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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて / 黒南風




「ぃよーーし! 夏だ、夏だぞーー!」「きゅううー!」ガタガタガターン!
 勢いよく開けた拍子に、四つ辻に一軒きりの茶屋、その建て付けの悪い戸板がうっかりと外れた。
 存外大きな音をたてて土が剥き出しになった床の上に転がるそれに驚いたのか、鎮の肩の上でくーちゃんが小さく飛び跳ねた。
 鎮はくーちゃんを宥めながら倒れた戸板に手を伸べる。
「いよう、鎌鼬の三男坊。なんだい、随分と久し振りじゃあねえのかい」
 間近の椅子に腰掛けていた朧車が酒気をはらみ赤く染めた面を向けて笑った。
 茶屋の中は言うほどに広くない。椅子の数もまばらで、小さな座敷が構えてあるが、そこは大概子連れの妖怪に占拠されている。独り身の妖怪は必然的に空いている椅子のいずれかに落ち着く流れになるのだが、それにしても朧車や火車が収まるような面積を持っていない事だけは明白だ。
「どうやって店ん中に入ってんだろうなあ、朧車、おまえ」
 戸板は鎮の背丈の倍近くある。見目にはいつ壊れてもなんら不思議ではないほどに老朽しているが、持ってみれば案外に重みもしっかりとしていた。
 戸板の重みに時折ふらつきながらも眼前の妖怪をしげしげと見据えていた鎮の手が、突然ふわりと軽くなった。仰ぎ見てみれば、いつの間に現れたものか、茶屋の店主侘助の笑みがそこにある。
「きゅううー」
 くーちゃんが鎮の肩を跳ねて侘助の肩に移動した。次いでするすると慣れた動作で侘助の頭の上にまでよじ登り、特等席だと言わんばかりに得意気に胸を張っている。
「侘助、ひさしぶりっ!」
 立ち居を正してわざとらしい所作で敬礼をする。侘助は鎮に笑みを浮かべながらも「あああ」と小さな呻きを発した。
 ガタガタガターン!
 鎮の手を離れた戸板が再び大きな音を立てて倒れた。
「ありゃ」
 敬礼した手の行き場に弱り、鎮は脇に倒れた戸板に視線を向ける。
 侘助の頭の上、くーちゃんがきゃらきゃらと笑っていた。


「いつもお土産までいただいちゃって、悪いですね」
 テーブルの上に広げられた大量の洋菓子を前にした妖怪達が、各々気に入った菓子の所有権を主張し合っているのを横目に見つつ、侘助は眼鏡の奥の柔和な眼差しをわずかに緩める。
 鎮が土産と称し持って来たのは、鎮にとり一抱えもある大きな紙袋に一杯詰められた洋菓子の山だった。
 マドレーヌにガレット、パウンドケーキ。
「俺、いまいちサブレとクッキーの違いっての? そういうのわっかんねえんだよなー。なんか適当にいろいろうまそうなの買ってみた」
 言いながら自分も気に入りの菓子をチョイスしていく。
 茶屋に集まる妖怪達は大半が酒好きで甘味好きだ。しかも日頃は侘助の作る和菓子ばかりを食しているせいか、洋菓子は売れ行きが激しい。うかうかしていると買ってきた本人の食いぶちが無くなってしまうほど、あっという間に無くなってしまうのだ。
「いま、お茶をお出ししますね。つい先日、新しい湯のみを焼いたばかりなんですよ」
「冷たいのなー」「きゅ・きゅう〜」
 微笑みながらうなずいた侘助の背にひらひらと手を振って、鎮は両手一杯に確保した焼き菓子の中のひとつに指をかける。
「ところで鎌鼬の。なにやらずいぶん勢い込んで来たもんだねぇ。あれかい。またなんか企んでんのかい」
 言ったのはムジナだ。ムジナはつるんと丸い顔を忙しなく撫でながら、唯一確認できる赤い口に大きな笑みを浮かべていた。
 鎮はムジナの言に大きく首を縦に振り、ちょうど侘助が運び持ってきた湯のみを半分ばかり空けた。
「そうそう、そうなんだよ。俺、今日はみんなに相談っての? いっちょ持ちかけてみるかなーなんて思ってさ。――ね、くーちゃん」
「きゅう」
 語尾にハートマークがついているのが視覚化できそうなぐらい、視線を甘く重ねあう。
 侘助がふたりの脇に腰を落として首をかしげた。
「ほう、今度はどんな企みを?」
「だからさ、夏じゃん、いま」
「はい」
「夏っつったら肝試しなわけじゃん」
「はあ」
「ほら、よく言うじゃんよ。夜は墓場で運動会って」
「いやまあ、よく言うかどうかはさておき」
 さらに首をかしげた侘助ににんまりとした笑みを見せて、鎮は次の時にはヒトの姿からイタチの姿へと身を変じさせていた。
「前にいっぺん”帝都びっくり大作戦”やったよな」
 言いながら侘助の腕を伝って肩に登る。
「またやんのかい!?」
 侘助よりも早く、脇に座っていた河童が歓喜の声をあげた。
 鎮は河童に向けても侘助にみせたのと同じ、にんまりとした笑みを見せる。
「帝都びっくりお化け屋敷なんてのはどうよ」
「東京をまるまる舞台にしたお化け屋敷ですか」
 肩の上に座る鎮とくーちゃんの背中を撫でながら侘助がうなずく。
「まるまるってわけにもいかないかな。ホントはそうできたらおもしろいんだろうけどな」
「前回は池袋でしたっけ。――今回はどの辺にするんです?」
「うーん、そうだなー」
 テーブルの上に置きっぱなした焼き菓子に向けて小さな手を伸べながら、鎮は小さく唸った。
「なんかこう、デカい墓とかあったらイイよな。どうせ今時期、肝試しとかで結構来るだろうしさ」
「それじゃあ青山墓地なんかはどうですかね」
 応えながら、侘助は鎮にガレットを差し伸べる。
「あー、なんかいろいろ言われてるトコ?」
「そう、まあわりとメジャーな場所じゃないかなと思いますが。……あとザっと思いつくのは八王子とかもそうでしたっけね」
「あそこは城跡があるんだよねえ」
 ろくろ首が長い首をもたげてうなずいた。
「みんなよく知ってんなあ。……うーん、城跡ってのも捨てがたいけど、やっぱし墓場かなー。墓場で運動会なんてどうよ」
「こだわりますね」
 ガレットをごりごりとかじりながら唸る鎮に、侘助はやわらかな笑みを浮かべる。
「いずれにせよ、楽しみですねえ、鎮クン」
「だろ、だろ!? びっくり大作戦もすげーおもしろかったからなー。今度のもぜったいおもしろくなると思うんだよ」
 返す鎮の目は宝石のようにきらきらと輝いている。
 侘助は鎮の喜色を検めて、自分も同じように頬を緩めた。
「それで、決行はいつ頃にするつもりで?」
「もうすぐ盆じゃん? そんぐらいでいいんじゃんって思うんだけど」
「盂蘭盆会のことかえ?」
 蛇女が問う。鎮はそれにうなずきを返し、ガレットを飲み込んで湯のみを口に運ぶ。よく冷えた麦茶で喉を潤してから再び口を開けた。
「盆って、ほら、死んだ人間なんかが現世に戻るんだっていうじゃん。それにあわせれば、俺らとオバケの共同作戦? みたいなのができたりするかもしんねえじゃん」
「ああ、なるほど」
 侘助が笑う。
 鎮は侘助の肩を飛び跳ねてテーブルに着地し、鎮の分の菓子を狙っていたヤタガラスの羽を軽くはじきながら声を高めた。
「ってことでさ、どうよ。やる?」
 周りを囲う妖怪たちに向けて一応の確認をいれる。対する妖怪たちは鎮の確認は無用なものとばかりに歓声と共に諸手をあげた。
「訊くまでもないようですねえ」
 イタチ姿の鎮のためにあつらえた湯のみを出し、その中に麦茶を掬い入れながら侘助が告げる。
 鎮を追ってくーちゃんまでもが侘助の肩を下りた。侘助はくーちゃんにも専用の湯のみをだして、もはや侘助声など聴こえそうにもないほどの明るい喧騒で満たされた茶屋の中を見渡した。
 その中心には鎮がいる。
 鎮は小さな身体で、自分よりも何倍にも大きな身丈を誇る妖怪にも怯まずに胸を張る。ともすれば波のない安寧に沈みがちな四つ辻に旋風をもたらす、頼もしい存在だ。
「よっしゃ、そうと決まればあとは計画だよな。運動会なんだし、競技とか決めなくちゃさ。なにがいいかな。綱引きはやっぱ必要だよな」
「駆け足比べなんかも必要だよねえ」
「きゅーきゅうー!」
「借り物競争? さっすがくーちゃん、いいとこ突いてくんな〜!」
「借り物競争ってななんだい?」
「適当に選んだ紙に書かれてある品を観客から借りるんですよ」
「そいつぁいいや! それなら肝試しに来た人間をからかえるしねえ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、紙に書き出してくからさ。あーでも紙、紙」
「一反木綿の端に書いたらいいじゃないか」
「うお、そうだ、ちょ、こっち来いって。だいじょうぶだよーあとでちゃんと消しとくからさ!」

 喧々とした明るい騒動は始まったばかり。
 侘助は鎮を中心にした塊をわずかに外れ、鎮の土産の袋を開けた。
「どうなることやらですね」
 小さく呟き、菓子を口に運びながら穏やかに笑う。
 四つ辻を揺るがす大計画は、きっとこれからもたびたび続いていくのだろう。
 そう思いながら、真剣な顔で一反木綿に書き付けていく鎮の顔を見つめた。 





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】



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MR