女がそれを執念でもって食い止めた。
 もっとも、それは妨害工作などという可愛らしい表現の中にはとてもではないが収めることができない悪質なもので、深夜の公園まで付け狙い、声をかけてできた隙を見逃さずにその自慢の顔めがけて隠し持っていた瓶の中身を躊躇いなく浴びせかけたというのだから女というのは恐ろしい生き物だ。
 被害者はその顔を確認するのも困難な顔で死亡。犯人の女は無論意中の男の恋人になれるわけもなく現在逃走中でその行方は不明。
 と、そこまで目を通してヴィルアは今回の投稿に書かれている内容との類似点の多さに気付いた。
 噂によれば、顔のない女は通りがかり擦れ違いざまに声をかけ、そのときに生じた隙を襲って顔を奪っているのだ。
 この女が薬品をかけられ、やっていることは非常に力任せで雑ではあるが目的は同じ。
 相手の顔を奪う。
 そこまで考えが至ると、この女の行動の目的もヴィルアにはおおよそ見当がついた。
 確認は取っていないがおそらくこの女の手にかかった被害者の顔は僅かでも似通ったところがあるはずだ。そして、その似ている点はもうひとりの女とも共通しているのだろう。
 標的を見失った女の復讐。
 そう今回の事件の概要を掴んだとき、ヴィルアが呟いたのはただ一言だった。
「くだらんな」
 無関係な者の顔を奪っている女の行動も、その元となった女の犯行の動機もヴィルアにとってはその一言で片付けてしまえるようなものだった。
 動機は非常にヴィルアにしてみればくだらないが、ひとつのことがヴィルアの関心をこの事件から遠ざかるのを引き留めていた。
 いまこの女は、本当に復讐する相手が見つからず、似たようなものを襲うことで辛うじて己の気を紛らわせているが、勿論そのようなことで女の気は晴れず、その結果死した後もこの世に留まっている。
 ──その女の目の前に、真の復讐相手を連れていってやったらどうなるだろう。
 多少面白いことになるかもしれん。そう呟いてからヴィルアは再び情報を集め始めた。
 警察などよりも数段優れた情報網が、ヴィルアの元にはある。
 望みの情報を得ることは難しいことではなく、また時間もかからなかった。


3.
 灯台下暗しではないが、噂の顔を奪うという女が現れる都市にその原因を作った女はまだいることはすぐにわかった。
 下手な田舎や山にこもるより、都会にいるほうが見つかることは少ないだろうが、それでもその女の図太さはヴィルアには気に入らなかった。
 派手な場所ではないにしろ、いま向かっているような酒場に行き罪悪感からではなく酒を煽っていられるような女では尚更だろう。
 そんなことを考えているヴィルアの耳に、近付いてくるにつれその声が聞こえてきた。
「……ちきしょう、なんでアイツがいなくなったのにこんなトコいないといけないのよぉ」
 酔った女のお世辞にも品があるとは言えない愚痴混じりの声に、付き合いきれん馬鹿だなと思いながらヴィルアは店の中に入る。
 カウンタ席にだらしなく酔い潰れかけている女の姿を確認し、その女へとヴィルアは眉ひとつ動かさず近付いていき、精々女が乗ってくるような誘い言葉をかけてやる。
「お嬢さん、随分と酔っているようですが大丈夫ですか?」
 紳士的に聞こえるよう普段よりもやや低めのハスキーな声でそう話しかければ、予想通り女はすぐに顔をこちらに向けた。
 その顔は、確かに美人ではあるかもしれないが、ひとりやふたり他の女に硫酸をかけたところでこれに勝てる者はすぐに出てくるのではないかと思える程度の顔にしか思えなかったのは辛評だろうか。
 そんな内心など気付くはずもなく、女は化粧だけは厚塗りが過ぎるほどに施した顔をヴィルアに向け品のない笑みを浮かべた。
「なに、お兄さんアタシに何か用があるの?」
「たいしたことではないですが、貴方と少し話がしたい。ただ、ここでは困るので別の場所で如何でしょうか」
 ヴィルアの言葉に女はあっさりと頷き、酔っているせいもあるのか随分とだらしなく腕を絡ませてきたがその程度のことはいまだけは許してやることにした。
「ねえ、何処に行くの?」
「貴方にとってとても大切な場所ですよ」
 絡んでくる女を雑にならない程度にあしらいながら、ヴィルアは正確に目的の場所へと近付いていった。
「お嬢さん、最近この街では顔を奪う女が出るらしい。御存知でしたか?」
「そんな奴出るの? 怖いわねぇ、顔を奪うってどうやるの?」
 さり気ないヴィルアの毒を含んだ言葉にも女はまったく気付かずけらけらと笑った。どうやらまったくそんなものが出ていることさえも女は知らないらしい。
「おや、貴方はてっきり知っているものだと思ってましたが」
「どうしてアタシがそんな変質者のこと知ってるのよ」
「……その変質者を生み出した原因が貴様だからと言ってもわからんのか?」
 流石のヴィルアもこれ以上この女と付き合うことは我慢の限界というよりも馬鹿馬鹿しさを感じたらしくがらりと口調を変えたのには、捕まえてしまえば逃がすはずもないということがわかっているせいでもあった。
 だが、勿論女はそんなことなど知らず、突然口調の変わったヴィルアを驚いたように見つめているその顔も、やはりヴィルアにはさほど際立った美しさを以前でも持っていたとは到底感じられなかった。
「な、なに? アタシがなんだっていうの?」
「己が何をしたかすらも覚えていないのか? まぁ、貴様が覚えてなくとも相手は一生忘れはしないのだがな……いや、死んだ後もだが」
「ちょっと! あんた何わけのわかんないこと言って──」
「黙って付いてこい。貴様の愚行の所為で無関係の者がどんな目にあう羽目になったか、その身にしっかり教えてやろう」
 付いて来いと言って素直についてくるはずもないが、先程まで鬱陶しいほど絡んでいた腕を今度はヴィルアが乱暴に掴み、半ば引きずるように女を目的の場所へと連れて行った。
 女の喚き声が辺りに響いたが、そんなことをヴィルアは意に介さず、またそれを咎めるような人気もないような公園に、目的のものはいた。
 しかも、ありえるかもしれないとは思っていたものの予想通りの光景と共に。
「……どうやら、貴様を連れてくるのが少々遅かったようだ」
 その言葉が示すとおり、目の前では顔のない女がひとりの女に襲いかかっている場面が繰り広げられていた。
 襲われているほうの女が生きているのかどうかは判断が付きかねたのはその身体がぐったりと地面に横たわり、女がいまから行おうとしていることに抵抗する気配がなかったせいもあるだろう。
 襲い掛かっている女は特に何の道具を持っているわけでもないらしい。しかし、それで人間の皮を剥ごうというのは余計に凄まじいことなのだが。
「お嬢さん、人違いでこれ以上関係のない人を襲うのはやめたほうがいい」
 いままさにその爪を相手の顔に食い込ませようとしている女に向かってヴィルアはそう声をかけると、その『顔』がこちらを向いた。
 成程、顔がない。
 見た瞬間、ヴィルアはそう感想を持ったが、いっそ空洞になっているほうが見た者にとっても女自身にとっても良いのではないかと思えるほどその破損の仕方は酷く、噂で聞いている以上の惨さがあった。
 変色しただれた皮膚の上、異様にぎらついた光を放つ眼球だけがやけに目立ち、それ以外は鼻も口もきちんとは判別が付かない。
 普通のものなら目を背けたくなるような姿をしていたが、ヴィルアは目線をそらすことなく女に対して言葉を続けた。
「貴方の探している女は、こちらの方ですよ」
 そう言うと同時に、掴んでいた腕ごと乱暴に女を放り投げた。
「ひ……!」
 己がしでかした結果だというのに悲鳴をあげることもできず顔を奪われた女を凝視している女に、女はぎょろりとした眼球を向け、そして──口を開いた。
 どうやら喉まで薬品に酔って焼かれてしまったその声はひどく掠れていて耳障りこの上なかったが、その声が笑っていることはヴィルアには理解できた。
『貴方の顔……とても素敵ねぇ』
 それに対して女が何を言おうとしたのかは、先程の喉と同じところから出ているとは思えないほどけたたましい笑い声のためヴィルアには生憎聞き取れなかった。
 ぎり、と女の爪が相手の顔の皮膚に食い込みそして、ばり、とも、べり、ともつかない何かが力任せに剥がされる嫌な音が周囲に響く。
『素敵……素敵……そう、この顔よ、この顔が欲しかったのよ……!』
 けたたましい笑い声がまた耳に届く。どうやら女は目的のものを手に入れたらしい。
 ひと通り笑い声が続いたのを確認してからヴィルアは女に向かって声をかけた。加害者から被害者へと変わった女など眼中に入るはずもない。
「目的は果たせたのなら此処にいる必要はもうあるまい。無事にあの世に連れて行く手立てはないわけではない、どうする?」
 その言葉に、女はようやくヴィルアの存在を思い出したらしくゆっくりと振り返った。その顔には笑みがある。
『心配しないで。自分で行けるわ』
 笑いながら女はそう答え、手にしている『それ』を自分の顔に持っていき、面か何かのように被ってみせた。
「あのまま顔じゃ、あっちに行ったとき恥ずかしいでしょ?」
 そのときになって、ヴィルアは女の真の目的に気付いたが、それを確かめる間もなく女の姿はその場から消えていた。


4.
「それで、彼女は旅立ったわけだね?」
「あぁ、手に入れたばかりの『顔』を付けてな」
 くつくつと笑いながらグラスを傾けそう訪ねてきた男──黒川にヴィルアは素っ気なく答えた。
 黒猫亭には相変わらず黒川の姿しかなく、またそうであることにとうに慣れているヴィルアもいつも通り酒の肴になる話として今回関わった事件を聞かせてやっているところだった。
「さぞかし彼女は満足していたんだろうね。念願の復讐が遂げられたわけだから」
 相変わらず意地悪くそう笑った黒川に、今度はヴィルアがにやりと笑みを返した。
「確かに満足はしていたが、少々違うな」
「ほう?」
 その言葉に、黒川が興味深そうにヴィルアを見て話の続きを促してき、ヴィルアもそれを隠す必要もないことだったのですぐに最後に自分が気付いた『真相』を話して聞かせた。
「あの女が顔を奪っていた目的はな、確かに復讐も含まれてはいたが一番大きなものはそれではなかったのだ」
「じゃあ、なんだい?」
 珍しく素直に尋ね返してきた黒川に、ヴィルアはまたにやりと笑った。
「『顔』だ」
「顔?」
「あぁ、あの女は『顔』が欲しかったのだ。他の者に対して自慢のできる、己に合う見栄えがそれなりにする新しい顔をだ」
 ヴィルアの言葉に、黒川はしばらく黙ると浮かんだ言葉を口に出した。
「つまり、キミは彼女の行動の動機は復讐ではなく『女の見栄』だったというわけだね? 死んだ後、あの世に行くために顔を着飾りたかったのだということが」
「そうだ」
 最後の言葉を聞いたとき、ヴィルアはそのことに思い当たった。
 復讐よりも見栄えのいい、己を飾るに相応しい顔を探していた女。その標的が己の本来の顔を奪った相手だったことは復讐もあったのかもしれないが、ふたりは何処か似たような部分があったのかもしれない。
 容姿だけではなく、その内面も。
 その考えを述べると、黒川は笑みを消したまま首を竦ませて大きく息を吐いてみせた。
「いやはやまったく、『女』というものには恐れ入る。僕には到底理解できないものだ」
「意外だな、女には疎いのか?」
「僕は外見に必要以上に拘る女性は苦手なんだ。まして自分の見栄のために装飾品代わりに傍に置かれるなんて真っ平だね」
 黒川の言葉に、成程発端となったという男というのも結局はふたりの『見栄』のために利用されたに過ぎないのかとヴィルアにも理解できた。
「念のため言っておくが私も女だぞ? 忘れてもらっては困るな」
「勿論、キミみたいなタイプは別さ」
 そんなことを言い合いながら互いの『顔』を見合わせたとき、ふたりにしては珍しくどちらからともなく肩を竦めた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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6777 / ヴィルア・ラグーン / 28歳 / 女性 / 運び屋
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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ヴィルア・ラグーン様

いつも誠にありがとうございます。
もともとオープニングが黒い話になる要素が多かったのですが、ヴィルア様より提示された顔を奪う女の正体とその発端となった事件を元に、より一層黒くなる話へと持っていかせていただきましたが如何でしょうか。
恋敵が酷い目にあうようにしたほうが良いのかと思われてのようでしたので、恋敵はだいぶ酷い目にあい、件の『女』のほうも少々(かなり、でしょうか)黒いものへと変貌を遂げてもらいました。
リテイク等ありましたときはお申し付けください。
またご縁がありましたときは、何卒よろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝