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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


『再会』までのパヴァーヌ





「なんで俺が付き添わなきゃならないんだ」
 数歩分ほど離れた場所で田辺聖人がぶつぶつとぼやいている。
 日頃は黒衣のパティシエとして知られている田辺だが、さすがにこの猛暑の炎天下では黒のジャケットを羽織るのをためらうのだろう。今日は珍しく麻の白いシャツを着ていた。
 伊葉勇輔は、切れ長の、ともすればそれだけで子供の数人を号泣させられそうな眼光で田辺をねめつける。
「日頃なにかと仕事をまわしてやってんだろ。しかも俺、都知事だぞ。都知事の要望は素直に受け入れろよ」
「権力を行使すんのか。らしくねえな」
「長いものに巻かれんのも、慣れてくれば快感になるらしいな」
「ってかな、なんで俺が、わざわざ休日に、おまえの家庭事情? そんなもんに付き添いしなくちゃならねえんだっつうの」
「うぐぐ」
 
 若くして東京都知事という位置に就いた伊葉勇輔は、友人(?)である田辺を引き連れて東京駅の雑踏の中に身を置いていた。それも、待ち合わせの場所として利用されている一郭だ。
 特に身を隠しているわけでもない勇輔の面は、公衆にさらされ、いやでも多くの人目を引く。連れである田辺もまたその煽りを受けて人目を浴びた。必然的に、田辺の機嫌は現在最悪の位置を示している。

「ともかく、俺ぁすぐに帰るからな」
 言い捨てた田辺に、勇輔は「まあまあ」と宥めながらも二百円ばかりを差し伸べる。
「ひとまずこれで好きな飲み物でも買えよ」
「……嬉しがったらいいのか、こういう場合」
 田辺が深々とため息を落とした、その時。
 
「なんでこないに目立つ場所を指定しはるんかなあ」
 のんびりとした口調の、やわらかな女の声が耳に触れた。
 田辺は面倒くさげに頭をかきながら。勇輔は一瞬肩を大きく揺らし、肩越しにそろそろと声の主を確かめる。
「ま、円」
 言った勇輔の声は心なしか微妙に揺らいでいた。横で田辺が小さく笑う。
「久し振りだな、円」
 続けたこ声にはもう動揺の色は浮かんでいない。
 赤羽根円は夏用の着物を身につけ、淀みのない真っ直ぐな視線で勇輔の面を見上げた。
「勇輔、あんた忙しいんと違うの?」
「まあ、それなりにな。――元気そうだな」
「どうにかやってます。勇輔も、相変わらずみたいやな。……で、そちらはんは」
「俺の古い馴染みでな、田辺って奴だ」
「田辺さん」
 円の目が田辺に向けられる。
 田辺は大儀そうに会釈を返し「じゃあ俺は帰るから」と言ったものの、間を置かず伸びてきた勇輔の手が田辺の腕をがっつりと掴んで離さない。
「まあまあまあまあ。どうせ暇なんだろ?」
「いや、それほどでも」
「ひとまず、後でなんか飯でも奢るからさ。ただ俺の横に座ってりゃいいんだし、面倒くせえ話でもないだろ」
「いや、面倒くさい」
「いいからガタガタガタガタ言わず、俺の頼み黙って聞いとけや」
 のらくらと断り続ける田辺にしびれをきかしたのか、勇輔はついには場もわきまえずに声を荒げてしまった。
 東京駅の、ともすれば隣人の声ですら聞き漏らしてしまいそうなほどの喧騒が、勇輔の声に反応してか瞬時にして静まる。
 円は額に手をあてて深々とため息を落とし、ゆっくりとかぶりを振る。
「ほんっと……変わりませんわなあ」


 ◇


「ひとまず、場所を変えましょか」

 円の言を受け、三人は駅にほど近いカフェに移動した。
 ビルの地下にある小さな店であるためか、駅を間近に見ているというにも係わらず、店内には案外と客の数も少ない。
 照明も心持ち薄暗く、カウンターの向こうでマスターが手馴れた所作でコーヒーを落としている。
「これから娘さんも来るんだったっけか」
 ソファ席で、勇輔の隣に居心地悪そうに腰掛けてタバコをふかしながら、田辺がちろりと勇輔に目を向けた。
「ん? ああ、そのはずだが」
 応え、勇輔は向かい合わせて座る円に視線を送る。
 円は運ばれてきたコーヒーを口に運びつつ、勇輔の視線に応えるように視線だけを持ち上げた。
「今日はアルバイトがあるから少し遅れるって言うてはったわ」
「そうか」
 返し、勇輔はやはりどこか所在なさげにそわそわと視線を泳がせる。
「合流場所は知らせておかなくていいのか」
「さっき携帯にメールしておきました」
 対する円はさざなみひとつ浮かべるでもなく、淡々とそう述べ、まっすぐに勇輔の顔を捉えていた。

 勇輔と円が最後に言葉を交わしたのは、じつに十数年前のことになる。
 お互いにまだ二十代の前半。年若く、それゆえにいくぶん無茶ともとれるほどの情熱をも持っていた。
 ふたりの間に灯という娘が生まれ、その後すぐに別れを選択したふたりにとり、この十数年ぶりの再会は、様々な感情を含んだものともなったのだ。それはおそらく勇輔一方だけに限ったことではないはずで、円も心中深く思い巡らせている部分はあるはずなのだが。
 ともあれ、ひとときの会話は早々に詰まり、それからは再び沈黙の時が流れた。
「田辺さん、今日はお付き合いいただいてしまいまして、えらいすみません」
 その沈黙を破ったのは、今度は円のほうだ。
 円は手にしていたカップを受け皿の上に戻すと、ひとまず田辺に向けて丁寧な礼を述べてから、改めて勇輔の顔に目を向けた。
「話したいことっていうんは、灯のことなんやけど」
「……ああ」
 灯の名が出た途端、勇輔の面持ちもまたいくぶん変化を帯びる。
「勇輔は灯に会ったり……なんてこと、あったりしますの?」
「……灯は俺が父親だなんてことにぁ、まるで気がついてはいねえだろうがな」
「名乗っては」
「いねぇよ」
 返し、勇輔はタバコを口に運んだ。
 円は「そう」と小さくうなずき、点されたタバコの小さな火に視線をゆったりと細める。
「あの子、勇輔に会うために上京してきてんねんで」
「……そう、なのか?」
「少なくとも、自分の父親が東京におるってことは理解してたはずやしな。あんたの名前も写真も見せたことはないけど、……なんにせよ、どうせどこかでばったり引き合うんやろうなとは思ってたわ」
「引き合う」
 応え、勇輔はふと目を手元に落とす。

 円の言の意図するものは、つまり、勇輔や円が、そうしてふたりの娘である灯が内包している力――四神だ。
 代々朱雀を告いできた赤羽根の巫女・円。朱雀の巫女として東京を守護し、人知れず地下で異形共との対峙を迎え続けた彼女に対し、勇輔はそもそも白虎に係わる血脈に生じたわけではなかった。
 裏社会に通じながら、しかし、魍魎共が跳梁する真たる闇のあるのを知らずに十数年を過ごしてきた勇輔。
 ――勇輔が白虎の力を望んだのは、他ならぬ、円や灯が主たる理由であったのだが。

「私はあの子を朱雀の後継にしたいと思うてる」
 円の声が空気を一閃する。
 勇輔はぴくりと肩を震わせ、落としていた視線をゆっくりと持ち上げた。
「……本気か」
「ええ」
 わずかに睨みつけるような勇輔の視線をものともせずに、円はさらりと言い放つ。
「東京は四神相応の守護により異形共からどうにか護られてるというのが現状。けど、私がその一角を削いでしもうてから、勇輔にはいらん面倒をかけてしもうた」
「……」
「あの子にはせめて、守護の一角を担えるだけの力をつけて欲しいと思うてます。せめて、少しでもあなたの力になれればと」
「ちょっと待て」
 まだ吸い始めたばかりのタバコを灰皿に押し付けて、勇輔は両手を組み、わずかに身を乗り出させて言を返す。
「俺が、いつ、おまえから面倒を押し付けられた?」
「……それは」
「俺は今まで一度でもてめえの置かれてるこの状況を面倒だとか思ったためしはねえよ。まして、おまえにそれを押し付けられたなんて気はこれっぽっちもねえ」
 語調には静かな怒気がはらんでいた。
 円は初めて目を伏せ、勇輔の言葉を静かに聞き入る。
「俺が白虎であるのを望んだのも、結局は俺自身のためよ。おめえの荷を負うだけの覚悟はあっても、それをおめえに任せるなんて心づもりはこれっぽっちもねえ」
 言って、再びどかりとソファに座りなおす。
 田辺は黙したまま、ふたりの交わす言葉を聞いていた。
「……灯を朱雀にするだなんだって話は別としてだ。あいつが俺を父親だって認識して、俺に会いにくるってんのは歓迎だ」
 深い息を吐きながら、勇輔はふいに語調を緩めて睫毛を伏せた。入れ替わり、円が伏せていた眼を持ち上げる。
「勇輔」
「俺も父親だしな。しかも今や都知事だぜ。てめえの血をひいたガキのひとりやふたり、なんてことねえよ」
「……ありがとう」
 円の表情が、ようやくやわらかな笑みを作った。瞬間、勇輔は再び視線の拠り所を失い、当て所もなく視線を移ろわせる。
 そして、
「……なあ、円」
 視線を店の隅に置かれてあった蓄音機に落ち着かせてから口を開けた。
「……おまえもこっちに来れないか」
「……え?」
「親子水入らずってんのか。ほら、そういう生活も悪かねえだろ。灯だってもう高校生だ。そろそろ父親のいる生活ってのをビシっと躾けてやったほうがいいと思うのよ」
「……それって、つまり」
 言い差した円にちらりと一瞥を向けて、勇輔はそれきり再びタバコを口に運んで火を点けた。
「なあ、俺、もう帰ってもいいだろ」
 田辺がげんなりとした面持ちでそう言いかけたとき、ふと、円がテーブルにのせていた携帯電話が着信を報せた。
 円はしばし勇輔と田辺の顔を順に見、電話を開いて「灯?」と告げた。
「あんた、また道に迷っておるの? 駅の中にはおるんやろ? ……うん、いま駅から出て喫茶店でお茶飲んでたところや」
 娘の名を出しつつ、円は勇輔の顔を窺う。
 勇輔はタバコをふかしながら、いかにも興味なさげに顔を窓に向けていた。
「……この店? うん、駅からそんな遠くもないな。道もまっすぐやし、……ああ、うん、そんなら店の名前と場所だけメールしとくわ。駅のひとに訊いたらわかるやろ? うん、……まあ、迷ったらまた電話してきいや」
 ひとしきり言葉を交わした後、円は静かに電話を切った。
 そうして改めて勇輔の顔に向き直り、カップに手を伸べながら視線を眇める。
「灯、駅に着いたらしいわ。ちょっとしたら着くんと違うんかなとは思うけど、……あの子、方向音痴やしなあ。……私もひとのこと言えんけどもな」
「……確かに」
 田辺がひとりうなずく。
「まあ、あともうしばらくはかかるやろ」
 言ってカップを口に運んだ円に視線を戻し、勇輔はわずかに眉をしかめて口を開けた。
「……心配じゃないのか」
「は?」
「方向音痴だから道に迷うだろうってのは予想のつくことだろう。それを、放っておきゃその内どうにかなるだろなんてのは」
「……勇輔、あんた、」
 円が言い差したのを視線で制し、勇輔は吸い終えたタバコを灰皿におしやる。
「……年頃の娘が道に迷って、それにつけこんだ、妙な輩が現れたらどうすんだ」
 勇輔が真剣な面持ちでそう告げたとき、横で田辺が飲んでいたコーヒーを噴き出していた。
「相変わらずアホやな」
 呆れたように返した円に、田辺が再び噴き出すようにして笑い、勇輔はわずかに照れを浮かべて目を逸らした。

 それから、再びしばしの沈黙が訪れた。
 田辺は相変わらず居心地悪そうにそわそわと落ち着かず、勇輔は円の顔をまっすぐに見ることが出来ず、円はひとり悠然とした面持ちで店の空気を楽しんでいた。
 円の携帯が再び着信を知らせたが、それは通話ではなく、メールの受信を知らせるためのものだった。
「灯、ここの場所が分かったみたいやわ。……店の看板は見えてるらしいし、いくらなんでももう迷うってのはないやろ」
 微笑みながら告げて、それから思い出したように目をしばたく。
「勇輔、あと、さっきの話やけどな」
 微笑みはそのままに、円はゆったりとした口調で、かすかに睫毛を伏せた。
「……今は、聞かんかったことにさせといてもらうわ」
「……そうか」
 勇輔もまた、思いがけず静かに応えた。
「それを受けてしもうたら、どうしても、……いろんなもんが揺らいでしまいそうやわ」
 続けて告げて、円はひっそりと口をつぐむ。
 勇輔の応えはなかった。
 円は静かに目を閉じた。

 灯からのメールがあってから、しかし、それから十数分の時が流れた。
 携帯が鳴って、漂っていた沈黙の空気を小さく揺らす。
「――ああ、俺だ」
 鳴ったのは、今度は勇輔の電話だった。勇輔は相手と言葉を交わしながら、ちらちらと円に目を向ける。
「急な仕事が入っちまった。……悪いが俺はもう行くからな」
 言いながらオーダー票を手にした勇輔に続き、円もまた同じように席を立った。
「私も一緒に店出ますわ。いい加減、あの子を迎えに行ってやらんとな」
「ひとりでどうにかなるのか」
「さあ? でもどうにかなりますやろ」
「田辺、おまえ、どうせこの後も暇なんだろう? 悪いがこいつが灯に会えるまで一緒にいてやってくれないか」
「はあ?」
 突然話を振られ、田辺は思わず眉をしかめる。
 勇輔は構わずにポケットから財布を抜き出して会計を済ませ、田辺に一瞥しつつ笑みを浮かべた。
「仕事の依頼だ。――受けるだろ?」
「……はあ」
 返しながら円に目を向けて、田辺は首をすくめる。
「了解」
「よし」


 ◇


 階下にある店を出て通りに立った瞬間、夕暮れ近い時間帯だとは思えないような熱気が三人を迎えた。
 それと同時に、三人ともに聞き慣れた少女の声が耳に触れる。
「灯?」
 円が振り向き、その声の主に向けて歩みを進めた。
 灯は円に向けて小走りに寄り、しばし久し振りの再会を喜び合った後にようやく視線を勇輔と田辺とに向けてよこした。
「わ、田辺さん。田辺さんがいる〜。お久し振りです」
「バイト帰りか?」
 駆け寄ってきた灯の頭をわずかに撫でて、田辺は灯が手にしている小さな箱に目を向ける。
「それは」
「あ、はい。これ、確か田辺さんがレシピ指導したっていうお店でしたよね。このあいだ雑誌で読んで、それでずっと気にしてたんです」
 言いながら、可愛らしい小箱を持ち上げて田辺に見せた。
「今日から母さんがうちに泊まるから、一緒に食べようって思って」
「ケーキなん? それ」
「うん、そう。何種類か買ってきちゃった。後で食べようね、母さん」
 灯は嬉しそうに笑って、円の腕に自分の腕をするりとからめる。
 そうして、ようやく勇輔の姿を目にとめて、今度は不思議そうに目をしばたかせた。
「あれ、知事さんがいる」
「いや、気付くの遅いだろ、それ」
 田辺が冷静なツッコミをいれる。
「え、あれ、」
 言いながら、灯はしばし円と勇輔の顔を見比べて、それから思いついたように大きくうなずいた。
「母さん、知事さんとも知り合いだったんだ!? あ、もしかして母さんの料亭のお客さんだったとか?」
 我ながら言い得ているとでも言いたげに、灯は勇輔に向けて親しげな笑みを浮かべる。
「母さん、私、知事さんに何回か会ったことあるんだよ。結構気さくなひとで、私、知事さん好きなんだ。お仕事がんばってくださいね!」
 目をきらきらと輝かせながら、間を置かずに怒涛のように言葉を続けた灯に気圧されて、
「……ああ、まあ」
 思わずうなずいてしまった勇輔に、田辺が再び小さく噴き出していた。


 ◇


「……で、いいのか、これで」

 東京駅の電車乗り場まで円と灯を見送った後、『急な仕事』が舞い込んだはずの勇輔がのんびりとタバコをくゆらせているのを見据え、田辺が小さく肩をすくめた。
「急な仕事が入ったんじゃなかったのか」
 問われ、勇輔は重たげに視線を持ち上げて田辺を一瞥し、興味なさげに息を落としてかぶりを振る。
「俺が現場にいなくとも、俺の秘書やらなんやらがそれなりに進めておいてくれるだろうさ。別に急いで庁に戻る必要もねえ」
「そりゃ、そうなんだろうが」
 言って、田辺もまた同様にタバコに火を口にした。火は勇輔が差し伸べたのを貰い、薄く暮れかけた空に向けて一筋の煙を吐く。
「結局は父親だっていうのも、おまえの本音も、言わないままだったじゃねえか」
「うるせえ」
 返し、勇輔はタバコを口にしながらきびすを返した。
「いずれは必ず言うし、きっちりと片つけてみせるっての」
「いずれ、なあ」
 ひやひやと笑う田辺に振り向いて、勇輔は憮然とした面持ちで口を開けた。
「……てめえ、火、返せや」
「返せるかっての」
「んだとこのやろ」
「都知事の伊葉さんが一都民に暴力を振るってますよー」
「!! てめ、このやろ!!」


 ◇


「ねえ、母さん」
「ん?」
「私、知事さん見てると、なんだか懐かしいっていうか、そんな感じになるんだよね。……私の父さんって、もしかしたらこんな感じのひとだったかなあーって思って」
「……」
「ところでさ、母さん」
「ん?」
「早く部屋に帰って、一緒にケーキ食べよ」
「……そうやね」




Thank you very much for the order.
Moreover, a report feels sorry very behind time.
pleased if you can enjoy yourself.

MR